老後も賃貸で暮らすことは可能ですが、住みたい地域で住居を確保できるか、家賃を払い続けられるか、身体の変化に合った住まいを選べるかが大切です。持ち家との費用差だけでなく、制度や契約、住み替えまで含めて考えます。
老後も賃貸で暮らす選択肢
持ち家が人生の「上がり」だった時代
建築学者の上田篤氏は、1973年に都市生活者の住宅取得過程を「現代住宅双六」と表現しました。実家から独立して賃貸住宅に住み、結婚や出産に合わせて広い住宅へ移り、分譲マンションを経て一戸建てを取得するという道筋です。
双六の「上がり」に当たるのは、持ち家、とりわけ一戸建ての取得でした。住宅を持つことは住まいを確保するだけでなく、家族を築き、経済的な基盤を整えた証しとして受け止められていたのです。
この住宅取得モデルを支えた背景には、経済成長と賃金上昇、都市化と土地価格への期待、比較的共通性の高い家族構成やライフコースがありました。高度経済成長期には、同じ企業に長く勤めて所得を伸ばす世帯が多く、年功序列賃金や長期雇用を前提にした働き方は、長期の住宅ローンと結びつきやすい環境でした。
固定金利の住宅ローンを組んだ世帯では、返済額が一定のまま名目所得が増えれば、返済負担率が下がることもあります。また、地方から大都市への人口移動で住宅需要が伸びた時期には、購入した不動産の値上がりも期待されました。ただし、地価上昇が保証されていたわけではありません。バブル崩壊後の地価下落が示すように、不動産にも価格変動のリスクがあります。
結婚、子育て、定年退職という段階に合わせて住宅を取得し、定年までにローンを完済することも、当時は現実的な人生設計の一つでした。とはいえ、持ち家でも固定資産税や修繕費はかかるため、ローンを返し終えれば住居費がなくなるわけではありません。
雇用や家族構成の変化で変わる住宅選び
現在は、転職や独立、共働き、単身生活が珍しくなくなりました。親の介護、離婚や再婚、地方移住などをきっかけに、人生の途中で住みたい場所や必要な間取りが変わることもあります。
たとえば、30代で住宅を買った人が、40代で転職し、50代で親の介護のために実家近くへ移り、65歳以降は医療機関に通いやすい地域へ転居する場合を考えてみましょう。一つの住宅を長く所有することが、人生のすべての段階で最適とは限りません。
住宅を購入すると、不動産が家計資産の大きな割合を占めることがあります。購入した地域の人口が減り、住宅需要が弱まれば、資産価値が下がる可能性もあるでしょう。売却には仲介手数料や登記関連費用がかかり、場合によっては譲渡所得税も生じます。買い手が見つからなければ、必要な時期に現金化できないこともあります。
不動産を所有することで、資産や居住地を動かしにくくなる状態は「ロックイン効果」と呼ばれます。賃貸にも契約や転居の費用はかかりますが、住宅を売却せずに生活拠点を変えられる点は特徴の一つです。住宅所有を人生の最終目標と考えるのではなく、暮らしの変化に合わせて住環境を調整できることにも価値があります。
住宅の所有価値と利用価値
住宅の価値を考えるときは、「所有価値」と「利用価値」を分けると比較しやすくなります。
所有価値は、不動産を持つことで得られる経済的な価値です。将来の売却代金、価格上昇による売却益、住宅ローンの元本返済による純資産、相続財産としての価値などが含まれます。一方、利用価値は、その住宅で暮らすことで得られる便益を指します。駅に近い、通勤時間が短い、室内が快適、病院や商業施設を利用しやすいといった条件が該当します。
購入すれば所有価値と利用価値の両方を得ますが、賃貸では家賃を支払って利用価値を得ます。住宅を所有しなくても、そこで生活する便利さや快適さは享受できます。
たとえば、6,000万円のマンションを購入する場合と、同程度の住戸を月額15万円で借りる場合では、購入側にはローン返済、固定資産税、管理費、修繕積立金が発生する一方、不動産資産が残ります。賃貸側は住宅価格の下落や大規模修繕費を直接負担しない場合がありますが、家賃や契約費用が続きます。また、所有者の維持管理費や資金調達費用が、長期的には家賃に反映されることもあるため、賃貸が不動産市場と無関係というわけではありません。
住宅の購入価格と家賃も、同じ要因だけで決まるわけではありません。購入価格には土地価格、建築費、住宅ローン金利、投資需要、将来の値上がり期待などが影響します。家賃には賃貸需要や供給物件数、入居者の支払い能力、既存契約などが関わるため、マンション価格が大きく上がっても家賃が同じ割合で上昇するとは限らないのです。
購入に使うはずだった頭金や諸費用を手元に残し、預貯金や投資信託などへ分散する考え方もあります。ローン返済額と家賃の差を資産形成に回せるなら、賃貸と金融資産運用を組み合わせる余地も生まれます。ただし、株式や投資信託には価格変動があり、期待した収益を得られる保証はありません。購入を見送った資金の運用が不動産取得より有利とは限らないため、価格下落への耐久性や老後の現金支出も含めて考えましょう。
高齢期の賃貸住宅と入居課題
持ち家率と高齢単身世帯の借家率
総務省の「令和5年住宅・土地統計調査」によると、2023年の全国の持ち家住宅率は60.9%でした。東京都は44.7%で、全国平均を大きく下回っています。東京都、愛知県、大阪府の10年間の推移を比べると、地域によって様子が異なります[1]。
| 地域 | 2013年 | 2018年 | 2023年 | 10年間の変化 |
|---|---|---|---|---|
| 全国 | 61.9% | 61.2% | 60.9% | −1.0ポイント |
| 東京都 | 45.8% | 45.0% | 44.7% | −1.1ポイント |
| 愛知県 | 58.7% | 59.5% | 59.6% | +0.9ポイント |
| 大阪府 | 54.2% | 54.7% | 54.5% | +0.3ポイント |
東京都では持ち家率が緩やかに低下しましたが、愛知県では上昇し、大阪府も2013年より高い水準です。したがって、大都市圏全体で一様に持ち家離れが進んだとは言い切れません。東京都では借家住宅率が48.9%となり、持ち家住宅率を上回っています。住宅価格の高さ、単身世帯の集中、転入・転出の多さ、賃貸住宅の供給構造などが関係していると考えられますが、持ち家率の低下だけから、賃貸を積極的に希望する人が増えたとは判断できません。
高齢者のいる世帯では、持ち家率が81.6%、借家率が18.2%でした。一方、65歳以上の単身世帯に限ると借家率は32.2%です。高齢者全体では持ち家が多いものの、一人暮らしの高齢者では賃貸住宅で暮らす人の割合が高くなっています[1]。
今後、単身世帯が増えれば、高齢期に賃貸住宅で暮らす人の住居確保はさらに大きな政策課題となるでしょう。若い頃から賃貸生活を続け、金融資産を十分に形成できないまま高齢期を迎えた世帯では、家賃上昇や収入減少への対応が難しくなる場合もあります。
賃貸を選ぶ理由と購入を断念する事情
賃貸住宅に住む人の動機は一つではありません。住み替えの自由や資金活用を優先して賃貸を選ぶ人がいる一方、住宅価格や所得、住宅ローン審査などの制約から、購入を希望していても賃貸を続ける人もいます。
| 比較項目 | 積極的に賃貸を選ぶ場合 | 制約によって賃貸を続ける場合 |
|---|---|---|
| 主な動機 | 柔軟性や資産運用を優先 | 住宅購入が経済的に難しい |
| 購入への考え方 | 必ずしも購入を必要としない | 本来は購入を希望する場合もある |
| 資金面 | 購入可能な資金がある場合もある | 頭金や借入可能額に制約がある |
| 将来の課題 | 家賃上昇や資産運用の管理 | 老後の家賃負担と資産形成の不足 |
| FPの確認事項 | 資産配分と住み替え戦略 | 資産形成と住居費負担の改善 |
転職や海外勤務の可能性を考え、十分な資産があっても賃貸を選ぶ共働き世帯があります。この場合、賃貸は購入できないことの代替ではなく、生活の自由度を確保する選択です。他方、所得の伸びが住宅価格に追いつかず、購入を断念する世帯もいます。こちらでは、賃貸という住まい方そのものより、将来の住居費をどう確保するかが重要になります。
同じ賃貸世帯でも、経済的な余裕や将来のリスクは異なります。FPが相談を受ける際には、賃貸を選んだという結果だけでなく、そこに至った理由と、将来の資金を形成できる力を確かめる必要があります。
高齢者の入居拒否と調査の読み方
内閣府の調査では、65歳以上の回答者が現在の住宅について感じている問題として、建物の老朽化、防災・防犯への不安、断熱性や省エネ性能、住宅費の負担、段差や階段の使いにくさが挙げられました。持ち家か賃貸かにかかわらず、今の家に住み続ける場合も転居する場合も、建物と身体の変化を合わせて考える必要があります[2]。
高齢者の入居拒否に関する調査結果は、対象者によって大きく異なります。高齢者一般を対象にした内閣府の調査では、65歳以降に入居を断られた経験があるとの回答は1.5%でした。一方、賃貸住宅を探した経験がある65歳超の人500人を対象にした2025年のR65不動産調査では、年齢を理由に断られた経験がある人は30.4%、部屋探しに苦労した人は42.8%でした。直近1年以内に探した人では、苦労した割合が61.2%に上っています[2・3]。
この二つの数値は、調査時期だけでなく対象者の範囲も異なります。内閣府調査は高齢者一般への質問で、拒否経験があると答えた人は39人でした。R65不動産調査は、実際に部屋探しをした人を対象とするインターネット調査です。そのため、1.5%と30.4%を単純に比較し、拒否割合が変化したと結論づけることはできません。後者は、部屋探しをした人が直面した困難を把握する参考情報として読むのが適切です。
R65不動産調査では、部屋探しで苦労した理由として「候補物件が少ない」が最も多く、直近1年以内に探した人では63.3%でした。保証人や家賃負担だけでなく、希望する場所や条件に合う物件が見つからないことも住み替えの壁になっています。
日本建築学会が2008~2009年に高齢者向け賃貸住宅2か所で行った聞き取り研究では、入居のきっかけに老後への漠然とした不安が多く、本人が移転に積極的に関わった場合は以前の生活環境を保ちやすい傾向が示されました。対象と調査時期が限られるため一般化はできませんが、住み替えを本人の希望や納得感と切り離さない視点は、今も実務上の手掛かりになります[4]。
持ち家と生涯賃貸の費用を比較する
35歳から85歳までの50年間で試算
持ち家と賃貸の違いを具体的に見るため、35歳から85歳までの50年間について、一定の条件を置いて試算します。購入時の物件価格は6,000万円、頭金は1,000万円、住宅ローンは5,000万円です。金利は全期間固定で年1.5%、返済期間は35年とし、毎月の返済額は約15万3,092円になります。
| 項目 | 想定条件 |
|---|---|
| 購入時年齢 | 35歳 |
| 物件価格 | 6,000万円 |
| 頭金 | 1,000万円 |
| 住宅ローン | 5,000万円 |
| 金利・返済期間 | 全期間固定年1.5%・35年間 |
| 毎月返済額 | 約15万3,092円 |
| 購入諸費用 | 400万円 |
| 固定資産税・都市計画税 | 年平均12万円 |
| 管理費・修繕積立金 | 当初10年は月2.5万円、次の15年は月3.5万円、その後25年は月4.5万円 |
| 専有部分の修繕・リフォーム | 50年間で700万円 |
| 85歳時点の住宅価値 | 都心型1,800万円、郊外型600万円と仮定 |
この条件では、住宅ローンの返済総額は約6,430万円です。頭金、諸費用、固定資産税、管理費、修繕積立金、リフォーム費用を加えると、持ち家の50年間の総支出は約1億1,410万円となります。
賃貸では、生活段階に応じて住戸を小さくする条件を置きました。35〜49歳は月額16万円、50〜64歳は14万円、65〜84歳は11万円を基準とし、いずれも35歳時点の価格水準で家賃上昇率を反映します。初期費用は60万円、2年ごとの更新料と火災保険料、50歳・65歳・75歳の住み替え費用も計上しました。更新料は更新時点の家賃1か月分、転居費用は家賃3か月分と引っ越し費用20万円です。転居時に更新料が重ならないよう、更新時期は35歳から2年ごとに設定しています。
| 項目 | 持ち家 | 賃貸0% | 賃貸1% | 賃貸1.5% | 賃貸2% |
|---|---|---|---|---|---|
| 頭金・諸費用・初期費用 | 1,400 | 60 | 60 | 60 | 60 |
| ローン返済・家賃 | 6,430 | 8,040 | 10,148 | 11,478 | 13,040 |
| 管理費等・更新料 | 2,280 | 320 | 406 | 460 | 523 |
| 税金・住み替え費用 | 600 | 168 | 202 | 224 | 249 |
| リフォーム・保険料 | 700 | 38 | 38 | 38 | 38 |
| 総支出 | 11,410 | 8,626 | 10,853 | 12,259 | 13,910 |
単位は万円です。「税金・住み替え費用」は、持ち家では固定資産税・都市計画税、賃貸では住み替え費用を計上しています。金額は端数を四捨五入した概算で、表示項目の合計と総額に差が出る場合があります。賃貸の家賃上昇率は毎年一定と仮定し、持ち家の税金や管理費の将来上昇、双方の資金運用収益は反映していません。
この試算では、家賃が上昇しない場合の賃貸支出は約8,626万円です。年1%の上昇なら約1億853万円、年2%では約1億3,910万円となります。持ち家は、85歳時点で不動産資産が残る想定です。都心型マンションの残存価値を1,800万円とすれば、総支出から単純に差し引いた金額は約9,610万円、郊外型で600万円と置いた場合は約1億810万円です。
試算から分かることと比較の限界
家賃が上がらない条件では、賃貸の総支出は二つの持ち家ケースより小さくなります。一方、家賃が年1%上がると、都心型持ち家の残存価値を差し引いた費用より賃貸支出が大きくなり、上昇率が1.5%、2%となるほど差が広がります。
ただし、これは持ち家が有利だと結論づける試算ではありません。持ち家は同じ物件を50年間所有する一方、賃貸では生活段階に応じて住戸を小さくしています。同じ居住サービスを比べたものではなく、85歳時点の住宅価値も仮定に基づいています。
さらに、50年後の支出と現在の支出を単純に合計しており、貨幣の時間価値を反映していません。本来は将来の支出を適切な割引率で現在価値に換算することが望ましいでしょう。賃貸を選んだ場合に手元に残る資金の運用益や、購入住宅の価格変動も考慮されていません。
この比較から読み取れるのは、持ち家と賃貸の絶対的な優劣ではなく、家賃上昇率、住み替え、住宅の残存価値、維持管理費などの前提によって結果が大きく変わることです。自分の条件に合わせる際は、住む地域や間取り、資金運用、転居の可能性も見直す必要があります。
高齢期の賃貸を支える改正住宅セーフティネット法
法改正の背景と三つの柱
住宅セーフティネット法の正式名称は「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律」です。2007年に制定され、2024年に成立した改正法は2025年10月1日に施行されました。高齢者、低額所得者、障害者、子育て世帯、被災者など、住宅の確保に配慮が必要な人が民間賃貸住宅へ円滑に入居できる環境を整えることを目的としています[5]。
単身高齢者の入居では、死亡後の契約や残された家財の処理、家賃滞納などが賃貸人の懸念になりやすいものです。入居者が亡くなった後に相続人との連絡が必要になったり、相続人が分からず明け渡しが遅れたりする可能性もあります。改正法は、貸主側の不安と入居者の居住安定を両立させることを目指しています。
改正内容は、賃貸市場の環境整備、居住サポート住宅の供給、住宅政策と福祉政策の連携という三つの柱に整理できます。
| 改正の柱 | 主な仕組み | 期待される役割 |
|---|---|---|
| 賃貸市場の環境整備 | 終身建物賃貸借、残置物処理、認定家賃債務保証 | 賃貸人の不安を軽減する |
| 居住サポート住宅の供給 | 安否確認、見守り、福祉サービスへの連携 | 入居後の生活を支える |
| 住宅政策と福祉政策の連携 | 居住支援法人や居住支援協議会などの活用 | 相談から退去までの支援体制を整える |
特徴は、住まいの紹介だけでなく、入居後の生活支援まで制度の対象にしている点です。住宅を確保できても、日常生活や契約の手続きに支援を要する人がいます。そうした課題には、住宅政策と福祉政策の連携が欠かせません。
居住サポート住宅の支援内容と確認事項
居住サポート住宅は、法律上「居住安定援助賃貸住宅」と呼ばれます。賃貸人と居住支援法人などが連携し、入居者に必要な生活支援を提供する住宅です。市区町村長などが居住安定援助計画を認定し、住宅の設備や規模、家賃、支援体制には一定の基準が設けられています。
面積要件は、新築か既存か、一般住宅か共同居住型かによって異なります。一般住宅の場合、新築は原則25㎡以上、既存住宅は原則18㎡以上で、台所などを共用する住宅には別の基準が適用されます。したがって、すべての居住サポート住宅が18㎡以上と理解するのは正確ではありません。
制度が始まったからといって、希望する地域にすぐ入居できるとは限りません。居住サポート住宅の情報提供システムや、都道府県の居住支援法人・居住支援協議会を通じ、実際の物件、家賃、入居条件、支援内容を確認しましょう。制度が存在することと、地域で利用できる住まいの数は分けて考える必要があります[5・15]。
支援には、安否確認、見守り、必要な福祉サービスへのつなぎがあります。安否確認は、原則として1日1回以上、通信機器や訪問などによって行われます。見守りは、原則として月1回以上の訪問などで心身や生活の状況を把握するものです。異常を確認したときは関係者へ連絡し、生活上の困難が見つかった場合は、地域包括支援センター、福祉事務所、介護サービス事業者などにつなぐことが想定されています[5・6]。
ただし、入居者の条件や認定計画によって、実際に提供される支援は異なります。安否確認・見守り・福祉サービスへのつなぎが、すべての入居者に一律で提供されるわけではありません。また、居住サポート住宅は介護施設ではなく、常時の介護や医療処置を一律に提供する制度でもありません。
「福祉サービスへのつなぎ」も、住宅側が介護サービスそのものを必ず提供する意味ではありません。国のQ&Aでは、支援が必要な場合に相談先を案内し、入居者が相談したことを確認する仕組みとされています。同行やサービス利用の調整まで一律に義務づけられているわけではなく、見守りや居住サポートに別途費用がかかる場合もあります。契約前に、誰が何を行い、費用がいくらかかるのかを確かめましょう。
家賃保証と住宅扶助の代理納付
賃貸住宅を借りるとき、家賃債務保証会社の利用を求められる場合があります。入居者が家賃などを支払えないときに、保証会社が契約で決められた範囲を保証する仕組みです。
改正法では、住宅確保要配慮者が利用しやすい保証会社を国土交通大臣が認定する制度が設けられました。認定業者には一定の業務基準があり、居住サポート住宅に入居する住宅確保要配慮者からの申し込みを、正当な理由なく拒まないことが重要な要件です。緊急連絡先を親族などの個人に限らないことや、本人が希望する場合などを除いて保証人を契約条件として求めないことも基準とされています[16]。
この制度は、身寄りのない高齢者などが申し込む際の障壁を軽くする役割があります。ただし、認定保証会社を利用すれば、すべての申し込みが必ず承認されるわけではありません。家賃の支払い能力などから正当な理由があれば保証を引き受けない場合もあります。また、保証会社が家賃を立て替えても、入居者の支払い義務がなくなるわけではなく、後から保証会社への返済が必要です。
生活保護制度には、家賃などの住居費を支援する住宅扶助があります。代理納付は、住宅扶助費を本人に支給してから家賃を払ってもらうのではなく、保護の実施機関が賃貸人へ直接支払う方法です。改正法では、居住サポート住宅に生活保護受給者が入居する場合、住宅扶助費などの代理納付を原則とする仕組みが設けられました。一定条件のもとで貸主が希望すると、保護の実施機関から家賃などが直接支払われます。
家賃の受け取りを確保しやすくなる点は貸主にとって安心材料ですが、住宅扶助費が満額支給されない場合などには例外があります。代理納付は家賃回収のリスクを完全になくす制度ではなく、適切な支払いを確保しやすくする仕組みです。
終身建物賃貸借と残置物処理
終身建物賃貸借は、「高齢者の居住の安定確保に関する法律」に基づく制度です。原則として60歳以上の人を対象に、一定要件を満たす住宅について、賃借人が亡くなるまで契約が続き、死亡時に終了する特別な賃貸借契約を結べます。
通常の賃貸借契約では、賃借人が亡くなっても賃借権は原則として相続人に承継されます。一方、終身建物賃貸借では、賃借人の死亡によって契約が終了し、賃借権は相続されません。借りる側は長期居住の見通しを立てやすくなり、貸主側は死亡後の契約関係の不確実性を減らせます。同居していた配偶者などには、一定条件のもとで継続居住を申し出られる仕組みもあります。
今回の改正では、終身建物賃貸借を行う事業者の認可手続きが簡素化されました。ただし、一般の賃貸借契約に「終身」の条件が自動的に付くわけではありません。認可を受けた事業者が要件に合う住宅で結ぶ契約であり、入居対象、住宅の構造や設備、解約条件にも定めがあります。長く住める安心だけで判断せず、家賃や契約上の居住条件、支援の範囲を確かめましょう[7]。
単身の入居者が亡くなると、家具、家電、衣類、書類などが室内に残ることがあります。これらの残置物は相続財産に含まれる場合があるため、貸主が無断で処分することはできません。相続人が分からない、遺族と連絡が取れないといった事情で、家財の整理が滞ることもあります。
国土交通省と法務省は、残置物処理に関するモデル契約条項を策定しました。改正法では、居住支援法人の業務にも残置物処理が位置づけられています。ただし、居住支援法人が入居者の死後に一律で家財を処分するわけではありません。追加された業務は、入居者から委託を受けて行う処理です。本人が元気なうちに、誰に何を委任するのか、契約や費用がどうなるのかを確認しておくことが、本人の希望に沿った整理につながります[5]。
地域差と制度利用の確認
改正法で居住支援制度は強化されましたが、利用できる住宅や支援機関の状況には地域差があります。居住支援法人や居住支援協議会が整備されても、人員や財源が足りなければ、実際に利用できる支援は限られるでしょう。
従来のセーフティネット登録住宅と、新制度の居住サポート住宅も同じものではありません。登録住宅全体の戸数が多くても、同じ数だけ安否確認や見守りがある住宅が整備されているわけではないためです。
高齢期の住み替えを考えるときは、制度の名称だけで判断せず、希望地域の認定住宅数、家賃、入居条件、支援内容を調べましょう。制度上の選択肢が存在することと、希望する住宅へ実際に入居できることは別の問題です。
家賃上昇と老後資金に備える
25年間の家賃上昇シミュレーション
生涯賃貸では、家賃の上昇が長期的な支出に影響します。ここでは、65歳時点の家賃を月額12万円とし、89歳までの25年間、同じ住宅に住む条件を置きます。家賃が毎年一定率で上昇すると仮定した場合、将来の家賃は「初年度の家賃×(1+年間上昇率)^経過年数」で計算できます。
| 家賃上昇率 | 10年目 | 20年目 | 25年目 | 25年間の総額 |
|---|---|---|---|---|
| 0% | 12.00万円 | 12.00万円 | 12.00万円 | 3,600万円 |
| 1% | 13.12万円 | 14.50万円 | 15.24万円 | 約4,067万円 |
| 2% | 14.34万円 | 17.48万円 | 19.30万円 | 約4,612万円 |
| 3% | 15.66万円 | 21.04万円 | 24.39万円 | 約5,250万円 |
家賃が一定なら25年間の支払いは3,600万円ですが、年2%上がる条件では約4,612万円となり、約1,012万円の差が生じます。年3%の条件では、総額は約5,250万円です。
これは家賃が毎年上昇するという予測ではありません。実際の賃料改定は契約条件や地域の市場動向によって異なります。ただ、わずかな上昇が長く続くと支払い総額に大きな差が生まれることは、資金計画に織り込んでおきたい点です。
公的年金とマクロ経済スライド
高齢期の家賃は、年金収入や金融資産から支払うことになります。公的年金の額は賃金や物価の変化などを踏まえて改定されますが、改定率が物価上昇率と常に一致するわけではありません。その要因の一つが「マクロ経済スライド」です。
マクロ経済スライドは、現役世代の被保険者数の変化や平均余命の伸びなどを踏まえて、年金給付水準を調整する仕組みです。2026年度の年金改定では、物価変動率3.2%、名目手取り賃金変動率2.1%のもとで調整が適用され、改定率は基礎年金が1.9%、厚生年金の報酬比例部分が2.0%となりました[12・17]。
この例からも、年金額が名目上増えていても、物価上昇に対して購買力が低下する場合があると分かります。ただし、調整率は毎年一定ではなく、制度や経済環境によって変わります。長期の資金計画では将来の改定率を断定せず、複数の条件で試算することが適切です。
年金に占める家賃の割合を試算
具体例として、65歳時点の夫婦の公的年金を月額22万円、家賃を月額12万円とします。年金は名目で年1.1%、家賃は年2%上昇する条件で、25年間の推移を見ます。
| 項目 | 1年目 | 10年目 | 20年目 | 25年目 |
|---|---|---|---|---|
| 月額年金収入 | 22.00万円 | 24.28万円 | 27.08万円 | 28.61万円 |
| 月額家賃 | 12.00万円 | 14.34万円 | 17.48万円 | 19.30万円 |
| 家賃負担率 | 54.55% | 59.07% | 64.55% | 67.47% |
| 家賃控除後の残額 | 10.00万円 | 9.94万円 | 9.60万円 | 9.30万円 |
試算では25年目の年金収入が月額約28万6,000円となる一方、家賃も約19万3,000円まで上がります。家賃負担率は約67.5%に達し、家賃を差し引いた残額は当初の10万円から約9万3,000円へ縮小します。食費、光熱費、医療費、介護費なども上昇すれば、名目年金が増えても家計の実質的な購買力は下がる可能性があります。
この試算では年金収入を便宜上一定率で増やしていますが、実際の年金改定は制度上の計算に従うため、将来予測ではありません。また、月額22万円の年金に対して家賃12万円を負担する設定は、当初から住居費の割合が高いケースであり、賃貸世帯全体の標準像を示すものではありません。
ダウンサイジングで家賃を調整する
家賃上昇への対応策の一つに、生活段階に応じて住宅を小さくするダウンサイジングがあります。子どもが独立した後も、広い住宅を借り続ける必要があるとは限りません。高齢期に適した小規模な住宅へ移ることで、家賃を抑えられる可能性があります。
月額15万円の住宅から10万円の住宅へ移れば、家賃差は月5万円、年間60万円です。10年間では合計600万円になりますが、実際には新居の契約費用や転居費用も必要です。礼金、仲介手数料、保証料、火災保険料、引っ越し費用、不要な家財の処分費などを見込まなければなりません。
住み慣れた地域から離れることは、心理面や身体面の負担にもなり得ます。病院、買い物先、友人との関係が変われば、生活の継続性にも影響するでしょう。家賃の低下だけで決めず、生活費全体と健康、地域とのつながりを考慮することが大切です。
家賃の値上げを求められたときの対応
借地借家法第32条の考え方
インフレ局面では、貸主から賃料の増額を求められることがあります。契約期間中であれば値上げを一律に拒めるわけではありません。借地借家法第32条は、土地や建物に対する税負担、不動産価格、経済事情、近隣の同種建物の賃料などが変化し、現在の家賃が不相当になった場合、当事者が将来に向かって賃料の増減を請求できると定めています。貸主からの増額だけでなく、借主からの減額請求にも関係します[13]。
一定期間は賃料を増額しないという特約がある場合は、その合意が優先されます。また、貸主が提示した金額が、そのまま法律上の適正賃料になるわけでもありません。賃料増額請求権は、要件を満たす意思表示によって賃料変更の効力が生じ得る形成権と解されていますが、請求が適法か、どの金額が相当かをめぐって争いになる場合があります。
継続賃料を評価する四つの手法
契約が続いている物件の賃料は「継続賃料」と呼ばれ、新たな入居者に提示される新規賃料とは区別されます。国土交通省の不動産鑑定評価基準では、継続賃料を求める手法として、主に次の四つが示されています。
| 手法 | 基本的な考え方 |
|---|---|
| 差額配分法 | 現在の賃料と適正な新規賃料などとの差額を、契約事情を踏まえて配分する |
| 利回り法 | 不動産の基礎価格と継続賃料利回りなどから算定する |
| スライド法 | 直近の合意賃料に、その後の経済事情の変動を反映する |
| 賃貸事例比較法 | 類似物件の賃料改定事例と比較して算定する |
現在の家賃が月10万円で、同等物件の新規募集家賃が12万円になっていたとしても、既存契約の家賃が直ちに20%増額されるとは限りません。継続賃料の評価では、契約の経緯、過去の賃料改定、契約条件、物価や税負担の変化などを考慮します。差額配分法でも、新規賃料との差額を必ず半分ずつ配分するという一律のルールはありません。各手法の適用可能性や資料の信頼性を踏まえて総合的に判断します。
協議から調停や裁判に進む場合
値上げを求められたら、まず周辺の類似物件の家賃、固定資産税、不動産価格、契約後の経済事情など、貸主が示す根拠を確認しましょう。そのうえで、増額の必要性と金額を話し合います。
協議がまとまらない場合、借地借家法第32条第2項では、増額を正当とする裁判が確定するまで、借主が自ら相当と認める額を支払えるとされています。従前の家賃を支払い続けることが選択肢になる場合もありますが、どの金額が相当かは個別事情によります。貸主が受領を拒否する場合には弁済供託を検討することがありますが、要件や手続きがあるため、自己判断で支払いを止めるのは避けるべきです。
賃料の増減額をめぐって訴訟を起こす場合は、民事調停法第24条の2により、原則として先に調停を申し立てます。調停前置主義と呼ばれる仕組みで、まず裁判所の調停を通じて合意を目指し、解決しない場合には訴訟で適正な賃料を判断することになります[14]。
さらに、借地借家法第32条第2項には、増額が裁判で認められた場合の利息規定があります。支払済みの額より裁判で正当とされた賃料が高ければ、不足額を支払う必要があり、その不足額には支払期後の年1割、すなわち年10%の割合による利息が発生します。たとえば毎月1万円の不足が確定すれば、各月分について支払期からの期間に応じて利息が計算されます[13]。
値上げの申し入れに納得できないときも、ただ拒否するだけではなく、根拠を確認して話し合うことが大切です。必要に応じて弁護士や不動産鑑定士などへ相談し、長期化した場合の金銭的リスクも把握しておきましょう。
普通借家契約と定期借家契約
賃貸借契約には普通借家契約と定期借家契約があり、契約期間満了時や賃料改定の扱いが異なります。
| 項目 | 普通借家契約 | 定期借家契約 |
|---|---|---|
| 契約期間満了 | 更新される場合がある | 原則として更新されず終了 |
| 更新拒絶 | 貸主には正当事由などが必要 | 適法な契約では原則として期間満了で終了 |
| 賃料増減額請求 | 原則として借地借家法第32条が適用 | 有効な賃料改定特約がある場合は第32条が適用除外 |
| 長期居住 | 比較的継続しやすい場合がある | 再契約できる保証はない |
普通借家契約では、貸主が更新を拒絶する場合などに法律上の制約があります。一方、定期借家契約は、法定の方式や手続きを満たしていれば期間満了で終了し、再契約できる保証はありません。定期借家契約に有効な賃料改定特約がある場合、借地借家法第32条による増減額請求が適用されないこともあります。生涯賃貸を考えるなら、現在の家賃だけでなく、契約の種類、更新や再契約の条件、賃料改定条項まで確認してください。
高齢期に適した賃貸住宅を選ぶ
身体機能の変化に対応できるか
若い頃は、職場へのアクセス、家賃、間取り、デザインを重視して住宅を選ぶことが多いでしょう。高齢期には、日常生活動作を意味するADLへの対応が重要になります。ADLには歩行、食事、入浴、着替え、排せつなど、生活に必要な基本動作が含まれます。
加齢で身体機能が低下すると、階段や段差が大きな負担になることがあります。エレベーターのない建物の3階に住んでいれば、若い頃には気にならなかった階段が外出を控える理由になるかもしれません。浴室やトイレの段差、狭い廊下、滑りやすい床にも注意が必要です。手すりを設置しやすいか、車いすを使える幅があるか、扉を開閉しやすいかなど、将来の変化を見越して確認しましょう。
和室と隣室を引き戸で仕切れる住戸なら、開放して広く使うことも、閉じて別々の部屋として使うこともできます。生活人数や身体状況が変わったときの使い勝手を考えるうえで、間取りの可変性は確認したい点です。ただし、間取り図だけでは段差の高さ、廊下幅、浴室の安全性、断熱性能までは分かりません。内見では動線や寸法を確かめ、広告の印象と実際の暮らしやすさを分けて判断しましょう[8]。
住宅全体を対象にした2023年調査では、高齢者などのための設備がある住宅は56.0%でしたが、段差のない屋内は22.3%、廊下などが車いすで通れる幅の住宅は16.8%です。これは賃貸住宅だけの数値ではなく、個別物件の適合性を保証するものでもありません。それでも、「バリアフリー」という表示だけで決めず、玄関から浴室まで実際に確かめる必要性を示しています[1]。
断熱性と室内の温度差
住宅の断熱性能も、高齢期の暮らしを考えるうえで重要です。暖かい居室から寒い脱衣所や浴室へ移動すると、血圧が大きく変動する場合があります。窓の断熱性能、浴室暖房、暖房設備の配置などを確認し、室内の温度差を抑えやすい環境か確かめましょう。断熱性の高い住宅は、冷暖房費の抑制につながる可能性もあります。
家賃だけを比べるのではなく、光熱費や室内の快適さも含めて評価することが合理的です。住居費を抑えられても、光熱費がかさみ、健康面で負担が増えるなら、家計全体で有利とは限りません。
医療や買い物へのアクセス
高齢期には、自動車の運転をやめた後も通院や買い物を続けられる環境が欠かせません。スーパー、調剤薬局、医療機関、金融機関、公共交通機関などを無理なく利用できるか確認します。徒歩で何分かだけでなく、歩道の状態、坂道、横断歩道、交通量なども実際の移動負担を左右します。
地域包括支援センターや訪問介護・訪問看護などのサービスを利用しやすい地域かどうかも見ておきましょう。家賃を抑えるために交通の便が悪い地域へ移ると、タクシー代や生活支援サービスの費用が増える可能性があります。住宅選びでは、家賃だけでなく暮らしを維持する総費用を考える必要があります。
住み替えを経験したある家族は、介護サービスを利用する両親が同じ地域内で転居したことで、地域包括支援センターとの定期面談やケアマネジャーとの関係を継続できたと語っています。自治体をまたぐ転居では担当やケアプランが変わることもあり、家賃や間取りだけでなく支援の継続性も判断材料になります。一家庭の経験ではありますが、候補物件を比べる際に通院先や支援者との距離を具体的に確認する大切さを教えてくれます[9]。
災害リスクと長く住める環境
洪水や土砂災害などへの備えも、高齢期の住宅選びで確認したい点です。自治体のハザードマップで浸水想定区域や土砂災害警戒区域に当たるかを調べ、建物の耐震性、避難経路、停電時の移動手段も見ておきましょう。
高層階は浸水を避けやすい場合がありますが、停電でエレベーターが止まれば移動が難しくなる可能性もあります。安全性は立地と建物の構造を合わせて判断しなければなりません。今の快適さだけでなく、身体機能が変化した後も暮らしを続けられるかが、高齢期の住宅選びの軸になります。
見守りとプライバシーのバランス
見守りの仕組みを選ぶ際は、支援があるかだけでなく、本人が望む距離感も確かめましょう。UR団地で相談や見守りを担うスタッフへの取材では、「この団地で長く暮らしたいけれど、介入し過ぎてほしくない」という入居者の思いを尊重し、必要なときにつなぐ関わり方が紹介されました。別の事例では、介護を一人で抱えていた配偶者が地域包括支援センターにつながり、デイサービスを利用して自分の時間を持てるようになったとされています[10]。
これはUR団地での事例であり、すべての団地や支援者に共通する効果を示すものではありません。それでも、安心のための見守りが自立やプライバシーと両立できるかを事前に話し合うことは、居住サポート住宅を選ぶときにも役立ちます。
FPと考える生涯賃貸の資金計画
暮らしの希望から住まいを考える
生涯賃貸を前提とした相談では、まず本人や家族がどのような生活を望むのかを整理します。世帯構成、勤務先、転職の可能性、親の介護、子どもの独立、退職後に住みたい地域などを確かめましょう。
将来、地方へ移住する可能性が高い世帯では、今の居住地で住宅を買うことが必ずしも合理的とは限りません。一方、地域とのつながりが強く、同じ場所で長く暮らしたい世帯には、購入も有力な選択肢です。購入か賃貸かを先に決めず、生活設計から必要な住環境を明らかにすることが大切です。
金融資産と家計の耐久力を確認する
次に、金融資産、収入、支出、負債を確認します。賃貸を続ける場合、退職後も家賃を支払える資産を確保しなければなりません。生活費の一定期間分を生活防衛資金として確保し、それ以外の資金について運用方針を検討する方法があります。必要額は雇用の安定性や家族構成、保有資産によって異なりますが、生活費の6か月から1年分程度を検討材料とする考え方もあります。
退職金、企業年金、確定拠出年金、iDeCo、公的年金などの受給見込額も整理しましょう。金融資産の総額だけでなく、必要な時期に現金化できるかという流動性も重要です。運用中の資産があっても、家賃や医療費を払う時期に価格が下がっていれば、計画どおりに使えない可能性があります。
インフレを反映したキャッシュフロー表
キャッシュフロー表では、収入と支出の変化を将来にわたって見通します。生涯賃貸の場合、家賃と一般物価の変動率を分けて設定することが望ましいでしょう。たとえば、家賃は年2%上昇、一般生活費は年1.5%上昇とし、公的年金の改定率は別に置きます。
家賃、生活費、年金収入が異なる速度で変化したときの資産残高を確認すれば、80歳や90歳の時点で資金が不足する可能性も見えてきます。その場合は、住居費の見直し、就労期間の調整、支出削減などを検討できます。ただし、将来の家賃や運用収益を正確に予測するのは困難です。一つの数値に依存せず、複数のシナリオで比べることが大切です。
シナリオ分析とストレステスト
ストレステストは、通常より厳しい経済環境を想定し、家計がどの程度の負担に耐えられるかを確かめる分析です。家賃上昇、物価、公的年金、金融資産の運用収益、寿命などを組み合わせて検討します。
| シナリオ | 仮定する条件 | 確認する問題 |
|---|---|---|
| 標準型 | 物価1%、家賃1%、年金0.6%増 | 通常の資産取り崩し |
| 高インフレ型 | 物価2.5%、家賃2%、年金1.1%増 | 生活費増加への対応 |
| 長寿型 | 家賃2%、年金1.5%増、95歳まで生存 | 長寿による家賃負担 |
| 収入減少型 | 就労収入減少と家賃上昇 | 早期の資産取り崩し |
| 住み替え型 | 75歳で低家賃住宅へ移動 | 転居費用と家賃削減効果 |
これらは計算のために置いた条件であり、将来予測ではありません。資産が不足する時期は各世帯の収支や運用状況によって変わるため、本人の金融資産、生活費、医療・介護費を反映させて比較します。
高齢期の住み替えと専門家の連携
生涯賃貸の計画では、高齢期の住み替えをあらかじめ考えておくことが重要です。70代前半までに長期居住に適した住宅へ移る計画や、必要に応じて居住サポート住宅、サービス付き高齢者向け住宅を検討する方法があります。サービス付き高齢者向け住宅は、高齢者の居住の安定確保に関する法律に基づく登録住宅で、居住サポート住宅とは制度が異なります。提供サービス、費用、入居条件を個別に比べてください。
身寄りのない高齢者の場合には、家賃債務保証、緊急連絡先、財産管理、死亡後の対応についても準備が必要になることがあります。身体機能や家賃の問題が切迫してから住み替えを始めると、選択肢が限られやすくなります。
ある夫婦は、雪下ろしへの不安や遠方に住む娘との距離をきっかけに、駅への近さ、バリアフリー、見守り、家族の近くという条件を話し合いました。年金収入や預貯金で入居できる住戸を選び、希望する暮らしに合わせて住み替えを進めています。家族の事情はそれぞれ異なりますが、どんな生活を続けたいかを早めに言葉にしておくと、住み替えの条件を整理しやすくなります[11]。
賃料増額請求や契約解除などの法律問題では弁護士、不動産価格や適正賃料の評価では不動産鑑定士、財産管理や任意後見契約では弁護士や司法書士などとの連携が必要になる場合もあります。介護や生活支援については、地域包括支援センター、ケアマネジャー、社会福祉協議会などが相談先になります。
FPに求められる役割は家計分析だけではありません。資金計画と住宅制度、福祉制度、法的手続きをつなぎ、相談者が必要な支援を使えるようにすることも重要です。
持ち家と賃貸のどちらを選ぶか
持ち家が選択肢になりやすい場合
持ち家には、住宅という資産を保有できることや、住宅ローンを完済すれば借入金の返済負担がなくなる利点があります。長期間同じ地域で暮らす予定なら、購入時の諸費用を長い居住期間で回収しやすくなる可能性もあります。資産価値が維持される地域では、将来の売却や相続という選択肢も残るでしょう。
一方、住宅価格が下落したり、建物の老朽化で大規模修繕が必要になったりすれば、負担は増えます。立地や建物の状態、購入資金を一つの不動産に集中させる影響も確認したいところです。
生涯賃貸が選択肢になりやすい場合
転職や移住などで居住地が変わる可能性が高い人、住宅購入に資金を固定したくない人、維持管理を自分で担いたくない人には、賃貸が合う場合があります。住宅価格に対して家賃が比較的低い地域や物件では、経済面で賃貸の魅力が高まることもあります。
ただし、高齢期には家賃の継続的な支払い、入居審査、住み替えの負担が問題になり得ます。賃貸を選ぶなら、若年期の自由度だけでなく、老後の家賃を支払う力と居住の安定性を確保しなければなりません。
老後の賃貸生活を判断する四つの確認点
老後も賃貸で暮らせるかを考えるときは、「賃貸か持ち家か」だけで判断せず、次の四つを確認します。
| 確認点 | 考えておきたいこと |
|---|---|
| 家計 | 年金や金融資産で家賃、更新料、生活費、医療・介護費を賄えるか |
| 住まい | 希望地域に、身体の変化に対応できる住宅があるか |
| 入居と契約 | 入居条件、保証、契約期間、更新・再契約、賃料改定条項を確認したか |
| 支援 | 見守りや福祉サービス、緊急時の連絡先を地域で利用できるか |
これらは、すべての人に共通する合格基準ではありません。家計に余裕があっても希望地域に住宅が見つからない場合や、物件があっても必要な支援が得られない場合があります。住み替えの時期や家族の希望も含め、どの条件を優先するかを考えるための確認軸です。
金額だけで決めず暮らし全体を比べる
持ち家と賃貸を比べる際、住宅ローンの返済総額と家賃の総額を並べるだけでは十分ではありません。持ち家ではローン、税金、維持管理費、修繕費、住宅価格の変動を見ます。賃貸では家賃、更新費用、住み替え費用、家賃上昇、購入しなかった資金の運用を考慮します。
さらに、立地、暮らしの快適さ、健康、家族との関係、地域とのつながりなど、金額だけでは表せない価値もあります。大切なのは、経済合理性だけを追うことではなく、希望する生活を長く無理なく続けられる住環境を選ぶことです。
よくある質問
- 老後も賃貸住宅で暮らし続けることはできますか
-
賃貸住宅で老後を迎える人はすでにいます。2023年の住宅・土地統計調査では、高齢者のいる世帯の18.2%が借家に住み、65歳以上の単身世帯では32.2%でした[1]。ただし、希望する地域に物件があるか、入居条件や家賃が合うかは個別に確認が必要です。早い段階から家賃を含む資金計画と、住み替え候補を考えておきましょう。
- 持ち家と賃貸では生涯の住居費をどう比べればよいですか
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住宅ローンと家賃だけでなく、持ち家の税金、管理費、修繕費、将来の売却価値と、賃貸の更新料、住み替え費用、家賃上昇を合わせて比べます。購入しなかった資金を運用する場合は、収益を保証されたものとして扱わず、価格変動も考慮してください。試算結果は前提条件によって変わるため、家族構成や住む地域、転居の可能性を反映させることが大切です。
- 高齢者が賃貸住宅を探すときに確認する制度はありますか
-
住宅セーフティネット法に基づく居住サポート住宅や、認定家賃債務保証業者制度などがあります。ただし、制度があるからといって希望地域に物件があるとは限りません。居住サポート住宅の情報提供システムや、都道府県の居住支援法人・居住支援協議会を通じ、家賃、入居条件、支援内容を確認しましょう[5・15]。
- 居住サポート住宅では介護や見守りをどこまで受けられますか
-
居住サポート住宅では、対象となる入居者に安否確認や見守り、福祉サービスへのつなぎなどが行われます。ただし、入居者の条件や住宅の認定計画で内容は異なり、三つの支援がすべて一律に提供されるわけではありません。介護施設でもないため、住宅ごとに支援の内容、担当者、頻度、費用を確かめてください[5・6]。
- 家主から家賃の値上げを求められたらどう対応すればよいですか
-
まず、値上げの根拠や金額の算定方法を確認し、貸主と協議します。借地借家法第32条に基づく賃料増額請求が認められる場合はありますが、提示額がそのまま適正賃料になるとは限りません。話し合いで合意できないときは調停や専門家への相談を検討します。支払いを自己判断で止めると不利益につながるおそれがあるため、供託などを含めて手続きを確認しましょう[13・14]。
- 老後の家賃上昇に備えて資金計画で何を確認すればよいですか
-
家賃、一般物価、公的年金の改定率を分けて試算し、複数の上昇シナリオで資産残高を確認します。家賃が上がった場合の住み替え候補や、転居費用、医療・介護費も含めて検討してください。将来の家賃や年金を一つの数字で断定せず、条件が変わったときに計画を見直せるようにしておくことが重要です。
まとめ
老後も賃貸で暮らすことは可能ですが、住みたい地域で住宅を確保できるか、家賃と生活費を払い続けられるか、身体の変化に合う環境や必要な支援があるかを確認する必要があります。持ち家にも資産価値や修繕費、居住地を動かしにくくなるリスクがあり、どちらが有利かは家計や生活設計によって変わります。
改正住宅セーフティネット法は高齢期の賃貸を支える仕組みを整えましたが、入居や家賃負担を無条件に保証するものではありません。制度と契約の内容を確かめ、家賃上昇や年金、住み替えを含めた資金計画を立てることが欠かせません。
住宅戦略の目的は、持ち家を取得することでも、生涯賃貸を選ぶことでもありません。希望する暮らしを経済的にも身体的にも無理なく続けられる住環境を確保することです。持ち家と賃貸を対立する選択肢と考えず、それぞれのリスクと利点を自分の生活に照らして検討しましょう。
参考資料
R65不動産 高齢者の住宅難民問題に関する実態調査(2025年) [3]
日本建築学会 高齢者向け住宅への入居経緯と入居前後における生活の変化に関する研究 [4]
国土交通省 住宅セーフティネット法等の一部を改正する法律について [5]
国土交通省・厚生労働省 居住サポート住宅についての主なQ&A [6]
国土交通省 終身建物賃貸借 [7]
LIFULL HOME'S PRESS 高齢親の住み替えを支援した家族の体験 [9]
UR賃貸住宅 くらしつながるサポーターへのインタビュー [10]
e-Gov法令検索 借地借家法 [13]
e-Gov法令検索 民事調停法 [14]
国土交通省 認定家賃債務保証業者制度 [16]
日本年金機構 マクロ経済スライド [17]
※50年間の住宅費用比較や将来の年金・家賃に関する数値は、説明のための条件設定に基づく試算であり、将来の住宅市場や金融市場を予測するものではありません。