マンション管理士

マンション管理組合の通帳・印鑑は誰が管理する? 不正を防ぐ保管・承認ルールを解説

「通帳は管理会社が持っている。でも、銀行印は誰が保管しているのだろう」。

理事会で会計の話になったとき、そんな疑問がふと浮かぶことがあります。

何年も問題なく運営されてきたマンションほど、「今まで大丈夫だったから」と確認を後回しにしがちです。しかも、通帳や印鑑の管理方法を見直そうとすると、これまで担当してきた理事長や管理会社を疑っているように受け取られないか気になる人もいるでしょう。

しかし、管理費や修繕積立金は、日々の建物管理と将来の大規模修繕を支える区分所有者全員の共同財産です。

大切なのは、誰かを疑うことではありません。

誰が担当しても、一人だけでは資金移動を完結できない仕組みを整えることです。

TABLE OF CONTENTS
目次

マンション管理組合の通帳・印鑑は誰が管理する?先に結論

マンション管理組合の通帳と印鑑について、「必ず理事長が銀行印を持つ」「必ず会計担当理事が通帳を持つ」という全国一律の役職指定があるわけではありません。

具体的な保管者は、管理方式、管理規約、細則、管理委託契約、管理者事務委託契約、金融機関との契約内容によって変わります。

ただし、不正や管理事故を防ぐうえで軸になる考え方は明確です。

基本は、通帳と印鑑等を同じ人物や同じ主体へ集中させず、支払承認と監査も含めて、一人だけで資金移動を完結できない仕組みにします。

公益財団法人マンション管理センターも、管理組合内部の不正を防止するため、一人の管理組合役員等が通帳と印鑑を同時に管理することは避けるべきだと案内しています。

「結局、自分たちのマンションでは誰が持てばよいのか」と知りたい場合は、まず次の整理から現在の管理方式に近いものを確認すると分かりやすいでしょう。

管理方式 通帳の考え方 印鑑等の考え方 最初に確認すること
通常の理事会方式 会計担当理事や管理会社などが保管する方法が考えられます 理事長など別の主体が保管する方法が考えられます 通帳と印鑑等が同じ人へ集中していないか
自主管理方式 会計担当理事など組合内部で保管する方法が考えられます 理事長など別の役員が保管する方法が考えられます 一人で支払承認から出金まで完結できないか
管理会社委託方式 管理会社が通帳を保管する場合があります 口座区分や契約に応じて確認が必要です 管理委託契約と実際の運用が一致しているか
外部専門家による外部管理者方式 外部専門家である管理者が通帳を管理する場合があります 管理者が通帳を管理する場合は監事が印鑑等を保管することが望ましいとされています 管理者と監事の役割が分かれているか
管理業者管理者方式 管理業者が管理者として関与します 保管口座等の印鑑等は管理業者による保管が原則として制限されます 例外運用なら施行規則87条の全要件を満たしているか

この表は「この人物なら必ず安全」という人物表ではありません。

誰が担当しても、別の主体による確認を必要とする構造をつくるための判断表です。

通帳の置き場所だけを決めても、安全性は完成しません。

支払いを決める人、実際に資金を動かす人、その処理を後から確認する人まで見る必要があります。

管理組合の通帳と印鑑を同じ人が持つのは避ける

通帳と印鑑を別々に管理する話をすると、「理事長を信用していないみたいで嫌だ」と感じる人がいます。

その心情は自然でしょう。

長く管理組合を支えてきた人へ、「これからは印鑑を別の人が持ちます」と伝えれば、これまでの仕事を否定されたように感じさせないか心配になることもあります。

それでも、権限分離には意味があります。

これは信頼できる人を探す制度ではなく、信頼できる人であっても一人へ過大な責任と権限を背負わせない制度だからです。

たとえば数年後、100万円の設備修繕費について区分所有者から疑問が出たとします。

理事長一人が支出を決め、通帳と銀行印を管理し、振り込みまで行っていた場合、その人が適切に仕事をしていたとしても説明責任が一人へ集中します。

一方、理事会で支出を決め、別の担当者が振込処理を準備し、承認を経て実行され、監事による照合記録まで残っていれば、誰かの「信用してください」という言葉だけに頼る必要はありません。

記録が手続きを説明してくれます。

信頼と内部牽制は反対ではありません。

むしろ、人への信頼を長く保つために、仕組みによる確認が必要だと考えられています。

通帳保管者と印鑑保管者と支払承認者と監査者を分けて考える

現在の管理方法を確認するときは、通帳と印鑑の二つだけを見るのではなく、四つの機能へ分けます。

役割 主な機能 確認したい状態
通帳保管者 通帳原本や口座情報を管理します 印鑑等まで単独管理していない
印鑑保管者 銀行届出印や重要な出金認証手段を管理します 内容を見ず機械的に押印しない
支払承認者 支出の必要性や金額や支払先を確認します 自分の申請を自分だけで承認しない
監査者 帳簿と残高と証憑と承認履歴を確認します 日常の執行者から一定の独立性がある

必ず四人の異なる人を用意するという意味ではありません。

小規模マンションでは、それほど多くの役員を確保できない場合もあります。

そこで重要になるのが「役割の重なり方」です。

一人が複数の役割を担うとしても、一人だけですべてを完結できない場所を残します。

たとえば会計担当理事が通帳を保管していても、一定額以上の支払いは理事会承認を必要とし、銀行印は理事長が管理し、監事が取引履歴を確認するなら複数の目が入ります。

反対に、通帳と銀行印を別の人が持っていても、銀行印を持つ人が「管理会社から言われたから」と中身を確認せず毎回押印していれば、形式上の分離にとどまります。

大切なのは人数ではありません。

一つの支払いに、どのような確認が入っているかです。

通帳・印鑑管理で起こりうる3つのリスク

通帳や印鑑の管理を見直す理由は、横領だけではありません。

「うちの役員にそんな人はいない」と思ったところで、紛失や引き継ぎ不全まで消えるわけではないからです。

管理組合が考えたいのは、人の悪意だけではなく、人間なら誰にでも起こり得るミスや環境変化まで含めたリスクになります。

不正出金や私的流用を発見しにくくなる

第一のリスクは、不正な出金や私的流用です。

通帳、銀行印、キャッシュカード、インターネットバンキングの認証情報などが一人へ集中し、その人物が支払いの判断まで行えるなら、ほかの役員が異常に気づく機会は少なくなります。

権限を持つ人が不正をするという意味ではありません。

問題は、不正をしようと思えば一人で完結できる状態になっていることです。

マンションによっては修繕積立金が数千万円から数億円に達します。

長年積み立ててきた資金が失われれば、予定していた大規模修繕を延期しなければならない可能性があります。

修繕積立金の値上げや一時金徴収につながれば、最終的な負担は区分所有者へ戻ってきます。

一度失われた資金が全額回収できるとも限りません。

だからこそ、不正が起きてから責任を追及するより、最初から一人では完結できない仕組みにしておく方が合理的なのです。

紛失や役員交代で資金を動かせなくなる

第二のリスクは、紛失、盗難、災害、そして役員交代時の引き継ぎ不全です。

新年度最初の理事会で「銀行印は前の理事長が持っていたと思います」と聞けば、少しヒヤッとするでしょう。

通帳はあるけれど届出印が分からない。

ネット銀行の管理者IDは前任者しか知らない。

認証コードが届く電話番号も古いままになっている。

こうした事態は、誰も不正をしていなくても起こる可能性があります。

その結果、保険料、管理委託費、清掃費、設備保守費、緊急工事費など、本来支払うべき費用まで処理できなくなるかもしれません。

背景にあるのは、通帳や印鑑を「前任者から次の人へ渡せばよい物」と考えてしまうことです。

本当に引き継ぐ必要があるのは、現物だけではありません。

誰が保管するのか、どこにあるのか、どの口座に使うのか、どの手続きで支払えるのか、電子認証はどうなっているのかまで含めて引き継ぐ必要があります。

管理会社や管理者へ権限が集中する

第三のリスクは、管理会社や外部管理者への過度な権限集中です。

管理会社へ出納業務を委託すること自体は一般的な管理方法であり、役員の負担軽減にもつながります。

外部専門家へ管理者を任せることで、専門的な判断を得やすくなることもあるでしょう。

ただし、実務を任せることと、判断や監視まで手放すことは同じではありません。

特に管理会社自身が管理者になる管理業者管理者方式では、「管理組合を代表して判断する立場」と「管理業務を受託して実務を行う立場」が同じ会社に存在します。

設備工事の実施を管理者として判断し、その後の見積取得や管理実務を管理会社として行う場合、外から見るとすべて「管理会社がやったこと」に見えやすくなります。

すると、誰が意思決定をしたのかがぼやけます。

そのため、業務名だけではなく、「どの立場で判断したのか」を確認することが大切です。

管理方式別の通帳・印鑑管理を確認する

ここでは、自分のマンションへ当てはめるために、管理方式ごとの考え方を具体的に確認します。

重要なのは、方式ごとに同じルールを無理に当てはめないことです。

特に、外部専門家による外部管理者方式と、管理業者管理者方式は区別しなければなりません。

自主管理方式では役員間の牽制をつくる

自主管理マンションでは、管理会社が日常の会計処理へ入らないため、管理組合内部で機能を分ける必要があります。

たとえば、会計担当理事が通帳を保管し、理事長が銀行印を保管する方法が考えられます。

ただし、「二人に分けたから安全」と考えるのは早いでしょう。

会計担当理事が支払内容まで一人で決めていないか、理事長が内容を確認せず押印していないか、監事が後から取引を確認できるかまで見ます。

人数が少ない管理組合で完全分離が難しいなら、一定額以上の支出を理事会決議事項とするなど、別の牽制方法を加えることも考えられます。

管理会社委託方式では契約と実態を一致させる

管理会社へ会計や出納業務を委託しているマンションでは、管理会社が通帳を保管している場合があります。

それ自体だけを見て、不適切だとは判断できません。

そこで管理委託契約書を開き、通帳の保管者、印鑑等の保管者、口座区分、支払承認方法、電子取引を使う場合の認証情報管理を確認します。

書面では管理組合側が印鑑を保管することになっているのに、実際には管理会社へ預けたままになっているなら、契約と運用がずれています。

役員交代が続くと、「昔からこうだから」という説明だけで運用が残りがちです。

しかし、昔の担当者が考えた理由は、今の理事には分かりません。

だからこそ、契約書と現状を並べて確認する意味があります。

外部専門家が管理者となる方式では監事との分離を見る

国土交通省の「マンションにおける外部管理者方式等に関するガイドライン」第2章では、マンション管理士などの外部専門家による外部管理者方式について整理されています。

外部専門家である管理者が預金通帳を管理する場合には、預金口座の印鑑等を監事が保管することが望ましいとされています。

これは「外部の人だから信用してはいけない」という意味ではありません。

管理者へ通帳と印鑑等を集中させず、監事という別の主体が財産管理へ関与することで牽制を働かせる考え方です。

ただし、監事が印鑑を持つからといって、日常的な支払い判断まで監事へ移すわけではありません。

監事には管理組合の業務執行や財産状況を確認する役割があります。

そのため、管理者が行う執行と監事による確認を混同しないことが大切でしょう。

管理業者管理者方式では施行規則87条を確認する

管理会社自身が管理者となる管理業者管理者方式は、外部専門家による方式と同じではありません。

国土交通省の2026年4月改訂ガイドラインでも、第3章として別に整理されています。

マンション管理適正化法施行規則第87条では、マンション管理業者が保管口座または収納・保管口座に係る管理組合等の印鑑や預貯金引出用カードなどを保管することは原則として制限されています。

ただし、例外があります。

管理者等が置かれていない場合に、管理者等が選任されるまでの比較的短い期間に限って保管する場合が一つです。

さらに、管理業者自身がその管理組合の管理者等である場合についても、同条が定める要件をすべて満たせば例外的な保管が認められます。

この例外は「管理会社なら持ってもよい」という制度ではありません。

要件を一つずつ確認する必要があります。

現行施行規則では、まず管理業者またはその密接関係者以外に、印鑑等の保管を承諾する者がいないことが求められています。

加えて、不正利用、滅失、盗難、紛失その他の事故のおそれがないと認められる適切な保管体制を整備する必要があります。

対象となる保管口座または収納・保管口座に保管されている金額以上について、有効な保証契約を締結していることも要件です。

さらに、口座は管理組合へ帰属することが一見して明らかな者を名義人とする必要があります。

これらの要件を満たしていることを区分所有者等へ説明し、書面を交付したうえで、管理業者が印鑑等を保管する旨の決議が集会でなされることまで求められています。

つまり、「2026年から管理会社が印鑑を持てるようになった」と説明するのは適切ではありません。

原則として管理業者による保管を制限し、厳格な条件をすべて満たしたときだけ例外を認める制度です。

例外運用をしている管理組合では、「なぜ管理業者自身が保管しているのか」を理事や区分所有者が説明できる状態にしておくことが重要でしょう。

管理会社が通帳を保管している場合に確認すること

管理会社が通帳を保管していると知ると、「それだけで危険なのでは」と心配になるかもしれません。

しかし、問題は通帳の保管者だけでは決まりません。

口座の種類と印鑑等の管理、支払承認の仕組みを合わせて確認する必要があります。

マンション管理適正化法の分別管理を見る

マンション管理適正化法第76条では、マンション管理業者が管理組合から委託を受けて管理する財産について、自己の固有財産やほかの管理組合の財産と分別して管理することが求められています。

具体的な方法は同法施行規則第87条で定められています。

そこでは、収納口座、保管口座、収納・保管口座という区分が使われます。

この区分を無視して「管理会社が通帳を持つのは危険」「収納口座なら何でも管理会社に任せられる」と判断すると、制度を正しく理解できません。

自分たちがどの分別管理方法を採用しているのかを、管理委託契約書で確認しましょう。

管理委託契約と管理者事務委託契約を区別する

管理業者管理者方式では、通常の管理委託契約と管理者事務委託契約を区別することも重要です。

通常の管理委託契約では、会計、出納、清掃、建物設備管理などの管理事務が扱われます。

一方、管理者事務委託契約では、管理会社が管理者として何を判断し、どのような権限を持つのかが問題になります。

同じ会社が二つの立場を持つと、区分所有者には境界が見えにくくなります。

「管理会社が決めた」と一括りにせず、管理者として判断したのか、管理受託者として実務を行ったのかを確認してください。

この区別は、支払いの責任を考える場面でも重要です。

実際の一件を契約書と照合する

契約書を読むだけでは、実際にそのとおり運用されているか分かりません。

そこで直近の支払いを一件選びます。

誰が請求書を受け取り、誰が内容を確認し、誰が支払いを承認し、誰が振り込みを実行したのかを追います。

その流れを契約書の定めと比較してください。

契約書上は理事長の確認が必要なのに、実際には管理会社だけで処理されているなら見直しが必要でしょう。

反対に、漠然と危険だと思っていた運用でも、複数の承認と監査が働いていると分かることがあります。

不安だけで評価しないことが大切です。

実際の手続きを見れば、直すべき場所も残すべき仕組みも見えてきます。

不正を防止する支払い承認フロー

通帳と印鑑を分離しても、支払いそのものを一人で決められるなら十分ではありません。

本当の内部統制は、お金が動く前と後の両方に確認が入ることで機能します。

そこで、支払いを「申請」「確認」「承認」「実行」「監査」という機能に分けて考えます。

100万円を支払う場合の承認フロー

たとえば、給水設備の修繕工事について100万円を支払う場面を考えてみます。

100万円という金額に全国一律の法的な決裁基準があるわけではありません。

ここでは、自分たちの管理組合でルールを考えるための例として整理します。

請求書受領 契約内容確認 工事完了確認 予算と決議確認 必要な支払承認 振込データ作成 最終確認 振込実行 証憑保存 監事による事後監査
段階 主な担当の例 確認内容
支払準備 管理会社や会計担当理事 請求書や契約書や見積書を揃える
内容確認 担当理事や会計担当理事 契約金額や工事完了や予算との整合を確認する
支払承認 理事長や理事会 支払先や金額や決議根拠を確認する
振込実行 管理会社や指定担当者 承認された内容だけを処理する
記録保存 管理会社や会計担当 証憑と承認記録と振込記録を保存する
事後監査 監事 帳簿と預金残高と証憑を照合する

ここで重要なのは、銀行印を誰が押すかだけではありません。

そもそも100万円を払ってよいのかを確認することです。

理事会では100万円の工事を承認していたのに、請求書が120万円になっている可能性があります。

追加工事なら、追加支出の根拠を確認しなければなりません。

工事がまだ終わっていないこともあるでしょう。

「印鑑を押してください」と書類を渡されたとき、印鑑保管者が判断できる資料を一緒に示す必要があります。

押印は単なる事務作業ではありません。

その支払いが適切な手続きを経ているかを確認する工程の一つです。

金額だけでは支払いリスクを判断できない

支払承認ルールでは、一定額を超える支出に理事会承認を求める方法があります。

分かりやすいルールですが、金額だけを見るのは十分ではありません。

管理者や管理会社と関係のある事業者への発注、新規契約、予算外支出、契約内容の変更などは、少額でも慎重な確認が必要になる可能性があります。

特に管理業者管理者方式では利益相反への対応が重要になります。

一方、漏水や停電などの緊急事態では、通常の理事会を待っていると被害が広がります。

だからこそ、通常支出、高額支出、利益相反がある支出、緊急支出を同じ手続きに押し込めない方がよいでしょう。

厳しくすれば安全とは限りません。

必要な支払いを止めず、問題のある支払いだけを止めやすくする制度が望ましいと考えられます。

ネット銀行で通帳がない場合の管理方法

紙の通帳や銀行印を使わないネット銀行では、「通帳と印鑑を別々に持つ」という説明だけでは対応できません。

目に見える物がなくなったため、安全になったように感じるかもしれません。

しかし、出金権限そのものがなくなったわけではありません。

権限がID、パスワード、ワンタイムパスワード、認証アプリなどへ移っただけです。

振込作成者と最終承認者を分ける

金融機関に複数ユーザー機能や承認機能がある場合には、振込データを作成する権限と最終承認する権限を分ける方法があります。

たとえば管理会社や会計担当理事がデータを入力し、理事長など別の者が振込先と金額を確認して最終承認します。

さらに監事が取引履歴や残高を確認できれば、事後監査につなげやすくなります。

ただし、銀行ごとに利用できる機能は異なります。

自分たちが使う金融機関で、どこまで権限分離が可能なのか確認してください。

電子認証情報も引き継ぎ対象にする

ネット銀行では、ログインID、承認パスワード、ワンタイムパスワード、登録電話番号、認証アプリ、認証端末なども管理対象です。

役員交代時に銀行口座の代表者だけ変更し、電子認証情報が前任者のままでは困ります。

「前の理事長のスマートフォンにしか認証通知が届かない」と後から分かれば、支払い時に慌てることになるでしょう。

紙の通帳がないからこそ、誰がどの権限を持つのかを記録しておく必要があります。

目に見えない権限ほど、引き継ぎでは見落としやすいものです。

管理規約と細則で決めておきたい項目

「今の理事長は全部分かっています」。

その安心は、役員が交代した瞬間に消える可能性があります。

管理組合は人が入れ替わる組織です。

そのため、今の担当者が理解しているだけではなく、次の担当者が読んでも同じ手続きを再現できる状態にしておく必要があります。

通帳・印鑑管理細則に定める項目

定める項目 規定内容の例
管理目的 管理組合財産の保全と不正防止を目的として明記する
対象口座 管理組合が管理する口座を特定する
口座区分 収納口座や保管口座などの区分を記録する
口座名義 管理組合財産であることを確認できる名義とする
通帳保管者 各口座の通帳や口座情報の管理者を定める
印鑑等保管者 銀行届出印やカードなどの管理者を定める
電子認証管理 IDやパスワードや認証端末の管理方法を決める
保管方法 施錠可能な場所などの管理方法を定める
支払承認 誰がどの支出を承認できるか決める
金額基準 金額に応じた承認方法を定める
予算外支出 予算外支出の手続きを明確にする
利益相反取引 通常とは異なる確認や承認方法を定める
緊急支出 緊急時の権限と事後報告を定める
使用記録 印鑑や認証手段の使用記録を残す
証憑保存 契約書や請求書や振込記録の保存方法を定める
監査 監事が確認する資料と頻度を定める
引き継ぎ 役員交代時の受け渡し方法を定める
契約終了 外部管理者等から返還を受ける資料や財産を定める
事故対応 紛失や盗難や情報漏えい時の対応を定める
定期点検 年一回など管理方法を見直す時期を定める

保管から返還まで一続きで考える

「銀行印は理事長が保管する」とだけ決めても、十分な管理ルールにはなりません。

保管場所が第三者に容易に触れられない状態なのかを確認し、どのような承認があれば使用できるのかを決めます。

さらに、いつ何のために使用したのかを記録し、紛失した場合の連絡方法まで定めておくと実務が安定します。

外部専門家へ印鑑等を預ける場合には、契約終了時の返還も重要です。

管理者または監事として保管するのかを明確にし、返還対象となる印鑑、通帳、認証端末、会計資料、電子データなどを特定します。

そのうえで返還先と期限、受領確認方法を定めておけば、交代時の空白を防ぎやすくなるでしょう。

「契約が終われば当然返してくれる」と思っていても、返還する資料の範囲について双方の認識が違うことがあります。

始めるときだけでなく、終わるときまで決めておく。

それが継続できる管理の条件です。

資料保存も資金管理の一部として考える

通帳に100万円の出金履歴が残っていても、その支払いを説明する契約書や請求書が残っていなければ、後から妥当性を確認することは難しくなります。

そのため、通帳や印鑑だけでなく会計資料の保存も内部統制に含めます。

紙資料と電子資料が別々の場所に散らばっている管理組合では、役員交代を重ねるたびに資料が少しずつ失われる可能性があります。

数字が一致しているだけでは十分ではありません。

「なぜこの支払いがあったのか」を根拠とともに説明できることが重要です。

管理組合で確認したいチェックリスト

ここまで読むと、「うちも全部調べ直さなければならないのか」と重く感じるかもしれません。

最初から規約改正まで進める必要はありません。

まず、現在の状態を○と×で確認します。

点検項目 判定 ×の場合に確認すること
通帳の保管者を把握している ○・× 口座ごとの保管者を確認する
印鑑等の保管者を把握している ○・× 銀行届出印やカードの所在を確認する
通帳と印鑑等が一人へ集中していない ○・× 権限分離や追加承認を検討する
管理組合の全口座を把握している ○・× 金融機関と会計資料を照合する
口座区分と分別管理方法を把握している ○・× 管理委託契約を確認する
口座名義から管理組合財産だと分かる ○・× 金融機関への登録内容を確認する
支払承認者が明確になっている ○・× 規約や細則で決裁権限を整理する
高額支出の承認方法を決めている ○・× 金額別の基準を検討する
予算外支出の手続きを決めている ○・× 理事会や総会の承認条件を整理する
利益相反取引の確認方法がある ○・× 通常とは別の確認経路を検討する
請求書と契約書を照合している ○・× 支払い前に必要な証憑を決める
工事完了を確認してから支払っている ○・× 検収方法を決める
白紙の振込書類へ事前押印していない ○・× 押印前確認を徹底する
ネット銀行の作成権限と承認権限を分けている ○・× 金融機関の機能を確認する
電子認証情報の管理者を把握している ○・× 認証情報を一覧化する
支払承認の履歴を残している ○・× 書面や電子記録で保存する
監事が帳簿と預金残高を照合している ○・× 監査方法を見直す
請求書や契約書を保存している ○・× 文書保存方法を決める
役員交代時の引継手順がある ○・× 引継確認書を作成する
契約終了時の返還方法が決まっている ○・× 管理者事務委託契約等を確認する
契約内容と実際の管理が一致している ○・× 契約書と現状を照合する
外部管理者を監督する仕組みがある ○・× 監事の権限と報告方法を確認する
定期的に管理ルールを見直している ○・× 年一回など確認時期を決める

×が付いたからといって、不正が発生していると判断するものではありません。

ここは大切です。

×は犯人探しの印ではなく、仕組みを見直す場所を見つける印になります。

問題が起こる前に気づけたなら、それは改善を始められるということです。

30分で直近の支払いを一件だけ確認する

最初から何年分もの資料を調べる必要はありません。

まず、通帳保管者、印鑑保管者、支払承認者、監査者を書き出します。

続いて直近の支払いを一件選び、請求書を受け取ってから振込が完了するまでの流れを追ってください。

誰が内容を確認し、誰が承認し、誰が資金を動かしたのかを見ます。

最後に、その流れの中で一人だけで完結できる部分がないかを考えます。

一件だけでも、意外なことが見えてきます。

規約では理事長承認になっているのに実際には確認していなかったり、反対に漠然と不安だった管理会社の処理に複数の確認が入っていたりするでしょう。

想像ではなく実際の取引を見ることで、問題の場所が具体的になります。

会計資料が不足している場合の確認方法

通帳や印鑑の点検を始めた結果、「去年の請求書がない」「前年度の通帳が見当たらない」と分かる場合があります。

すると、「もしかして何か隠しているのでは」と不安になるかもしれません。

しかし、資料不足だけを理由に不正があったと断定するのは早いでしょう。

役員交代時の引き継ぎ不足や保管方法の不備でも資料は失われます。

過去調査より先に現在の資金管理を安定させる

資料不足が見つかったときは、まず現在の日常業務を止めないことが重要です。

現在利用している銀行口座、通帳、届出印、オンラインバンキング権限、支払承認方法を確認します。

今の管理が不安定なまま過去の調査だけを始めると、新しい支払い事故を起こす可能性があります。

現在の資金管理を安定させた後で、残っている資料を保全します。

紙だけではありません。

共有パソコン、電子メール、外部記録媒体、過去の役員が保管している資料にも情報が残っている可能性があります。

それから、どの年度のどの資料が不足しているのかを整理し、銀行、管理会社、取引先などから取得できる資料を集めます。

通帳、銀行取引明細、請求書、契約書、議事録など複数の資料を照合することで、取引の内容が見えてくることがあります。

それでも分からない部分を、想像で埋めてはいけません。

何を確認し、何が判明し、何が確認できなかったのかを記録する方が重要です。

「確認できなかった」という事実も、適切に調査した結果であれば管理上の情報になります。

現在の日常業務を止めないことが重要です。 現在の資金管理を安定させた後で、 残っている資料を保全します。 どの年度のどの資料が不足しているのかを整理し、 銀行、管理会社、取引先などから取得できる資料を集めます。 通帳、銀行取引明細、請求書、契約書、議事録など 複数の資料を照合することで、 取引の内容が見えてくることがあります。 何を確認し、何が判明し、 何が確認できなかったのかを記録する方が重要です。

マンション管理士を活用する場合の役割

通帳と印鑑の管理方法を見直そうとすると、管理規約、会計細則、管理委託契約、管理者事務委託契約、マンション管理適正化法、銀行手続きなどが絡んできます。

理事会で調べ始めたものの、「何となく問題は分かった。でも何から直せばよいのだろう」と手が止まることもあるでしょう。

そのような場合には、マンション管理士などの専門家へ相談する方法があります。

現在の資金管理を第三者として整理する

長年続いている運用は、それが当たり前に見えてきます。

通帳と印鑑が別々だから安全だと思っていたものの、支払承認だけを見ると一人へ集中していたという可能性があります。

反対に、「管理会社が通帳を持っているから危険だ」と心配していたものの、契約や分別管理、承認フローを確認すると合理的な仕組みだったと分かる場合もあるでしょう。

専門家を利用する意味は、何でも危険だと評価することではありません。

変えるべき部分と、そのままでよい部分を切り分けることです。

管理規約と細則と契約の整合を確認する

マンション管理士には、通帳・印鑑管理細則や会計細則の検討、現在の管理規約との整合確認、管理委託契約の確認などを相談できます。

外部管理者方式の場合には、財産管理だけでなく、管理者が単独で判断できる範囲、利益相反への対応、監事の権限、契約終了時の引き継ぎまで見る必要があります。

ただし、専門家へ任せれば管理組合が考えなくてよくなるわけではありません。

専門家の役割は、管理組合が自分で判断できる材料を整理することだと考えた方がよいでしょう。

「専門家がそう言ったから」ではなく、「なぜこの管理方法を選んだのか」を理事や区分所有者が説明できる状態を目指します。

マンション管理士へ印鑑を預ける場合

管理規約や契約内容に照らして適切な体制を整えれば、マンション管理士が管理者や監事として管理組合口座の印鑑管理に関与する場合があります。

ただし、資格を持っていることだけで保管方法の安全性が自動的に決まるわけではありません。

そのマンション管理士がどの立場で印鑑を保管するのかを確認し、使用条件、記録方法、事故時の対応、契約終了時の返還方法まで契約へ反映します。

また、補償制度を利用する場合には、どのような事故が補償対象となるのかを確認する必要があります。

専門家への信頼と、契約による確認は両立します。

重要な財産を任せるからこそ、仕組みを明確にしておく方が双方にとって安心でしょう。

マンション管理組合の通帳・印鑑管理FAQ

理事長が通帳と印鑑を両方持ってもよい?

通常の理事会方式について、理事長が通帳と銀行印の両方を持つことを全国一律に禁止する法律があると一般化するのは適切ではありません。

ただし、マンション管理センターは、不正防止のため一人の管理組合役員等が通帳と印鑑を同時に管理することを避けるべきだとしています。

したがって、基本的には別の主体へ分けることを検討した方がよいでしょう。

小規模マンションで担当者を十分に分けられない場合には、理事会承認や監事の定期確認など、別の牽制を追加する方法があります。

管理会社が通帳を持っていても問題ない?

管理会社が通帳を保管していることだけを理由に、不適切だとは判断できません。

口座の区分、印鑑等の保管者、支払承認方法、分別管理方法を合わせて確認します。

特に保管口座または収納・保管口座の印鑑等については、マンション管理業者による保管が原則として制限されています。

例外運用であれば、施行規則87条が定める要件を満たしているか確認してください。

印鑑は監事が持った方がよい?

通常の理事会方式について、監事が必ず銀行印を保管するという一律のルールはありません。

一方、マンション管理士などの外部専門家が管理者となる方式では、その管理者が通帳を管理している場合に監事が印鑑等を保管することが望ましいと国土交通省ガイドラインで示されています。

管理業者管理者方式は別のルールです。

「外部管理者なら監事が持つ」と一括りにせず、誰が管理者なのかを確認しましょう。

ネット銀行で通帳がない場合はどう管理する?

ネット銀行では、通帳や銀行印の代わりに取引権限を分けて考えます。

振込データを作成する者と最終承認する者を分け、可能であれば監事が取引履歴を確認できる仕組みにします。

ID、パスワード、認証アプリ、認証端末なども引き継ぎ対象です。

一人の端末だけですべて完結する場合には、金融機関の複数承認機能を利用できないか確認する価値があります。

理事長が交代したら銀行口座はどうする?

理事長が交代しても、口座そのものを必ず解約して作り直すわけではありません。

代表者名が登録されている場合には、金融機関で代表者変更が必要になることがあります。

必要書類は金融機関によって異なるため、役員交代が決まった段階で確認しておくと安心です。

ネット銀行の場合は、代表者だけでなく管理者IDや登録電話番号、認証端末なども確認します。

マンション管理士に印鑑を預けられる?

適切な管理規約や契約に基づき、マンション管理士が管理者や監事として印鑑管理に関与する方法はあります。

ただし、資格だけを理由に無条件で預けるのは避けた方がよいでしょう。

保管する立場と保管方法、使用条件、使用記録、事故対応、返還方法を契約で確認します。

補償制度を利用する場合にも、適用条件と補償対象を個別に確認する必要があります。

まとめ

マンション管理組合の通帳と印鑑について、全国すべてのマンションに共通する一人の保管者が決められているわけではありません。

管理方式や管理規約、契約内容によって具体的な担当者は変わります。

ただし、資金管理の軸は共通しています。

基本は、通帳と印鑑等を同一人物や同一主体へ集中させず、支払承認と監査まで含めて、一人だけで資金移動を完結できない状態をつくることです。

一方、管理業者管理者方式では、施行規則87条に定める厳格な要件をすべて満たす場合などに、印鑑等の保管について例外が認められる場合があります。

そのため、「絶対に同じ主体が持ってはいけない」と単純化するのではなく、原則と例外を分けて確認することが重要です。

まずは、自分のマンションについて通帳保管者、印鑑保管者、支払承認者、監査者を書き出してみてください。

そのうえで直近の支払いを一件だけ追います。

その流れを説明できない部分があれば、そこが最初に見直す場所になります。

誰か一人の誠実さにすべてを預ける管理より、担当者が交代しても記録と手続きで確認できる管理の方が長く続くでしょう。

通帳と印鑑を分けることは、相手を疑うためではありません。

管理組合のお金と、そこに関わる人たちの信頼を同時に守るための仕組みなのです。

通帳保管者、印鑑保管者、 支払承認者、監査者を書き出してみてください。 そのうえで直近の支払いを 一件だけ追います。 その流れを説明できない部分があれば、 そこが最初に見直す場所になります。

参考資料

管理組合の通帳と印鑑を一人の役員等が同時に管理することを避ける考え方については、公益財団法人マンション管理センター「管理組合の通帳と印鑑はそれぞれ異なる者が保管する必要はありますか」を確認できます。

外部専門家による外部管理者方式と管理業者管理者方式の違い、通帳と印鑑等の保管体制、利益相反への対応については、国土交通省「マンションにおける外部管理者方式等に関するガイドラインの改訂について」および国土交通省「マンションにおける外部管理者方式等に関するガイドライン 令和8年4月改訂新旧対照表」を確認できます。

マンション管理業者による保管口座等の印鑑等の保管に関する原則と例外要件については、e-Gov法令検索「マンションの管理の適正化の推進に関する法律施行規則」の第87条が直接の確認資料です。

会計担当理事による会計業務と監事による業務執行・財産状況の監査については、国土交通省「令和7年改正マンション標準管理規約 単棟型」を確認できます。

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