- 10. 企業だけでは解決できない課題 10
- 11. まとめ 11
- 12. 注記と参考資料 12
人手が足りない。それなのに採用できない。採用難には、人口構造、賃金、労働時間、勤務地、離職率、仕事の魅力、職業ごとの需給など、複数の要因があります。企業内の育成不足だけで、日本の採用難全体を説明することはできません。一方で、企業が自ら採用対象を狭めている場合もあります。
現場に人が足りないため、既存社員が忙しくなる。育成に使える時間が減る。採用した人に何をどの順序で教え、誰がどの段階まで支援するのかも決まっていない。その結果、未経験者や異業種経験者を採用した後の立ち上がりを見通せなくなります。
現場は、その不確実性を採用条件によって小さくしようとします。同業界での経験を求め、必要な経験年数を増やし、自社と似た商品や顧客を扱った経験まで求める。入社直後から一人で判断できることも期待する。こうして、入社後に習得できる知識や能力まで、採用時の必須条件へ組み込まれていきます。
条件を満たす候補者が少なくなれば、採用は難しくなります。欠員が続けば、既存社員の負担が増え、育成に使える時間はさらに減ります。
育成の時間、方法、担当者が定まっていない → 採用後の立ち上がりを見通せない → 採用時点で高い完成度を求める → 候補者層が狭くなる → 採用できず欠員が続く → 育成余力がさらに小さくなる
この連鎖は、全国的な因果法則として立証されたものではありません。育成力の不足が、すべての企業で即戦力要件を強めていると断定することもできません。資格、安全、専門技能、緊急性の高い欠員対応など、経験者を求める合理的な理由もあります。
それでも、業務上の必要性を超えて即戦力を求めている場合、それは採用担当者の高望みというより、採用後に人を立ち上げる仕組みが十分でない表れかもしれません。
その採用条件は、仕事を始めるために不可欠だから置いているのか。それとも、採用後に育てる仕組みがないために置いているのか。
即戦力要件の過剰化
即戦力要件はどのように過剰化するのか
即戦力要件は、最初から意図的に高く設定されるとは限りません。採用後の不安を、求人条件の追加によって一つずつ埋めようとする過程で膨らむことがあります。
経験年数が能力の代わりになる
「同業界で五年以上」——経験年数は、採用条件として分かりやすい指標です。資格、安全、熟練が重要な仕事では、経験期間が有用な判断材料になる場合もあります。
一方で、同じ五年間でも、担当した業務や経験の幅は人によって異なります。定型業務だけを五年間担当した人もいれば、短い期間に幅広い顧客対応や問題解決を経験した人もいます。
実際に必要な能力が十分に定義されていない場合、経験年数が能力の代理指標として使われることがあります。ただし、安全や熟練など、経験期間を重視する合理的な理由がある職務もあります。本来確認したいのは、五年間という期間そのものではなく、その間にどの能力を身につけたかです。
顧客から必要事項を聞き取れるのか。特定の機械を安全に操作できるのか。異常を基準に沿って報告できるのか。案件の優先順位を判断できるのか。必要な能力を具体的な行動で示せれば、年数だけで候補者を除外せずに済む場合があります。
同業界経験が必須になる
業界固有の法令や商慣行を理解していることが重要な仕事はあります。ただし、業界経験と職務能力は同じではありません。別の業界でも、顧客対応、工程管理、数値分析、安全管理、品質管理、部門間調整など、別の職場でも使える能力を得ている人がいます。
採用後に業界知識を教える道筋を持てないことが、同業界経験を必須とする判断の一因になっている場合があります。同業界経験という条件には、知識の有無だけでなく、「業界の基礎から教える余裕がない」という現場の事情が含まれている可能性があります。同業界で働いたことがあるかだけでなく、過去の仕事で何を担当し、どの能力を使ってきたかを確認することが重要です。
自社固有の経験まで求める
経験者要件がさらに強くなると、業界経験だけでなく、自社に近い環境での経験まで求めるようになります。
自社と似た商品を扱ったことがある。同じ顧客層へ対応したことがある。同じ業務システムを使った経験がある。似た承認手続きや報告方法を経験している。これらは、入社後の立ち上がりを早める可能性があります。
しかし、自社の商品、顧客、手続き、システム、判断基準は、本来、企業内で教える部分が大きいものです。自社固有の知識や仕事の進め方まで採用時に必須とすれば、対象となる候補者は、同じ企業や極めて近い職場で働いていた人へ大きく偏ります。その結果、実質的には、限られた同業他社の経験者を中心に探す状態へ近づきます。
一人の候補者へ多くの役割を求める
人手不足の職場では、一人の社員が複数の仕事を担当していることがあります。営業だけでなく、顧客対応、事務処理、データ分析、社内調整、後輩指導まで担う。
その状態を前提に採用要件を作れば、本来は複数の役割へ分けられる仕事と能力を、一人の候補者へまとめて求めることになります。現在の担当者が行っている仕事を分解せず、そのまま求人票へ写せば、「すぐに一人前として代替できる人」という完成度の高い人物像が作られます。
抽象的な言葉に複数の期待を詰める
「即戦力」「主体性」「柔軟性」「コミュニケーション能力」——こうした言葉は便利ですが、期待する行動が曖昧です。
例えば主体性には、進捗を自分から報告すること、問題を発見して提案すること、自分で優先順位を決めること、判断できないときに早めに相談することなど、異なる行動が含まれます。一つの言葉に多くの期待を詰め込めば、評価基準は不明確になります。
条件を具体化することと、必須条件を増やすことは異なります。曖昧な言葉を職務行動へ具体化すれば、応募者は自分との適合性を判断しやすくなります。一方、複数の期待をすべて必須条件へ変えれば、候補者層を狭める方向に働きます。
育成力不足と採用難の悪循環
育成力不足が採用難を固定する循環
人が採れないほど育成余力が減る
条件に合う経験者を採用できなければ、欠員は既存社員が補います。一人当たりの業務量が増え、管理職や熟練社員に例外対応が集まります。
新しく人を採用できても、現場が仕事を説明する時間を十分に確保できない場合があります。教育は日常業務の後へ回され、新しく入った人は十分な支援を受けられないまま仕事を覚えることになります。立ち上がりに時間がかかれば、現場には「やはり未経験者は難しい」という認識が残ります。次の採用では、さらに経験者を求めるようになります。
自社でこの循環が起きている場合、育成の見通しを持てない職場ほど経験者への依存を強め、経験者へ対象を絞るほど、次の人が経験を得る入口も狭くなります。
過去の育成失敗が採用条件になる
企業が経験者要件を強める背景には、過去の育成経験もあります。採用した人が思うように立ち上がらなかった。教えても同じミスを繰り返した。指導担当者の負担が増えた。早い時期に辞めてしまった。こうした経験があれば、現場が未経験者採用へ慎重になることは理解できます。
ただし、その失敗を本人の能力や経験不足だけで説明すると、採用条件を高めることが唯一の対策になります。
本来は、仕事の目的や完成条件を示していたか、指導者間で基準がそろっていたか、相談条件を決めていたか、育成時間を確保していたかも検証対象です。育成上の問題を検証せず、次の候補者へ高い完成度を求めるだけでは、組織の育成力は改善しません。
経験者への依存が育成力をさらに弱める
経験者採用への依存が続くと、未経験者を立ち上げる方法を設計・更新する機会が減る可能性があります。仕事を分解しない。基礎から説明する教材を作らない。到達基準を決めない。指導者を育てない。
経験者が過去の知識を使って適応できれば、育成方法が未整備でも業務が回る場合があります。しかし、その状態が続けば、異業種経験者や経験の浅い人を受け入れるための仕組みは整いにくくなります。
経験者への依存は、短期的には教育負担を減らすかもしれません。長期的には、企業が育てられる人の範囲を狭め、さらに経験者へ依存する構造につながる可能性があります。
即戦力要件が示す組織上の問題
即戦力要件が高いことは、必ずしも育成力不足の証拠ではありません。入社時点から資格が必要な仕事や、安全上経験者でなければ任せられない仕事があります。高度な専門職を採用する場合も、採用前に一定の能力を求めることは合理的です。
ただし、入社後に教えられる知識や能力まで広く求めている場合は、採用後の立ち上がりを設計する力が不足していないか、確認する必要があります。
過剰な即戦力要件は、候補者側の能力だけを問う採用問題ではありません。自社が、どのような人に、どの仕事を、どの程度の支援で任せられるかを説明できないという、組織能力上の問題でもあります。
採用できない原因を自社で診断する
本稿の循環仮説が自社に当てはまるかは、採用条件と育成状況を併せて確認します。中心となる問いは、次のとおりです。
「この条件は、業務上不可欠だから設定しているのか。
それとも、採用後に教える時間や方法がないために設定しているのか」
まず、求人票や社内の採用基準を確認します。経験年数や同業界経験を設定した理由を説明できるでしょうか。その条件がなくても、限定された仕事から始めれば採用できる人はいないでしょうか。自社固有の商品、システム、手続きの経験まで求めていないでしょうか。
次に、選考の実態を確認します。どの条件によって応募者を書類選考から外しているのか。異業種からの応募をどの段階で除外しているのか。不採用の理由は、業務上不可欠な能力の不足なのか、それとも「教育に時間がかかりそう」という予測なのかを分けます。
育成状況も同時に見ます。新しく入った人へ最初に任せる仕事が決まっているか。仕事の完成条件と相談条件が決まっているか。どの程度の支援で何を任せられるかを説明できるか。指導担当者が育成へ使う時間を確保できているかを確認します。
さらに、過去の採用者が立ち上がらなかった理由を検証します。本人の基礎能力、仕事内容との適合、労働条件、職場関係、説明不足、指導時間の不足、評価基準の不一致などを分けます。
継続して比較する場合は、測定する言葉の定義もそろえます。「必須条件を満たす応募者」を応募書類上で判断するのか、面接後に判断するのかによって数値は変わります。「仕事を任せられる状態」についても、手順を見ながら実施できる状態、途中確認を受ければ実施できる状態、完了後の確認だけで実施できる状態、例外を除き単独で実施できる状態に分けます。
採用条件だけ、または育成方法だけを見るのではなく、両者がどのようにつながっているかを確かめることが重要です。
早期戦力化と教育設計
早期戦力化は採用対象を広げる仕組み
即戦力要件を見直すには、「条件を下げても何とかなる」と現場へ求めるだけでは不十分です。採用した人が、入社後の比較的早い時期に、限定された仕事を一定の支援のもとで担当できるという見通しが必要です。
本稿では、早期戦力化を「到達基準と支援内容を明確にし、新しく入った人が担当できる仕事を段階的に広げること」と定義します。
早期戦力化は、人を急がせることでも、短期間で支援を打ち切ることでもありません。その目的は、企業が採用後に立ち上げられる人の範囲を広げ、採用時点で完成された人だけを求めなくてもよい状態を作ることです。
採用時に求める内容は、三つに分けます。
一つ目は、採用時に不可欠な能力です。法定資格、安全上不可欠な知識、習得に長期間を要する専門技能など、その能力がなければ仕事を始められないものが該当します。
二つ目は、入社後すぐに教える知識や仕事の進め方です。自社の商品やサービス、社内手続き、業務システム、報告方法、相談や承認 rules などが該当します。
三つ目は、経験を通じて育てる能力です。例外的な問題への対応、複数部門との調整、顧客ごとの提案、後輩への指導、業務改善などは、仕事を経験しながら段階的に育てます。
この三分類は、採用条件を無条件に緩めるためのものではありません。採用時に確認すべき能力と、企業が採用後に教える知識、経験を通じて育てる能力を分けるためのものです。
中途採用者も、社会人経験や専門経験を持っている一方で、自社の商品、顧客、システム、承認の流れまで知っているわけではありません。経験者であっても、過去の経験を生かせる部分と、自社へ入った後に学ぶ部分を分ける必要があります。
初期段階で担当範囲を持てる仕組みを作る
経験させるだけでは育成は安定しない
仕事には、実際にやってみなければ身につかない部分があります。顧客の反応、例外的な状況、作業の感覚、優先順位のつけ方、自分が理解できていない部分は、説明を聞くだけでは十分に分かりません。そのため、試行錯誤そのものをなくす必要はありません。
問題は、何を確認し、どの基準で判断し、どの状態を成功とするのかが示されないまま、手探りで仕事を任せることです。目的や判断基準が分からなければ、本人は結果だけを見て、自分なりの方法を作ります。
本来確認すべき項目を飛ばしても、今回は問題が起きなかった。上司へ相談すべき場面を、自力で処理できたと思い込んだ。非効率な手順でも仕事が終わったため、正しい方法だと理解した。先輩の表面的な動作だけをまねし、判断理由を理解しなかった。こうした経験が重なると、適切でない方法が定着する可能性があります。
「やって慣れる」だけでは、経験量は増えても、必要な能力が適切に形成されるとは限りません。本稿でいう仕事上の教育とは、試行錯誤をなくすことではなく、仕事を要素へ分け、必要な基準を示し、本人の判断過程を確認して適切な時点で助言することです。
最初に任せる仕事を決める
新しく入った人へ、最初に任せる仕事を一つ選びます。最初から職種全体を教える必要はありません。比較的定型的で、判断範囲が限定され、結果を確認しやすい仕事から始めます。
最初に任せる仕事が明確になれば、必要な説明、練習、確認も具体化できます。仕事を任せるか、任せないかの二択ではなく、どの範囲なら、どの支援があれば任せられるかを考えます。
目的と完成条件を示す
手順だけではなく、その仕事を行う目的を説明します。何のために行うのか。誰が結果を使うのか。どの状態になれば完了なのか。目的と完成条件が分かれば、新しく入った人は、自分の作業が正しい方向へ進んでいるか判断しやすくなります。
守る範囲と考えてよい範囲を分ける
すべての進め方を統一する必要はありません。仕事には、状況に応じて変えてよい部分があります。一方で、安全、法令、品質、顧客対応など、必ず守るべき部分もあります。
指導者は、仕事の目的、完成した状態、必須手順、安全上の注意、よくある失敗、相談条件、確認するタイミングを示します。そのうえで、本人が自分で考えてよい範囲を明確にします。
判断の余地をすべて奪えば、本人は指示がなければ動けなくなります。反対に、境界を示さずに任せれば、不要な手探りや誤学習が増えます。
必ず守る範囲は教える。その範囲内では本人に考えさせる。結果を振り返り、必要に応じて方向を修正する。これが、支援のない試行錯誤と、方向づけられた試行錯誤の違いです。
判断過程を振り返る
仕事を経験した後は、結果だけで評価しません。何を確認したのか。どの基準で判断したのか。どこで迷ったのか。何が想定と違ったのか。次回は何を変えるのか。こうした点を本人と指導者が振り返ります。
たまたま成功した行動の中にも、危険な判断や非効率な手順が含まれているかもしれません。反対に、結果は失敗でも、必要な情報を確認し、妥当な判断過程を踏んでいた場合もあります。結果と判断過程を分けて確認することで、経験を別の仕事へ応用できる能力へ変えていきます。
相談条件を決める
「分からなければ聞いて」だけでは、相談のタイミングを判断できない場合があります。
安全や法令に関わるとき、顧客への回答に確信を持てないとき、予定時間を超えても進まないとき、通常と異なる状態が起きたとき、必要な情報がそろっていないときは相談する、とあらかじめ決めます。相談条件が明確になれば、本人が問題を抱え込む時間を減らせます。指導者も、問題が大きくなる前に対応できます。
指導時間と指導能力を確保する
方法を設計しても、教える時間がなければ実行できません。令和6年度能力開発基本調査では、79.9%の事業所が、人材育成上の問題があると回答しています。¹
この数値は、育成上の問題が経験者要件を強め、採用難につながることを直接示すものではありません。それでも、多くの事業所が人材育成に何らかの課題を認識していることは確認できます。
育成担当者の業務を見直し、別の担当へ移せる仕事、頻度を減らせる仕事、共通化や簡略化ができる仕事を探します。そこで生まれた時間を、説明、途中確認、面談、振り返りへ充てます。育成時間を指導者の善意や残業だけに依存させると、継続が難しくなります。
JILPTが管理職50人を対象に実施したヒアリング調査では、管理職が本来の管理業務に加えてプレイヤー業務を担うこと、働き方改革の中で管理業務の負担が増すこと、部下の負担を引き受ける事例が報告されています。²
これは事例調査であり、全国の管理職に共通する割合や傾向を示すものではありません。また、熟練者であることと、初心者へ仕事を分解して教えられることは同じではありません。
指導担当者には、判断理由を説明すること、本人の理解や誤解を観察すること、答えを教えすぎずに方向を修正すること、振り返りを支援することなど、指導そのものを学ぶ機会も必要です。
支援段階を決める
早期戦力化では、共通の期限だけで成否を判断しません。重要なのは、どの仕事を、どの程度の支援で進められるようになったかです。
最初は、手順を見ながら実施できる状態を目指します。次に、途中確認を受ければ進められる状態へ移ります。その後、完了後の確認だけで進められる仕事を増やします。例外対応を除き、単独で進められる状態になれば、さらに担当範囲を広げます。職種や本人の経験によって、各段階へ進む期間は異なります。
早期戦力化とは、一定の期限内に一人前へ完成させることではありません。一人前になる前から限定された仕事を任せられる見通しを作り、支援を段階的に変えていくことです。
採用条件と育成力を同時に測る
育成施策の成果を、新しく入った人の成長だけで測ると、採用との関係が見えません。採用条件を見直した後は、採用と育成の両方を確認します。
| 確認領域 | 主な指標 |
|---|---|
| 採用条件 | 必須条件の数、入社後に教えられる条件の数 |
| 応募状況 | 必須条件を満たす応募者の割合、異業種からの応募数 |
| 選考 | 不採用理由、選考辞退の理由、採用までの日数 |
| 育成 | 指導時間、最初の担当業務を持つまでの日数 |
| 立ち上がり | 支援段階が上がるまでの日数、質問や手戻りの回数 |
| 定着 | 入社後三か月や六か月以内の離職状況 |
求人条件を見直して応募者の幅が広がっても、立ち上がりに大きな問題が生じる場合があります。反対に、育成方法を整えても、賃金や勤務条件が合わなければ応募は増えません。
採用条件、応募状況、育成時間、立ち上がり、定着を同時に見ることで、自社の問題がどこにあるかを検証できます。
企業と社会が担うべき育成の役割
企業だけでは解決できない課題
企業が採用条件と育成方法を見直しても、すべての人手不足を解消できるわけではありません。また、すべての教育を企業だけで担うことにも限界があります。
企業外で基礎技能を学ぶ機会が限られ、企業内でも育成資源が不足すれば、企業は採用時点で完成度の高い経験者を求めやすくなります。即戦力への依存を見直すには、企業へ育成を求めるだけでなく、企業が採用後育成を担える社会的な基盤を整える必要があります。
学校は、読み書き、数値理解、情報整理、問題分解、他者との協働、質問、振り返りなど、企業や職種を越えて使える基礎を育てます。学校や企業の一部では、課題や経験を与えることに比べ、経験から何を学んだかを確認し、次の行動へ結び付ける支援が十分でない場合があります。実践は学校、教員、企業、指導者によって異なります。それでも、経験を与えることと、経験から学ぶ方法を支援することは別だという視点は、学校と企業の双方に必要です。ただし、企業固有の仕事に必要な判断基準まで、学校へ委ねることはできません。
職業訓練機関や業界団体は、業界共通の安全教育、法令や資格に関する教育、基本的な機器操作、職種共通の業務知識など、複数の企業で使える技能を扱えます。企業は、外部で身につけた基礎能力や共通技能を、自社の商品、顧客、システム、判断基準へ接続します。本稿で扱う早期戦力化は、主としてこの接続を設計するものです。
行政や社会には、研修費用、学ぶ時間、訓練中の所得、共同教材、指導者向け研修、職業移動時の相談など、企業と個人だけでは負担しにくい条件を補う役割があります。特に育成資源の限られた企業が、採用後育成を現実に担えるよう支えることが重要です。
令和6年度能力開発基本調査では、事業所調査で、計画的OJTを実施した事業所は正社員向け 61.1%、正社員以外向け 27.1%でした。¹ 同調査の個人調査では、OFF-JTを受講した労働者の割合は、正社員 44.6%、正社員以外 18.4%でした。³
| 訓練種別 (調査カテゴリ) | 正社員 | 正社員以外 (非正規など) | 格差 |
|---|---|---|---|
| 計画的OJTの実施状況 (事業所調査) | 61.1% | 27.1% | -34.0 pt |
| OFF-JTの受講割合 (個人調査) | 44.6% | 18.4% | -26.2 pt |
計画的OJTは実施した事業所の割合であり、OFF-JTは受講した労働者の割合です。同じ母数の指標ではありません。それでも、いずれの調査でも、正社員以外の訓練機会が正社員より少ない傾向が示されています。
企業内外の訓練機会を得にくい人ほど経験要件を満たしにくくなり、企業が経験者だけに対象を絞れば、新しく経験を得る入口も狭くなります。企業責任を免除するために社会的支援が必要なのではありません。企業が、自社固有の知識や仕事の進め方を採用後に教える役割を、現実に担えるようにするためです。
まとめ
採用難には複数の要因があり、育成力の不足だけですべてを説明することはできません。
一方で、採用後に人を立ち上げる見通しがないため、入社後に教えられる知識や能力まで必須条件として求めている企業もあります。
経験年数、同業界経験、自社に近い実務経験、複数の役割、抽象的な人物要件が重なると、即戦力要件は膨らみます。こうした条件が業務上の必要性を超えている場合、過剰な即戦力要件は、採用問題であると同時に育成力の問題でもあります。
育成の見通しを持てなければ経験者への依存が強まり、経験者へ対象を絞るほど、新しく経験を得る人の入口も狭くなります。採用できなければ欠員が続き、育成余力もさらに小さくなります。この循環を断つには、採用条件だけでなく、採用後に人を立ち上げる仕組みを見直す必要があります。
早期戦力化の目的は、人を早く完成させることではありません。一人前になる前から、限定された仕事を適切な支援のもとで任せられる見通しを作り、完成された人だけを採らなくてもよい状態を作ることです。
仕事上の教育とは、手探りで慣れさせることでも、答えをすべて先に教えることでもありません。必要な要素と基準を示し、本人に考えさせ、指導者が判断過程を確認して方向を修正することです。
企業だけですべてを担うことはできません。学校は経験から学ぶための基礎を育て、職業訓練や業界は企業を越えて使える技能を担います。企業は、それらを自社固有の仕事へ接続し、行政や社会は、時間、費用、教材、指導者など、各主体が単独では用意しにくい育成資源を補います。
即戦力への過度な依存を見直すとは、採用基準を無条件に下げることではありません。育てられる人の範囲を広げることで、採用できる人の範囲も広げることです。
注記と参考資料
- 厚生労働省 「令和6年度『能力開発基本調査』の結果について」(2025年6月27日公表)。事業所調査における「人材育成上の問題がある事業所」79.9%、計画的OJTを実施した事業所の正社員向け61.1%、正社員以外向け27.1%を参照。
- 労働政策研究・研修機構 『管理職ヒアリング調査結果―管理職の働き方と職場マネジメント』資料シリーズNo.254、2022年3月。管理職50人へのヒアリング調査。
- 厚生労働省 「令和6年度『能力開発基本調査』の結果について」個人調査、PDF p.48(冊子頁46)、図66「OFF-JTを受講した者」を参照。