「次の大規模修繕にも、これだけのお金をかけ続けるのだろうか」。高経年期を迎えたマンションでは、理事会で長期修繕計画や工事見積書を前にしたとき、そんな疑問がふと浮かぶことがあります。外壁や屋上防水だけでなく、給排水設備やエレベーターにも更新時期が近づき、修繕積立金の増額まで議題になれば、「ここまで費用をかけるのであれば、建替えも考えたほうがよいのではないか」と感じる理事が出てきても不思議ではありません。
その一方で、建替えという言葉を理事会から出しただけで、区分所有者から「もう壊すことを決めたのか」と受け取られるのではないかという心配もあるでしょう。長く住んできた人にとってマンションは単なる建物ではなく、自分の生活や老後、資産、家族との記憶まで重なった場所ですから、将来について考える必要性を感じながらも、話をどこから始めればよいのか迷うのは無理もありません。
だからこそ、マンションの建替え等に関する初期検討では、最初から建替えや除却を決める必要はありません。まず行いたいのは、建物や設備が現在どのような状態にあり、修繕や改修によってどこまで使い続けられるのか、将来どの程度の資金が必要になるのか、区分所有者が何を望んでいるのかを整理することです。
2026年4月1日に施行された改正マンション関係法を踏まえ、国土交通省は2026年3月31日にマンションの再生等に関するマニュアル等9点を公表しました。現在は、修繕や改修だけでなく、建物更新、建替え、建物や敷地の売却、取壊しなどを含め、マンションの実態や区分所有者の意向に応じて複数の再生等手法を比較する考え方が示されています。
この記事では、築古マンションで「このまま修繕を続けるべきか、それとも建替え等を検討する段階なのか」と悩む理事長や理事に向けて、初期検討で確認したい事項と理事会が最初に取り組みたい行動を整理します。あわせて、マンション管理士に相談できる内容、建築士や弁護士等との役割の違い、初回相談で準備したい資料、自治体の専門家派遣制度まで確認し、読み終えたときに「まず何をすればよいのか」が見える状態を目指します。
マンションの建替え等は最初から建替えありきで考えない
高経年マンションの将来について話し始めたとき、理事会が陥りやすいのが「これだけ古いのだから建替えしかない」という考え方です。反対に、「建替えは費用も合意形成も大変だから、修繕を続けるしかない」と、調査を始める前から選択肢を閉じてしまうこともあります。
一見すると正反対ですが、どちらも結論を先に置き、その後から理由を探してしまうという点では同じです。初期検討では、まず現在のマンションが抱えている問題を確かめ、その問題をどの方法なら解消できるのかという順序で考える必要があります。
築40年や築50年という数字は、マンションの将来を考え始める一つのきっかけにはなります。しかし、築年数だけで建替えや除却の必要性を判断することはできません。同じ築45年のマンションでも、構造躯体の状態、これまでの修繕履歴、給排水設備の更新状況、耐震性能、敷地条件、修繕積立金の蓄積状況は大きく異なるからです。
さらに、区分所有者の事情も一様ではありません。今後も現在の住戸で長く暮らしたい人がいれば、数年以内に売却して住み替えたい人もいるでしょう。相応の追加負担を受け入れてでも性能を改善したい世帯がある一方、年金収入を中心に生活しており、まとまった一時金の負担が難しい世帯もあります。
こうした違いがある以上、「築年数が進んだ」という一つの事実だけで将来を決めれば、建物の状態だけでなく、そこに暮らしている人たちの事情まで見落としてしまいます。
建替えには大きな費用も関係します。既存建物を取り壊して新しいマンションを建築する場合には、除却費や設計費、建築費だけではなく、仮住まいや引越しなど区分所有者側にもさまざまな負担が生じます。
以前には、敷地に残された容積率を利用して建物を大きくし、新たに生じた住戸等を外部へ販売することで区分所有者の負担を抑えられた事例もありました。しかし、すべてのマンションで同じ事業計画を実現できるわけではありません。
すでに指定容積率を相当程度使用しているマンションでは、新たに販売できる床面積を十分確保できないという可能性があります。建築費や人件費、市況が変われば、過去には成立した条件でも現在では採算が合わないこともあるでしょう。
その結果、区分所有者に大きな追加負担が必要になるのであれば、当初は建替えを希望していた人でも「その金額では現実的ではない」と考え直す可能性があります。将来の安全性を高めたいという気持ちがあっても、実際に家計から負担できる金額には限界があるためです。
とはいえ、「建替えが難しいなら修繕を続ければよい」と単純に戻ることもできません。給排水管、電気設備、エレベーター、耐震性、防火避難性能など複数の課題が重なっている場合には、この先も大きな修繕費や改修費が必要になるという可能性があります。
修繕積立金を引き上げながら現在の建物を使い続けることが、本当に区分所有者にとって負担の小さい方法なのかも検証しなければなりません。目の前の建替え費用だけを見れば修繕のほうが安く感じても、10年や20年という期間で複数の工事費を積み上げると、見え方が変わる場合があります。
国土交通省の現行マニュアルでも、特定の手法を最初から前提とするのではなく、建物の現状と区分所有者が求める改善水準を把握し、改修を含む複数の再生等手法について、改善効果と費用などを比較する考え方が示されています。
つまり初期検討で必要なのは、「建替えるかどうか」という一問だけに答えることではありません。今のマンションに何が起きており、どの程度の改善を求め、その水準を修繕や改修で実現できるのかを確認したうえで、必要に応じて建物更新、建替え、売却などとの比較へ進むことが重要です。
建替えについて調べ始めることと、建替えを決定することはまったく違います。最初に目指したいのは結論ではなく、管理組合が将来の方向を比較して選べるだけの判断材料をそろえることです。
マンション建替えの初期検討で確認したい5つの項目
初期検討を始めると、耐震性、長期修繕計画、修繕積立金、容積率、売却可能性、区分所有者の年齢構成など、さまざまな情報が同時に出てきます。目についた問題から次々に調べていると、資料は増えているのに「結局、何を判断すればよいのか分からない」という状態になりかねません。
そこで初期段階では、建物設備の状態、修繕改修の可能性、将来資金、区分所有者の意向、再生等手法という5つの視点に分けて現在地を確認すると整理しやすくなります。これらは独立した項目ではなく、最後には互いの関係をつなぎ合わせ、管理組合としてどの選択肢を詳しく調べるべきか判断するための材料になります。
建物設備の状況
最初に確認するのは、マンションという建物そのものの現在地です。目につきやすい外壁のひび割れやタイルの浮き、屋上防水の劣化だけではなく、構造躯体、給排水設備、電気設備、消防設備、エレベーター、防火避難性能なども含めて確認します。
たとえば、外壁改修を数年前に行ったばかりで外観がきれいだったとしても、建物内部の給排水管では腐食が進んでいる可能性があります。反対に、外観には築年数なりの古さがあっても、設備を計画的に更新し、構造躯体が良好に維持されているマンションもあるでしょう。
見た目が新しいか古いかだけでは、この先どの程度使い続けられるのかを判断できません。だからこそ、過去の工事履歴と現在の建物診断を結び付けて見る必要があります。
耐震性について確認するときには、単純な竣工年月だけから旧耐震基準か新耐震基準かを判断しないことも重要です。国土交通省では、1981年6月1日以降に建築確認を受けた建物について、新耐震基準に基づいて建築された建物として案内しています。
そのため、1981年前後に建築されたマンションでは、竣工年月だけを見るのではなく、確認済証や建築確認台帳などから建築確認を受けた時期を確認することが適切です。
1981年5月31日以前に建築確認を受けた、いわゆる旧耐震基準に該当するマンションであっても、そのことだけで直ちに建替えや除却が必要になるわけではありません。耐震診断を実施しているのであれば、その診断結果を建築士等に確認してもらい、未実施の場合には建物の状態や所在地自治体の支援制度も踏まえながら、耐震診断の必要性を検討することになります。
理事会としては、「旧耐震」という言葉を住民へ伝えた途端に不安が広がるのではないかと心配になるかもしれません。だからこそ、旧耐震基準であるという事実だけを切り離して伝えるのではなく、現在確認できていること、まだ調査していないこと、今後どのように安全性を確認していくのかまで合わせて説明することが重要です。
給排水管についても、単純に「古いから交換する」という判断では足りません。漏水事故がどの程度発生しているのか、共用部分と専有部分の配管がどこまで更新されているのか、全面更新が必要なのか、別の方法で一定期間使用できるのかなどを専門的に確認する必要があります。
高経年マンションでは、一つの重大な故障より、複数の設備更新時期が同じ時期に重なることのほうが資金計画を圧迫する場合があります。外壁、防水、給排水管、エレベーター、受変電設備などの更新が数年間に集中すれば、一件ずつなら対応可能な工事でも、全体では大きな負担になるからです。
初期検討で確認したいのは「築何年だから危険」という評価ではありません。現在どこに問題があり、緊急性はどの程度で、いつごろまでに何を実施する必要があるのかを見える状態にすることが大切です。
修繕改修の可能性
建物設備の状態が見えてきたら、次に考えたいのが「現在の建物を使い続ける場合、どこまで改善できるのか」という問題です。
修繕と改修は似た言葉ですが、考え方には違いがあります。修繕は、劣化や不具合によって低下した性能を実用上支障のない状態まで回復させることが中心になります。一方、改修では、元の状態へ戻すだけでなく、現在より性能や使いやすさを高めることまで視野に入ります。
| 修繕 | 改修 |
|---|---|
| 劣化や不具合によって低下した性能を実用上支障のない状態まで回復させることが中心になります。 | 元の状態へ戻すだけでなく、現在より性能や使いやすさを高めることまで視野に入ります。 |
給排水管の更新に加えて、玄関扉やサッシの断熱性能を改善したり、エレベーターを更新したり、バリアフリー化や省エネルギー化を進めたりする方法もあります。利用者が減った機械式駐車場を撤去して維持管理費を抑えるなど、居住者構成の変化に合わせて共用設備そのものを見直すことも考えられるでしょう。
国土交通省の比較検討マニュアルでは、マンションの現状を把握したうえで、区分所有者がどの程度の改善を求めているのかを整理し、その要求改善水準を改修によってどこまで満たせるのか検討する考え方が示されています。
ここで大切なのは、現在の建物を残すことを「何もしない選択」と考えないことです。必要な設備更新や性能向上を計画的に実施することで、この先も合理的に利用できるマンションであれば、長寿命化改修を選ぶことには十分な意味があります。
一方、既存建物の構造や住戸配置そのものが大きな制約となっている場合には、どれだけ改修費を投入しても区分所有者が求める改善水準に届かないという可能性があります。その場合には、通常の改修だけでなく、建物更新や建替え等を含む抜本的な再生方法まで比較する必要が出てきます。
ここで整理しておきたいのが、実務上使われる「一棟リノベーション」という呼び方と、2026年施行後の法定制度である「建物更新」の関係です。
一棟リノベーションは、既存の構造躯体を生かしながら、建物全体を大規模に刷新する工事を表す実務上の呼称として使われます。一方、建物更新は、共用部分の形状変更と、それに伴うすべての専有部分の形状、面積または位置関係の変更など、法律上の要件を満たす場合に該当する再生手法です。
| 一棟リノベーション | 建物更新 |
|---|---|
| 一棟リノベーションは、既存の構造躯体を生かしながら、建物全体を大規模に刷新する工事を表す実務上の呼称として使われます。 | 一方、建物更新は、共用部分の形状変更と、それに伴うすべての専有部分の形状、面積または位置関係の変更など、法律上の要件を満たす場合に該当する再生手法です。 |
国土交通省の現行資料でも、一棟全体をスケルトン状態として既存構造躯体を活用し、共用部分とすべての専有部分を更新する一棟リノベーション工事について、建物更新に関係する代表的な工事として説明されています。
したがって、一棟リノベーションと呼ばれる工事であっても、その内容が法律上の要件を満たす場合には法定の「建物更新」に該当します。一方、一般に一棟リノベーションと呼ばれるすべての工事が、法定の建物更新に該当するわけではありません。
理事会がここで理解しておきたいのは、制度名を細かく暗記することより、名称だけで判断しないという点です。事業者から一棟リノベーションという提案を受けた場合でも、具体的にどこまで建物を変更する工事なのか、その内容が法律上どのように位置付けられ、どのような決議や手続が関係するのかを専門家へ確認する必要があります。
将来的な資金
建物の将来を考えるとき、避けて通れないのがお金の問題です。ただし、現在の修繕積立金残高だけを見て「足りる」「足りない」と判断するのではなく、今後必要になる工事を時間軸に並べて確認する必要があります。
まず現行の長期修繕計画を開き、今後10年から20年程度の間にどのような工事が予定されているのかを確認します。そのうえで、現在の修繕積立金残高や毎月の積立額を照らし合わせ、予定されている工事を実施した場合でも資金を維持できるのかを見ていきます。
ここで注意したいのが、長期修繕計画を作成または見直した時期です。計画策定から長い時間が経過している場合、その後の建築費、人件費、設備価格などの変化が十分反映されていないという可能性があります。
書類の上では資金が足りる予定だったのに、現在の価格で見積もりを取り直すと大きな不足が見えてくることもあるでしょう。理事会にとっては歓迎したくない数字ですが、今見たくない数字だからこそ、問題が大きくなる前に把握する意味があります。
理事会では、この段階で「また修繕積立金を上げなければならないのか」という重い空気が流れることがあります。区分所有者へ負担をお願いする理事自身も同じ区分所有者ですから、値上げを簡単に決められるわけではありません。
それでも、将来必要になる費用を見ないまま先送りすると、数年後に突然大きな一時金が必要になる可能性があります。負担について考えることを先送りするほど、将来選べる方法が減ってしまうこともあるでしょう。
資金不足が見込まれる場合には、修繕積立金の増額、一時金の徴収、借入れなどの方法を検討します。しかし、管理組合として資金を調達できることと、それぞれの区分所有者が負担を受け入れられることは別の問題です。
たとえば、毎月の修繕積立金を一定額引き上げるのであれば対応できても、短期間にまとまった一時金を求められれば難しい世帯もあるでしょう。建替えや建物更新等についても、マンション全体の概算事業費を見るだけではなく、区分所有者一人ひとりにどのような資金負担が生じる可能性があるのかを考えなければ、実現性を判断することはできません。
もっとも、初期検討の段階で最終的な負担額まで断定することは困難です。建築費、市況、土地価格、工事範囲、建物規模、事業方式などによって金額は変わるため、初期段階では一定の前提条件を置いた概算として扱うことになります。
その際、「建替えなら一戸○千万円かかるらしい」といった数字だけを独り歩きさせないことが重要です。どのような条件で算出した数字なのか、どこまでの費用を含んでいるのか、今後何によって変動する可能性があるのかまで説明できる状態にしておく必要があります。
区分所有者の意向
マンション再生の成否を考えるうえで、建物と資金だけでは足りません。最終的に意思決定へ参加するのは、それぞれ異なる生活事情を抱えた区分所有者だからです。
現在の住戸でできるだけ長く暮らしたい人がいれば、数年後の住み替えを考えている人もいます。資産価値を維持したい人、毎月の住居費を増やしたくない人、相続する家族へ老朽マンションを残すことを心配している人など、将来に対する優先順位はさまざまでしょう。
こうした違いがあるため、初期段階から「建替えに賛成ですか」と尋ねるだけのアンケートには注意が必要です。具体的な事業内容も負担額も分からない時点で賛否を求められれば、「もう建替えの話が決まっているのではないか」と区分所有者が身構える可能性があります。
理事会としては単に意見を聞きたかっただけでも、質問の仕方によって不要な対立を生むことがあります。そのため初期の意向調査では、現在のマンションで何に困っているのか、今後どの程度住み続けたいと考えているのか、どのような性能を改善したいのか、費用負担について何を不安に感じているのか、将来的な住み替えをどのように考えているのかなどを確認したほうが、実際のニーズを把握しやすくなります。
アンケートを取ってみると、それまで理事会が抱いていた住民像とは異なる結果が出ることもあります。「高齢の区分所有者は建替えに反対するだろう」と思っていても、子どもへ管理負担を残したくないため売却を含めて検討したいと考えている人がいるかもしれません。
反対に、若い世帯なら建替えを歓迎すると思っていても、住宅ローンや教育費を抱えており、大きな追加負担が必要なら改修による維持を望むこともあります。
人の考えは年齢や居住年数だけでは決まりません。だからこそ、理事会側の推測ではなく、実際の声を確認する必要があります。
また、高経年マンションでは賃貸化率、空室、相続、区分所有者との連絡状況なども確認しておきたいところです。総会資料が届かない区分所有者や現在の連絡先が分からない区分所有者が増えている場合、その状態は日常管理だけではなく、将来の重要な意思決定にも影響する可能性があります。
建物の劣化は外から見えることがありますが、合意形成を難しくする原因は、名簿や連絡体制の中に静かに積み重なっている場合もあります。将来検討を始めることは、建物だけでなく、管理組合という組織の現在地を確認することでもあるのです。
建替え売却除却等の選択肢
5つ目に確認するのが、現在利用できる再生等手法です。
ここで重要なのは、最初から各制度を細かく理解することではありません。初期検討では「今のマンションには、どのような方向が考えられるのか」を把握し、自分たちの問題と関係しそうな方法を絞っていくことが目的です。
2026年4月施行後は、建物更新決議、建物敷地売却決議、建物取壊し敷地売却決議、取壊し決議など、新たな再生等の制度が整備されています。
ただし、「制度が増えたから選択が簡単になった」というわけではありません。それぞれ建物を残すのか、土地を残すのか、区分所有者が住み続けることを前提にするのか、それとも資産を金銭化して住み替えるのかが異なるため、自分たちのマンションが抱えている問題との相性を見なければなりません。
初期段階では、制度の細かな決議要件を暗記するより、それぞれを選択した場合に建物、土地、生活、費用がどのように変わるのかを理解するほうが大切です。
理事会がマンションの将来検討で最初にやること
ここまで5つの項目を確認すると、「結局、次の理事会では何をすればよいのか」と感じるかもしれません。
初期検討を始めるために、最初から大規模な専門委員会を設置したり、高額なコンサルタント契約を結んだりする必要はありません。むしろ、最初の行動を大きくしすぎると、「まだ建替えを決めてもいないのに、そこまでやる必要があるのか」という反発が生じ、検討そのものが止まる可能性があります。
まず理事会で取り組みたいのは、現在の長期修繕計画、修繕積立金残高、修繕履歴、建物診断資料などをそろえ、「今後10年から15年程度にどのような大型工事が予定され、それを現在の資金計画で実施できるのか」を確認することです。
この作業を行った結果、当面の修繕を現在の資金計画で進められると分かるのであれば、すぐに建替え等の本格検討へ進む必要はないかもしれません。その場合も、「今後何年後にもう一度将来を確認するか」を決めておけば、問題が大きくなってから慌てることを避けられます。
一方、設備更新が同じ時期に集中していることや、現在の積立水準では大きな資金不足が生じる可能性が見えてきた場合には、そこで初めてマンション管理士や建築士等への相談を一段深めます。
理事会から始める基本的な流れは、現在感じている不安を共有したうえで、保管資料を確認し、建物設備、将来資金、所有者状況について分かっていることと分かっていないことを整理するところから始まります。その結果、自分たちだけでは判断できない問題が見えてきたら、マンション管理士や建築士等へ必要な範囲から相談し、技術調査や意向調査へ進みます。
そのうえで、既存建物を修繕改修しながら使用する場合、建物更新等によって大規模な再生を行う場合、建替えを行う場合、売却や取壊しを検討する場合について、費用、改善効果、区分所有者の生活への影響を比較し、管理組合として本格的な計画検討へ進む必要があるかを判断します。
ここで特に区別しておきたいのが、「詳しく検討することへの合意」と「実際に建替え等を行うための法定決議」です。
国土交通省の現行マニュアルでは、比較検討を行い、一定の再生等手法について本格的な計画検討へ進む段階で「推進決議」を行う考え方が示されています。この推進決議は、区分所有法上の建替え決議や建物更新決議そのものではなく、次の計画検討へ進むことについて管理組合の意思を確認するものです。
この違いを区分所有者へ丁寧に説明することには大きな意味があります。説明会で建替えという言葉が出ただけで、「もう自宅を失うことが決まってしまったのではないか」と不安になる人もいるでしょう。
そこで、「今回は建替えを決める場ではなく、今後どの方法が現実的なのかを詳しく比較するかどうかを考える段階です」と現在地を伝えられれば、まだ考えが定まっていない区分所有者も議論へ参加しやすくなります。
初期検討では、結論へ急ぐことよりも、今どの段階にいて何を確認しようとしているのかを管理組合全体で共有することが大切です。
初回相談時に用意する資料
マンション管理士や建築士等へ相談するとき、「資料をすべてそろえてからでなければ専門家に相談できない」と考える必要はありません。
竣工図が見つからない、耐震診断を実施したか分からない、修繕履歴が十分整理されていない、長期修繕計画を何年も見直していないという状態であれば、それ自体が管理組合の現状を示す重要な情報になります。
手元にある資料を次の表で確認すると、初回相談で現在地を説明しやすくなります。
マンション管理士への初回相談資料チェックリスト
| 確認区分 | 主な資料 | 主な確認内容 | 準備確認 |
|---|---|---|---|
| 建物基本資料 | 建築確認済証と検査済証 | 建築確認時期や建物概要などを確認します | □ |
| 建物基本資料 | 竣工図面一式 | 構造や設備配管や敷地条件などを確認します | □ |
| 建物基本資料 | 耐震診断報告書 | 実施済みの場合に耐震性能の評価内容を確認します | □ |
| 維持管理 | 過去の大規模修繕工事記録 | 工事時期と実施内容と未改修部分を確認します | □ |
| 維持管理 | 現行の長期修繕計画 | 今後予定される工事と将来資金を確認します | □ |
| 維持管理 | 建物設備診断報告書 | 劣化状況と今後必要になる工事を確認します | □ |
| 維持管理 | 法定点検や定期報告に関する資料 | 指摘事項と改善状況を確認します | □ |
| 財務 | 直近3期から5期程度の決算書 | 管理費会計と修繕積立金会計の状態を確認します | □ |
| 財務 | 修繕積立金残高が分かる資料 | 現在確保されている資金を確認します | □ |
| 財務 | 滞納状況が分かる資料 | 長期滞納と将来の回収リスクを確認します | □ |
| 管理運営 | 管理規約と使用細則 | 意思決定や専門委員会に関するルールを確認します | □ |
| 管理運営 | 直近3期から5期程度の総会議事録 | 過去の重要な議論や決議の経緯を確認します | □ |
| 管理運営 | 主な理事会議事録 | 現在まで継続している課題を確認します | □ |
| 所有者情報 | 区分所有者名簿の整備状況 | 外部所有者や連絡困難者などの状況を確認します | □ |
| 相談整理 | 理事会が困っている内容をまとめたメモ | 初回相談で確認したい論点を整理します | □ |
特に1981年前後に建築されたマンションでは、確認済証などから建築確認を受けた時期を確認することが、耐震基準を把握する手掛かりになります。
確認済証や検査済証が見当たらない場合であっても、所在地を管轄する自治体の建築行政窓口にある台帳の記載事項などから一定の情報を確認できる場合があります。保存状況や取得方法は自治体によって異なるため、必要になった段階で建築指導部局等へ問い合わせるとよいでしょう。
理事会として最初に行うのは、保管庫の資料をすべて完璧に読み込むことではありません。何が保管されていて、何が見つからず、どの資料の意味がまだ分からないのかを整理するだけでも、専門家へ相談するときの話は格段に具体的になります。
初期検討でマンション管理士が支援できること
「まだ建替えをすると決めていないのに、マンション管理士へ相談してよいのだろうか」と迷う理事長もいるでしょう。
しかし、方向性が決まっていない段階だからこそ、管理組合内部の問題と必要な調査を整理する支援が役立つ場合があります。
マンション管理士は、マンション管理に関する専門知識を用いて、管理組合運営、管理規約、財務、維持管理などについて助言や援助を行う専門資格者です。マンション再生等の検討では、建築や法律を一人ですべて判断する専門家ではありませんが、管理組合として何を整理し、どの専門家に何を聞き、区分所有者へどのように情報提供していくかを考える支援を行えます。
たとえば、理事会では建替えが問題になっていたとしても、資料を確認した結果、長期修繕計画が10年以上見直されておらず、まず将来の修繕費を現在の価格で再確認する必要があると分かるかもしれません。
反対に、長期修繕計画は定期的に見直されているものの、今後の大型設備更新まで含めると資金不足を避けにくいことが明確になる場合もあります。
その違いが分かれば、次に建築士へ確認してもらうべき事項も変わります。「何となく古くなって不安」という状態から、「給排水設備の更新可能性と耐震性について技術的に確認したい」という状態へ変わるだけでも、初期検討としては大きな前進です。
将来構想検討委員会などの専門組織を設ける場合にも、マンション管理士は組織の役割、理事会との関係、検討範囲、区分所有者への報告方法などの整理を支援できます。
ここで「建替え推進委員会」のような名称をつけると、まだ比較検討もしていない段階から建替えを推進する組織だと受け止められる可能性があります。理事会としては単に将来について調べたいだけなのに、名称一つで区分所有者との距離が広がってしまえば本末転倒です。
アンケート設計についても同様で、結論へ誘導する質問ではなく、現在の不満、将来の居住希望、費用への考え方などを把握できるよう設問を整理すれば、区分所有者の本当のニーズを確認しやすくなります。
ただし、マンション管理士という資格があるだけで、必ず特定の施工会社や不動産事業者から独立していることまで保証されるわけではありません。
実際に依頼するときは、報酬体系、施工会社や不動産事業者との関係、紹介料等の有無、マンション再生に関する支援経験などを確認することが望ましいでしょう。
また、マンション管理士へ依頼すれば建替え等を実現できるというものでもありません。建築に関する技術的判断は建築士等の専門分野であり、法律上の権利関係や紛争対応については弁護士への相談が必要になる場合があります。
マンション管理士の役割は、すべての答えを一人で出すことではありません。管理組合が必要な情報を集め、それぞれの専門家の説明を理解し、自分たちで将来を判断できる環境を整えるところに意味があります。
マンション管理士と建築士と弁護士等の役割の違い
マンションの将来検討では、管理、建築、法律、不動産、事業採算など複数の専門分野が重なります。
そのため、「誰か一人詳しい人を探して、全部任せればよい」という進め方では、専門外の判断まで一人の専門家に依存することになりかねません。
重要なのは、最も優れた専門家を一人選ぶことではなく、現在の問題に必要な専門性を組み合わせることです。
| 専門家 | 主な役割 | 初期検討で相談しやすい内容 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| マンション管理士 | 管理組合運営や管理規約や財務や合意形成の支援 | 検討の始め方や資料整理や専門委員会運営や区分所有者への情報提供 | 建築設計や法律紛争を単独で完結させる専門家ではありません |
| 建築士 | 建物設備の調査や改修設計や建替え計画などの技術検討 | 劣化状況や耐震性や改修可能性や建替え時の建物規模 | 法的権利調整や管理組合内部の合意形成には別の専門性が必要です |
| 弁護士 | 法律関係の確認や権利調整や紛争対応 | 決議手続や賃貸借関係や所在等不明区分所有者や紛争対応 | 建築技術や事業採算の評価については他の専門家と連携します |
| 不動産鑑定士 | 土地建物の価値や売却価格などの評価 | 売却や再生手法の経済比較に必要となる価格評価 | 設計や管理組合運営を担う専門家ではありません |
| 不動産事業者 | 土地や住戸の市場性評価や事業計画への参画 | 建替えや売却の事業性を具体化するときの条件検討 | 営利事業者であるため管理組合の中立的な助言者とは立場が異なる場合があります |
| 再生コンサルタント | 再生等手法の比較や事業化支援や専門家調整 | 比較検討を具体的な再生計画へ進める段階 | 報酬体系や業務範囲や事業者との関係を確認する必要があります |
たとえば、外壁からコンクリート片が落下している、漏水事故が急増している、耐震性について明確な不安があるという状態であれば、管理組合運営の整理だけではなく、建築士等による技術確認を早めに行う必要があるでしょう。
一方、理事会の中で「将来を考えなければならないことは分かっているが、何を調べればよいのか分からない」という状態なら、マンション管理士と管理資料や検討課題を整理し、その結果を踏まえて建築士等へ必要な調査を依頼する方法があります。
建築士とマンション管理士のどちらを先に選ぶかという二択ではなく、今困っている問題が管理、建築、法律、事業性のどこにあるのかを見極めることが先です。
マンション再生等手法を比較するときの基礎知識
初期検討で建物、資金、区分所有者の意向がある程度見えてきたら、ようやく再生等手法を比較する段階に入ります。
ここでも「最も新しい制度だから」「事業者から勧められたから」という理由で方法を決めるのではなく、自分たちのマンションの問題をどこまで解決できるのかという視点から比較することが重要です。
特に一棟リノベーションと建物更新については、別々の独立した再生手法として単純に並べるのではなく、実際の工事内容と法律上の建物更新の要件との関係を確認します。
| 再生等手法 | 基本的な考え方 | 主な利点 | 主な課題 |
|---|---|---|---|
| 修繕と長寿命化改修 | 劣化した部分を修繕しながら設備更新や性能向上を行い既存建物を使い続けます | 現在の生活環境を維持しながら建物を長期利用できる可能性があります | 構造や住戸配置など既存建物そのものの制約は残ります |
| 建物更新 | 既存構造躯体を活用しながら共用部分と全専有部分を一体的に更新する法定の再生手法であり一棟リノベーション型の工事が該当する場合があります | 建物を全面的に除却せず大規模な性能向上を図れる可能性があります | 工事内容が法律上の要件を満たすか確認する必要があり仮住まいや相当の事業費が必要になる場合があります |
| マンション建替え | 既存建物を除却し新しいマンションを建築します | 構造や設備や住戸計画を抜本的に刷新できます | 建築費や仮住まい等の大きな負担が生じる可能性があり事業性の検証が不可欠です |
| 建物敷地売却 | 建物と敷地を売却し権利を金銭化します | 新しいマンションを建築する事業費を負担せず住み替えへ移れる可能性があります | 現在の住まいを離れるため生活再建と売却条件の検討が必要です |
| 建物取壊し敷地売却 | 建物を取り壊してから敷地を売却します | 老朽建物の管理を終えながら土地価値を活用できます | 除却費用と敷地売却の条件を一体で確認する必要があります |
| 建物の取壊し | 建物を除却し建物管理を終了します | 危険な建物を維持し続ける負担を解消できます | 除却費用に加え取壊し後の土地利用や権利関係を検討する必要があります |
2026年の制度改正によって選択肢は広がりましたが、「どの方法でも簡単な多数決で実行できるようになった」という意味ではありません。
具体的な決議要件、認定の必要性、事業手続などは、選択する再生等手法やマンションの個別条件によって異なります。そのため、初期検討の記事やインターネット上の解説だけで決議要件を判断せず、計画が具体化した時点で現行法令と国土交通省の最新マニュアルを確認することが重要です。
法律上の判断が必要になる場合には、マンション管理士だけで完結させず、弁護士等へ確認する必要があります。
実際の相談でよく出るマンション再生の論点
再生等手法の比較を始めると、建築技術だけでは解決できない問題が見えてきます。
実務では、建替えの工法や新しい建物のデザインよりも、その前にある費用負担や生活再建、所有者間の温度差が検討を難しくする場合があります。なぜなら、技術的に実現できる方法であっても、そこに暮らす人たちの生活条件と合わなければ、管理組合として実行可能な選択肢にはならないからです。
世代によって将来を見る時間軸が異なる
高経年マンションでは、長く住んできた高齢世帯と、比較的最近住戸を取得した若い世帯が同じ建物に暮らしていることがあります。
高齢の区分所有者の中には、今後の居住期間を考えると大きな追加負担を避けたいと考える人がいるでしょう。一方、これから20年や30年暮らす予定の世帯なら、費用がかかっても耐震性や断熱性などを改善したいと考えるかもしれません。
ただし、年齢だけで意見を推測することは適切ではありません。高齢の区分所有者でも、子どもへ管理負担を残したくないため売却を望むことがありますし、若い世帯でも住宅ローンや教育費を抱えているため、大きな追加負担を避けたい場合があります。
理事会が確認すべきなのは年齢による賛否ではなく、どの程度住み続けたいのか、何を改善したいのか、どの程度の費用負担なら検討できるのかという生活上の条件です。
外部所有者や所在等が分からない所有者への対応
築年数が進むと、相続や住み替えによって賃貸住戸が増える場合があります。外部所有者にとっては、日々の居住環境よりも、賃料収入や資産価値、費用負担のほうが重要になることもあるでしょう。
さらに、相続を繰り返した結果、現在の連絡先を十分把握できていない区分所有者がいると、総会通知や将来検討の説明を届けること自体が難しくなります。
2026年施行後の制度では、所在等が明らかでない区分所有者に関する仕組みも整備されていますが、実際に利用する場合には所定の法的要件があります。
日常管理の段階から区分所有者名簿と連絡先を適切に更新しておくことは、単なる事務管理ではありません。将来、重要な意思決定を行うときに必要な合意形成の基盤を整えておくことでもあります。
賃借人への影響も考える必要がある
賃貸住戸があるマンションでは、区分所有者だけでなく、その住戸で実際に生活している賃借人への影響も考える必要があります。
再生等によって建物の利用を終了させる場合には、賃貸借関係を整理しなければならない可能性があります。ここには法定手続、契約内容、損失補償など法律上の論点が関係するため、管理組合内部だけで判断することは適切ではありません。
理事会としては、「所有者間で決議すればすべて終わる」という感覚で進めず、実際にそのマンションで暮らしている人たちにどのような影響が生じるのかまで見ながら検討する必要があります。
容積率や既存不適格が建替えに影響する
現在建っているマンションと同じ規模の建物を、そのまま建て直せるとは限りません。
建築時から現在までに都市計画や建築規制が変化し、現在の容積率、高さ制限、日影規制、接道条件などでは従前と同じ規模を再現できない既存不適格の状態になっている場合があります。
そのようなマンションで「今と同じ戸数は当然確保できる」と考えて事業収支を組めば、大きな誤差が生じる可能性があります。
建替え等を具体的に比較する段階では、建築士等に敷地条件や現行規制を確認してもらい、どの程度の建物を計画できる可能性があるのかを検討する必要があります。
そこで建替えの事業性が低いと分かったとしても、検討が失敗したわけではありません。なぜ建替えが難しいのかが分かれば、既存躯体を活用する建物更新や改修、売却などを比較する理由が明確になります。
マンション建替え初期検討の想定相談事例
以下は特定の実在案件をそのまま紹介するものではなく、高経年マンションで起こりやすい複数の問題を組み合わせ、初期検討の進め方を理解するために構成した想定事例です。
地方都市中心部にある築40年以上、総戸数約40戸のマンションで、数年前から外壁の劣化や給排水管の漏水が目立つようになったとします。
次回の大規模修繕に向けて長期修繕計画を見直したところ、現在の積立水準では今後予定される設備更新まで賄うことが難しく、相当な資金不足が生じる可能性が見えてきました。
理事会では、「ここまで多額の修繕費を負担するのであれば、建替えたほうが合理的ではないか」という意見が出ます。しかし別の理事は、高齢の区分所有者が多い状況で建替えという言葉だけが先行すれば、「住み続けられなくなるのではないか」と不安を広げるのではないかと心配しています。
そこで、建替えの賛否を尋ねる前に、現在の修繕積立金、今後予定される工事、建物設備の状態、耐震診断の有無などを整理します。
1981年前後の建物であれば、単純に竣工年だけで耐震基準を判断せず、建築確認を受けた時期も調べます。旧耐震基準に該当し、耐震診断も行われていないのであれば、所在地自治体の支援制度を確認しながら建築士等へ相談するという次の行動が見えてくるでしょう。
区分所有者への意向調査でも、建替えへの賛否だけを聞くのではなく、今後どの程度現在のマンションへ住み続けたいのか、どの設備に不安があるのか、どの程度の費用負担を心配しているのか、将来的な住み替えについてどのように考えているのかを確認します。
その結果、建替えを望むと思われていた若い世帯でも、相当額の追加負担が必要なら改修を希望することが分かるかもしれません。一方、高齢の所有者でも、将来的な管理負担を子どもへ残したくないため、売却を含めて詳しく比較したいという意見を持っている場合があります。
建築士等による技術確認を進めた後には、現在の建物を修繕改修しながら利用する場合、既存構造躯体を活用した大規模な一棟リノベーションを検討し、その工事内容が法定の建物更新に該当するか確認する場合、既存建物を除却して建替える場合、建物や敷地の売却を検討する場合について、概算費用だけでなく、改善できる性能、工事中の生活、仮住まいの必要性、将来負担などを同じ視点で比較します。
その比較によって、建替えは現在の区分所有者の負担条件では現実性が低いものの、建物更新に該当する大規模な一棟リノベーションや長寿命化改修なら一定の改善が期待できると分かる可能性があります。反対に、長期的な改修費を積み上げると大きな負担になるため、売却可能性まで調査したほうがよいという判断へ変わることもあるでしょう。
この事例で重要なのは、最初に理事会で話題になった建替えという案が最終的に採用されるかどうかではありません。
検討を始める前には「高い修繕費を払い続けるのか、それとも建替えるのか」という二択しか見えていなかった管理組合が、建物、資金、区分所有者の意向を整理したことで、「比較すべき方法」と「次に調べるべき事項」を共有できる状態へ変わっています。
初期検討で目指したいのは、この変化です。答えを急いで出すことより、「なぜ迷っているのか」と「何を調べれば迷いを減らせるのか」が見えるようになることに大きな意味があります。
自治体の専門家派遣と補助制度も確認する
マンションの将来について不安を感じたからといって、最初から高額なコンサルタント契約を結ぶ必要があるとは限りません。
自治体によっては、マンション管理士等の専門家派遣、相談事業、耐震診断、再生検討、長期修繕計画の作成などを支援する制度が設けられています。
こうした制度を最初に確認する意味は、単に費用を節約するためだけではありません。公的な相談を利用することで、「現在の段階では何を調べる必要があるのか」という入口を整理できる場合があります。
久留米市のマンション管理士派遣制度
久留米市では、2026年度も市内の分譲マンションを対象としたマンション管理士派遣事業が実施されています。
現在の公式案内では、管理組合運営、管理規約、修繕積立金等の財務、長期修繕計画、大規模修繕、耐震、建替えなどについて相談でき、派遣費用は無料です。派遣時間は3時間以内で、同一管理組合について同一年度につき原則1回となっています。
管理組合役員から申し込む場合には理事会の合意などの条件があるため、理事長個人の相談というよりも、理事会として現在の問題を整理する機会として利用する制度と考えると分かりやすいでしょう。
「有料で専門家へ依頼するほど話が固まっているわけではないが、理事会だけでは整理できない」という段階では、こうした制度が最初の相談先になる場合があります。
福岡市の高経年マンション支援
福岡市では、築40年以上の分譲マンションを対象とする高経年マンション運営支援事業が実施されています。
現在の制度では、マンション管理士やマンション建替えアドバイザー等による特別相談やアドバイザー派遣が用意されており、特別相談と派遣を合わせて一つの管理組合につき通算5回まで利用できる仕組みになっています。
さらに、2026年度にはマンション再生検討等促進事業補助金も案内されており、老朽化したマンションの再生に向けた検討や長期修繕計画の作成等について支援を受けられる場合があります。
補助制度には対象要件や受付期間があり、交付決定より前に契約や業務着手をすると対象にならない場合もあります。そのため、有料調査や専門家との本格契約を進める前に、所在地自治体の制度を確認することが重要です。
マンション所在地が久留米市や福岡市以外であっても、専門家派遣、耐震診断助成、マンション再生支援などが設けられている可能性があります。
所在地自治体の公式サイトでマンション管理、専門家派遣、マンション再生、建替え、耐震診断などの制度を確認し、情報が見つからなければ住宅政策を担当する部署へ問い合わせるとよいでしょう。
2026年施行後のマンション関係法令を確認するときの注意点
マンション建替えについてインターネットで調べると、2026年4月より前に公開された記事や旧マニュアルも数多く表示されます。
2026年4月1日には改正マンション関係法の主要部分が施行され、従来の「マンションの建替え等の円滑化に関する法律」は「マンションの再生等の円滑化に関する法律」へ名称が変更されました。
これに合わせ、建物更新、建物と敷地の売却、取壊しなどに関する制度が整備され、国土交通省は2026年3月31日に現行制度へ対応したマニュアル等9点を公表しています。
そのため、2026年4月以前の資料を参照するときは、記載されている制度名称や決議要件が現在もそのまま通用するのかを必ず確認してください。
特に、建物更新、建物や敷地の売却、取壊し、所在等が明らかでない区分所有者、賃貸借関係などについては、旧制度を前提とした説明と現在の制度を混同しないことが重要です。
費用についても同様で、過去の建替え事例に「一戸当たり○○万円の負担だった」と書かれていても、その数字を現在のマンションへそのまま当てはめることはできません。
建築費、敷地条件、土地価格、建物規模、余剰容積、再生手法によって費用は大きく変わります。
法律上の要件も事業費も、「以前はこうだった」ではなく、「現在の制度と自分たちのマンションの条件ではどうなるのか」を確認することが必要です。
マンション建替え初期検討のFAQ
- 建替えを決めていなくてもマンション管理士に相談できますか?
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建替え方針が決まっていない段階でも相談できます。むしろ、「修繕を続けるべきか、それとも建替え等を含む再生を検討するべきか分からない」という時期に、管理資料や検討課題を整理することには意味があります。
マンション管理士へ相談したからといって、建替えを前提に進める必要もありません。資料や将来資金を確認した結果、当面は改修や設備更新を中心に進めたほうがよいと判断する場合もあるでしょう。
初期相談の目的は専門家から結論を言い渡してもらうことではなく、何を確認すれば管理組合として判断できるのかを明らかにすることです。
- 建築士とマンション管理士のどちらに先に相談すべきですか?
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どちらを先にするかは、現在抱えている問題によって変わります。
建物の安全性、耐震性、漏水、構造、改修可能性などが中心課題であれば、建築士等による技術確認を早めに行う必要があります。一方、理事会として何を議論すればよいのか、どの資料を確認するのか、区分所有者へどのように説明していくのかという管理運営上の問題が中心であれば、マンション管理士から整理を始める方法があります。
実際の将来検討では、どちらか一方を選んで終わるのではなく、マンション管理士が管理組合内部の検討を支援し、建築士が建物や設備について技術的評価を行うなど、それぞれの専門性を組み合わせて進めることが重要です。
- 築40年以上なら建替えを検討したほうがよいですか?
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築40年という数字だけで建替えの要否を判断することは適切ではありません。
ただし、築年数が進むと給排水設備やエレベーターなど大型設備の更新時期が重なり、大規模修繕の費用も増えていく可能性があります。そのため、現在の長期修繕計画と将来資金を確認し、この先も合理的に維持できるのかを考え始めるきっかけにはなるでしょう。
築年数は検討開始の目安にはなりますが、結論ではありません。建物の状態、修繕履歴、耐震性能、将来資金、区分所有者の意向を組み合わせて判断する必要があります。
- 旧耐震基準かどうかは竣工年だけで分かりますか?
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竣工年だけで単純に判断することは避けたほうがよいでしょう。
国土交通省では、1981年6月1日以降に建築確認を受けた建物について、新耐震基準に基づいて建築された建物として案内しています。そのため、1981年前後のマンションでは、確認済証や建築確認台帳などを確認し、建築確認を受けた時期を把握することが重要です。
資料が見当たらない場合には、所在地自治体の建築行政を担当する窓口で確認できる情報がないか問い合わせる方法があります。
- 一棟リノベーションと建物更新は同じですか?
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常に同じというわけではありませんが、別々の独立した再生手法として完全に切り離して考えることも適切ではありません。
一棟リノベーションは、既存の構造躯体を活用しながら建物全体を大規模に刷新する工事を表す実務上の呼称です。一方、建物更新は2026年施行後の区分所有法で整備された法定の再生手法になります。
一棟リノベーションと呼ばれる工事であっても、その具体的な内容が法律上の要件を満たす場合には、法定の建物更新に該当します。一方で、一棟リノベーションと呼ばれる工事のすべてが建物更新に該当するわけではありません。
初期検討では言葉の違いだけにとらわれず、提案されている工事が具体的に何を変更するものなのか、その結果どの法的手続が関係するのかを確認することが重要です。
- 除却と敷地売却は同じですか?
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除却と売却は同じ手続ではありません。
現在の制度では、建物そのものを取り壊す方法、建物と敷地を売却する方法、建物を取り壊したうえで敷地を売却する方法などが別々に整理されています。
どの手法でも区分所有者の権利や生活への影響が同じというわけではないため、初期検討では「建物をなくす方法」と一括りにせず、実施後に土地や権利がどうなるのかまで確認する必要があります。
- 初期検討にはどんな資料が必要ですか?
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長期修繕計画、過去の修繕履歴、決算書、修繕積立金残高、管理規約、総会議事録、竣工図書、建物診断資料などが基本になります。
耐震診断を実施している場合にはその報告書も重要であり、1981年前後に建築されたマンションでは、建築確認を受けた時期が分かる確認済証なども確認しておきたい資料です。
ただし、すべての資料がそろうまで相談を待つ必要はありません。資料を確認した結果、長期修繕計画が古いことや竣工図面が見つからないことが分かれば、それ自体が次に取り組むべき管理課題になります。
- 自治体から専門家派遣を受けられる場合はありますか?
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自治体によっては、マンション管理士等の専門家派遣や無料相談、耐震診断や再生検討に関する補助制度を利用できる場合があります。
久留米市ではマンション管理士派遣事業が実施されており、福岡市でも築40年以上のマンションを対象とする高経年マンション運営支援事業などが設けられています。
制度内容、対象要件、派遣回数、補助金額、受付期間などは自治体によって異なるため、専門家との本格契約や有料調査を行う前に、所在地自治体の最新情報を確認してください。
まとめ
マンションの建替え等を考え始めたとき、最初に決めるべきなのは「壊すか残すか」という結論ではありません。
まず建物設備の状態を確認し、修繕や改修によってどの程度改善できるのかを把握したうえで、将来必要になる資金と区分所有者の意向を整理します。その情報がそろって初めて、修繕改修、建物更新、建替え、売却、取壊しなどを同じ土俵で比較できるようになります。
理事会として最初に行いたいのは、長期修繕計画や修繕積立金残高、修繕履歴などを確認し、「今後10年から15年程度を現在の計画で維持できるのか」という問いに向き合うことです。
そこで問題が見えてきたら、マンション管理士、建築士、弁護士等の専門家を必要な範囲で組み合わせていけばよいでしょう。
マンション管理士は、建替えを実現する専門家というより、管理組合が何を調べ、誰に何を相談し、どのように区分所有者と検討を進めるのかを整理する支援者として活用できます。
「建替えるべきか分からない」という段階であっても、将来検討を始めるには十分です。むしろ、まだ結論が決まっていないからこそ、特定の方法に引っ張られず、建物、資金、生活という複数の視点から将来を考えることができます。
結論を急ぐのではなく、今分かっていることと分かっていないことを一つずつ整理し、比較できる材料を増やしていくことが、区分所有者の生活と資産を守りながらマンションの将来を選択するための第一歩になります。
参考資料
制度や決議要件は改正される可能性があるため、実際の検討時には2026年4月施行後の情報を反映した国土交通省の一次資料を確認し、自治体制度については申請時点の公式情報を確認してください。