ChatGPTや生成AIに資料作成を頼むと、以前なら何時間もかかっていた構成案が短時間で形になり、タイトルや見出し、市場環境、課題、解決策、ロードマップまで整った資料が返ってきます。最初に画面を見たときは、「ここまで作ってくれるなら、資料作成はかなり楽になる」と期待した人も多いでしょう。
ところが、その資料を会議へ持っていくと、「それで、今日は何を決めたいの?」と聞かれてしまうことがあります。見た目は整っているのに、その一言を向けられた瞬間、資料の中に自分が本当に相談したかったことが入っていなかったと気づくのです。
AIで資料作成がうまくいかないとき、本当に見直したいのはプロンプトの言い回しだけではありません。資料を作る前に、何のために作るのか、誰に何をしてほしいのか、どの問いについて考えてもらうのかを決められているかが重要です。
この記事では、AI資料を作る順番を「目的 → 読み手の行動 → 論点 → キースライド → 必要情報 → AIへの依頼」と捉えます。この順序を理解すると、なぜAIが中身の薄い資料を作るように見えるのか、どこを人間が考え、どこからAIへ任せればよいのかが見えやすくなるでしょう。
AI時代の資料作成では、資料を書く仕事より前に、問いを設計する仕事があります。
AIで資料作成がうまくいかない本当の理由
AIへ「この内容をいい感じの資料にしてほしい」「経営会議向けに説得力のあるプレゼンを作ってほしい」と頼めば、何らかの成果物は返ってきます。
しかも、文章は自然で、情報も項目ごとに整理されています。そのため、依頼した側としては「大枠はできたから、あとは少し直せば使える」と感じやすいでしょう。
しかし、同じ依頼を人間へ渡す場面を考えると、曖昧さが見えてきます。
ある上司が部下へ10ページほどの資料を渡して、「これ、いい感じに直しておいて」と頼んだとします。部下からすれば、文章を短くすればよいのか、論理構成を変えるのか、経営者向けの内容へ直すのか、数字を確認するのかが分かりません。
さらに、「この資料に何か問題ある?」とだけ聞かれた場合も同じです。
誤字脱字を確認してほしいのか、事業ロジックを検証してほしいのか、数字の整合性を見てほしいのか、意思決定に必要な情報が足りているか判断してほしいのかによって、答えは変わります。
おそらく人間同士なら、「何を確認してほしいの?」と聞き返すでしょう。
ところが相手がAIになると、人間相手なら説明するはずの背景まで省き、「AIなら何となく察してくれるだろう」と期待してしまうことがあります。
本記事では、このように自分が人間から受け取れば困るほど曖昧なAIへの依頼を「ゴミプロンプト」と呼びます。ただし、本当に問題なのは文章としてのプロンプトが下手なことではありません。
問題の中心にあるのは、そのプロンプトを書く前の段階で、仕事そのものが十分に定義されていないことです。
「説得力のある資料にしてほしい」と言う前に、誰を何について説得したいのかを決める。「分かりやすくしてほしい」と言う前に、誰が何を理解できればよいのかを考える必要があります。
AIへの指示を改善する前に、自分たちが何を考えたいのかを定める。
ここが出発点です。
AI資料を作る6段階
この記事で扱う考え方を先に全体像として整理すると、AI資料は次の順序で作ると考えやすくなります。
最初に決めるのは「目的」です。なぜこの資料が必要なのかを明確にし、その次に、読み手が資料を読んだあとどうなってほしいのかを考えます。
そこから「何について判断または議論すれば、その状態へ進めるのか」という論点を設定し、その問いを考えるための中心的な1枚を設計します。
そして初めて、市場規模、顧客情報、競合、費用、リスクなど、論点を考えるために必要な情報を選びます。
最後に、それまで整理した条件をAIへ渡します。
つまり、順番は次のようになります。
目的 → 読み手の行動 → 論点 → キースライド → 必要情報 → AIへの依頼
ありがちな失敗は、この順番を逆にしてしまうことです。
最初にAIへ「10枚の資料を作って」と頼み、出てきたスライドを見ながら「自分は何を言いたかったのだろう」と考え始めます。
すると、必要かどうか分からない情報が先に増えます。
市場規模、競合、業界トレンド、ロードマップなどが並んだあとで、それらを削ったり並べ替えたりしながら、ようやく本当に扱いたかった論点を探すことになります。
資料作成の工数を減らすためにAIを使ったのに、後半で大量に修正することになるのは、この順序が逆転しているからという場合もあります。
AI資料はなぜ見た目だけ完成してしまうのか
AI資料の難しさは、明らかに失敗した資料だけが出てくるわけではないところにあります。
むしろ厄介なのは、タイトルも章立ても整い、市場環境や競合まで入り、一見すると完成度の高い資料になっている場合です。
たとえば、新規事業について資料を作るよう依頼すると、事業概要、ターゲット、市場規模、競合、提供価値、収益モデル、ロードマップといった項目が並ぶことがあります。
どの項目も、それ自体はおかしくありません。
そこで作り手は、「新規事業の資料として必要なものは、だいたい入っている」と安心します。
しかし、重要なのは項目がそろっているかどうかではありません。
その市場規模は、今回の会議で何かを判断するために必要なのでしょうか。競合情報を載せるのは、どの会社との差を考えるためなのでしょうか。
それとも、「新規事業の資料には市場規模と競合を書くものだろう」という一般的な型に沿って置かれているだけでしょうか。
ここを区別しないと、資料は厚くなっても仕事は前へ進みません。
AIには伝えていない自社事情が見えない
ある会社では、利益率よりも既存顧客との関係強化が優先されるかもしれません。
別の会社では、過去に似た新規事業へ投資して失敗したため、経営陣が初期投資を強く警戒していることもあるでしょう。
現場が慢性的な人手不足なら、新しいシステムの機能より「これ以上入力作業を増やさないこと」が最重要条件になる場合もあります。
社内にいる人間にとっては、こうした事情が当たり前すぎて、資料作成時にわざわざ言葉へしないことがあります。
しかし、AIにはその「当たり前」がありません。
伝えられていない事情を正確に反映することはできないため、条件が不足しているほど、広い状況へ当てはまりやすい一般的な説明へ寄りやすくなります。
「市場は成長しています」「DXによる生産性向上が期待できます」「顧客ニーズの多様化に対応する必要があります」といった内容は、完全な間違いとは限りません。
それでも、その会社が今回判断しなければならない問題まで届いていなければ、読み手には「それは分かった。それで、うちはどうするの?」という感覚が残ります。
AI資料が薄いと感じるとき、不足しているのは文字数ではありません。
今回の会社、今回の会議、今回の意思決定にしか存在しない文脈なのです。
自然な文章と正しい内容は分けて考える
さらに、AIが流暢な文章を生成できることと、内容が正しいことは別問題です。
文章が自然で読みやすいと、そこに書かれている内容まで違和感なく受け入れたくなるかもしれません。しかし、市場規模、成長率、企業情報、制度、調査結果などには、AIがもっともらしい誤情報を含める可能性があります。
そのため、「読みやすいか」と「事実として正しいか」は別々に確認する必要があります。
同じように、「構成が整っているか」と「今回の仕事に使えるか」も別です。
AI資料で本当に注意したいのは、見るからに壊れた資料ではありません。
間違いや目的のずれに気づきにくいほど、完成品らしく見える資料です。
資料を3種類に分けてAIへの任せ方を変える
AIへ資料作成を頼む前に、最初に考えたいのが、その資料を読んだ相手へ何を求めるのかです。
本記事では、その目的から資料を「理解」「判断・承認」「議論」の3種類に分けます。
この分類は、資料を学術的に分類することが目的ではありません。
どこまでAIへ任せやすく、どこから人間側の設計が重要になるのかを判断するための実務フレームです。
理解してもらう資料
1つ目は、読み手が情報を知り、内容を理解できれば目的を達成する資料です。
社内報告、研修資料、技術解説、会社紹介、調査結果などが該当します。
この資料では、読み手にその場で何かを決めてもらう必要はありません。
「今こういう状況になっている」「この制度にはこうした仕組みがある」と理解できれば、資料として役割を果たします。
そのため、要約、情報整理、章立て、文章化などをAIへ比較的広く任せやすいでしょう。
もちろん、数字や固有名詞の確認は必要です。
それでも、何を伝える資料なのかが明確であれば、AIの情報整理能力を活用しやすくなります。
判断や承認をしてもらう資料
2つ目は、読み手に何らかの判断をしてもらう資料です。
新規投資、追加予算、システム導入、採用計画、新しいプロジェクトの開始などが当てはまります。
ここでは「内容を理解した」で終わることはできません。
最終的には、進めるのか見送るのか、承認するのか修正するのかという判断が必要です。
すると、人間側で先に決めることが増えます。
相手は費用対効果で判断するのか、実現可能性を重く見るのか、事業上のリスクを最優先するのかによって、資料へ載せる情報が変わるからです。
AIに比較表を作らせることはできます。
しかし、何を比較すべきかが曖昧なら、表がきれいに埋まっていても意思決定には使いにくいでしょう。
判断資料では、人間が「何を判断してほしいのか」と「何を基準に見るのか」を決め、そのうえでAIへ情報整理や比較を任せる形が使いやすくなります。
一緒に議論する資料
3つ目は、相手と一緒に答えを作るための資料です。
新規事業の初期検討、戦略会議、サービス設計、組織変更など、まだ最終的な結論が決まっていない場面で使います。
本記事で扱う3種類の中では、議論用資料は特に人間側の設計が重要になります。
その理由は、答えがまだ存在しないからです。
完成した答えがないのであれば、その前に「何について考えれば答えへ近づけるのか」を決めなければなりません。
つまり、議論資料では、AIへいきなりスライドを作らせる前に中心論点を設計する必要があります。
ここまで整理すると、3分類を使う意味が見えてきます。
理解資料では情報整理をAIへ比較的広く任せ、判断資料では人間が評価軸を定め、議論資料では人間とAIで論点そのものを設計する。
資料の目的によって、AIへ渡してよい仕事の範囲も変わるのです。
| 理解してもらう資料 | 判断や承認をしてもらう資料 | 一緒に議論する資料 |
|---|---|---|
| 要約、情報整理、章立て、文章化などをAIへ比較的広く任せやすいでしょう。 | 人間が「何を判断してほしいのか」と「何を基準に見るのか」を決め、そのうえでAIへ情報整理や比較を任せる形が使いやすくなります。 | AIへいきなりスライドを作らせる前に中心論点を設計する必要があります。 |
議論用資料には答えより先に論点が必要
議論用資料で重要なのは、最初から正解を書くことではありません。
参加者が何について考えるのかを明確にすることです。
本記事では、この「答えを出したい問い」を論点と呼びます。
たとえば、新規事業なら「どの顧客層から参入するべきか」「どこまで自社で担当するべきか」「どの機能を内製し、どこを外部へ任せるべきか」といった問いが考えられます。
論点が明確なら、参加者は同じ問題について考えられます。
一方で、問いがないまま情報だけを提示すると、それぞれが自分の関心に従って別の話を始めます。
営業責任者は顧客獲得について話し、財務担当者は利益率を気にし、開発責任者は必要な人員を心配するでしょう。
どの意見も重要です。
しかし、今日答える問いが共有されていなければ、「あれも重要」「これも問題だ」と論点が横へ広がり続けます。
そして会議が終わったあと、「いろいろ話したけれど、何が決まったのだろう」と参加者が感じます。
これは会議参加者の能力だけが原因とは限りません。
資料を作る側が、全員を同じ問いへ向ける設計をしていなかった可能性があります。
AIに丸投げすると会議でそれでと言われる理由
ある会社で、AさんとBさんが製造業向けの新規事業を検討していました。
考えていたのは、工場設備からデータを収集し、稼働状況の把握や品質改善、予知保全などへ活用するIoTサービスです。
会社には長年蓄積してきた製造ノウハウがあり、既存顧客との関係もあります。
AさんとBさんは「自社がこれまで蓄積してきた強みを、新しい事業へ転換できるかもしれない」と期待していました。
その一方で、事業のどこから具体化すればよいのかは決まっていません。
新規事業の資料をゼロから作ればかなり時間がかかるため、二人はAIへ「製造業向けIoT事業の市場参入提案資料を10枚で作ってください」と依頼します。
すると、市場規模、顧客課題、競合、提供価値、収益モデル、ロードマップなどを含んだ資料案が短時間で出来上がりました。
Aさんは「ここまで整理できていれば、大枠は十分だろう」と安心します。
Bさんも、数字を確認して体裁を整えれば、そのまま会議へ持っていけそうだと感じました。
そして会議当日、二人は事業責任者のCさんへ資料を説明します。
市場が拡大していること、製造現場でデータ活用の需要が高まっていること、サブスクリプション型で提供する構想まで一通り話しました。
説明が終わったところで、Cさんが尋ねます。
「それで、今日は何について相談したいの?」
AさんとBさんは、一瞬言葉に詰まります。
説明する内容については準備していました。
しかし、Cさんから何を引き出したいのか、会議が終わった時点で何が決まっていれば成功なのかまでは、二人の中でも整理できていなかったからです。
Beforeは説明できても議論できない
最初の資料には、市場成長率やIoTの一般的な導入メリット、競合サービス、収益モデルなどが並んでいました。
どの情報も無意味ではありません。
ただし、Cさんが必要としていたのは、IoT市場について勉強することではありませんでした。
既存の製造ノウハウをどこで使うのか、自社でシステムをすべて作る必要があるのか、競合が多い市場でなぜ自社が選ばれるのかを考える必要があります。
ところが、資料にはその問いが置かれていません。
AさんとBさんは、資料を見せればCさんが何か質問してくれるだろうと、どこかで期待していたのかもしれません。
しかし、それでは「何について考えるか」という仕事まで相手へ預けることになります。
本当に必要だったのは、10ページを作ることより先に、「Cさんと何を相談したいのか」を決めることでした。
Afterは説明から事業設計へ変わる
二人が改めて考えると、まだ決まっていないことが見えてきます。
IoT市場へ参入するかどうかという大きな問い以前に、事業のどこを自社で担当するのかが決まっていませんでした。
事業を分解すると、機器からのデータ取得、通信、データ基盤、分析アルゴリズム、品質改善への提案、保守支援など、複数の工程があります。
会社が強いのは、製造現場の理解や品質管理です。
一方、大規模なクラウド基盤を自社だけで開発するほどの人員や時間には余裕がありません。
そこで二人は、会議の中心論点を「分析や品質改善の中核部分は自社で持ち、データ基盤は外部企業と組むべきか」に変えました。
すると、Cさんも具体的に考えられます。
「分析アルゴリズムが顧客から選ばれる理由になるなら、そこは自社で持ったほうがいい」と意見を出せますし、Bさんは「基盤まで内製すると市場投入が遅くなる」と懸念を示せるでしょう。
さらにAさんから、「外部企業と組むなら、提携先を何で評価するべきか」という次の問いも生まれます。
同じIoT事業について話していても、会議の性格は大きく変わりました。
Beforeでは市場やサービスを説明する会議だったものが、Afterでは事業の構造を一緒に設計する会議になったのです。
違いを生んだのは、AIの性能ではありません。
中心となる問いが定まったかどうかです。
キースライドを1枚決めてから資料を作る
中心論点が決まったら、その問いを参加者全員で考えるための1枚を設計します。
本記事では、参加者が同じ対象を見ながら具体的に話すための中心的なスライドを「キースライド」と呼びます。これは業界横断で統一された正式な用語定義という意味ではなく、この記事の中で資料設計を考えるための呼び方です。
先ほどのIoT事業なら、データ取得から分析、品質改善、保守までの流れを横一列に並べ、それぞれについて「自社で持つ候補」「外部企業と組む候補」「判断が必要な領域」を示した図が考えられます。
この1枚があれば、会話を具体的な場所へ落とせます。
Cさんがデータ基盤を指して「ここまで自社で作る必要はあるのか」と尋ね、Aさんが「ここは開発投資が重いため、提携したほうが現実的です」と返すことができます。
一方、品質分析についてBさんが「ここは過去の設備データと現場知識を生かせるため、自社の強みにしたい」と意見を出すでしょう。
参加者全員が同じ図を見ているため、「この事業に賛成か反対か」という大きすぎる話ではなく、事業のどこを誰が担うのかという具体的な設計へ進めます。
キースライドは論点から逆算する
議論の中心になる図は、必ずバリューチェーンである必要はありません。
どの市場へ参入するか考えたいなら、市場規模、競争環境、自社との相性などを並べた市場マップが適することがあります。
複数のサービス案から一つを選ぶのであれば、顧客価値、収益性、必要投資、実現難易度などを並べた比較表が使いやすいでしょう。
顧客体験のどこに問題があるのかを考えたい場合は、認知から利用後までの行動を追ったカスタマージャーニーが向いているかもしれません。
重要なのは、最初から「2×2の図を作ろう」「バリューチェーンを入れよう」と考えないことです。
先に論点を決め、その問いについて参加者が話しやすくなる表現を選びます。
その1枚を見て会話を想像できるか
キースライドができたら、実際の会議を頭の中で再生してみます。
そのページを画面へ出したとき、誰がどこを指し、どのような意見を言いそうでしょうか。
「ここは外部へ任せたほうがいい」「この顧客層なら既存営業網を使える」「この条件では投資を回収できない」といった具体的な発言が浮かぶなら、そのスライドは議論を支える道具になり始めています。
反対に、そのページを表示しても全員が黙って説明を聞いている姿しか想像できないなら、情報共有用のスライドに近い可能性があります。
良い議論用資料とは、すべての答えを詰め込んだ資料ではありません。
参加者が自分の経験や判断を持ち込める余白を残しながら、考える場所だけは明確にした資料です。
AIと人間は資料の種類に合わせて役割を変える
「AIに任せるべきか、人間が考えるべきか」という二者択一で考える必要はありません。
重要なのは、資料の目的に応じて分担を変えることです。
理解してもらう資料では、人間が情報源と目的を決めれば、要約、分類、文章化、構成案などをAIへ広く任せやすくなります。
判断や承認を得る資料では、人間が何を判断してもらうのか、どの評価軸を重視するのかを決めます。そのうえで、AIへ選択肢の整理や比較表作成を任せればよいでしょう。
議論用資料では、さらに一段手前から考えます。
人間が「今回何を議論したいのか」を考え、必要であればAIと壁打ちしながら論点候補を作り、その中から中心論点を選びます。
つまり、人間が何もかも一人で考える必要はありません。
AIに論点候補を出してもらい、自分では気づかなかった選択肢や反対意見を広げてもらうこともできます。
ただし、どの問いを今回扱うのかを決めるには、自社の事情や会議の目的へ戻る必要があります。
AIが候補を増やし、人間が意味を与える。
この役割分担ができると、AIは単に文章を書く道具ではなく、思考を広げる相手として使えるようになります。
AIへのプロンプトは最後に作る
ここまで整理したあとで、ようやくプロンプトを作ります。
良いプロンプトとは、難しい専門用語を大量に入れた長文ではありません。
資料の目的、想定読者、その人に求める行動、中心論点、自社固有の条件が伝わる指示です。
悪いプロンプトではAIが空白を埋める
たとえば、次のような依頼があります。
新規事業として検討している製造業向けデータ分析サービスについて、社内提案資料を10枚で作ってください。分かりやすく説得力のある内容にしてください。
この指示でも資料は作れます。
しかし、「説得力」とは何でしょうか。
市場規模が大きいことを示せばよいのでしょうか。それとも、自社に競争優位性があることを説明する必要があるのでしょうか。
また、事業開始の承認を取りたいのか、懸念点について意見がほしいのかも分かりません。
その空白を残したままAIへ渡すと、一般的な新規事業資料として成立しそうな内容で埋めることになります。
これが「プロンプト以前の仕事」が重要な理由です。
目的と読み手を加える
まず、会議の目的と参加者を伝えます。
製造業向けデータ分析サービスについて、社内の新規事業検討会議で使用する議論用資料の構成案を作成してください。参加者は事業開発担当役員と工場責任者です。今回は事業開始の最終承認ではなく、どの領域から優先的に検証するべきかについて意見をもらうことが目的です。役員は投資対効果と参入障壁を重視し、工場責任者は現場負荷とデータ管理を懸念しています。
ここまで伝えれば、AIから見える仕事が変わります。
単なるサービス紹介ではなく、立場の異なる参加者が判断材料を持ち寄る会議だと理解しやすくなるからです。
自社固有の前提を加える
次に、その会社でしか成立しない条件を渡します。
当社は高精度加工技術を持ち、約20年間の設備稼働データを蓄積しています。一方で、大規模なSaaS基盤を自社だけで開発できるほどの開発人員はありません。分析や品質改善の中核部分を自社で持つべきか、データ基盤は外部企業と提携するべきかを中心に検討しています。
この情報によって、自社の強みと制約が見えます。
AIも、「何でも内製する案」ではなく、自社で持つ領域と外部へ任せる領域を分けて考えやすくなるでしょう。
中心論点と必要な出力を伝える
さらに、中心となる問いを明示します。
中心論点は「事業バリューチェーンのどこを自社で担い、どこを外部企業と組むべきか」です。この問いについて参加者が比較できる中心的なスライドを1枚設計し、その前提と実行策を含めた全7枚の構成案を作成してください。一般的な市場説明は必要最小限とし、各スライドにはタイトル、キーメッセージ、必要なデータを示してください。
最初のプロンプトより長くなっていますが、重要なのは文字数ではありません。
AIが何を優先し、何を削り、どの方向へ考えればよいのか判断できる条件が増えています。
目的が明確になれば、プロンプトは自然に具体的になるのです。
論点が決まらないときこそAIを使う
ここまで読むと、「中心論点を先に決められるなら苦労しない」と感じる人もいるでしょう。
実際、新規事業や戦略検討では、自分たちでも何を考えればよいのか分からない状態から始まることがあります。
その場合、完成した論点を用意してからAIを使う必要はありません。
現在分かっていることと迷っていることを伝えたうえで、「次回の会議で扱うべき重要論点を5つ挙げ、それぞれ何を判断するための問いなのか説明してください」と頼めます。
出てきた候補を見ながら、「自分たちが今困っているのは3番に近い」と感じたら、その論点だけをさらに掘り下げます。
続けて、「この問いを判断するための比較軸を出してほしい」「参加者から出そうな反対意見を整理してほしい」「判断前に確認するデータを挙げてほしい」と相談することもできます。
最初から完璧な問いを持っている必要はありません。
AIに候補を出してもらい、人間が自社の状況と照らし合わせながら選んでいけばよいのです。
これは、AIに判断を丸投げすることとは違います。
AIで思考の範囲を広げ、人間が「今回扱う価値がある問い」を選んでいます。
AIに資料を作らせるだけでなく、AIと問いを設計する。
生成AIを実務へつなげるうえで、この使い方は重要になります。
問いの設計は資料作成以外にも使える
ここまでの原則は、資料作成だけに限定されません。
AIへ仕事を頼むとき全般で、同じ考え方を使えます。
たとえば、契約書をAIへ渡して「この契約書に問題がありますか?」と聞いたとします。
AIは、秘密保持、責任制限、解除条件、準拠法、損害賠償など、一般的に確認される項目を挙げるでしょう。
それ自体には意味があります。
しかし、実際にどのリスクを重く見るかは、自社の立場によって変わります。
自社が重要な顧客情報を相手へ提供する側なら、秘密保持や情報漏えい時の責任が重要になるでしょう。代替サービスがなく、契約終了によって事業が止まる可能性があるなら、解除条件を見る優先度も上がります。
そこで、「海外SaaS事業者との契約で、自社は顧客情報を提供する側です。この前提から、自社側の負担が重い可能性のある条項を優先して確認してください」と聞けば、回答の範囲を絞れます。
さらに、「秘密保持と情報漏えい時の責任に焦点を当て、交渉時に確認する事項を整理してください」と続ければ、実際の目的へ近づきます。
誰でも聞けるほど広い問いには、広く当てはまりやすい回答が返ってきます。
自分が誰で、何を心配し、何を判断したいのかを問いへ入れることで、AIを自分の仕事へ近づけられるのです。
AI資料を提出する前のチェックリスト
資料が完成したら、誤字脱字やデザインだけではなく、実際に仕事を前へ進められるかを確認します。
まず、その資料を誰に見せるのかを具体的に説明できるか確認します。役職だけではなく、その人がすでに何を知っており、何を重視し、どこで不安を感じそうなのかまで想像できれば、必要な説明の粒度も見えてくるでしょう。
次に、資料を見たあと相手に何をしてほしいのかを一文で表現します。理解してほしいのか、承認してほしいのか、議論へ参加してほしいのかが自分でも説明できなければ、読み手も自分の役割を理解しにくくなります。
議論用資料の場合は、中心論点が明確かも確認します。「今日いちばん意見をもらいたいのはここです」と指を差せる場所がなければ、情報は豊富でも会議の焦点が定まっていない可能性があります。
さらに、数字や事実の根拠を確認します。市場規模、成長率、企業情報、研究結果などをAIが生成した場合は、その文章が自然かどうかとは別に、元の資料まで戻って確かめる必要があります。
最後に、その資料を使った会議が終わったあとの状態を想像します。
誰が何を追加調査し、どの案を検証し、次回までに何を持ち寄るのかが見えるでしょうか。
ここまで想像できれば、資料は単なる説明物ではなく、仕事を動かす道具へ近づいています。
この確認で答えに詰まる箇所があるなら、新しいページを増やす前に、目的や論点へ戻ったほうがよいでしょう。
よくある質問
- AIに資料作成を丸投げしてはいけませんか
-
情報共有を目的とした資料など、扱う情報や目的がすでに明確な場合には、AIへ広い範囲を任せても機能することがあります。
一方、承認や議論が必要な資料では、判断基準や論点まで未定義のまま丸投げすると、一般論を中心とした資料になる可能性があります。
問題は、AIへ任せる作業量そのものではありません。
人間側で決める必要のある部分まで、曖昧なままAIへ渡していないかが重要です。
- AIで資料を作ると中身が薄くなるのはなぜですか
-
AI資料が必ず薄くなるわけではありません。
自社固有のデータ、現場事情、制約条件、読み手の関心、今回判断したいことなどを十分に伝えなければ、それらを正確に反映しにくいため、広い状況へ当てはまりやすい説明が中心になる可能性があります。
中身を濃くしたいなら、文章量を増やすよりも、その仕事でしか使えない文脈を増やすことが重要です。
- 資料作成を頼むときAIに何を伝えればよいですか
-
資料を作る目的、想定読者、その相手に求める行動、今回扱う中心論点、自社固有の強みや制約を伝えます。
さらに、すでに決まっていることと、まだ決まっていないことを分けて伝えると、AIが勝手に結論を固定するのを防ぎやすくなるでしょう。
ページ数、文章量、デザインなどの形式指定は、そのあとに追加します。
- AIに任せる部分と人間が考える部分はどう分けますか
-
理解資料では、AIへ情報整理を比較的広く任せられます。
判断資料では、人間が評価軸を定め、AIへ比較や整理を任せる方法が使いやすいでしょう。
議論資料では、人間とAIで論点候補を作り、その中から今回扱う中心論点を人間が選びます。
つまり、AIに考えさせないことが重要なのではありません。
AIが出した候補を、何のために採用するのかを人間が判断できる状態を保つことが重要です。
- 会議資料と説明資料ではプロンプトを変えるべきですか
-
変えたほうがよいでしょう。
説明資料なら、正確さ、理解しやすい順序、必要情報の抜け漏れなどが重要になります。
一方、議論用資料では、まだ答えが出ていない問い、比較する選択肢、対立する条件、参加者から意見をもらいたい場所を明確にする必要があります。
同じテーマでも、読み手に求める行動が違えば、AIへ頼む内容も変わります。
まとめ
AIで資料作成がうまくいかないとき、本当に見直したいのはプロンプトの言葉遣いだけではありません。
その前に、何のために資料を作り、読み手に何をしてほしくて、どの問いについて考えるのかが決まっているかを確認する必要があります。
本記事では、資料を「理解」「判断・承認」「議論」の3種類に分けました。
理解してもらう資料なら、AIへ情報整理を比較的広く任せられます。判断や承認を求める資料では、人間が評価軸を定めたうえでAIへ比較や整理を頼みます。
そして議論用資料では、いきなりスライドを作るのではなく、中心論点を決め、その問いについて参加者が具体的に話せるキースライドを設計します。
AさんとBさんの事例でも、市場の成長性やIoTの一般的なメリットを並べただけでは、Cさんから「それで、今日は何を相談したいの?」と聞かれてしまいました。
しかし、「事業のどこを自社で担い、どこを外部企業と組むべきか」という問いが定まると、会議は市場説明から具体的な事業設計へ変わります。
もし、その中心論点そのものがまだ分からないなら、そこからAIと相談して構いません。
候補を出してもらい、自社の事情と照らし合わせ、今回扱うべき問いを選びます。
AI時代の資料作成では、人間の仕事が単純になくなるわけではありません。
文章を書いたり情報を整理したりする作業をAIへ渡しやすくなったからこそ、人間には「何を考えるべきか」を決める仕事が、よりはっきり残ります。
資料作成の順番は、目的 → 読み手の行動 → 論点 → キースライド → 必要情報 → AIへの依頼です。
AIに「何を作らせよう」と考える前に、「この仕事で自分たちは何を考えたいのか」を決める。
ここを変えるだけでも、AIから返ってくる資料は、見栄えだけが整ったものから、会議や判断を実際に前へ進めるものへ変わっていくのではないでしょうか。
参考資料
- ChatGPT 向けプロンプトエンジニアリングのベストプラクティス|OpenAI
- Study finds ChatGPT boosts worker productivity for some writing tasks|MIT News
- Navigating the Jagged Technological Frontier|Harvard Business School AI Institute
- Artificial Intelligence Risk Management Framework: Generative Artificial Intelligence Profile|NIST