会社に不満があっても、辞めた後の生活を考えると動けない。昇進して責任が増えても、家計の余裕や将来への安心が増えるとは限らず、それでも会社に残ることが最も現実的な選択になっている人はいるでしょう。
こうした状態を、個人の努力や転職への意欲だけで説明してよいのでしょうか。企業に雇われることを当然としてきた社会で、働く人が企業の外に所得を得る基盤を持てないまま、現代版の小作人になっていないかという問いが生まれます。
焦点は、会社を辞められるかだけでなく、会社が示す条件を断っても暮らしを続けられるかにあります。賃金と業務量、企業固有の技能、中高年の処遇、年金や相続をつなげて考え、選び直せる基盤をどう育てるかを検討することが、本稿の目的です。
現代版の小作人化とは何か
契約から離れる自由と生活を続けられる自由
退職、転職、事業の開始は、現代の労働者に認められている自由です。しかし、その権利を持つことと、実際に選べることの間には、生活費、技能、顧客、資金、家族の事情といった隔たりが横たわっています。
住宅ローンや教育費を抱えた人にとって、収入が途絶える不安は抽象的なものではありません。転職すれば所得が下がり、独立しても顧客を見つける見通しがなければ、不満のある条件を受け入れて働き続けることにも理由があります。
本稿でいう「現代版の小作人化」は、働くための経済基盤を自分で確保できず、その基盤を管理する相手との関係に生活を強く依存する状態のことです。法律上の自由があっても、契約条件を断った後に生きていく方法が乏しければ、実質的な選択肢は狭まります。
小作人化は統計上の雇用区分を指す言葉ではなく、本稿では経済的な依存関係を考える比喩として用います。正社員か非正規社員かという区分だけでは見えにくい問題に、目を向けるための表現です。
小作制度と雇用契約で異なるもの
歴史上の小作人は地主から土地を借り、農産物や金銭を小作料として納めていました。現代の労働者は企業へ労働力を提供し、対価として賃金を受け取るため、提供するものも支払いの方向も異なります。
労働者が企業から生産手段を借りている、という説明では、両者の契約構造の違いが不正確です。比較の焦点は、生産活動を続けるために必要な基盤を誰が管理し、働く側がどれだけその関係を選び直せるかという点にあります。
企業の売上には、労働だけでなく、設備、技術、原材料、資金、経営上の判断などが関わっています。賃金は企業が赤字でも原則として支払うべき対価であり、労働者が生み出した利益の一部を後から配るものと一律には説明できません。
一方、長年働いても、企業の設備や顧客との取引関係、事業上の信用、利益を受け取る権利が、自動的に労働者へ蓄積されるわけではありません。技能や貯蓄は本人に残っても、退職後に同じ仕事を続けるための基盤まで残るとは限らないのです。
小作人にも土地を失う危険や高い小作料、生活保障の乏しさがあり、過去の方が恵まれていたと一般化することはできません。ただし、耕作の継続が認められていれば、家族と仕事を分担し、年齢に応じて生産を続けられる場合はありました。
現代の雇用では、契約を終える自由を持つ一方、長く働いた場所で将来も仕事を続けられる権利までは保障されません。契約の自由と、生活を支える生産基盤の継続性を分けて考えると、この比喩が提起する問題が見えてきます。
雇用されることが標準になった社会
就業者の約9割が雇用される立場にある
総務省の労働力調査によると、2025年平均の雇用者は6,185万人で、就業者の90.6%を占めています。自営業主と家族従業者は合わせて614万人ですが、雇用者には公務員や団体職員、会社役員なども含まれ、全員が民間企業の社員という意味ではありません。総務省「労働力調査」
長期的な変化を国勢調査に基づく統計で見ると、就業構造の転換が分かります。
| 年次 | 雇用者 | 自営業主 | 家族従業者 |
|---|---|---|---|
| 1950年 | 39.3% | 26.2% | 34.4% |
| 2020年 | 88.8% | 8.5% | 2.7% |
年次による分類や不詳の扱いには違いがあり、2025年の労働力調査とも同じ調査方法ではありません。それでも、家業や自営に参加する人が多かった社会から、雇用されて働く人が大多数を占める社会へ移ったことは確認できます。国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」
雇用者の割合が高いだけで、不自由な社会だと証明できるわけではありません。問われるのは、ほかの働き方も実際に選べるうえで雇用を選んでいるのか、それとも雇用以外に生活を支える手段を持ちにくいのかという違いです。
学校から就職へ進む人生設計の経路依存
学校を卒業したら就職活動をし、入社後は会社の仕事を覚え、社内評価を通じて所得や地位を高める。その流れは、多くの人にとって自然であり、家庭でも安定した企業への就職を勧められてきました。
企業に入れば収入を得ながら仕事を学べるため、若者が就職を選ぶことには合理性があります。企業にとっても、採用した人材を育て、社内で経験を蓄積してもらうことには利点があるでしょう。
しかし、その選択が社会全体で積み重なると、教育、職業経験、信用、生活設計が企業への所属を中心に整えられます。顧客を探し、価格を決め、契約し、自分で仕事を成立させる経験を持たないまま、次の世代も同じ進路へ進むことがあります。
最初は合理的な選択だったものが、時間とともに選び直しにくい標準になるという点で、経路依存性に通じる問題です。誰かが明示的に自由を奪わなくても、選択肢を知り、試し、使い続けるための環境が育たなければ、自由は行使しにくくなります。
成長期に機能した仕組みの前提が変わった
新卒一括採用、企業内教育、年功的な処遇、長期雇用は、企業が拡大し、人口が若かった時代に発展しました。新しい部署や役職が増え、勤続が賃金上昇につながれば、会社へ長く所属することと生活の向上は結びつきやすくなります。
ただし、長期雇用や十分な退職金の恩恵は、当時からすべての労働者に均等に及んでいたわけではありません。中小企業や非正規雇用で働く人も含め、企業規模や雇用形態による違いがありました。
OECDの2026年対日経済審査も、伝統的な日本の雇用制度が、人口の若い時代には機能した一方、長期化する職業人生や技能需要の変化への対応を必要としていると論じています。平均勤続年数12.4年、勤続10年以上の労働者46.7%という値も、長期雇用の特徴を示しています。OECD「対日経済審査2026」
経済環境が変わっても、教育や生活設計は同じ速度で変わりません。企業が人事制度を見直したとき、何十年もその仕組みに適応してきた個人には、すぐに別の所得獲得方法へ移れないという時間差が生じます。
会社に適応するほど離れにくくなる逆説
企業特殊的人的資本と転職後の賃金
社内の業務手順、独自の管理方法、人間関係、調整の進め方を知ることは、その会社で働くうえで価値があります。ところが、別の会社では同じ知識を同じように使えるとは限らず、評価の土台まで移し替えられるわけではありません。
経済学でいう企業特殊的人的資本は、こうした特定企業との関係で価値を発揮する技能や経験を捉える概念です。ある会社で20年間管理職を務めた人が転職先で評価されにくいとしても、その人の能力が無価値になったという意味ではありません。
内閣府の2025年度『日本経済レポート』は、2020〜2024年のデータを使い、転職者と非転職者の賃金を分析しています。転職後0〜2年目では、同年齢の非転職者に比べ賃金が低く、45歳以上では推計上の差が最大30〜35%程度となっています。
これは属性を調整した比較であり、各人の転職前後の賃金が必ず30〜35%下がるという結果ではありません。それでも、企業内で蓄積した経験を、外部で同等の所得へ結びつけにくい問題を考える材料になります。内閣府「日本経済レポート2025年度」
求人があっても現在の条件を断れるとは限らない
会社を離れた後に所得が下がるなら、昇給が小さくても残る方が家計には合理的な場合があります。長く貢献した会社に適応するほど、その会社の外へ出る経済的な負担が大きくなるという逆説が、ここにあります。
労働市場の買い手独占力は、雇う企業が一社しかない場合に限りません。企業が複数存在していても、技能、地域、勤務時間、家庭の事情などで移動しにくければ、雇用主は賃金決定に一定の力を持ち得ます。
2008年のRIETIの研究も、日本的雇用の内部労働市場と、労働者が希望より長く働く過剰就業の問題を、企業の買い手独占力に関係づけて検討したものです。2023年版『労働経済の分析』では、労働市場の企業集中度や労働組合との関係から、交渉力と賃金を分析しています。RIETIの研究紹介、厚生労働省「労働経済の分析」
人手不足で転職条件が改善する職種もありますが、求人の多さと、ある人が同等の条件で移れることは別です。小作人化を問うなら、求人数に加えて、今の雇用主の条件を断った後に残る選択肢を見る必要があるでしょう。
賃金が上がっても依存が弱まるとは限らない
最低賃金と購買力を分けて見る
2025年度の地域別最低賃金は、全国加重平均で1,055円から1,121円へ、約6.3%引き上げられました。一方、2025年の毎月勤労統計では、事業所規模5人以上の現金給与総額による実質賃金は、前年比1.3%減となっています。
この実質賃金は、持家の帰属家賃を除く消費者物価指数で調整したものです。最低賃金とは対象者も集計期間も異なるため、二つの数字から引き上げの効果を直接測ることはできませんが、下限の上昇と家計の購買力の改善は同じではありません。厚生労働省「最低賃金」、「2025年毎月勤労統計確報」
2026年度は全国加重平均1,177円となる改定額が答申され、10月1日から12月2日にかけて順次発効する日程が示されています。実際に適用される金額と日は都道府県ごとに異なり、全国平均額がそのまま各労働者の最低賃金になるわけではありません。厚生労働省「2026年度最低賃金額答申」
直近の改善も見落とせません。2026年8月の速報では、同じ規模の事業所の現金給与総額は前年同月比3.8%増、実質賃金は1.5%増となり、OECDの集計でも同年第1四半期の実質賃金は前年同期比1.7%増でした。
ただし、OECDの同指標は2021年第1四半期をなお0.1%下回っており、短期の回復と長期の所得形成は分けて見る必要があります。月次、年平均、国際比較の指標を一つの連続した数字として扱うことも避けるべきでしょう。厚生労働省「2026年8月速報」、OECD「雇用アウトルック2026 日本」
また、額面給与の増額が、そのまま手取りの増額になるとは限りません。税や社会保険の負担、労働時間の変化、将来の年金につながる保障も含め、現在の家計と生涯所得の両方から確認する必要があるでしょう。日本年金機構「厚生年金保険のしくみ」
人員削減と仕事量の増加が隠れることもある
賃金総額は経済全体で固定されているわけではなく、売上、価格転嫁、生産性などによって増やせます。それでも、売上が伸びにくい企業が人件費を抑えようとすれば、採用人数、勤務時間、人員配置、昇給原資などを調整する可能性があります。
ある部署で、月給25万円の社員10人が担っていた仕事を、月給27万円の社員9人で行う場合を考えてみましょう。業務総量は変わらず、仕事を均等に配分し、法定福利費などは計算に含めないものとします。
| 項目 | 変更前 | 変更後 |
|---|---|---|
| 社員数 | 10人 | 9人 |
| 一人当たり月給 | 25万円 | 27万円 |
| 月間の給与総額 | 250万円 | 243万円 |
| 一人当たり業務量の指数 | 100 | 約111.1 |
一人当たり月給は8%増えても、業務量は約11.1%増え、給与総額は減っています。この設定では仕事量当たりの給与は計算上約2.8%下がりますが、労働時間や仕事の質を定めていないため、時間当たり賃金の低下を示すものではありません。
設備や仕組みの改善によって、少人数でも無理なく仕事を進められるなら、効率化の成果を考えられます。ところが、作業の方法を変えずに残った人へ負担を移しただけなら、昇給の数字から受ける印象と、働く人の実感は食い違うでしょう。
例えば、報告書の転記や確認を残したまま、分析や改善提案だけを新たに求めれば、能力開発が負担増へ変わることがあります。学び直しを賃金や裁量へつなげるには、従来業務を減らし、習得した技能を使う役割と評価も用意する必要があるでしょう。
2026年8月の森川正之氏のRIETI研究では、日本企業のパネルデータから、最低賃金引き上げが平均賃金を高める一方、雇用や利益率を低下させる効果が推計されています。同研究で生産性上昇の効果は確認されていませんが、それだけで正社員の負担増や全企業に共通する結果まで証明されるわけではありません。RIETI「最低賃金引き上げの影響」
正社員という身分と所得の安定を同一視しない
2025年平均では、役員を除く正規の職員・従業員は3,700万人で前年より55万人増え、非正規の職員・従業員も2万人増の2,128万人でした。正社員の人数が一方的に減っているという説明は、これらの統計に合いません。厚生労働省「正規雇用と非正規雇用労働者の推移」
それでも、昇進停止、昇給幅の縮小、役職定年、業務集中、再雇用後の賃金変化によって、同じ雇用区分の中でも将来の見通しは変わります。正社員であり続けることと、生涯所得や会社への交渉力が保たれることは、一つの問題ではありません。
これを「実質的な非正規化」と呼ぶ場合も、法的な雇用区分の変更と混同しないことが必要です。本稿で注目するのは、名称を維持したまま所得の予測可能性が弱まり、不利な条件を断りにくくなる変化であり、どれほど進んでいるかは別途検証が要ります。
中高年の人生と企業のピラミッドは一致するか
能力を高めても全員は昇進できない
社員100人に対して部長職5人、課長職15人が必要な企業では、全員が能力を高めても、全員をその役職に就けることはできません。事業拡大でポストを増やせる時期と、同じ規模で人材を配置する時期では、昇進の条件も変わります。
人口構造も重なります。厚生労働省が総務省資料から推計した2025年10月1日の日本人人口では、50〜54歳は約961万人、30〜34歳は約592万人で、前者は後者の約1.6倍です。
これは各企業の年齢構成を直接示すものではありませんが、中高年層が厚い人口構造と、上位ほど人数の少ない組織構造の組み合わせを考える材料になります。厚生労働省「人口動態統計月報年計」参考人口
経験者の役職を維持すれば若手の登用が進みにくく、役割を替えれば本人の処遇や意欲に影響することがあります。専門職として働く道も重要ですが、必要な人数や業務は企業ごとに異なり、制度を置くだけで全員の所得が保障されるわけではありません。
行き詰まりは退職より前に始まる
人事院の2023年調査では、事務・技術関係職種の従業員がいる調査対象企業の16.7%に役職定年制がありました。導入企業の部長級・課長級では55歳を定める割合が最も高く、調査は常勤従業員50人以上の民間企業を対象としています。人事院「民間企業の勤務条件制度等調査」
役職定年と昇進停止は異なり、制度がなくてもキャリアの見通しが変わることはあります。40代後半や50代で昇進の可能性が小さくなっても、その人の生活や就労可能期間は、その先も長く続くという点が重要です。
2025年版『労働経済の分析』は、1993年以降、年齢や勤続による賃金カーブが長期的に平坦化していると分析しています。また、新卒で入った企業に継続勤務する生え抜き社員の割合は、2008年の約40%から2023年の約37%へ低下し、35〜44歳、45〜54歳でも長期的な低下傾向がみられます。厚生労働省「企業と労働者の関係性の変化」
会社に長く勤めれば必ず処遇が改善するという期待が弱まると、努力してきた人ほど戸惑う場合があります。評価されるために身につけた能力と、その能力で残りの人生を支える方法が、同じとは限らないからです。
雇用期間の延長と生活の安定は別の課題
2024年の企業意識調査を基にした厚生労働省資料では、定年後の賃金を定年前の6〜7割程度とする回答が45.3%、ほぼ同程度とする回答が15.4%でした。一方、2019年との比較では改善傾向もあり、高齢者の待遇が一様に悪化しているとはいえません。厚生労働省「高齢者再雇用時の賃金」
2022年の就労条件総合調査に基づく2026年の基本方針では、再雇用制度の契約期間を1年とする企業が71.6%とされています。ただし、1年契約であることが直ちに翌年の雇用終了を意味するわけではなく、雇用確保義務や契約更新に関する法的な保護もあります。厚生労働省「高年齢者等職業安定対策基本方針」
同方針によれば、2025年6月1日時点で、常用労働者21人以上の企業の99.9%が65歳までの雇用確保措置を実施しています。70歳までの就業確保措置は34.8%で、努力義務の措置には業務委託などもありますが、創業支援等措置の導入は約0.1%でした。
こうした対策は働く機会を支える一方、希望する職務と所得を生涯保障する制度とは異なります。企業の人員配置の時間軸と、個人が生活費を必要とする時間軸を、雇用延長だけで一致させることには限界があるでしょう。
昇進を望まない労働者と組織の持続可能性
管理職を断ることにも経済的な理由がある
昇進が所得の上昇や生活の安定につながるなら、責任を引き受ける理由になります。しかし、残業や調整業務、部下への対応が増える一方、報酬や裁量がそれに見合わなければ、役職を目指さない判断にも理由があるはずです。
アデコ株式会社調べによる2026年9月公表の調査では、一般社員800人の76.7%が、将来管理職になりたくないと回答しました。一般社員の71.7%、管理職600人の59.9%は、管理職という仕事は得より損が多い、または得がないと捉えています。
管理職になりたくない613人が挙げた理由は、ストレス78.0%、責任の増加52.7%、勤務時間の長期化46.3%でした。また、引き受けてもよい条件として69.7%が給与・賞与の大幅な増額を挙げています。
調査は全国の20〜60代の会社員1,400人を対象に、2026年3月19〜24日にインターネットで実施されました。理由などは複数回答であり、数値は同社公表値ですが、全国の会社員全体の割合を厳密に推定した結果ではありません。アデコ株式会社「管理職という仕事に関する調査」
JMAMが2025年10月に行った調査でも、一般社員のうち、仕事には面白さを感じながら管理職を望まない層は34.8%でした。2018年の30.9%、2023年の32.2%から増えており、仕事への意欲と昇進意欲を同じものとして扱えないことがうかがえます。(出典:JMAM『Learning Design』2026年5–6月号「最新調査から読み解く ポジティブ管理職の実態」)
ポスト不足と担い手不足は同時に起こり得る
処遇のよい上位ポストには応募が集まる一方、責任が重く裁量や報酬の乏しい中間管理職は敬遠されることがあります。そのため、昇進先が限られる問題と、管理職を引き受ける人が足りない問題は、同じ組織で起こっても矛盾ではありません。
管理職不足を残った人への業務集中で補えば、人材育成、業務調整、評価、経営と現場の情報共有が後回しになる可能性があります。現場の負担が増え、上司の姿を見た社員が昇進を避けるようになれば、担い手不足をさらに強めるでしょう。
これは調査だけで確定できる因果関係ではありませんが、人件費の抑制が長期的な組織運営能力を弱める経路として検証する価値があります。報酬の改善、権限の委譲、階層の見直し、専門職の処遇などは、企業がこの連鎖を変える手段になり得るでしょう。
労働者が退職できなくても、昇進を望まない、職務の範囲を超える責任を引き受けないという選択は残ります。企業は雇用契約によって労働力を確保しても、社員が組織を積極的に支える意欲まで当然に確保できるわけではありません。
企業への依存が強い働き方は、企業側にも、人材配置の硬直性や育成の停滞として返ってくる可能性があります。労働者の選択肢を狭めることが、そのまま組織の安定につながるとは限らないのです。
企業が採用しない労働にも価値はある
採用基準と人間が提供できる価値を分ける
経験や意欲が残っていても、週5日働けない、長時間の勤務が難しい、会社が求める売上目標に合わないという理由で、雇用が成立しないことがあります。介護、病気、子育てなどによる制約は、高齢者だけの問題でもありません。
ある営業経験者が、顧客への助言や若手の育成には優れていても、従来と同じ件数を訪問し続けるのは難しい場合を考えます。その人が提供できる価値と、企業が用意する一つの職務の条件に、ずれがある状態です。
厚生労働省の2025年版白書の図表では、55〜64歳の女性の労働力率は、2015年の59.2%から2024年の72.1%へ上昇しています。中高年の労働参加は進んでいますが、参加する人が増えることと、各人に合う条件で価値を発揮できることは別の課題です。厚生労働省「雇用情勢の動向」
企業が求める条件へ本人を適合させる支援に加え、人が提供できる多様な仕事を、どう所得につなげるかを考える必要があります。企業の採用判断を、人間の労働能力全体の価値を測る唯一の基準にしてよいかという問いです。
最低賃金と小さな仕事の受け皿
最低賃金は、短時間のパートやアルバイトにも原則として適用されます。短い仕事を禁止する制度ではなく、雇用して働いてもらう時間に、法定以上の賃金を支払うことを求める制度です。厚生労働省「今日から使える労働法」
ある仕事から企業が得られる追加収益が1時間当たり900円で、適用される最低賃金を1,200円と置いて考えてみます。ほかの費用や事業への波及効果を考慮しない設定では、その仕事だけのために雇用すれば採算を取りにくくなります。
しかし、この900円は人間そのものの価値でも、その人の能力の上限でもありません。その企業の特定の仕事における収益の設定にすぎず、別の顧客や提供方法で、より高い対価を得られる可能性もあります。
自分で商売を営む場合、自分自身の所得には通常、最低賃金の下限は適用されません。ただし、業務委託という名称でも働き方の実態が労働者に当たれば、労働法上の保護が適用され、契約名を変えて保護を外せるわけではありません。厚生労働省「フリーランスへの労働関係法令の適用」
小さな仕事の受け皿を考えることは、最低賃金を避けて安く働かせる仕組みを作ることとは異なります。雇用の保護を維持しながら、本人が仕事の量や内容を決め、需要のある価値を無理のない規模で提供できる基盤を育てることが求められるのではないでしょうか。
小規模事業の裁量と継続性
30分程度の簡単な修理、助言、少量の商品製造や販売、季節的な農作業、週に数時間の店舗運営などには、大きな組織の標準勤務と違う形で参加できる余地があります。顧客の需要と採算が成立すれば、体力や生活事情に合わせた働き方を選べるでしょう。
家業にも、営業時間を短くする、重い仕事を分担する、後継者へ事業を引き継ぐといった調整の余地がありました。店舗、設備、顧客基盤などへの権利を持っていれば、第一線を退いた後も事業との経済的な関係が残る場合があります。
もっとも、大型店との競争、賃料、仕入れ価格、法令対応、地域人口の減少などで、小さな商売も制約を受けます。家族の無償労働や低い所得に支えられていた事業もあり、自営の裁量と生活の安定を同一視することはできません。
重要なのは、企業に雇われる場所以外にも、仕事を続けられる設備、取引先、事務機能、信用へのアクセスがあるかという点です。個人所有に加え、共同所有、共同経営、既存事業への参加や承継も、その基盤を確保する方法になります。
雇用への依存が賃金と経済全体へ及ぶ経路
生産性の上昇が賃金へ届かない問題
生産性が上がっても、労働者がその成果を十分な所得として受け取れるとは限りません。転職や独立の選択肢が乏しく、雇用の維持を優先せざるを得なければ、賃金交渉で強い要求を出しにくくなることがあります。
人が忙しく働くことと、労働生産性が高いことも同じではありません。労働生産性は、労働時間などの投入に対する付加価値を表す指標であり、本人の勤勉さや能力だけで決まる数字ではないのです。
日本銀行の研究者が2026年8月に公表した論文は、低いトレンドインフレや賃金より雇用の安定を優先する慣行に着目し、賃金と生産性の乖離を分析したものです。実証分析とモデル分析から、賃金の硬直性が賃上げを抑え、労働の企業間再配分にも影響した可能性が示されています。
これは日銀の研究論文による分析であり、雇用依存だけを日本の賃金停滞の原因とする結論ではありません。交易条件、産業構造、投資、物価なども関わりますが、交渉力や移動の難しさを周辺的な問題として扱うこともできないでしょう。日本銀行「生産性向上が賃金上昇に反映されなかったのはなぜか」
IMFの2026年対日審査でも、人手不足が続く中で購買力が低下したことや、1996年以降の生産性と賃金の乖離が取り上げられています。賃上げの動きがある現在も、長期的な所得形成を検証する必要は残っています。IMF「2026年対日審査」
企業の費用削減と社会全体の費用は一致しない
個々の企業にとって人件費の抑制が合理的でも、多くの企業で家計所得が伸びなければ、消費が弱まり、国内需要を見込んだ投資も慎重になる可能性があります。所得の伸び悩みが賃上げ余力の乏しさへ返ってくる経路です。
さらに、若い時期から資産を形成しにくければ、高齢期の生活保障を必要とする人が増えるかもしれません。企業が削減した費用の一部が、本人の所得不足や公的支援の必要性として、後年に社会全体へ現れる可能性があります。
この連鎖がどれほど強く働くかは実証が必要であり、最低賃金の上昇が消費を支えたり、効率化投資を促したりする経路もあります。各企業の合理性が社会全体の合理性と一致しない場合を、合成の誤謬に通じる問題として検証することが重要です。
企業は商品やサービスを生み出す組織であり、国民全員の生涯所得を引き受けられるとは限りません。その組織への所属を、多数の人の生活を成り立たせるほとんど唯一の経路にしてよいのかという問いは、経営の問題を超えています。
現在の高齢者の生活だけでは将来を測れない
若い時期の不利益が老後へ持ち越される
2025年に公表された総務省資料では、65歳以上人口の割合は29.4%、2024年平均の65歳以上就業者は930万人でした。高齢者が働くことはすでに広くみられますが、現在の高齢者の所得や資産を、その後の世代へそのまま当てはめることはできません。総務省「統計調査ニュース」
2026年に65歳になるのは1961年生まれの人です。一方、1993〜2004年ごろの厳しい採用環境を経験した就職氷河期世代には、現在の40代から50代に当たる人が多く、学歴などで幅はありますが、2030年代後半から2050年代初めにかけて順次65歳を迎えます。
若い時期の不安定雇用は、その年の所得だけでなく、技能形成、貯蓄、住宅、厚生年金の加入期間や報酬にも影響し得ます。40代で安定した仕事を得ても、蓄積できなかった所得や資産を短期間で補うことは容易ではありません。
政府は2026年4月10日に決定した新たな就職氷河期世代等支援プログラムで、就労や社会参加への支援に加え、家計改善、資産形成、住宅確保などを柱に据えました。雇用上の不利益が高齢期の課題へつながることは、政策でも扱われています。政府の支援プログラムに関する説明
年金制度の維持と各世帯の生活は別に評価する
2023年の就労条件総合調査では、常用労働者30人以上の民営企業のうち、退職給付制度がある企業は74.9%でした。制度の有無と給付額も別であり、雇用されていれば退職後の基盤まで十分に確保されるとは限りません。厚生労働省「主要労働統計の概要」
2026年版高齢社会白書によれば、公的年金・恩給を受給する高齢者世帯の43.4%は、それが所得のすべてを占めています。基礎となる2024年国民生活基礎調査が調べた所得は2023年のものであり、預貯金の取り崩しや保有資産まで、この割合だけで分かるわけではありません。内閣府「高齢社会白書」
2024年の年金財政検証の過去30年投影ケースでは、モデル年金の所得代替率は2024年度の61.2%から2057年度の50.4%へ低下する見通しです。この率は標準的な年金モデルと現役男性の平均手取り収入を比べたもので、各人の退職前給与に対する割合ではありません。厚生労働省「年金財政検証」
同じ財政検証には、労働参加や実質賃金の上昇などを前提に、若い世代の平均年金額の実質水準が上がる推計もあります。将来の全員が現在より貧しくなるとはいえず、制度財政の維持、平均受給額、低所得層の生活を分けて評価しなければなりません。
正規雇用を続けた人と、不安定雇用や無業期間が長かった人では、同じ制度でも受給額と資産に差が残り得ます。社会保障を利用することを問題視するのではなく、その前の数十年間に所得を形成できる機会が十分だったかを問うことが必要です。
相続という支えにも格差と時間差がある
内閣府の2024年度『年次経済財政報告』では、世帯主が55歳以上の層が、家計の金融資産全体の7割以上を保有するとされています。親の住宅や金融資産が生活の支えになる人はいるものの、その支えを持つ世帯と持たない世帯の違いは大きいでしょう。
同報告では、相続税申告における被相続人の80歳以上の割合が、1989年の4割弱から2019年の7割超へ上がっています。相続税申告の対象となる人の統計であり、全相続の割合ではありませんが、資産移転が高齢で生じる傾向を考える材料になります。内閣府「家計の金融資産投資構造」
長寿化で資産を生活費や介護費に使う期間が長くなる一方、少子化で一人当たり相続額が増える場合もあります。次世代の相続額が一律に減るとはいえませんが、賃金も資産形成も伸びず、相続も乏しいという条件が重なる人の選択肢は限られやすいでしょう。
高度成長期とその後に蓄積された住宅、設備、金融資産、社会基盤が、現在の生活を支えている面はあります。しかし、その蓄積を次の世代も再現できるかは別であり、国の財政に自由に使える余裕があるという意味でもありません。
社会保障への影響には長い時間差がある
国立社会保障・人口問題研究所の2023年推計では、出生中位・死亡中位の場合、65歳以上の割合は2020年の28.6%から、2040年の34.8%、2050年の37.1%へ上昇します。OECDの2026年対日審査も、2060年の高齢者人口の生産年齢人口に対する比率を約79%と見込んでいます。
前者は総人口に占める割合、後者は生産年齢人口との比率であり、同じ指標ではありません。人口構造だけで経済の将来が決まるわけではないものの、所得を形成する機会と生活保障を、一体で考える必要性は高まります。社人研「将来推計人口」、OECD「対日経済審査2026」
2026年版高齢社会白書が示す2023年度の社会保障給付費は約135.5兆円で、そのうち高齢者関係は約86.1兆円、前年度より約1.8兆円増えています。医療や年金などを含む額であり、雇用への依存によって発生した費用として扱うことはできません。内閣府「社会保障給付費」
また、2024年の65歳以上の生活保護受給者数は前年とほぼ横ばいで、年齢別人口に占める割合は低下しています。将来の支援需要が増え続けると確定したわけではありませんが、現在の状態が将来の世代の安定を保証するわけでもありません。
今日の人員配置や賃金が資産形成へ及ぼす影響は、数十年後の生活保障需要として表れることがあります。将来の困窮に対応するだけでなく、困窮しにくい経済基盤を今から育てるという時間軸が欠かせません。
解雇の自由だけで労働者の自由は増えるか
労働移動の件数と移動後の生活を分ける
解雇規制を緩和すれば企業は人員調整をしやすくなりますが、移動する人が増えることと、その人の所得が増えることは同じではありません。企業固有の技能、年齢、家計上の制約が残れば、希望しない条件を受け入れる圧力が強まる可能性があります。
現行法でも企業が自由に解雇できるわけではなく、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない解雇は無効です。企業の採用判断や処遇の裁量を論じる際も、労働契約上の保護を無視して、企業が一方的にすべてを決められると捉えるべきではありません。厚生労働省「労働契約の終了に関するルール」
財務総合政策研究所の2025年の『フィナンシャル・レビュー』に掲載された研究には、解雇規制の緩和が労働配分を改善し、賃金や生産性、社会厚生を高めるとするモデル分析があります。その結果は前提に依存し、平均的な改善と、解雇された個人の生活の改善は区別が必要です。片桐満「解雇規制のマクロ経済インパクト」
OECDの2026年対日審査は、正規労働者の雇用保護指標をOECD平均前後としています。制度の指標だけで運用をすべて説明できるわけではありませんが、日本の規制が突出して厳しいという前提から議論を始めることにも注意が必要です。
規制があるため動かないのか、移動後に生活を維持できないため動けないのかを分けなければ、改革の効果を見誤ります。企業が契約を終了させる自由と、労働者が条件を選び直せる自由を、同時に評価する必要があります。
農地改革から考える生産基盤の移行
1938年の農地調整法では、小作地の賃借権保護などによって耕作権が強化されました。さらに戦後の農地改革では、1946年の制度整備を経て、国が地主の農地を買収し、耕作者へ売り渡す仕組みが進められています。国立公文書館「農地調整法」、「農地改革」
1947年の農業協同組合法の制定も、小規模経営を共同の力で補う組織の発達につながりました。改革の教訓として着目したいのは、従来の関係を解くことと、新しい立場で生産を続ける基盤を整えることが、組み合わされていた点です。農林水産省「昭和100年を振り返って」
現代の労働者へ土地を配ればよいという話ではありませんが、契約を離れやすくするだけでは移行後の生活は成り立ちません。技能、取引の機会、事業経験、資金、保障を伴わない自由化では、働く側の不安定さが増す場合があります。
成長する産業が大量の人材を受け入れた時代と、地域の需要が縮小する現在では、移行に必要な条件は同じではありません。会社を離れた人が一斉に商売を始めても、顧客と採算がなければ継続できず、教育と市場環境の両方が必要になります。
雇用以外の経済基盤をどう育てるか
普通の人が小さな商売を学べる教育
会社員は、営業、契約、会計、税務、社会保険、資金調達、法令対応などを、企業内の分業によって支えられています。本業に熟練していても、それらを単独で組み立てた経験がなければ、小さな仕事を始める際にも負担を感じるでしょう。
必要なのは、成長企業の創業者だけを育てる教育に加え、一般の人が自分の技能を小さな取引へ変える学習機会です。顧客の探し方、料金、仕入れと利益、契約、請求、記帳などを、実際の仕事と結びつけて学べることが重要になります。
中小企業庁の起業家教育支援や、文部科学省のアントレプレナーシップ教育が、すでに行われているのも事実です。後者は起業だけに限らず、課題を見つけ他者と協働して解決する力を育てるものであり、その取組も踏まえて、日常的な商取引を学ぶ機会を広げることが考えられます。中小企業庁「起業家教育支援」、文部科学省の教育プログラム
学校段階に加え、40代や50代の学び直しにも機会が必要です。OECDの2024年対日審査は、日本の訓練が企業内・企業固有の技能へ偏り、特に高齢の労働者の学習参加が限られる問題を指摘しています。OECD「対日経済審査2024」
企業で評価される能力を高める学習と、自分で仕事を成立させる学習の両方を持てれば、学び直しの目的も広がります。就職のための教育だけでなく、所得を得る方法を自分で選ぶための教育として位置づけ直せるでしょう。
手続きの簡素化と共同の事務機能
開業手続きにはe-Taxを利用でき、法人設立には関連手続きをまとめるワンストップサービスもあります。また、全国47都道府県のよろず支援拠点では、創業予定者や小規模事業者などが無料の経営相談を利用できます。国税庁「開業する場合」、中小企業庁「経営支援体制」
ただし、届出がオンラインになることと、小さな商売を続けやすくなることは別です。月数万円の収入を目指す仕事でも、取引記録、申告、契約、許認可、保険などへの対応が必要になり、利益に対して事務負担が大きくなる場合があります。
事業規模に応じた記帳・報告の簡素化や、請求・会計の自動化に加え、共同事務所や協同組合が共通業務を担う方法も考えられます。個人が企業に所属しなくても、企業の分業に相当する事務機能を利用できる環境です。
簡素化する場合も、安全性、消費者保護、適正な課税などの基準は必要です。共通業務を担う組織についても、手数料、意思決定、契約条件を確認できる仕組みがなければ、別の依存先を増やすことになりかねません。
設備と販路を一人で抱え込まない仕組み
自分で全設備を購入することだけが経済基盤の確保ではありません。共同の作業場、販売窓口、保険、契約支援などを使えれば、小さな仕事のために大きな固定費を負う必要を減らせます。
2025年版中小企業白書が示すのは、調査対象の個人企業の約4割が、自分の代での廃業を考えているという状況です。既存の店舗や設備、顧客との関係を引き継ぐ事業承継は、新規開業だけでは得にくい基盤への参加方法にもなります。(出典:中小企業庁『2025年版中小企業白書』第1部第1章第9節「事業承継」)
共同経営、従業員による持分保有、協同組合などにも、働く人と事業の継続を近づける可能性があります。ただし、出資や経営には損失のリスクがあり、事業が存続すれば労働時間を減らしても必ず所得を得られる、という保証ではありません。
また、独立後も売上の大部分を一社や一つのプラットフォームへ依存すれば、条件を断れない関係が再び生じます。雇用契約を変えることだけでなく、取引先の選択、価格交渉、契約の透明性、事業上の権利を確保できるかが重要です。
需要が乏しい地域と社会保障を含めて考える
地域に必要な仕事でも、利用者が支払える額だけでは十分な収益にならないことがあります。小さな仕事をすべて市場取引へ移すのではなく、公的サービスや補助、地域の共同事業との役割分担も必要でしょう。
働き方を変えた際の医療、年金、所得保障、職業訓練、信用へのアクセスも欠かせません。事業の失敗や病気によって生活基盤を失わずに済むことが、学びや小さな実践に踏み出せる条件になります。
公的年金は長寿リスクを分担する制度であり、小規模事業の拡大によって置き換えられるものではありません。自営の拡大が社会保障費をどれほど変えるかも、事業の継続率や所得水準によって異なり、財政改善を自動的に期待することはできません。
企業で働く道を保ちながら、そこから外れたときにも所得を作れる機会と保障を持つことが、選択肢の回復につながります。生活を守る仕組みと経済活動の基盤を、同時に育てることが不可欠です。
別の所得獲得手段を持つことは、会社に残ったまま待遇を交渉する人にも意味を持つのです。継続する顧客や共同事業への参加機会があれば、待遇交渉がまとまらなかった場合の選択肢を持てるため、今の雇用主の条件を断りやすくなる可能性があります。
改革の順序と個人ができる小さな準備
生活を守りながら移行の時間を確保する
小作人化への対応を、退職や独立の自己責任へ置き換えてしまえば、経済的余裕の乏しい人ほど負担を負います。教育や取引関係を育てるには時間がかかり、人口構造の変化を待ってから始めても、すぐに間に合うとは限りません。
改革は、一つの雇用関係を急に解くことから始めるのではなく、次の生活を成り立たせる条件を順に整える必要があります。
| 時期 | 取り組む内容 |
|---|---|
| 現在 | 既存の労働者の生活と労働上の権利を守り、事業運営の教育や小規模事業への参加機会を広げる |
| 移行期 | 行政・会計手続きの簡素化、共同事務機能、販路形成、事業承継などを通じて企業外の経済基盤を育てる |
| 長期 | 雇用と自営、共同事業の間を移っても保障が続き、年齢や健康状態に応じた経済活動を選べる状態を定着させる |
企業側にも、必要とする職務が変わった社員に、社外での学習や段階的な活動の機会を提供する余地があります。その際は、退職へ誘導する仕組みにせず、本人の選択と生活の見通しを確保することが前提です。
20代で商取引の基本を学び、30代で小さな仕事を経験し、40代で取引関係を育て、50代以降に仕事の比重を調整する人生も考えられます。年齢の順序を全員に当てはめる必要はなく、会社員として働き続ける人にも、選べる経験があることに意味があるのではないでしょうか。
会社の外へ持ち出せるものを確かめる
個人の準備としては、まず今の仕事で得た技能のうち、社外でも説明できるものと、社内の仕組みがあって初めて使えるものを整理できます。会社の顧客情報や秘密を利用することと、自分の知識や経験を別の仕事へ生かすことは分けなければなりません。
次に、どんな相手が何に困り、対価を支払う可能性があるかを、支援窓口や小規模事業者との接点を通じて確かめます。大きな借入れや退職を先に決めるより、勤務先の規則や健康、家族の事情に合う範囲で、需要と必要経費を知ることから始められるでしょう。
ある人なら地域の修理や助言、別の人なら既存事業の手伝いや承継への参加が入り口になるかもしれません。営業や経理が不得意な人にも、共同事業の一部を担う方法があれば、一人ですべてを引き受けずに経験を積めます。
この準備だけで社会構造の問題が解消するわけではありませんが、自分が選べる範囲を具体的に知ることには価値があります。試した後は売上だけでなく、費用を引いた所得、実際に要した時間、疲労、継続する需要を確認することが大切です。
小作人化を見極めるために必要な指標
最低賃金、平均賃金、正社員の人数だけでは、働く人の経済的な自由を捉えきれません。雇用区分の維持と、現在の雇用主へ依存しなくても生活できることを、別々に確認する必要があります。
賃金については、物価調整後の購買力、労働時間、業務量、責任、退職給付、生涯所得の見通しを合わせて見ます。転職についても、移動件数だけでなく、年齢や職種ごとの所得、本人の希望、移動後の安定性を追うことが必要でしょう。
企業外の選択肢は、開業件数だけでは評価できません。事業の継続率、必要経費を除いた所得、顧客の分散、共同設備へのアクセス、失敗後の生活保障を確かめて初めて、選べる道が実際に増えたかを判断できます。
組織では、管理職を希望する人の割合に加え、負担、報酬、裁量、人材育成に使える時間を調べることが重要です。国家全体では、世代ごとの資産形成や高齢期の所得保障需要まで、長い時間軸でつなげて検証しなければなりません。
政策の成果は、企業に雇われる割合が何ポイント下がったかだけでは測れません。雇用を選ぶ人にも、必要なら別の仕事や経済活動へ移れる基盤があり、不利な条件を断っても生活を続けられるかが、中心的な判断軸になります。
現代版の小作人化に関するよくある質問
- 会社員として働くこと自体が小作人化なのですか
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会社員という働き方だけでは、判断できません。同じ会社に長く勤めていても、待遇を交渉する手段や、必要なときに別の仕事を選べる基盤があれば、本人の選択として働き続けられます。
本稿で問うのは、不利な条件を断ると生活が立ち行かず、選び直すための技能、取引機会、資金、保障も乏しい状態です。勤続年数や雇用者比率に加え、契約を離れた後の現実的な選択肢を見る必要があります。
- 正社員なら企業への依存を心配しなくてよいのですか
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正社員としての雇用が続いても、昇給の見通し、業務量、責任、退職後の処遇が変わることはあります。雇用区分だけで安心を判断せず、自分の生涯所得と、条件が変わった際に選べる道を確認することが大切です。
その際は、現在の賃金額だけでなく、仕事の負担、社外で評価される技能、生活を支える資金を合わせて見ます。これは正社員の保護を軽視する話ではなく、その保護と経済的な選択肢を両方持てるかという問題です。
- 副業や独立をすれば経済的に自由になれますか
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契約形態を変えるだけでは、自由が広がるとは限りません。一社の取引先や一つのプラットフォームへ売上を依存し、価格や仕事量を決められなければ、別の形で条件を断りにくくなる場合があります。
副業や独立を考える際も、必要経費を引いた所得、実際の作業時間、顧客の分散、継続する需要を確認します。会社員を続けながら小さく経験する道もあり、退職することを準備の出発点にする必要はありません。
- 小さな仕事を増やすには最低賃金を下げる必要がありますか
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本稿は、最低賃金を下げることを解決策としていません。雇用として働く人の保護を維持しながら、異なる顧客への提供、共同の事務機能、設備の利用などによって、小さな仕事が成立する条件を整えるという提案です。
自営でも収益が低ければ生活は安定せず、業務委託という名称だけで労働者の保護を外すこともできません。市場収益が乏しい活動については、公的サービスや地域の共同事業との役割分担も考えます。
- 雇用以外の所得を増やせば年金や公的保障は不要ですか
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小規模事業や共同事業にも、需要の減少、病気、事業の失敗によって所得が途絶えるリスクがあります。長寿による所得不足を分担する公的年金などの役割は残り、事業所得で保障を置き換えられるとは限りません。
必要なのは、雇用、自営、共同事業の間を移っても、生活を支える保障が途切れにくい仕組みです。経済活動の選択肢と公的保障を組み合わせることが、条件を選び直す余地を支えます。
まとめ
現代版の小作人化という問いが照らすのは、企業に雇われて働く形を保ちながら、条件を選び直す力や、働き続けるための経済基盤を持ちにくくなる問題です。賃金や雇用の統計には改善もみられますが、それだけで依存関係が弱まったとは判断できません。
企業固有の技能、年齢と組織構造のずれ、仕事と報酬の不均衡は、労働者の生活だけでなく、企業の人材育成や将来の社会保障にも関わります。教育、共同の事務機能、事業承継、取引環境、働き方を越えて続く保障を整え、所得を得る道を増やす必要があります。
会社で働くことを選んでいるのか、それ以外を選べないために働き続けているのか。その違いを確かめ、会社の外でも価値を提供できる小さな経験と社会の基盤を積み重ねることが、形式的な自由を実際に使える自由へ近づける出発点になるのではないでしょうか。