社会・経済

温暖化の本当の原因は何か 二酸化炭素と大量消費社会

二酸化炭素は、温暖化を進める物理的な要因です。しかし、それを大量に発生させているのは、採掘、生産、輸送、消費、廃棄を拡大し続ける社会です。

炭素は生命に不可欠であり、遠未来には二酸化炭素不足が生命を制約する可能性さえあります。問題は炭素の存在ではなく、地質時代に隔離された炭素を、現在の社会が短期間に大気と海洋へ戻していることです。

本稿では、炭素循環、PETM、化石燃料の形成、低炭素技術の役割と限界を通じて、温暖化の原因を上流までさかのぼります。

温暖化の原因として、二酸化炭素やメタンが繰り返し挙げられています。大気中でこれらの気体が増えると、地表から宇宙へ出ていく赤外線の流れが変わり、地球に残る熱が増えるからです。

人間活動が現在の温暖化を引き起こしていることは、科学的に確立しています。[1]それでは、二酸化炭素を減らせば問題の根本まで解決するのでしょうか。

ふと立ち止まって考えると、二酸化炭素が自ら油田を掘り、鉱山を開き、工場を建てているわけではありません。石炭や石油や天然ガスを採掘し、鉱石を素材へ変え、膨大な製品を作り、運び、消費して捨てる過程で発生しています。

本稿でいう「本当の原因」とは、二酸化炭素の物理的な作用を否定する言葉ではありません。二酸化炭素やメタンを継続的に増やしている、さらに上流の活動と社会構造を問うための表現です。

大気中で増えた二酸化炭素やメタンは、温暖化を進める物理的要因です。これらは、化石燃料の採掘と燃焼、工業工程、農業、建設、輸送、土地利用の変化などに伴って排出されます。本稿では、それらを大量の物質生産と消費から生じる副産物として捉えます。

そして、その活動を継続的に拡大させる重要な要因が、大量採掘、大量生産、大量輸送、大量消費、大量廃棄を前提とする社会構造です。

つまり、「二酸化炭素」か「大量消費社会」かという二者択一ではありません。原因には上流と下流があり、そのつながりを見なければ問題の全体像を捉えられないのです。

この記事では、炭素の化学的性質、生命における役割、自然の温室効果、地球規模の炭素循環、遠未来の地球、PETM、化石燃料の形成、現代の工業生産を一つの時間軸で捉えます。

生命が取り込んだ炭素の一部は、地層へ埋没しました。それが数百万年から数億年かけて石炭、石油、天然ガスへ変化し、人間社会は数百年ほどで掘り出しています。

問題は炭素が存在することではありません。

どこに蓄えられていた炭素が、どれほどの量と速度で、どこへ移されているのか。それがこの記事を貫く中心的な問いです。

TABLE OF CONTENTS
目次

二酸化炭素は大量消費社会の副産物

現在の大量生産型の経済では、経済活動の拡大に伴い、より多くの物質とエネルギーが使用される傾向があります。製品を作るには、鉄鉱石、銅鉱石、ボーキサイト、石灰石、砂、木材、石炭、石油、天然ガスなどを自然界から取り出さなければなりません。

採取した資源は、そのまま製品になるわけではありません。鉱石の種類に応じて、選別、粉砕、濃縮、加熱、還元、溶解、電解、精製などの工程を経て、ようやく金属や工業原料として使える状態になります。

石油や天然ガスも、採掘したまま利用できるとは限りません。原油は水分や塩分などを除いた後、蒸留、分解、改質などの工程を経て、燃料や化学原料へ変えられます。天然ガスも、水分、硫黄化合物、二酸化炭素などを除去し、必要に応じて天然ガス液を分離してから供給されます。

こうして作られた鉄鋼、アルミニウム、銅、セメント、ガラス、樹脂、合成ゴム、塗料、接着剤などが部品となり、建物、自動車、家電、通信機器、医療用品、包装材へ姿を変えます。

完成品は工場から倉庫へ運ばれ、さらに店舗や利用者のもとへ届けられます。その後、故障、劣化、規格変更、流行の変化などによって使用を終え、廃棄物になります。

この長い流れから生まれるのは、二酸化炭素だけではありません。鉱山残土、廃水、粉じん、窒素酸化物、硫黄酸化物、廃プラスチック、廃熱、汚染土壌なども発生します。

二酸化炭素は、巨大な物質生産と消費の流れが大気へ放出する副産物の一つなのです。

大量消費社会から二酸化炭素が生じるまで採掘、精製、生産、輸送と消費、廃棄の各段階で二酸化炭素や廃棄物が発生する流れ 大量消費社会の物質フロー 採掘 鉱石・石炭・石油・天然ガスを取り出す 精製・生産 素材へ変換し、製品をつくる 輸送・消費 倉庫・店舗・利用者へ運び、使用する 廃棄 焼却・埋立て・再資源化へ進む 各段階で環境負荷が発生 二酸化炭素・廃水・粉じん・廃熱・廃棄物
図解:大量消費社会から二酸化炭素が生じるまで

とはいえ、副産物だから重要ではないという意味ではありません。大量に増えれば地球の熱収支を変え、海洋へ溶け込めば海水の化学状態にも影響します。

問題は、二酸化炭素だけを最終処分の対象として扱うと、その発生源である大量採掘と大量生産が見えにくくなることです。

排出量を帳簿上で相殺しても、鉱山開発による森林の消失、製錬による大気汚染、化学工場からの排水、建設による土地改変は消えません。

温暖化は重大な問題ですが、大量消費型の社会が引き起こす環境変化の全体ではなく、その一部として現れています。

大量消費社会を支える仕組み

本稿でいう大量消費社会は、個人が多くの物を欲しがる状態だけを意味しません。採掘量、生産量、販売量、輸送量、建築量、移動距離、製品更新の頻度を増やすことが、企業や国家の成功と結びついている社会を指します。

たとえば、製品が壊れたときに部品を交換できず、修理費が新品価格に近ければ、多くの人は買い替えを選ぶでしょう。これは消費者の気まぐれというより、長期使用より新品販売の方が利益につながりやすい製品設計の結果です。

広告は、まだ使える製品にも「古い」という印象を与えます。企業評価が短期的な販売額や出荷台数へ偏れば、長寿命化や修理サービスより、交換頻度を高める方が有利になるかもしれません。

また、遠距離輸送を前提とした供給網が整えば、原料の採掘地、加工地、組立地、消費地、廃棄地が世界中へ分散します。すると、製品価格は安く見えても、汚染や労働負担が別の地域へ押し出されるでしょう。

都市の構造も消費量へ影響します。住宅、職場、学校、商店が離れ、自動車以外の移動手段が乏しければ、個人は車を使わざるを得ません。

それにもかかわらず、自動車を利用する個人だけに環境責任を求めても、問題は解決しないのです。道路配置、公共交通、土地利用、住宅政策まで変えなければ、選択肢そのものが広がりません。

実のところ、大量消費は、製品設計、広告、金融、物流、都市計画、エネルギー供給、税制、廃棄物制度が互いに支え合うことで成立しています。

個人の欲望だけを責めると、こうした仕組みが視界から消えてしまうでしょう。

スループットと環境負荷

自然界から資源を取り出し、社会の中で加工し、製品として利用した後、廃棄物として戻すまでの物質とエネルギーの流量はスループットと呼ばれます。

経済規模が拡大すれば、一般に社会を通過する資源量も増えるでしょう。製品一個当たりの材料や電力を減らしても、生産個数がそれ以上に増えれば、総使用量は下がりません。

燃費のよい自動車が普及しても、車体が大型化し、保有台数と走行距離が増えれば、鉄鋼、アルミニウム、タイヤ、道路、駐車場の需要は膨らみます。

省エネルギー家電でも事情は同じです。一台当たりの消費電力が減る一方で、住宅の床面積や所有する機器の数が増えれば、家庭全体の使用量はほとんど変わらないかもしれません。

効率化は必要ですが、効率だけでは総量を制御できません。

二酸化炭素は、このスループットの中で化石炭素を燃焼や加工へ使うことで生じる主要な副産物です。

排出原単位を改善しても、総生産量の増加がその効果を上回れば、温室効果ガスは十分に減らず、鉱物、水、土地、廃棄物への負担が別の場所で膨らみます。

効率化だけでは総量が減らない仕組み一個当たりの負荷が減っても生産や利用の総量が増えると社会全体の負荷が減らないことを示す 社会全体の負荷は 「一個当たり」だけでは決まらない 一個当たりの負荷は減る 省エネ・軽量化・高効率化 生産・利用の総量は増える 台数・走行距離・床面積・更新頻度 結果:社会全体の負荷が減らないことがある 効率化に加え、生産・利用の総量を管理する必要がある
図解:効率化だけでは総量が減らない仕組み

この章で見た物質の総量という視点は、後に扱う低炭素技術やカーボンニュートラルを考える際にも欠かせません。排出量だけが下がっても、採掘量と廃棄量が増え続けるなら、社会全体の負荷が減ったとは言い切れないからです。

炭素が生命を構成できる理由

二酸化炭素が問題視されると、炭素そのものまで危険な物質であるように受け取られがちです。

しかし、炭素は地球上の生命を成立させる中心的な元素です。ここで炭素の性質を確認することは、温暖化の話から離れることではなく、炭素を善悪だけで捉えないために必要です。

炭素原子は四本の共有結合を作れます。そのため、炭素同士で長い鎖を形成したり、途中で枝分かれしたり、環状の構造を組み立てたりできます。

単結合だけでなく、二重結合や三重結合も作れます。結合の種類が変われば分子の形や電子の分布が変化し、反応性にも大きな幅が生まれます。

さらに、二重結合が交互に並ぶ共役構造では、電子が複数の結合へ広がります。こうした仕組みは、光を吸収する色素や、電子を運ぶ生体分子の働きにも関係しています。

炭素は、水素、酸素、窒素、硫黄、リンなどとも安定した結合を作ります。その組み合わせによって、糖、脂質、アミノ酸、タンパク質、核酸など、膨大な種類の分子が生まれるのです。

糖はエネルギー源となり、脂質は細胞膜とエネルギー貯蔵を担います。タンパク質は構造材、運搬体、受容体、抗体、酵素として働き、DNAやRNAは遺伝情報を保存します。

炭素はさまざまな酸化状態を取れるため、電子の受け渡しを伴う代謝反応にも利用できます。二酸化炭素から有機物を作り、有機物を酸化してエネルギーを取り出せるのは、この幅広い性質があるからです。

炭素同士の結合は、生物が活動する通常の環境で一定の安定性を保ちながら、酵素反応によって切断や再形成が可能な性質を持っています。

安定しながら変化できるという性質が、成長、修復、複製、進化を可能にしました。

同じ原子の組み合わせでも、結合の順序や立体配置が異なれば、性質の違う分子が生まれます。この立体的な多様性が、酵素による精密な分子認識を支えているのです。

また、炭素原子は比較的小さいため、炭素同士で強い結合を作りやすく、水の中でも安定した分子骨格を維持できます。

ケイ素も四本の結合を作れますが、炭素ほど多様な長鎖分子を水中で安定して形成することは容易ではありません。

もちろん、炭素だけで生命が成立するわけではありません。水素、酸素、窒素、リン、硫黄、金属元素なども欠かせないでしょう。

それでも、安定性、反応性、分子の多様性を同時に満たす炭素は、生命の骨格を作る中心的な元素なのです。

二酸化炭素が炭素循環を支える

二酸化炭素も、単なる汚染物質ではありません。

植物や藻類は光合成によって大気や水中の二酸化炭素を取り込み、有機物を作ります。動物や微生物はその有機物を利用し、呼吸や分解を通じて炭素を再び二酸化炭素として環境へ戻します。

二酸化炭素は、大気、海洋、生命圏、岩石圏を結ぶ炭素循環における主要な形の一つです。大気中を移動し、水へ溶け、光合成や岩石風化などを通じて、別の炭素化合物へ変化していきます。

炭素が生命の身体を作る材料だとすれば、二酸化炭素は、その炭素が地球上を移動する際に取る形の一つです。

大気中の二酸化炭素が光合成に必要な濃度を下回れば、植物は十分な炭素を取り込めません。

したがって、二酸化炭素は存在すること自体が悪い物質ではないのです。

問題は、二酸化炭素が存在することではありません。地質時代に地下へ隔離された炭素を、人間社会が大気、海洋、陸上生態系が吸収できる量を上回る速度で放出していることです。そのため、放出された炭素の一部が大気中に蓄積し続けています。

自然の温室効果と生命環境

宇宙空間は、物質がほとんど存在しない真空に近い環境です。地球は冷たい空気に触れて冷やされるのではなく、太陽からエネルギーを受け取り、その一部を赤外線として宇宙へ放出しています。

地表から放出された赤外線の一部は、大気中の温室効果ガスや雲に吸収されます。吸収されたエネルギーは、地表側と宇宙側の両方へ再び放射されます。

海洋も大量の熱を蓄え、海流によって低緯度から高緯度へ運びます。大気も風や水蒸気を通じて熱を移動させ、昼夜や地域間の温度差を和らげています。

この自然の温室効果と熱循環がなければ、現在のような生命環境は維持できません。

ただし、生命を守っている主体を、二酸化炭素やメタンという単独の物質だけに置き換えるのは適切ではありません。

太陽、大気、雲、海洋、地表、生物圏が結びついた地球全体の熱収支が、生命の活動できる環境を作っています。

問題は、自然の温室効果そのものではありません。

人間活動によって大気の組成と地球の熱収支が変化していることが問題です。[1

二酸化炭素やメタンは、温暖化を目的として作られている物質ではありません。化石燃料の採掘と燃焼、工業生産、農業、廃棄物処理、輸送、土地利用の変化などから生じる副産物です。

それでも大気中で増えれば、温暖化を進めます。

必要な物質であることと、急激に増えても問題がないことは同じではありません。

この区別が、本稿の中心線になります。二酸化炭素を悪者として排除するのではなく、地質時代の炭素を短期間に移動させている社会活動を問題として捉えるのです。

大気と酸素の進化

現在の大気は、主に窒素と酸素から構成されています。

窒素分子は強い三重結合を持ち、通常の環境では反応しにくいため、大気中に残りやすい性質があります。生物にとって重要な元素ですが、多くの生物は大気中の窒素分子をそのまま利用できません。

初期地球の大気は、現在と同じ姿ではありませんでした。

地球内部から放出された水蒸気、二酸化炭素、窒素などは、初期大気を形作る主要な供給源になりました。地球が冷えると、水蒸気の一部が凝結して海を形成しました。

当時の二酸化炭素濃度には不確実性がありますが、現在より高かったと考えられています。一方、現在のような量の酸素は存在しませんでした。

酸素発生型の光合成生物が酸素を生産し始めても、最初のうちは海中の鉄、火山性物質、有機物の酸化に使われます。

やがて酸素の生産量が消費量を上回り、大気中へ蓄積し始めました。

酸素濃度の上昇は、酸素呼吸による大きなエネルギー獲得を可能にし、複雑で大型の生命が活動できる環境条件の一つになりました。ただし、生命の大型化や複雑化には、生態系、栄養循環、環境変化、進化上の革新など、ほかの要因も関係しています。

さらにオゾン層が形成され、有害な紫外線が地表へ届きにくくなりました。[5

この歴史が示すのは、大気が生命の外側にある固定された容器ではないということです。生命、大気、海洋、岩石、地球内部は、長い時間をかけて互いを変えてきました。

大気組成が長期的に変化してきた事実は、現在の変化が問題ではないことを意味しません。むしろ、変化の速さと、それに適応できる時間の有無が重要だと分かります。

長期炭素循環と岩石風化

初期地球の大気に多く存在した炭素は、消滅したわけではありません。

海水中の炭酸水素イオンや炭酸イオン、石灰岩などの炭酸塩岩、海底堆積物、生物が作った有機物、地殻やマントルへ移りました。

大気中の二酸化炭素が雨水へ溶けると、弱い炭酸ができます。その水が陸上の岩石と反応し、岩石をゆっくり変質させるのが化学風化です。

風化によって生じた物質は河川から海へ運ばれ、海水中の炭素と結びついて炭酸塩を形成します。やがて海底へ堆積し、一部はプレート運動によって地球内部へ沈み込みます。

地下へ運ばれた炭素の一部は、火山活動や変成作用を通じて再び大気へ戻ります。

この循環は、地球の気温を長期的に調節する働きを持っています。温暖で降水が多くなると岩石風化が進み、二酸化炭素の除去が強まるためです。

反対に、地球が寒冷化して風化が弱まれば、火山などから放出される二酸化炭素が大気中へ残りやすくなります。[4

まるでゆっくり動く温度調節器のようですが、その反応には非常に長い時間が必要です。

数十年から数百年で起きる現在の変化を、自然の風化作用がすぐに打ち消すことはありません。

この章で重要なのは、炭素循環には速い部分と遅い部分があるという点です。人間社会は、遅い循環で隔離された炭素を掘り出し、速い循環へ急激に戻しています。

炭素循環には異なる時間尺度がある炭素循環には異なる時間尺度がある 炭素循環には異なる時間尺度がある速い循環大気・海洋・生物の間を移動数日〜数百年遅い循環岩石・堆積物・化石燃料へ隔離数万〜数億年人間活動遅い貯蔵庫の炭素を、速い循環へ急速に戻す
図解:速い炭素循環と遅い炭素循環

太陽進化と遠未来の二酸化炭素不足

現在は、人間活動による急激な二酸化炭素増加が問題になっています。

一方、遠い未来には、大気中の二酸化炭素が光合成を制約するほど少なくなる可能性があります。

太陽は誕生以来、少しずつ明るくなってきました。中心部で水素がヘリウムへ変わるにつれて内部の状態が変化し、核融合反応が強くなるからです。

過去の太陽は現在より暗かったにもかかわらず、地球には液体の水がありました。その背景には、大気中の温室効果ガスと岩石風化による長期的な気候調節があったと考えられています。

将来、太陽がさらに明るくなると、気温や水循環の変化を通じて岩石風化が強まり、大気中の二酸化炭素が長期的に減少する可能性があります。

二酸化炭素濃度が低下すると、一般にはC3型光合成が先に制約を受けると考えられています。C4型植物やCAM型植物、一部の水生植物は、より低い二酸化炭素濃度に耐えられる可能性がありますが、最終的な存続期間は、風化の強さ、気温、雲、生物の適応など、モデルの前提によって大きく変わります。

現在は人間活動による二酸化炭素の急増が問題です。一方、数億年から十億年以上先には、二酸化炭素の不足や高温が生命を制約する可能性があります。これは矛盾ではありません。時間尺度も原因も異なります。

太陽進化と炭素循環を組み合わせた遠未来の大気モデルでは、二酸化炭素不足による生命圏の縮小と、その後の大気の脱酸素化が起こる可能性が示されています。[67

この対照から分かるのは、二酸化炭素を単純な善悪で捉えられないということでしょう。重要なのは濃度、変化速度、移動元と移動先、そして生命圏が適応できる時間です。

遠未来の章は、現在の温暖化問題を弱めるための余談ではありません。二酸化炭素そのものではなく、炭素の量と移動速度が問題だという中心主張を、反対側から示しています。

PETMが示す急激な炭素移動

急激な炭素移動が地球へ何をもたらすのかを考えるうえで、約5600万年前の暁新世–始新世温暖化極大(PETM)は重要な実例になります。[8

この出来事では、大量の炭素が大気と海洋へ入り、地球全体の気温が大きく上昇しました。

PETMを取り上げる目的は、現在と過去を単純に同一視することではありません。短期間に大量の炭素が加わると、気温だけでなく、海洋化学、酸素環境、水循環、生物分布、生態系全体が連鎖的に変わることを確認するためです。

PETMが約5600万年前に起きたことは確立しています。炭素12(¹²C)に富む軽い炭素が、大気と海洋を含む炭素循環へ大量に加わったことも、炭素同位体記録によって強く支持されています。

全球平均気温は約5℃上昇したと推定されていますが、数値には一定の幅があります。[8

また、海洋酸性化や深海性底生有孔虫の大規模な絶滅は強く支持されている一方で、炭素の具体的な供給源や回復機構の割合には不確実性が残ります。

この章は、急速な炭素移動が温度計の数値だけで終わらず、地球システム全体を組み替えることを示す中核部分です。

PETMの炭素源

PETMの地層では、炭素同位体比の大きな低下が確認されています。これは、炭素12を多く含む炭素が大気と海洋へ加わったことを示す証拠です。

引き金として有力視されているのは、北大西洋周辺で起きた大規模な火成活動です。当時、この地域では大西洋が開き始め、大量のマグマ活動が起きていました。

マグマから二酸化炭素が直接放出された可能性があります。さらに、マグマが有機物に富む堆積岩へ入り込み、熱成ガスやメタンを発生させたという説明も有力です。[10

ただし、一つの炭素源だけで放出量と同位体変化を説明できるかについては議論があります。

最初の温暖化によって、海底のメタン貯蔵庫、泥炭地、土壌有機物などが不安定になり、追加の炭素が放出された可能性も検討されています。

地球軌道の変化が、温暖化や炭素放出の時期に影響したという仮説もあります。

したがって、北大西洋火成活動は有力な引き金ですが、追加的な炭素源や増幅作用には複数の可能性があると表現するのが適切です。

ここでは、確立した事実と有力説を分ける必要があります。軽い炭素が大量に加わったことは強く支持されますが、その全量がどこから来たかは完全には確定していません。

PETMの温暖化と水循環

PETM以前の地球は、すでに現在より暖かい温室地球でした。

現在のような大規模な極域氷床はほとんどなく、高緯度にも森林が広がっていたと考えられています。その状態から、さらに約5℃の温暖化が起きました。

気温の上昇は、水循環にも影響します。

蒸発量が増えれば大気中の水蒸気が増加し、地域によっては激しい降雨が起きます。一方、別の地域では乾燥が進み、植生や河川流量が変化します。

PETMの地層から見つかる粘土鉱物、花粉、河川堆積物などは、降水と侵食が大きく変化したことを示しています。

つまり、温暖化は平均気温の数字だけを押し上げたのではありません。水がどこで蒸発し、どこへ運ばれ、どこで降るかという地球規模の循環を組み替えました。

この変化は、後に述べる有機炭素の輸送や埋没にもつながります。水循環の強化は被害を生むだけでなく、長期的な回復過程の一部にもなった可能性があるからです。

PETMの海洋酸性化

二酸化炭素が海水へ溶けると、水素イオンが増え、炭酸イオンが減少します。その結果、海水のpH(水素イオン指数)が下がり、炭酸カルシウムの殻や骨格を作る生物へ負担がかかります。

海底に堆積していた炭酸塩も溶けやすくなりました。PETMの地層では、炭酸塩が大きく失われた層が確認されています。[9

これは、大量の炭素が海洋へ入り、海水の炭酸系を変化させたことを示す重要な証拠です。

ただし、酸性化の程度や進行速度は海域によって異なります。海洋全体が同じ速さで同じ状態になったわけではありません。

それでも、急激な炭素流入によって海洋化学が大きく変化したことは、強く支持されています。

この事実は、二酸化炭素増加を大気中の温度だけで評価できないことを示します。炭素が海へ移れば、温暖化とは別の経路で生物へ影響するのです。

PETMの海洋循環と酸素環境

水温が上昇すると、海水が保持できる酸素の量は減ります。

さらに、表層と深層の密度差が大きくなれば、海水が混ざりにくくなり、深海への酸素供給も弱まると考えられています。

有機物の分解が増えれば、海水中の酸素消費も増加します。

PETMでは、複数の海域から酸素減少や低酸素化の証拠が見つかっています。

とはいえ、すべての海洋が一様に無酸素化したわけではありません。海流、成層、生物生産、水塊形成、海盆の形は地域によって違うため、酸素環境の変化にも場所と水深による差がありました。

したがって、PETMを世界中の海が完全に無酸素になった事件として説明するのは正確ではありません。

温暖化と海洋循環の変化に伴って各地で低酸素化が進んだものの、その広がりは一様ではなかったと理解するべきでしょう。

この留保は、PETMの影響を弱めるためのものではありません。地球システムの反応が地域ごとに異なることを正確に示すために必要です。

PETMの生態系変化

PETMでは、深海に生息していた底生有孔虫の多くが絶滅しました。

原因は水温上昇だけではありません。海洋酸性化、酸素不足、餌環境、海洋循環の変化が重なったと考えられています。

表層海洋では、プランクトンの種類や分布域が変わりました。温暖な水域を好む生物が高緯度へ広がり、急速な進化や種構成の変化も起きています。

陸上では、温暖化によって高緯度地域の移動障壁が弱まり、哺乳類が大陸間を移動しました。

一部の動物では体の小型化も確認されています。高温下で小さな体が熱を逃がしやすいことが一因になった可能性があります。植物の栄養価、水環境、発育速度など、ほかの要因も検討されています。[11

植生も地域ごとに変化しました。温暖な植物群が高緯度へ広がった地域がある一方、乾燥や降水変化によって森林構成が変わった場所もあります。

生物が完全に消えなかったからといって、影響が小さかったわけではありません。

分布の移動、体格の変化、食物網の再編、種構成の変化まで含めれば、生態系全体が別の状態へ組み替えられたのです。

PETMの収束

PETM後の長期的な炭素除去には、ケイ酸塩岩石の風化が関与しました。温暖化と水循環の変化によって岩石の化学風化が進み、炭素が最終的に炭酸塩などの長期貯蔵庫へ移るためです。

ただし、PETMの回復には、ケイ酸塩風化だけでなく、海洋炭酸塩の再形成や有機炭素の埋没など、複数の過程が関与したと考えられています。近年の研究では、温暖化に伴う降雨と侵食によって陸上の有機炭素が海へ運ばれ、海底へ埋没した過程が、炭素除去に重要だった可能性も示されています。

温暖化によって水循環が強まり、激しい降雨と侵食が起きると、植物や土壌に蓄えられていた有機炭素が河川へ流れ込みます。

その有機物が海へ運ばれ、分解される前に海底堆積物へ埋没すれば、大気と海洋を循環していた炭素が長期貯蔵庫へ戻ります。

海洋の一部で酸素が少なくなれば、有機物は完全に分解されず、保存されやすくなる可能性があります。

また、海洋炭酸塩の再形成や炭酸塩補償も、海洋化学の回復に関与したと考えられています。[9

したがって、PETMの収束には、岩石風化、有機炭素の海底埋没、炭酸塩の再形成など、複数の過程が関与した可能性があります。

どの仕組みがどの時期にどれほど寄与したかには研究上の幅があります。それでも、自然の回復に十万年以上の時間が必要だったことは重要です。[8

地球が最終的に回復したからといって、人間社会が同じ場所と制度を維持したまま待てるわけではありません。

PETMが示しているのは、地球には回復機構があるという安心材料ではなく、急激に移動させた炭素を戻すには人間の時間感覚を超える長さが必要だという事実です。

PETMと現在の違い

PETMと現在には、短期間に大量の炭素が大気と海洋へ加わり、気温、海洋化学、生態系が変化するという共通点があります。

一方、背景条件は同じではありません。

PETM以前の地球は、すでに氷床の少ない温室地球でした。現在の地球には大規模な氷床があり、多くの都市、農地、港湾、交通網が現在の海岸線と気候を前提に作られています。

炭素源も異なります。PETMでは火山活動、熱成ガス、メタン、有機炭素などが検討されていますが、現在は化石燃料の燃焼、セメント製造、土地利用変化など、人間活動が主要な供給源です。

変化速度も重要です。

PETMは地質学的には急激でしたが、主要な炭素放出には数千年以上かかった可能性があります。現在の大規模な放出は、主に産業革命後の数百年間へ集中しています。[10

PETMを現在の完全な再現として扱うことはできません。

それでも、炭素の急激な移動が気温だけでなく、海洋化学、水循環、酸素環境、生態系を連鎖的に変えるという点では、重要な実例になります。

この章を現在の問題へつなげる鍵は、二酸化炭素という物質名ではなく、炭素貯蔵庫の急速な接続です。PETMでも現在でも、地質学的な炭素貯蔵庫などから大量の炭素が表層環境へ流れ込み、気候と海洋の状態を変化させました。ただし、炭素源、背景気候、放出速度は同じではありません。

PETMと現在:共通点と相違点PETMと現在:共通点と相違点 PETMと現在共通点と相違点共通点大量の炭素が表層環境へ移動し、気温・海洋化学・生態系が変化PETM約5600万年前温室地球が背景主要な放出は数千年以上の可能性現在人間活動が主要因大規模氷床と現代社会が存在放出は産業革命後の数百年に集中
図解:PETMと現在に共通する点・異なる点

化石燃料の炭素の起源

化石燃料の炭素は、もともと大気や海洋に存在していました。

植物、藻類、プランクトン、微生物などが光合成によって二酸化炭素を取り込み、有機物として固定したものです。

生物遺体の多くは微生物によって分解され、炭素は再び二酸化炭素として環境へ戻ります。

しかし、水に覆われた酸素の乏しい場所や、堆積速度が速い場所では、分解より埋没が上回ることがあります。

埋没した有機物は短期的な炭素循環から外れ、地層の一部になります。

生命由来の炭素が化石燃料になり、再び大気へ戻る生命由来の炭素が化石燃料になり、再び大気へ戻る 生命由来の炭素が化石燃料になり再び大気へ戻る光合成大気中のCO₂を有機物へ埋没分解されず地層へ化石燃料化長い時間と圧力・熱採掘・燃焼CO₂として大気へ戻る
図解:生命由来の炭素が化石燃料になるまで

その後、地盤沈降、圧力、熱、化学変化を受け、一部が石炭、石油、天然ガスへ変化しました。

化石燃料が新しい炭素を作ったわけではありません。

大気や海洋を循環していた炭素が、生物によって有機物へ変えられ、地層という長期貯蔵庫へ移ったのです。

ここから先の化石燃料形成は、炭素がどのように長期貯蔵されたかを説明します。そして、その形成過程の長さと、現代の消費速度の短さが対照になります。

石炭の形成

石炭の主な原料は、湿地に堆積した陸上植物です。

石炭紀には、赤道付近を中心に広大な湿地林が広がっていました。植物遺体が水に覆われると、酸素が乏しいため分解が遅くなり、泥炭として蓄積します。

かつては、木材を効率よく分解する生物がまだ十分に進化していなかったため、石炭紀に大量の植物遺体が保存されたという説明が広く知られていました。

現在では、それだけで大規模な石炭形成を説明するのは難しいと考えられています。石炭紀以前から分解能力を持つ菌類は存在し、植物遺体にも腐朽の痕跡が見つかっているからです。

重要だったのは、高い植物生産量、水に覆われた低酸素環境、広大な堆積盆地、継続的な地盤沈降、堆積物による埋没が重なったことです。[14

分解者がまったく存在しなかったのではありません。植物遺体の供給と埋没が、分解を上回ったと考えられています。

泥炭が地下へ埋没すると、熱と圧力によって水分や揮発成分が失われます。その進行に応じて、褐炭、亜瀝青炭、瀝青炭、無煙炭へ変化します。

石炭は石炭紀だけに形成されたわけではありません。より新しい時代の湿地や堆積盆地でも作られています。

石炭の性質は、原料植物、埋没深度、温度、圧力、地質履歴によって異なります。

この形成過程が示しているのは、石炭が単なる黒い岩ではなく、かつて大気中にあった炭素を長期間保存した地質学的な貯蔵庫だということです。

石油の形成

石油の原料の多くは、海や湖に生息した藻類、プランクトン、微生物です。

これらが死んで水底へ沈み、酸素の乏しい泥の中へ埋没すると、有機物の一部が分解を免れます。

堆積物が圧密される過程で、有機物は微生物作用や化学変化を受け、ケロジェンと呼ばれる固体有機物へ変わります。

ケロジェンには、原料と堆積環境によって複数の種類があります。

藻類に富むタイプは石油を生成しやすく、海洋プランクトンなどに由来するタイプも石油とガスの原料になります。陸上植物に富むタイプは、石炭や天然ガスを作りやすい傾向があります。

酸化が進みすぎた有機物は、炭化水素をほとんど生成できません。

根源岩がさらに深く埋没し、適切な温度に達すると、ケロジェンの一部から液体の石油が生まれます。この温度帯はオイルウインドウと呼ばれています。[12

温度が低すぎれば反応は十分に進みません。反対に高くなりすぎると、石油がさらに分解されて天然ガスへ変わります。

したがって、石油形成では、経過時間だけでなく、温度と加熱履歴が重要です。

原料生物が生きていた時代、根源岩が形成された時代、石油が実際に生成された時代は、必ずしも同じではありません。

古い根源岩が長期間浅い場所にあり、後の地殻沈降によって深く埋没してから石油を生成する場合もあります。

石油は、単に生物遺体が長く置かれればできるものではありません。原料、埋没、温度、時間が適切に重なる必要があります。

天然ガスの形成

天然ガスは、すべて石油と同じ経路で作られるわけではありません。

地下深部の熱によって、ケロジェンや石油が分解されて生じる熱成ガスがあります。

一方、浅い地層や低温環境では、メタン生成微生物が有機物を分解し、微生物起源ガスを作ります。

石炭を含む地層から生成されるガスも存在します。

熱成ガスにも、ケロジェンから直接生成されるものと、すでに形成された石油がさらに分解されて生じるものがあります。

少量ながら、地球内部の無機的な反応で生成されるメタンも存在します。

ただし、無機起源メタンが存在することは、主要な油田やガス田が人間の消費速度で補充されることを意味しません。

天然ガスという同じ名称の中にも異なる成因がありますが、現在利用している大規模な資源の多くが、長い地質過程を経て成立した点は共通しています。

石油と天然ガスの移動

石油や天然ガスは、生成された場所にそのままとどまるとは限りません。

根源岩の孔隙は非常に細かいため、生成によって圧力が高まると、炭化水素が外へ押し出されます。これが一次移動です。

根源岩から出た石油やガスは、水より軽いため、岩石の孔隙や断層を通って上方へ移動します。こちらは二次移動と呼ばれます。

途中に障害がなければ、地表や海底まで達して失われます。

採掘可能な鉱床になるには、炭化水素をためる貯留岩と、上方への移動を止める蓋岩が必要です。

さらに、背斜、断層、岩塩ドーム、地層の変化など、石油やガスを集める構造が適切な時期に存在しなければなりません。[13

この移動と保存の過程は、化石燃料が単に地下に広く存在するだけでは利用可能な資源にならないことを示しています。

油田とガス田の構造

油田やガス田は、地下にある巨大な空洞や湖ではありません。

多くの場合、砂岩や石灰岩などの細かな孔隙に、水、石油、天然ガスが入っています。

貯留岩では、流体を蓄える孔隙率だけでなく、孔隙同士がつながり、流体が移動できる浸透率も重要です。

孔隙が多くても、それぞれが孤立していれば、石油は井戸まで流れてきません。

貯留岩の上には、泥岩、頁岩、岩塩など、流体を通しにくい蓋岩が必要です。

さらに、石油やガスが移動してくる前に、閉じ込める構造が形成されていなければなりません。トラップが後からできても、炭化水素はすでに失われている可能性があります。

有機物を含む根源岩があり、適切な深さまで埋没し、必要な温度へ達し、炭化水素が生成され、移動し、貯留岩へ集まり、蓋岩によって保存される。

この条件と順序がそろって、初めて油田やガス田が成立します。

石炭、石油、天然ガスは、古代の生物が固定した炭素が地中に埋没し、熱や圧力を受けながら、数百万年から数億年かけて形成されたものです。

人類は、その長い地質過程によって蓄積された資源を、数百年ほどの間に急速に掘り出しています。

在来型資源と非在来型資源

在来型の石油や天然ガスでは、炭化水素が比較的浸透性の高い貯留岩へ集まっています。井戸を掘れば、地下圧力や流体の移動によって生産しやすい状態です。

一方、シェールオイルやシェールガスでは、炭化水素が浸透性の低い岩石中へ分散しています。そのため、水平掘削や水圧破砕などの技術が必要になります。

タイトオイルやタイトガスも、流体が移動しにくい岩石から生産される資源です。

オイルサンドでは、粘度の高いビチューメンが砂や粘土と混ざっています。露天掘りや蒸気注入によって回収しますが、大量の水、熱、設備を必要とする場合があります。

炭層メタンは石炭層に吸着したメタンであり、地下水をくみ上げて圧力を下げることで生産します。

メタンハイドレートは、低温高圧の環境で水分子の構造にメタンが閉じ込められた物質です。資源量は大きいと推定されますが、技術、費用、環境影響の問題が残ります。

資源が地中に存在することと、社会が容易に利用できることは同じではありません。

採掘条件が難しくなれば、機械、鋼材、水、化学物質、処理設備など、周辺の物質需要も増加します。

本稿では採掘条件の経済的な詳細には踏み込みません。ここで確認したいのは、地下の資源量だけでなく、採掘から処理までに必要な設備と素材も、大量消費社会の一部だという点です。

化石燃料の精製と加工

採掘された原油は、そのまま一種類の燃料として使えるわけではありません。

製油所では、まず常圧蒸留によって沸点の違いを利用し、液化石油ガス、ナフサ、灯油、軽油、重質油などへ分けます。

常圧では分解してしまう重い成分は、減圧蒸留によってさらに分離されます。

その後、需要に合わせて分子を作り替えます。接触分解では重い炭化水素をガソリンなどの軽い成分へ変え、水素化分解では水素を加えながら分子を切断します。

接触改質では分子構造を変え、ガソリンの性能や化学原料としての価値を高めます。

硫黄分を除去する脱硫工程も欠かせません。硫黄化合物が残れば、燃焼時に大気汚染物質が発生し、装置の腐食も進むためです。

天然ガスにも処理が必要になります。

井戸から出たガスには、水蒸気、二酸化炭素、硫化水素、窒素、液体炭化水素などが含まれる場合があります。

水分を除き、酸性ガスを分離し、必要に応じてエタン、プロパン、ブタンなどを回収して、ようやく都市ガスや工業原料として利用できます。

採掘された資源が製品や燃料になるまでには、多数の加工設備と化学工程が必要なのです。

この加工段階を見れば、化石燃料問題を採掘と燃焼だけで捉えられないことが分かります。製油所、化学工場、鋼材、触媒、水素、配管、輸送設備まで含む産業網が存在するからです。

化石燃料は単なる燃料ではない

石炭、石油、天然ガスという言葉から、多くの人は発電所、自動車、暖房を思い浮かべます。

しかし、化石燃料は熱や動力を得るために燃やされるだけではありません。現代の製造業では、原料、還元剤、溶剤、潤滑材、加工助剤として深く組み込まれています。

この点を見落とすと、温暖化問題が発電と自動車の話だけへ縮小されてしまいます。

鉄は鉄鉱石の中で酸素と結びついています。高炉製鉄では、石炭から作られたコークスが熱源になるだけでなく、鉄鉱石から酸素を取り除く還元剤として働きます。

コークスから生じる一酸化炭素が鉄鉱石と反応し、金属鉄を取り出すのです。したがって、製鉄における石炭は単なる燃料ではなく、化学反応へ参加する加工材料になります。

セメント製造でも、原料を高温で焼くために燃料を使います。それに加えて、石灰石を酸化カルシウムへ変える反応そのものから二酸化炭素が発生します。

つまり、燃料を低炭素化しても、石灰石由来の工程排出は残ります。建物を長く使い、既存建築を改修し、必要な新設量を抑えることが重要になる理由です。

アルミニウムは、ボーキサイトからアルミナを作り、さらに大量の電力を使う電解工程によって生産されます。銅も鉱石を砕き、選鉱し、製錬し、精製しなければ利用できません。

電気自動車、発電設備、送電網、電子機器には大量のアルミニウムや銅が使われます。低炭素技術を増やすほど、これらの素材需要も大きくなります。

だからといって低炭素技術が無意味なのではありません。現在の製品量と大型化を維持した大量交換ではなく、必要量を抑えながら転換することが求められます。

原油から分離されるナフサや、天然ガスに含まれるエタンなどは、石油化学工業の重要な原料です。

これらを分解してエチレンやプロピレンを作り、ポリエチレン、ポリプロピレン、合成ゴム、溶剤、接着剤、塗料、洗剤、繊維へ加工します。

医療用品、断熱材、電線被覆、包装材、電子機器の部品にも石油由来の物質が使われています。

化石燃料を熱源として使わなくなっても、現在と同じ量と種類の製品を作り続ける限り、炭素を含む化学原料への需要は残ります。現在の工程を維持すれば化石資源への依存も残るため、再生原料や、排ガス・廃棄物などから回収した炭素の利用、製品需要の削減を含む原料転換が必要です。

窒素肥料の中心となるアンモニアは、窒素と水素から作られます。現在、その水素の多くは天然ガスから取り出されています。

天然ガスは工程の熱源になるだけでなく、肥料を構成する水素の供給源でもあるのです。

農業では、肥料に加えて農業機械、灌漑、乾燥、冷蔵、包装、長距離輸送にも化石燃料が関わります。食料システムの転換には、発電方法だけでなく、肥料製造、農法、食品廃棄、流通網まで含めた対応が必要です。

工場の機械、輸送機器、建設機械は、摩擦や摩耗を減らすために潤滑油を使います。金属加工では、切削油、冷却液、洗浄剤、離型剤も必要です。

これらの多くは石油由来ですが、完成品の重量にはほとんど現れません。それでも、製造工程を安定して動かすために欠かせない材料になります。

そのため、自動車や発電だけを電化しても、現在の材料需要と工業工程をそのまま維持する限り、熱源、還元剤、化学原料としての化石燃料への依存は残ります。工業部門では、需要と材料使用量の削減に加え、工程や原料の転換も必要です。

化石燃料問題は、動力源だけの問題ではありません。大量生産を支える工業体系そのものに関わっています。

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石油が地中に残っていても、採掘、処理、輸送に必要な工程と投入が増えれば、社会へ残る正味のエネルギーや資材は減ります。供給側の負担と需要拡大の関係は、石油が残っていても生活が苦しくなる理由 化石燃料の経済的枯渇と需要拡大で詳しく整理しています。

ものを作ることと二酸化炭素

ものづくりでは、素材そのものと加工に必要な反応を切り離せません。

鉄鉱石を鉄へ変えるには還元反応が必要であり、石灰石からセメントを作れば原料中の炭素が二酸化炭素として放出されます。

樹脂を作る場合には、石油や天然ガスの炭素が製品中へ残ります。製品が焼却されれば、その炭素は二酸化炭素として大気へ戻ります。

金属やガラスは製品中に残りますが、採掘、精製、成形に多くの設備とエネルギーを要します。

したがって、工業製品の環境負荷を評価するときは、工場で使う電力だけを見るべきではありません。

原料がどこから来たのか、どれだけの鉱石を掘ったのか、どの反応で加工したのか、どの補助材料を使ったのか、製品を何年使うのか、最後にどう処理するのかまで見る必要があります。

二酸化炭素は、大量の製品を作る過程から生じる副産物です。

発電所の煙突だけを閉じても、素材需要と生産量を増やし続けるなら、別の工程や別の地域で排出と環境負荷が発生します。

ここで本稿の主軸が再び明確になります。問題は二酸化炭素という一種類の廃棄物だけではなく、それを継続的に生み出す物質生産の規模です。

化石燃料利用の歴史

石炭、石油、天然ガスは、古代から一部の地域で知られていました。

しかし、利用規模が飛躍的に拡大したのは産業革命以降です。

石炭は蒸気機関、製鉄、鉄道、発電を支えました。人力や家畜、薪、水車に依存していた社会へ、地質時代に蓄積された濃縮エネルギーを加えたのです。

石油は液体で運びやすく、エネルギー密度が高いため、自動車、船舶、航空機、軍事、化学工業の基盤となりました。

天然ガスは発電、暖房、工業用熱、化学原料、肥料製造に使われています。

人間社会は、長い地質過程で濃縮された炭素資源を利用することで、生産速度、輸送距離、建築量、採掘量を急速に拡大しました。

化石燃料は単に既存の社会へ追加された燃料ではありません。

大量生産と大量輸送を可能にし、それらを前提とした都市、産業、貿易、生活様式を作った基盤でもあります。

したがって、化石燃料からの移行は燃料だけを交換する作業ではありません。化石燃料によって拡大された物質生産と移動の規模を、どこまで維持するのかという問いを伴います。

化石燃料を燃やす意味

化石燃料の燃焼は、単に熱を取り出す反応ではありません。

長期間、短期的な炭素循環から隔離されていた炭素を、二酸化炭素として大気と海洋へ戻す操作です。

石炭、石油、天然ガスの炭素は、もともと古代の生物が大気や海洋から取り込みました。

それが堆積し、埋没し、長い時間をかけて化石燃料として保存されたのです。

人間はその貯蔵庫を掘り出し、燃焼や工業利用を通じて、再び地表付近の循環へ接続しています。

問題は炭素が自然界に存在することではありません。

異なる時間尺度の炭素貯蔵庫を、短期間に接続したことです。

数百万年から数億年かけて蓄積された炭素が、数百年で大気と海洋へ戻されています。

この時間の非対称性が、現在の炭素循環問題の核心です。

PETMが過去の急激な炭素移動を示す実例だとすれば、化石燃料利用は現在の人間社会が同じ種類の移動を加速している仕組みです。

過去の二酸化炭素濃度の調査

現在の温暖化を地球史の中で理解するには、過去の大気中二酸化炭素濃度を知る必要があります。

比較的新しい時代については、南極やグリーンランドの氷床に閉じ込められた気泡を分析できます。氷が積もるときに取り込まれた空気が保存されるため、過去の二酸化炭素やメタンを直接に近い形で測定できるのです。

さらに古い時代では、化石植物の気孔が手がかりになります。

植物は気孔から二酸化炭素を取り込むため、大気中濃度が変わると気孔の密度や割合も変化します。ただし、湿度、光、植物種、標高などにも影響されるため、単純な換算はできません。

古土壌に形成された炭酸塩から、土壌呼吸と大気由来の炭素を推定する方法もあります。

海洋では、有孔虫の殻に含まれるホウ素同位体から過去の海水pHを求め、炭酸系の計算を通じて大気中の二酸化炭素濃度を推定します。

植物プランクトンが作った有機分子や、炭素同位体、酸素同位体も利用されます。

恐竜の歯のエナメル質に残る複数の酸素同位体を組み合わせ、当時の気温や水循環を推定する研究もあります。

どの方法にも不確実性があります。

堆積後の変質、局地的な環境、年代の誤差、未知の補助変数、長期間の平均化などが影響するためです。

したがって、古い二酸化炭素濃度は一つの数値で断定せず、複数の証拠を組み合わせ、幅を持って理解する必要があります。

この章の役割は、過去の数値を一つだけ取り出して現在と比べる危険を示すことです。地球史を読むには、濃度だけでなく、気候条件と変化速度も必要になります。

現在の増加が化石燃料由来と分かる理由

現在の二酸化炭素増加が化石燃料の利用と関係していることは、複数の独立した証拠から分かります。

人間が放出した二酸化炭素量と、大気や海洋へ蓄積した量を比べると、全体の炭素収支が整合します。

また、大気中では炭素13の割合が低下しています。植物由来の有機炭素や化石燃料は炭素13が少ないため、その燃焼が増えれば大気の同位体比も変化します。

化石燃料には炭素14がほとんど含まれません。非常に古いため、放射性の炭素14がすでに失われているからです。

化石燃料を燃やすと、大気中の炭素14が相対的に薄まります。

さらに、燃焼では酸素が使われるため、大気中の酸素濃度もわずかに低下しています。

炭素収支、炭素13、炭素14、酸素濃度という別々の観測が、化石炭素の燃焼による二酸化炭素増加という説明と一致します。[1

現在の増加を、火山活動や海洋からの自然放出だけで説明することはできません。

ここで重要なのは、人間活動による増加が推測ではないという点です。二酸化炭素が大量消費社会の副産物だという本稿の主張は、排出活動と大気観測の双方に基づいています。

複数の独立した観測が同じ結論を示す複数の独立した観測が同じ結論を示す 複数の独立した観測が同じ結論を示すCO₂濃度の増加大気中で継続的に上昇炭素同位体比化石炭素の特徴と一致大気中の酸素減少燃焼で酸素が消費される排出量との収支人為排出で増加を説明可能結論現在の増加は主に化石燃料由来
図解:現在の二酸化炭素増加が化石燃料由来と分かる理由

過去の高濃度と現在の違い

地球史には、現在より二酸化炭素濃度が高かった時代があります。

中生代には、活発なプレート運動、海洋底拡大、大規模火成活動などによって、火山性二酸化炭素の供給が多かった時期がありました。

大陸配置や山脈形成は、二酸化炭素を除去する岩石風化にも影響します。

当時の太陽は現在より少し暗かったため、同じ二酸化炭素濃度でも現在と完全に同じ気候にはなりません。

新生代初期にも、現在より暖かく、二酸化炭素濃度が高い時期がありました。

その後、火山性炭素供給の変化、山脈形成、岩石風化、有機炭素の埋没、海洋循環の変化などが重なり、長期的に二酸化炭素が減少して地球は冷却しました。

南極周辺の海路が開き、南極を取り囲む海洋循環が発達したことも、南極の熱的孤立へ影響したと考えられています。

ただし、海流の変化だけで氷床が形成されたのではありません。二酸化炭素濃度の低下と気候条件が重なり、大規模な氷床が発達したと考えられています。

過去に高い二酸化炭素濃度が存在したからといって、現在の増加が安全になるわけではありません。

太陽の明るさ、大陸配置、海洋循環、氷床、生物相が異なるうえ、変化速度も違います。

重要なのは、かつて高濃度だったという事実だけではありません。

どのような地球環境で、どれほどの速さで変化し、生物が適応する時間を持てたかという点です。

この違いを無視して「昔はもっと多かった」とだけ述べると、炭素移動の速度という最も重要な条件が抜け落ちます。

二酸化炭素は必要でも増えすぎれば影響する

二酸化炭素は光合成に必要であり、自然の温室効果にも関わっています。

しかし、必要な物質であることと、どの濃度でも安全であることは同じではありません。

水は生命に必要ですが、洪水や溺水を起こします。酸素も呼吸に必要ですが、高濃度では酸化損傷や火災の危険を高めます。

二酸化炭素も、濃度と変化速度によって役割が変わります。

現在の屋外大気に含まれる二酸化炭素が、人間へ直接強い毒性を示しているわけではありません。

健康影響の多くは、熱波、豪雨、干ばつ、感染症、食料や水の不安定化などを通じて現れます。

また、化石燃料の燃焼では、二酸化炭素だけでなく、粒子状物質、窒素酸化物、硫黄酸化物なども排出されます。

短期的な健康被害では、これらの大気汚染物質が重要です。

気候変動、生態系破壊、大気汚染、資源制約を区別しながら、それらを同じ大量生産システムが生み出していることを理解する必要があります。

二酸化炭素を悪と呼ばずに危険性を説明するには、物質の性質と社会による増加を分けることが欠かせません。

温暖化以外の環境問題

海洋では、水温上昇や酸性化だけでなく、酸素減少、乱獲、富栄養化、プラスチック汚染、沿岸開発が進んでいます。

陸上でも、農地拡大、都市化、道路建設、鉱山開発、森林伐採によって生息地が失われています。

生物多様性の損失には、気候変動だけでなく、土地利用、直接採取、汚染、外来種などが関係します。

そのため、二酸化炭素排出量だけを減らしても、生態系への負荷がすべて解決するわけではありません。

人口と一人当たり消費量の両方が資源需要へ影響しますが、世界中の人が同じ量を消費しているわけでもありません。

地域、所得、企業活動、社会基盤によって、一人当たりの物質使用量には大きな差があります。

問題を単純な人口論へ還元せず、誰がどれだけの資源を使い、利益と損失がどこへ配分されているかを見る必要があります。

世界の物質採取量は長期的に増加しており、このままでは採掘と環境負荷がさらに拡大すると評価されています。[15

温暖化を大量消費社会の副産物として捉える理由は、気候だけを守ればよいからではありません。同じ採掘と生産の流れが、複数の環境問題を同時に生み出しているからです。

原因を階層で考える

温暖化問題には、複数の原因階層があります。

最も下流には、大気中で増えた二酸化炭素やメタンがあります。これらは、温暖化を進める物理的要因です。

その上流には、化石燃料の採掘と燃焼、工業生産、農業、輸送、建設、土地利用変化があります。

さらに上流には、大量の物質とエネルギーを必要とする生産と消費の構造があります。

その構造を支えているのは、企業制度、投資、価格、製品設計、広告、貿易、都市計画、交通網、エネルギー供給、廃棄物処理です。

利益を得る場所と、環境負荷を負う場所が離れている場合もあります。

安価な製品を消費する地域からは、採掘地の水質汚染や工場周辺の大気汚染が見えにくくなります。

また、発電所、製鉄所、道路、住宅、工場は長期間使われるため、一度整備されると将来の選択肢を固定します。

温暖化対策では、排出量を直接減らすだけでなく、排出を必要とする設備、製品、都市、制度を変えなければなりません。

本稿が「本当の原因」と呼んでいるのは、この最上流にある拡大型の社会構造です。下流の物理現象を否定するのではなく、その現象が繰り返し生み出される理由を問うています。

温暖化の原因を下流から上流へさかのぼる温暖化の原因を下流から上流へさかのぼる 温暖化の原因を下流から上流へさかのぼる下流:物理的要因大気中のCO₂・メタン増加排出活動燃焼・工業・農業・建設・輸送物質フロー採掘・生産・消費・廃棄の拡大上流:社会構造大量消費を促す制度・設計・都市
図解:温暖化の原因を階層で捉える

電気自動車と再生可能エネルギー

電気自動車、太陽光発電、風力発電、蓄電池は、運用時の化石燃料消費を減らすために役立ちます。

化石燃料を直接燃やし続ける場合と、再生可能エネルギー設備を建設する場合は同じではありません。低炭素技術への転換は必要です。

電気自動車は、電源構成、車両サイズ、走行距離などに左右されますが、多くの場合、内燃機関車よりライフサイクル全体の温室効果ガス排出を減らせます。[16

太陽光や風力も、設備の製造と建設にエネルギーを使いますが、運転中に燃料を継続的に燃やす必要はありません。

一方、これらの技術も物質から作られます。

電気自動車には、鉄鋼、アルミニウム、銅、ガラス、樹脂、合成ゴム、半導体、黒鉛、リチウム、ニッケルなどが必要です。

太陽光発電設備には、高純度シリコン、ガラス、アルミニウム、銅、銀、樹脂、コンクリートが使われます。

風力発電設備にも、鉄鋼、コンクリート、銅、樹脂、場合によっては希土類元素が必要になります。

さらに、発電設備だけでなく、送電線、変電所、蓄電設備、制御機器、予備電源も整備しなければなりません。

採掘、精製、製造、建設、輸送、保守、廃棄には、機械、素材、化学物質、エネルギーが投入されます。[17

したがって、電気自動車や再生可能エネルギー設備を、化石燃料や資源利用と無関係な製品として扱うことはできません。

必要なのは、技術の有効性と物質的な限界を同時に理解することです。

この章は低炭素技術を否定するためのものではありません。二酸化炭素を減らす技術も、大量の素材と加工を必要とする以上、総需要を無視できないと示しています。

再生可能エネルギーと資源需要

再生可能エネルギーの大きな利点は、運転するたびに燃料を採掘して燃やす必要を減らせることです。

化石燃料は使用するたびに失われ、継続的な採掘が必要になります。

一方、太陽光や風力設備に使われる金属は、設備の中に一定期間残り、回収して再利用することも可能です。

ただし、回収率は百パーセントではありません。

材料の混合、劣化、回収費用、設備の分散、再処理に必要なエネルギーなどが制約になります。

また、設備を最初に作る段階では、新しい鉱物と大規模な製造能力が必要です。

太陽光や風力は天候によって出力が変わるため、送電網、蓄電、需要調整、地域間連系、予備設備を組み合わせなければなりません。

再生可能エネルギーは、燃料不要に近づく技術ではありますが、資源不要になる技術ではないのです。

したがって、転換の評価では、燃焼時の排出だけでなく、採掘、素材製造、設備寿命、再利用まで見る必要があります。

大量交換の問題

現在の自動車台数、車体重量、移動距離、建築量、物流量、買い替え頻度を維持したまま、すべてを新しい電気設備へ交換すれば、材料需要は急増します。

問題は電気自動車そのものではありません。

大型の自動車を一人一台所有し、長距離移動を前提とする交通構造を維持したまま、動力源だけを交換することです。

電気自動車へ替えても、交通渋滞、道路面積、駐車場、事故、都市の分断は残ります。

また、再生可能エネルギー設備を増やしても、化石燃料設備を停止せず、追加のエネルギー供給として使えば、総エネルギー消費は増え続けます。

必要なのは、低炭素設備を追加することだけではありません。

化石燃料の使用を実際に減らしながら、移動量、車両重量、建築量、製品数などの総需要も見直すことです。

二酸化炭素は大量消費の副産物であるという中心線から考えれば、交換する製品の種類だけでなく、交換される総量が問題になります。

技術転換と需要削減

化石燃料を使う大量消費社会を、電気を使う大量消費社会へ置き換えるだけでは足りません。

資源とエネルギーの総需要を抑えながら、必要な部分を効率化し、低炭素化する必要があります。

自動車をすべて電気自動車へ替える前に、公共交通、徒歩、自転車、共有車両を整え、必要な自動車台数を減らせないか考えるべきでしょう。

大型電池を積む前に、車体を小型化し、移動距離を短くできないか検討します。

建物を解体して新築する前に、断熱改修、設備更新、用途転換によって長く使えるかを調べる必要があります。

新しい製品を大量に作る前に、修理、部品交換、再使用を可能にする設計へ変えることも重要です。

遠距離輸送を前提とする前に、供給網を短縮し、地域で調達できる素材や部品を増やせないか考えるでしょう。

技術転換と需要削減は、どちらか一方を選ぶものではありません。

技術転換と需要削減は補完関係技術転換と需要削減は補完関係 技術転換と需要削減は補完関係技術転換再生可能エネルギー電化・効率改善低炭素素材需要削減長寿命化・修理移動量と資源量の削減不要な更新を減らす両方を組み合わせる排出量と資源使用量を同時に下げやすくなる
図解:技術転換と需要削減は両方必要

温暖化には時間的な緊急性があるため、低炭素化を急ぎながら、不要な採掘、生産、移動、交換を同時に減らす必要があります。[216

需要削減は我慢を一律に求める話ではありません。必要な社会機能を、より少ない素材と移動で提供する設計へ変えることです。

カーボンニュートラルの限界

世界全体のネットゼロ二酸化炭素とは、人為的な二酸化炭素排出と、人為的に除去される量が均衡する状態です。炭素を地球上から排除するという意味ではありません。

一方、国、企業、製品などで使われる「カーボンニュートラル」は、算定する範囲やオフセットの扱いによって意味が異なる場合があります。問題は、目標そのものではなく、その運用方法です。

現在の生産量や消費量を変えず、植林、排出権、将来の炭素回収によって数字だけを相殺すれば、採掘、加工、土地利用、水利用、廃棄物の負荷は残ります。

将来の除去技術を前提に、現在の排出を正当化することも適切ではありません。

輸入品の製造時に発生した排出を国外へ移し、自国内の数字だけを整えても、地球全体の負荷は減りません。

まだ使える製品を廃棄し、低炭素型と呼ばれる新品へ大量交換すれば、その製造のために新たな鉱物、鉄鋼、セメント、樹脂が必要になります。

温室効果ガスの排出を減らすことは欠かせません。

それでも、炭素会計だけを整えて大量消費を維持すれば、環境負荷を別の工程や地域へ押し出す可能性があります。

ネットゼロには残余排出の除去が必要ですが、除去は排出削減の代わりではありません。[2]まず、排出と物質需要を可能な範囲で減らす必要があります。

資源利用の優先順位

資源利用を変えるとき、最初からすべてを新品へ交換する必要はありません。

まず、生活や社会機能に本当に必要な需要と、販売量を増やすために作られた需要を区別します。

不要な製品を作らず、必要な機能をより小さな製品で提供できれば、採掘と加工を減らせます。

現在ある製品は、可能な限り長く使います。故障した場合には部品を交換し、修理し、別の利用者へ渡す仕組みを整えます。

再使用できない段階で、材料を回収して再利用します。

そのうえで、残る製造と移動を効率化し、低炭素な電力、熱、素材、加工方法へ転換します。

それでも避けられない残余排出について、最後に除去や貯留を検討するべきです。

ただし、この順序は、低炭素化を将来へ延期するという意味ではありません。

需要削減、長寿命化、修理、再利用、低炭素化を並行して進める必要があります。

この優先順位によって、対策の目的が新品への大量交換ではなく、採掘と生産の総量を減らすことだと明確になります。

生活の質と消費量を分けて考える

資源とエネルギーの使用量を減らすことは、必要な生活まで一律に削ることではありません。

重要なのは、社会が提供すべき機能と、販売個数を増やすことを分けて考えることです。

移動の目的は、自動車を所有することではありません。必要な場所へ安全に到達することです。

公共交通、徒歩、自転車、共有車両、住宅と職場を近づける都市設計によって、少ない車両でも移動機能を提供できます。

住宅の目的は、新築戸数を増やすことではありません。安全で快適な居住空間を確保することです。

既存住宅の断熱、改修、空き家利用によって、新しい資源を大量に投入せずに住環境を改善できる場合があります。

製品の目的も、頻繁に買い替えることではありません。

修理可能な設計、交換部品、長期保証があれば、同じ機能を長く維持できます。

減らすべきなのは生活の質ではなく、生活を支えるために必要以上に発生している採掘、加工、製造、輸送、交換、廃棄です。

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既存油田の減退を補う供給維持費が長く残ると、その負担は燃料だけでなく、素材、加工、輸送、修理、社会基盤へ波及します。今後おおむね25年間の物価と暮らしへの影響は、油田減退が招くコストアップインフレ これからの四半世紀をどう生きるかで詳しく考察しています。

需要側の対策は、生活を貧しくすることと同義ではありません。適切な都市設計や公共サービスによって、少ない物質投入でも生活の質を保てる可能性があります。[16

個人行動と制度

大量消費社会は、個人の好みだけで成立しているわけではありません。

住んでいる地域に公共交通がなければ、自動車を使わざるを得ません。

住宅の断熱性能が低ければ、健康を守るために冷暖房が必要になります。

製品が分解や修理のできない構造なら、消費者が長く使いたくても交換するしかありません。

企業が短い製品寿命や頻繁なモデル変更を前提にすれば、個人の節約だけでは資源使用量は減らないのです。

したがって、個人へ罪悪感だけを負わせても解決にはなりません。

公共交通、都市計画、住宅性能、製品設計、修理する権利、長期保証、廃棄物制度、企業評価、調達基準、広告、金融を変える必要があります。

資源採掘や汚染による損失を、企業や消費者の意思決定へ反映する仕組みも求められます。

個人の行動は無意味ではありませんが、それを制度変更へつなげなければ、選べる範囲は広がりません。

この章は、大量消費社会を個人の道徳へ縮小しないためにあります。人の選択は、製品と都市と制度によって形作られているからです。

望ましい社会構造

大量消費型の社会構造を変えることは、経済活動をすべて止めることではありません。

望ましい社会構造への転換望ましい社会構造への転換 大量消費型から長寿命・低資源型へ短寿命設計買い替え中心自動車依存販売量を重視長寿命設計修理・再利用公共交通・徒歩生活の質も評価制度・設計・評価指標を転換
図解:望ましい社会構造への転換

医療、介護、教育、住宅、食料、水、衛生、災害対策には、物質とエネルギーが必要です。

問うべきなのは、何を守り、何を減らすかでしょう。

長く使える製品を作り、修理しやすくして、交換部品を長期間供給します。

過度な大型化を避け、同じ機能をより少ない材料で提供する設計へ変えます。

公共交通と徒歩圏を整備し、移動のために必要な車両数と道路面積を減らします。

既存建築を改修し、解体と新築による大量の素材消費を抑えることも必要です。

廃棄を前提にしない生産方法へ変え、供給網を短くし、輸送負荷を下げます。

企業の成功を販売個数だけで評価せず、耐久性、修理率、材料使用量、社会機能への貢献も評価するべきでしょう。

望ましい社会とは、何も作らない社会ではありません。

必要な機能を、より少ない採掘、加工、輸送、廃棄で提供できる社会です。

この転換によって初めて、二酸化炭素の排出削減と、資源利用による他の環境負荷を同じ方向へ減らせます。

行動と効果測定

社会構造は大きな問題ですが、日常の行動から確認できることもあります。

新しい製品を買う前に、修理や部品交換が可能かを調べます。大型の製品が本当に必要か、現在あるものを長く使えないかも考えるでしょう。

職場では、出張、調達、包装、物流、設備更新の必要性を見直せます。

自治体には、公共交通、住宅改修、廃棄物回収、修理支援について意見を伝えられます。

ただし、環境に良いことをしたという感覚だけで、効果を判断してはいけません。

家庭なら、電力、燃料、移動距離、購入数、廃棄量、製品の使用年数を確認します。

企業なら、総排出量に加え、材料使用量、再生材比率、修理率、製品寿命、廃棄量、輸送距離を追う必要があります。

一個当たりの負荷が下がっても、生産個数が増えれば総量は減りません。

原単位と総量の両方を見ることが重要です。

電気自動車へ交換した場合も、車両重量、年間走行距離、保有台数、電源構成まで確認します。

太陽光発電を導入した場合には、化石燃料使用量が実際に減ったか、電力需要全体が増えていないかを見るべきでしょう。

効果が見られなかった場合も、単なる失敗ではありません。

どの制度、製品設計、生活基盤が消費量を押し上げているかを知る材料になります。

測定の目的は、個人を採点することではありません。二酸化炭素と物質使用量が実際に減ったかを確かめ、次の制度変更へつなげることです。

温暖化の本当の原因

二酸化炭素とメタンは、現在の温暖化を進める物理的要因です。本稿で「本当の原因」と呼んでいるのは、それらを継続的に増加させる大量採掘、大量生産、大量輸送、大量消費、大量廃棄の社会構造です。

しかし、二酸化炭素だけを根本原因として扱えば、その背後にある採掘、加工、製造、輸送、消費、廃棄の仕組みが見えなくなります。

二酸化炭素やメタンは、大量の物質とエネルギーを動かす社会活動から生じる副産物です。

そして、大量消費型の社会構造は、温暖化だけでなく、汚染、土地改変、資源制約、生息地破壊、廃棄物、供給網の不安定化も生み出します。

炭素は生命の構造を作り、二酸化炭素は光合成と炭素循環を支えています。

自然の温室効果も、地球を生命が活動できる温度に保つために欠かせません。

炭素や二酸化炭素そのものが、排除すべき敵なのではないのです。

問題は、どこに蓄えられていた炭素が、どれほどの量と速度で、どこへ移動しているかにあります。

PETMは、短期間に大量の炭素が加わると、気温だけでなく、海洋の酸性度、酸素環境、水循環、生物分布、生態系全体が変化することを示しました。

自然の回復には十万年以上の時間が必要でした。

一方、太陽が明るくなる遠い未来には、大気中の二酸化炭素が光合成を制約するほど減る可能性があります。

現在の増加と遠未来の不足は、原因と時間尺度が異なるため矛盾しません。

石炭、石油、天然ガスは、古代の生物が固定した炭素が地層へ埋没し、数百万年から数億年かけて形成されたものです。

人間社会は、その長い地質過程で隔離された炭素を、数百年ほどの間に掘り出し、大気と海洋へ戻しています。

しかも、化石燃料は発電や輸送だけに使われているのではありません。

鉄鋼の還元、セメントの焼成、樹脂や合成ゴムの原料、肥料を作る水素源、溶剤、潤滑材、加工助剤として、現代の工業生産全体へ組み込まれています。

したがって、温暖化問題をエネルギー源の選択だけへ縮小することはできません。

どの素材をどれだけ採掘し、どの製品を何個作り、どれほどの距離を運び、何年使い、どのように廃棄するかまで問う必要があります。

低炭素技術への転換は欠かせません。

それでも、現在と同じ自動車台数、車体重量、建築量、物流量、製品数、買い替え頻度を保ったまま大量交換すれば、採掘、製錬、加工、製造、廃棄の負担が拡大します。

必要なのは、二酸化炭素を敵視することではありません。

炭素循環を短期間に大きく変えている大量採掘、大量生産、大量輸送、大量消費、大量廃棄の構造を変えることです。

この記事の結論この記事の結論 この記事の結論:原因と対策を一つの流れで見る上流社会構造大量の物質・エネルギー需要中流人間活動採掘・製造・輸送・消費・廃棄下流温室効果ガスCO₂・メタン増加と温暖化対策低炭素技術 + 総需要管理 + 長寿命化 + 都市・制度改革
全体像:この記事の結論

まとめ

温暖化の物理的な要因には、大気中で増えた二酸化炭素やメタンがあります。人間活動が現在の温暖化を引き起こしていることも確立しています。

しかし、二酸化炭素やメタンは、大量消費型の社会から生じる副産物です。

その上流には、化石燃料と鉱物の採掘、素材の精製、製品の加工と組立、長距離輸送、短期間の使用、大量廃棄があります。

炭素は生命に不可欠であり、二酸化炭素は光合成と自然の温室効果を支えています。

問題は炭素が存在することではありません。

長い地質時代に隔離された炭素を、人間社会が短期間に掘り出し、大気と海洋へ急速に戻していることです。

PETMでは、急激な炭素移動によって約5℃の温暖化、海洋酸性化、酸素環境の変化、生態系の再編が起きました。

炭素源や回復機構の詳細には研究上の幅がありますが、自然回復に十万年以上を必要としたことは、現在を考えるうえで重要です。

遠い未来には、太陽光度の増加と岩石風化の強化によって、二酸化炭素が光合成を制約するほど低濃度になる可能性があります。

現在の増加と遠未来の不足は、時間尺度と原因が異なるため矛盾しません。

石炭、石油、天然ガスは、古代の生物が固定した炭素が、数百万年から数億年かけて形成された限られた資源です。

それらは燃料であるだけでなく、鉄鋼、セメント、肥料、樹脂、合成ゴム、塗料、接着剤、溶剤、潤滑材、加工助剤を支える工業原料でもあります。

したがって、発電と自動車だけを低炭素化しても、同じ量の製品を作り続けるなら、採掘と加工への依存は残ります。

低炭素技術への転換を急ぎながら、不要な需要と採掘を減らし、製品を小さく長く使い、修理、再使用、部品回収、材料のリサイクルを進めなければなりません。

残る製造では、電力、熱、還元剤、化学原料、加工方法を低炭素化する必要があります。

温暖化の本当の原因を問うことは、二酸化炭素の物理的作用を否定することではありません。

二酸化炭素を生み出し続ける採掘、加工、生産、輸送、消費、廃棄の仕組みを問い直すことです。

問題は炭素という物質ではありません。

炭素をどこから、どれほどの量と速度で、どこへ移動させているのか。そして、その大量移動を止めにくくしている社会構造をどう変えるのか。それが問われています。

章別参考文献

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低炭素技術と鉱物需要

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