行動経済学

後悔回避バイアスとは 行動できない心理と克服方法

変わったほうがよいと分かっているのに、なぜか今のままを選んでしまうことがあります。その背景には、失敗への恐怖だけでなく、自分の決断を後悔したくないという心理が潜んでいるかもしれません。後悔回避バイアスの仕組みを理解すると、行動をためらう理由が見えてきます。さらに、行動した場合と何もしなかった場合を公平に比べることで、将来の自分が納得できる選択へ近づけるでしょう。

TABLE OF CONTENTS
目次

後悔回避バイアスとは

失敗そのものより自分の決断を悔やむ心理

転職したいと思いながら、何年も同じ職場にとどまっている人がいます。今の仕事に満足しているわけではなく、将来への不安も感じていますが、新しい環境で失敗することを想像すると、どうしても決断できません。

新しい職場が合わなかった場合には、「あのとき転職しなければよかった」と自分を責めるでしょう。一方、転職せずに状況が悪化したとしても、「景気が悪かった」「会社の方針が変わった」と考えれば、ある程度は気持ちを整理できるかもしれません。

この違いを理解するうえで重要なのが、後悔回避バイアス(Regret Aversion Bias)です。

後悔回避バイアスとは、将来の後悔を恐れるあまり、選択肢の利益やリスクを公平に比べず、後悔を避けられそうな選択へ意思決定が偏ることです。とりわけ、自分から行動して失敗する可能性が強く意識される場面では、現状維持を選びやすくなると考えられています。

ここで注目したいのは、人間が必ずしも損失の大きさだけを基準に判断していないことです。同じ損害が発生するとしても、自分の行動によって生じた損失には、経済的な痛みに加えて自責の感情が伴う場合があります。

その結果、客観的には有利な選択肢であっても、行動することへの心理的抵抗が意思決定を妨げる可能性があります。

ただし、行動しないことが常に非合理的というわけではありません。現状維持には、変更費用を抑える、既存の関係を守る、不確実なリスクを避けるといった合理的な理由もあります。

問題なのは、行動した場合の不利益ばかりを大きく評価し、行動しなかった場合に生じる損失や後悔を十分に検討しないことです。

行動をためらう背景には、失敗そのものへの恐れに加え、自分の決断を後から責めたくないという心理があると考えられています。

この心理を理解するためには、まず後悔がどのように意思決定へ組み込まれるのかを確認する必要があります。

後悔回避バイアスの理論的基盤

後悔理論と期待効用理論の違い

従来の経済学では、人間が複数の選択肢から期待効用を比較し、自分にとって最も望ましい選択をすると考える理論が重要な位置を占めてきました。

期待効用理論では、起こり得る結果、その確率、結果から得られる効用を考慮して選択を評価します。効用は金銭的な利益だけを意味するものではありません。ここで後悔理論が注目するのは、実際の結果を選ばなかった選択肢の結果と比べる点です。

たとえば、ある投資家が二つの商品から一つを選ぶとします。選択した商品で利益が出たとしても、選ばなかった商品のほうが大幅に値上がりしていたと知れば、十分な利益を得たにもかかわらず後悔するかもしれません。

反対に、選んだ商品の運用成績が悪くても、もう一方の商品ではさらに大きな損失が発生していたと分かれば、安心する場合があります。

このように、人間の満足や後悔は、実際に得た結果だけでなく、選ばなかった選択肢との比較によって変化します。

1982年、デイビッド・ベル(David E. Bell)と、グラハム・ルーミスおよびロバート・サグデン(Graham Loomes & Robert Sugden)は、それぞれ後悔を意思決定の理論に取り入れた研究を発表しました。

後悔理論(Regret Theory)では、ある選択の結果を評価するとき、別の選択をしていた場合の結果との比較が重要になります。

つまり、「いくら得たのか」という絶対的な結果に加え、「別の選択をしていたら、もっとよい結果になったのではないか」という感情的な比較が意思決定へ影響するのです。

後悔理論のモデルでは、金銭的な期待値が高い選択肢でも、後悔を避けるために選ばれない場合があると予測されています。

ただし、後悔理論は人間のすべての意思決定を説明する唯一の理論ではありません。実際の選択には、危険への態度、過去の経験、社会的な責任、情報の不足なども関係します。

後悔理論の意義は、人間が結果だけでなく、結果を比較したときに生じる感情まで見越して判断することを、経済学的に捉えようとした点にあります。

プロスペクト理論と損失回避性

後悔回避バイアスと関連する理論として、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが1979年に提唱したプロスペクト理論(Prospect Theory)があります。

プロスペクト理論で重要なのは、最終的な資産額だけでなく、現在の状態などの参照点から利益や損失を評価するという点です。

その代表的な特徴が、損失回避性(Loss Aversion)です。

損失回避性とは、同じ金額の利益を得る喜びよりも、その金額を失う苦痛を強く評価しやすい傾向を指します。損失の重みを利益のおよそ2倍から2.5倍とする説明もあり、1992年の累積プロスペクト理論では損失回避係数の中央値として2.25が推定されました。

ただし、この係数はモデル上の評価を表し、苦痛の強さを直接測った共通の倍率ではありません。2023年の研究ではより小さい係数が報告されており、条件や測定方法によって推定値は変わります。

たとえば、10万円を得られる喜びより、10万円を失うことへの抵抗が強ければ、利益が見込める挑戦でも損失の可能性に意識が向きやすくなります。

ただし、損失回避性と後悔回避バイアスは同じ概念ではありません。

損失回避性は利益と損失の評価に関する傾向ですが、後悔回避は「別の選択をしていればよかった」という比較と、その選択をした自分への評価に関わる心理です。

ある事業に投資して100万円を失った場合、損失回避性は100万円を失う痛みの強さに関わります。一方、後悔回避では、「なぜ自分は投資を決めたのか」という自責が加わる可能性があります。

両者が重なると、行動に伴う不利益が一層大きく感じられるでしょう。

現状維持バイアスと不作為バイアス

後悔回避と密接に関係するのが、現状維持バイアス(Status Quo Bias)と不作為バイアス(Omission Bias)です。

現状維持バイアスとは、現在の状態や既存の選択肢を、他の選択肢と比較して過度に好む傾向を指します。

サミュエルソンとゼックハウザーは1988年の研究で、人間が意思決定において現状維持を選びやすいことを、実験や実際の制度選択を通じて示しました。

一方、不作為バイアスは、同程度の悪い結果であっても、自分から行動して生じた結果を、何もしなかった結果より悪く評価する傾向です。

リトフとバロンは1990年、予防接種についての想定場面を用い、不作為を選ぶ心理を研究しました。もっとも、この分野では、危険の認知や倫理的な判断など、複数の要因を区別する必要があると議論されています。

これらの概念は関係していますが、それぞれ注目する対象が異なります。

損失回避性は利益と損失の感じ方、現状維持バイアスは既存の状態への選好、不作為バイアスは行動と非行動への評価の違いです。これに対して後悔回避バイアスは、将来の後悔を予想することによって選択が変化する点に注目します。

概念注目する対象
損失回避性利益と損失の感じ方
現状維持バイアス既存の状態への選好
不作為バイアス行動と非行動への評価の違い
後悔回避バイアス将来の後悔を予想することによって選択が変化する点

現状維持を選ぶ人の心には、慣れた環境への安心感や変更費用への懸念があるかもしれません。そのうえで、「変えて失敗したら自分の責任になる」という恐れが働けば、後悔回避が現状維持をさらに強めると考えられています。

したがって、これらの心理を単一の原因として扱わず、それぞれの影響を切り分けることが重要です。

脳科学から見た現状維持の仕組み

現状維持への傾向は、神経科学の研究でも検討されています。

フレミング、トーマス、ドーランらは2010年、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用い、難しい判断において人間が既定の選択肢を維持しやすくなる現象を調べました。

この研究では、難しい判断で現状維持を選ぶと誤答が増える場合があり、現状から離れる際には、下前頭皮質と視床下核を含む神経回路の活動が関係することが示されています。

重要なのは、脳が単純に変化を嫌うという結論ではなく、既定の反応から離れて別の行動を選ぶためには、判断の難しさに応じた神経的な制御が関係するという点です。

なお、この研究は現状維持に関する神経回路を調べたものであり、後悔そのものを直接測定して、特定の脳部位だけで説明した研究ではありません。

したがって、心理学の後悔研究と神経科学の現状維持研究を関連づけることはできますが、両者を同一の現象として断定することは適切ではないでしょう。

それでも、判断が難しいほど既定の選択へ戻りやすくなるという知見は、情報が多く責任も重い場面で意思決定が停滞する理由を考える手がかりになります。

作為と不作為で後悔の大きさが変わる理由

株式投資の実験で92%が示した判断

後悔における行動と非行動の違いを示す有名な事例が、カーネマンとトヴェルスキーによる1982年の投資家シナリオです。

登場するのは、ポールとジョージという二人の投資家です。

ポールはA社の株式を保有しており、B社への乗り換えを検討しましたが、結局は何も変更しませんでした。その後、B社へ乗り換えていれば、実際より1200ドル多く得られたことが分かります。

一方、ジョージはもともとB社の株式を持っていましたが、自分の判断でA社へ乗り換えました。その結果、B社を保有し続けていれば、実際より1200ドル多く得られたことが判明します。

二人は最終的にA社の株式を保有しており、B社を選んだ場合と比べて1200ドル少ないという点も共通しています。

違うのは、ポールが何もしなかったのに対し、ジョージは自分から保有銘柄を変更したことだけです。

この二人のうち、どちらがより強く後悔していると思うかを尋ねると、138人の回答者の92%がジョージを選びました。

これは実際の投資家が感じた後悔の強さを直接測定した数字ではなく、提示された状況を読んだ人々による予測判断です。しかし、同じ経済的結果でも、能動的な変更を伴う失敗のほうが強い後悔を生むと予想されやすいことが分かります。

状況を読み解くと、ポールには「乗り換えておけばよかった」、ジョージには「余計なことをしなければよかった」という後悔が想像できます。後者では、自分から変更したことへの自責も予想されるでしょう。

そこには、過去の決断を取り消したいという感情が含まれています。

数字としての損失が同じでも、そこへ至った経緯が違うだけで、人間の評価は変わるのです。

規範理論と反実仮想の働き

なぜ、同じ結果を経験している二人への評価が変わるのでしょうか。

この違いを説明する理論の一つが、カーネマンとミラーによって1986年に提唱された規範理論(Norm Theory)です。

規範理論では、実際に起きた出来事と、通常ならどうなっていたかという基準との比較が、感情や因果関係の判断に影響すると考えられています。

たとえば、普段と同じ通勤経路を使って遅刻した人と、いつもとは違う経路を選んで遅刻した人がいたとします。

どちらも到着時刻が同じであっても、後者のほうが「いつもの道を使っていれば間に合ったかもしれない」と考えやすいでしょう。

このように、現実とは異なる結果を思い描くことを、反実仮想的思考(Counterfactual Thinking)と呼びます。

人間は、通常の状態から外れた行動に対して、比較対象となる別の未来を思い浮かべやすいと考えられています。

新しい経路を選んだことが失敗の原因に見えれば、「自分で変えた」という事実に意識が集まりやすくなるでしょう。反対に、普段の道を使っていた人は、遅刻を交通事情などの外部要因へ結びつけやすいかもしれません。

もっとも、現状が常に通常の規範になるとは限りません。行動することが強く期待される場面では、何もしなかった選択のほうが不自然に見える場合もあります。

つまり、後悔を左右するのは行動の有無だけではなく、その状況で何が当然とみなされ、何が変更可能だったと感じられるかという点でもあるのです。

意思決定正当化理論による後悔の分解

後悔をさらに詳しく理解するために役立つのが、コノリーとゼーレンバーグが2002年に示した意思決定正当化理論(Decision Justification Theory:DJT)です。

この理論では、意思決定に伴う後悔に、結果の比較から生じる要素と、自分の判断を責める要素があると考えられています。

第一の要素は、実際の結果が別の選択肢より悪かったことに対する後悔です。第二の要素は、「なぜ自分はそのような判断をしたのか」という決定過程への自責です。

たとえば、ある会社が十分な市場調査を実施し、専門家の意見を聞いたうえで新事業へ進出したとします。しかし、予想外の市場環境の変化によって事業が失敗する可能性はあります。

このとき、担当者は結果について後悔するかもしれません。それでも、当時利用できた情報を適切に検討していたと納得できれば、決定した自分を必要以上に責めずに済むでしょう。

反対に、社内の反対意見を無視し、根拠の乏しい見込みだけで投資して失敗した場合には、金銭的な損失に加えて、判断の甘さへの後悔が残りやすくなります。

後悔の大きさは、結果が悪かったかどうかだけでなく、その決定に納得できる理由があるかによっても変わると考えられています。

この視点は、意思決定を改善するときにも役立つでしょう。

失敗しないことだけを目標にすると、将来の不確実性を完全に消すまで動けなくなるでしょう。しかし、合理的な手順を踏み、判断の根拠を残すことなら、現在の段階でも実行できます。

結果を完全には管理できなくても、決定の質を高めることは可能です。その違いを理解すると、失敗への恐れを抱えながらでも行動しやすくなるでしょう。

予期的後悔を過大評価する心理

起こる前の後悔と実際の後悔

人は失敗した後に後悔するだけではありません。何かを始める前から、「もし失敗したら、きっとひどく後悔する」と考えて行動を控える場合があります。

このように、まだ経験していない未来の後悔を予測することを、予期的後悔(Anticipated Regret)と呼びます。

予期的後悔には、慎重な判断を支える側面もあるのです。失敗したときの影響を考えることで、危険な行動を避けたり、準備を整えたりできるためです。

しかし、未来の後悔を正確に予測できるとは限りません。

ギルバート、モアウェッジ、リゼン、ウィルソンらは2004年に発表した研究で、予測される後悔と実際に経験する後悔の違いを調べました。

研究では、ゲーム形式の課題や地下鉄での乗り遅れを題材に、結果を事前に想像する人と、実際に経験した人の感情が比較されています。

そこで確認されたのは、わずかな差で失敗する場面について、人々が実際より強い後悔や自責を予想する場合があるという結果でした。

地下鉄実験で確認された予測誤差

地下鉄での実験を考えてみましょう。

ある人は駅へ到着した直前に電車が発車し、わずか1分ほどの差で乗り遅れました。別の人は、電車が発車してから数分後に駅へ到着しています。

一般に、電車を1分差で逃すほうが、「あと少し早く来ていれば間に合った」という考えが浮かびやすいでしょう。

ギルバートらは、こうした状況で人々がどれほど後悔すると予想するか、また実際にどの程度後悔しているかを調べました。

研究3aでは、1分差で電車を逃すと想像した28人の後悔の平均値は49でした。一方、実際に乗り遅れた27人の平均値は24であり、予測群より小さい結果となっています。

これらは108mmの線分尺度上で測った値であり、すべての後悔が必ず半分になることを意味するものではありません。

それでも、この結果は、まだ起きていない失敗を想像するときに、後悔の強さを過大に見積もる場合があることを示しています。

さらに、研究では責任の帰属先にも違いが見られました。

参加者が書いた「もし〜だったら電車に乗り遅れなかった」という趣旨の記述を、3人の評定者が内的要因1から外的要因5の尺度で評価しました。平均値は予測群が2.2、実際に経験した群が2.9です。

事前に想像した人は、「もっと早く家を出ればよかった」と自分の行動を原因に考えやすい傾向がありました。

ところが、実際に電車を逃した人は、「改札が一つしか開いていなかった」など、自分以外の事情にも目を向けていました。

この違いは、実際に失敗した後には、事前に予想していたほど自分だけを責めない場合があることを示唆しています。

心理的免疫システムと自己防衛

人間には、不都合な出来事を経験した後、その意味を捉え直して心理的な負担を軽減しようとする働きがあります。

ギルバートらの研究では、こうした適応的な働きが、予期的後悔と実際の後悔の違いを説明する要因の一つとして考えられています。

心理的免疫システム(Psychological Immune System)とは、望ましくない出来事に対し、人間が解釈の変更や意味づけを通じて心理的な苦痛を軽減する働きを表した概念です。

たとえば、新しい仕事へ挑戦して失敗した人が、最初は強く落ち込んでいたとします。

それでも時間が経つにつれて、「挑戦しなければ分からなかったことを学べた」「以前より自分の適性が明確になった」と考えられるようになる場合があります。

もちろん、これは失敗が無害になるという意味ではありません。金銭的な損失や人間関係への影響など、現実の問題が残ることもあります。

ただ、失敗前に想像していたような心理状態が、永久に続くとは限らないのです。

人間は未来の苦痛を予測するとき、その後に自分がどのように適応し、考え方を変えていくかまで十分に想像できない場合があります。

そのため、実際には必要以上の感情的な保険を求め、挑戦を避けてしまう可能性があります。

この心理を知ったうえで大切なのは、後悔を軽視することではありません。「失敗したら耐えられない」という現在の予測を、そのまま将来の確定事項として扱わないことです。

失敗した場合の対処方法や、周囲から受けられる支援まで含めて考えれば、未来の自分を必要以上に無力な存在として想像せずに済むでしょう。

後悔回避バイアスが組織の改革を妨げる理由

政府や企業が現状維持を選ぶ背景

後悔回避は個人だけでなく、企業や政府などの組織でも問題になります。

たとえば、政府が世論を二分する政策を検討している場面を考えてみましょう。政策を実行した後で状況が悪化すれば、その決定を下した責任者には説明責任が生じます。

一方、政策を見送り、何もしないまま問題が深刻化した場合には、経済環境や社会構造などの外部要因が強調されるかもしれません。

もちろん、実際の政策判断には費用対効果、法的な制約、社会的合意など、検討すべき要素があります。そのため、改革を見送った事実だけで後悔回避が働いたと断定することはできません。

ただし、失敗したときの責任が改革案の推進者に集中し、何もしなかった場合の損失が評価されにくい制度では、現状維持への偏りが強まるという可能性があります。

企業でも、同じ問題が生じます。

新しい事業領域への参入を検討しながら、失敗時の責任を恐れて投資を延期し続けている会社を考えてみましょう。

担当者にとって、既存事業を守る判断は説明しやすいでしょう。反対に、新しい市場へ進出して損失を出せば、「なぜあの投資を認めたのか」と問われるかもしれません。

しかし、何もしなかった結果として競合企業が市場を獲得したなら、その機会損失も経営判断の結果です。

責任を追及されにくい選択と、会社にとって望ましい選択は、必ずしも一致しません。

グループ入試構想に見る改革への抵抗

組織における後悔回避を考えるうえで、大学の入試改革も分かりやすい事例になります。

ある大学に対し、5人を一組として出願し、各教科でグループ内の最高得点を活用する入試制度を提案したとします。

この制度は、国語が得意な人、数学が得意な人、英語が得意な人などが集まり、それぞれの能力を組み合わせて受験できる仕組みです。

個人の学力だけではなく、仲間を集め、互いの能力を補い合う関係を評価しようとする発想です。

提案者は、人口減少によって大学を取り巻く環境が厳しくなるなか、従来と異なる入試制度が受験生の関心を集める可能性を考えています。また、出願方法の変化によって、受験者数や受験料収入が増える可能性も期待できるでしょう。

一方、この制度には慎重に検討すべき問題があります。

たとえば、5人のうち一人がほとんど得点できなくても、他の4人の成績によって合格できる可能性があります。個人の基礎学力をどう確認するか、入学後の学修についていけるか、公平性をどう担保するかも課題です。

提案者は、得点の低い人が他の4人から仲間として選ばれた背景に、人間性や信頼関係を築く能力があるかもしれないと考えています。

実社会では、一人ですべてをこなす能力だけでなく、自分に不足している能力を持つ人と協力する力も重要です。そのような社会的能力を大学入試で評価するという考え方には、検討する価値があるでしょう。

ただし、仲間に選ばれたことが、そのまま特定の人格的能力を証明するわけではありません。制度を導入するなら、教育目標との整合性や選抜の妥当性を慎重に検証する必要があります。

ここで後悔回避が問題になるのは、こうした具体的な課題の検証ではなく、「新しい制度を導入して偏差値が下がったらどうするのか」という懸念だけが議論を支配する場合です。

改革を実施して偏差値が下がれば、改革を主導した人の責任が問われるでしょう。

しかし、何も変更しなかった場合でも、18歳人口の減少や競争環境の変化などによって大学の状況が悪化する可能性があります。

その両方を比較せず、改革による失敗だけを恐れているなら、組織の判断には偏りが生じているかもしれません。

重要なのは、改革した場合の失敗だけでなく、改革しなかった場合の衰退も意思決定の結果として評価することです。

機会費用の軽視と組織的な停滞

この問題と関連するのが、機会費用(Opportunity Cost)という考え方です。

機会費用とは、ある選択をしたことによって、選ばなかった最善の代替案から得られたはずの価値です。

たとえば、新規事業へ1000万円を投資すれば、その資金を別の用途に使う機会が失われます。反対に、投資を見送って1000万円を保有し続けた場合にも、事業から得られたかもしれない利益を逃す可能性があります。

2009年、フレデリック、ノヴェムスキー、ワン、ダール、ノウリスらは、消費者が購買判断の際に機会費用を十分に考慮しない場合があることを示しました。

研究では、商品を購入しない場合に、そのお金を他の用途へ使えると明示するだけで、選択が変化することが確認されています。

この研究は主として消費者の購買判断を扱ったものです。そのため、結果をそのまま企業の投資判断へ当てはめることはできませんが、意思決定で見落とされやすい代替案を明示するという点では参考になります。

組織が新事業を見送る場合には、投資額や損失リスクだけでなく、見送ったことで失われる可能性も記録する必要があるでしょう。

さらに、何もしないことを選んだ場合にも、その判断を後から検証する仕組みが求められます。

行動した人だけが責任を負い、行動しなかった人の判断は検証されないなら、組織の中では現状維持が有利になりやすくなります。

結果として、慎重さを重視しているつもりでも、将来の競争力を失う原因になるかもしれません。

モンティ・ホール問題と選択変更への抵抗

扉を変えると当選確率が2倍になる仕組み

後悔回避と意思決定の関係を考えるとき、モンティ・ホール問題は興味深い題材です。

目の前にA、B、Cという3枚の扉があり、そのうち1枚の奥に賞金が置かれています。残りの2枚には賞金がなく、参加者は最初に好きな扉を1枚選びます。

ここでは、Aを選んだとしましょう。

司会者は賞金の場所を知っており、参加者が選ばなかったBとCのうち、必ず外れの扉を1枚開けます。

仮にCが開かれた場合、残るのはAとBです。

司会者から選択を変更できると伝えられたとき、Aにとどまるべきでしょうか。それともBへ変更するべきでしょうか。

一見すると、残った扉は2枚なので、どちらも当たる確率は2分の1に思えるかもしれません。

しかし、司会者が必ず外れの扉を開け、参加者に変更の機会を与えるという標準的な条件では、Bへ変更したほうが当選確率は高くなります。

最初にAを選んだ段階で、Aが当たりである確率は3分の1です。一方、賞金がBまたはCにある確率は3分の2になります。

司会者は正解を知ったうえで外れの扉を開けるため、Aの当選確率が自動的に2分の1へ上がるわけではありません。

最初にAを選んだとき、Aが外れである確率は3分の2です。その場合、残された未開封の扉へ変更すれば必ず当たります。

したがって、Aにとどまる場合の当選確率は3分の1、Bへ変更する場合は3分の2になります。

標準的なモンティ・ホール問題での当選確率は、変更しない場合が約33.3%、変更した場合が約66.7%です。

扉を変えると当選確率が2倍になる仕組み ここでは、Aを選んだとしましょう。 仮にCが開かれた場合、 残るのはAとBです。 変更しない場合 約33.3% 変更した場合 約66.7%
標準的なモンティ・ホール問題での当選確率は、変更しない場合が約33.3%、変更した場合が約66.7%です。

確率で有利でも選択を変更できない理由

それでは、当選確率が高くなると知れば、誰もが安心して変更できるのでしょうか。

実際には、確率の理解だけでは解消できない心理的な抵抗が生じることがあります。

Aのままにして外れた場合には、「最初の選択が間違っていた」と受け止められるでしょう。しかし、Bへ変更して外れ、最初に選んだAが正解だったと分かれば、「変更しなければ賞金を手にできた」という後悔が生じます。

賞金を逃したという結果は同じでも、自分から選択を変更したことが後悔を強める可能性があります。

ただし、モンティ・ホール問題で変更を避ける理由を、後悔回避だけで説明することはできません。確率の誤解や、最初に選んだものへの愛着なども関係するためです。

1995年、ジロヴィッチ、メドヴェック、チェンらは、モンティ・ホール問題を応用した実験で、行動による失敗と不作為による失敗への反応を調べました。

この研究では、最初の選択を変更した参加者のほうが、最終的に受け取った小さな賞品を高く評価するという結果が得られています。

研究者らは、変更して望ましくない結果になった人が、認知的不協和を軽減するために結果の評価を調整する可能性を検討しました。

これは、変更した人ほど必ず強く後悔するという単純な証明ではありません。むしろ、人間が自分の決断を正当化し、後悔への心理的負担を調整することを示唆しています。

モンティ・ホール問題から学べるのは、確率の判断と感情的な判断を分ける必要があるということです。

変更しないほうが安心できる場合でも、その安心感が当選確率の高さを意味するわけではありません。

人生の意思決定でも、「慣れているから安心する」という理由と、「十分な根拠があるから有利である」という理由を区別することが大切でしょう。

オランダの郵便番号宝くじが示す不作為の後悔

買わなかった場合の結果が分かる仕組み

一般的な宝くじでは、購入した券に抽選番号が割り当てられます。そのため、購入しなかった人は、自分が買っていた場合に当選していたかどうかを通常は確かめられません。

しかし、オランダの郵便番号宝くじ(Dutch Postcode Lottery)には異なる特徴があります。

研究で扱われたこの宝くじでは、居住地域の郵便番号を使って当選対象が決まります。そのため、参加していない人にも、自分の郵便番号が当選対象になったことが分かる仕組みです。

近隣住民が賞金を受け取っている姿を見れば、「自分も購入していたら当選できたかもしれない」と具体的に想像できるでしょう。

通常の宝くじでは、買わなかったことへの後悔が生じにくい場合があります。これに対し、郵便番号宝くじでは、参加しなかった場合の機会損失が目に見える形で現れます。

ゼーレンバーグとピータースは2004年、この宝くじへの参加と後悔回避の関係を調べました。

研究では、金銭的な利益への期待だけでなく、参加しなかった後に当選機会を逃したと知ることへの予期的後悔が、今後の参加意向と関係すると報告されています。

後悔の対象が変わると行動も変わる

通常の場面では、「買って外れたら後悔する」という感情が購入を妨げることがあります。

ところが、郵便番号宝くじでは、「買わなかったのに自分の郵便番号が当選したら後悔する」という感情も生じます。

同じ後悔回避であっても、何を後悔すると予想するかによって、行動を控える方向にも、行動を促す方向にも働くのです。

この仕組みは、人間が必ず不作為を好むわけではないことを示しています。

行動しなかった場合の不利益が明確になれば、人はその後悔を避けるために動くという可能性があります。

ただし、宝くじを購入することが経済的に有利になるとは限りません。参加しなかった後悔を強調する仕組みは、必要以上の支出を促す可能性もあるためです。

したがって、この研究から得られる教訓は、後悔を刺激して行動させればよいということではありません。

重要なのは、意思決定において、行動した場合だけでなく、行動しなかった場合の帰結も見えるようにすることです。

たとえば、新しい仕事への応募をためらっている人が、応募して不採用になる未来だけを想像しているとします。

その場合、「応募しなかった後で、その仕事が自分の希望に合っていたと知ったらどう感じるだろう」と考えてみます。

行動しない選択にも後悔の可能性があると気づけば、比較の仕方が変わるでしょう。

行動することで生じる後悔だけを見ている限り、行動しなかったことで失う未来は見えにくいままです。

時間の経過とともに変わる後悔

短期では行動した後悔が強まりやすい

後悔の内容は、出来事からどれだけ時間が経過したかによっても変わります。

ジロヴィッチとメドヴェックは1994年と1995年の研究で、行動したことへの後悔と、行動しなかったことへの後悔が、時間の経過によってどのように変化するかを検討しました。

短い時間軸では、行動して失敗したことへの後悔が強く感じられやすいと考えられています。

たとえば、衝動的な発言で相手を傷つけてしまった直後には、「あんなことを言わなければよかった」という思いが強く残るでしょう。

高額な商品を購入して後悔した人も、買わなければ手元に残っていたお金を想像し、自分の判断を責めるかもしれません。

行動した結果は具体的であり、何が起きたのかも明確です。そのため、自分が行動を変えていれば結果を避けられたという考えが浮かびやすくなります。

さらに、失敗した直後には恥ずかしさや落胆などの感情が強く働くため、行動そのものを取り消したいと思うこともあります。

こうした短期的な後悔を、次の失敗を避ける学習に生かせる場合もあるでしょう。

しかし、その痛みが強すぎると、次の挑戦に踏み出すことまで難しくなるかもしれません。

長期では行動しなかった後悔が残りやすい

一方、数年から数十年という長い時間軸では、行動しなかったことへの後悔が大きな意味を持つようになります。

過去の人生を振り返る研究では、「挑戦しなかった」「気持ちを伝えなかった」「学び始めなかった」といった不作為が、重要な後悔として挙げられる傾向が報告されています。

1994年の研究5では、人生を振り返って行動と不作為のどちらをより後悔するか尋ねると、32人中27人、約84%が不作為を選びました。これは特定の調査の回答割合であり、すべての人や年齢層に共通する数字ではありません。

また、2023年のリチャードソンとジロヴィッチによる追試は、シカゴの心理学博物館の来訪者を対象に行われました。短期では行動の後悔が58%、不作為が42%だった一方、人生全体では行動が51%、不作為が49%で、有意な差はありませんでした。

時間的視点行動不作為
短期58%42%
人生全体51%49%

後悔の種類と時間的視点の関係は確認されましたが、長期では不作為が多数を占めるという結果までは再現されていません。

そのため、「年齢を重ねれば必ず不作為を後悔する」という法則ではなく、時間的な視点が後悔の評価に影響する傾向として理解する必要があります。

それでも、長期的な後悔がなぜ生じるのかを考えることには意味があります。

若い頃に海外で働く機会を得たものの、不安から辞退した人を考えてみましょう。

当時は、言葉が通じなかったらどうしよう、仕事についていけなかったらどうしようという恐れが強かったのでしょう。現在の安定した生活を手放すことも、簡単には決断できなかったはずです。

しかし、年月が経ってから振り返ると、当時の恐怖よりも「行っていたらどのような人生になっただろう」という思いが強くなる場合があります。

一方、実際に挑戦して失敗した経験なら、時間の経過とともに意味づけを変えられるかもしれません。「あの経験があったから次の仕事へ進めた」と整理できれば、失敗の痛みは以前とは違って感じられるでしょう。

不作為の後悔が長く残る理由

行動したことへの後悔と、不作為への後悔が異なる時間的な経過をたどる背景には、認知的な適応と反実仮想の違いがあると考えられています。

行動した結果は、成功であっても失敗であっても、確定した何らかの現実です。

そのため、失敗を経験した人は、原因を分析し、意味づけを変え、次の行動へ結びつけることができます。

しかし、実際には選ばなかった道については、何が起きていたかを正確に知ることができません。

転職しなかった人は、転職先で成功していたかもしれませんが、反対に深刻な失敗を経験していた可能性もあります。

それでも、人間は自分が選ばなかった道について、都合のよい結果を想像することがあります。

現実には存在しなかった成功の可能性が、時間の経過とともに理想化されていくという解釈も成り立つでしょう。

ただし、行動しなかった選択が常に失敗だったとは限りません。挑戦しなかったことで守られた生活や、人間関係、健康、経済的な安定がある場合もあります。

重要なのは、現在の判断で短期的な後悔だけを避けようとせず、長期的な視点からも選択を評価することです。

「一週間後の自分はどう感じるだろう」と考えるだけでなく、「五年後の自分は、今の選択をどのように振り返るだろう」と問い直すことが役立ちます。

その視点を加えることで、目先の安心感だけに左右されない意思決定へ近づけるでしょう。

後悔回避バイアスに対処する意思決定の原則

決定を元に戻せるかで分類する

後悔回避バイアスへの対処では、恐怖を無理に消そうとするより、判断の仕組みを変えるほうが実践しやすい場合があります。以下は研究知見や実務の考え方を参考にした判断の工夫であり、すべての方法で後悔回避を解消できると実証されたものではありません。

その方法の一つが、意思決定を可逆性によって分類することです。

Amazonの創業者ジェフ・ベゾスは、2015年の株主向け書簡で、意思決定を「一方向の扉」と「双方向の扉」に分ける考え方を示しました。

一方向の扉とは、一度決めると簡単には元へ戻せない重大な決定です。大規模な設備投資や重要な事業の売却などが該当する場合があります。

このような決定には、十分な情報収集や専門的な検証、関係者との慎重な協議が必要です。

一方、双方向の扉とは、結果が望ましくなければ元へ戻せる決定を指します。

たとえば、一定期間だけ新しい業務手順を試したり、一部の顧客に限定して新サービスを提供したりすることです。

これらは結果を確認した後で修正できるため、すべての情報がそろうまで待つ必要性は比較的小さくなります。

ベゾスは2016年の株主向け書簡で、多くの決定は、望む情報の70%程度が得られた段階で判断することを提案しています。

ただし、この70%という数字は、あらゆる意思決定に適用できる科学的な最適値ではありません。情報収集を続ける費用と、判断が遅れることによる損失を比較するための実務的な目安です。

後悔回避が強く働く人は、元に戻せる小さな決定まで、人生を左右する重大な決断のように捉えてしまうことがあります。

そこで、失敗する可能性を確かめると同時に、「失敗した場合にどこまで修正できるか」も確認します。

元に戻せる範囲が分かれば、必要以上に大きな覚悟を求めずに済むでしょう。

行動しなかった場合の損失も評価する

次に必要なのは、行動しなかった場合の影響を明確にすることです。

新しい選択肢を検討するとき、人は実行に必要な費用や、失敗した場合の損失を詳しく考える傾向があります。

一方、見送った場合に失われる可能性は、具体的な数字として表れにくいため、検討から抜け落ちることがあります。

この偏りを防ぐには、行動した場合と行動しなかった場合を、同じ期間、同じ評価基準で比較することが有効です。

たとえば、新事業への参入を検討する会社なら、投資した場合の利益や損失だけでなく、三年間参入を見送った場合の市場環境も予測します。

競合の参入、顧客の流出、既存事業の縮小などについて、利用可能なデータを使って複数の見通しを作ってみましょう。

その際、事前検死(Pre-Mortem)という手法を応用することもできます。

事前検死とは、将来の計画が失敗したという前提を置き、そこへ至った原因を実行前に洗い出す方法です。

通常は計画を実施して失敗した場面を想定します。ここではその考え方を応用し、事業を見送った結果として失敗した場合も検討してみます。

「三年後、競合企業が市場を支配し、自社の売上が大きく減少した」と想定すれば、何もしなかった場合の危険を具体的に考えやすくなるでしょう。

ただし、見送ったことで失う可能性がある利益を、確実に得られたはずの利益として計算してはいけません。

将来の利益には不確実性があるため、確率や複数のシナリオを用いて評価することが必要です。

ここでの目的は、何としても行動する理由を作ることではありません。現状維持も一つの意思決定として扱い、その利点と不利益を公平に比較することです。

小さな実験の目的と中止条件

後悔回避への対処では、決定を小さな実験に分け、次の判断に必要な情報を得るという考え方も役立つでしょう。最初から大きな変更を約束するのではなく、試す範囲と確認する結果を限定する方法です。

企業で新サービスを始めるなら、全国で一斉に開始する前に、一地域や一部の顧客に限定して検証します。新しい制度を導入したい場合も、対象部署や期間を限定した試行が選択肢になるでしょう。

期待した結果が得られなければ、改善点を探し、必要に応じて中止することもできます。このような方法を、仮説検証型の小規模実験として捉えることができます。

小さな実験では、最初から成功を保証する必要はありません。重要なのは、何を確かめるために試し、どの結果を見て次の判断を下すかを決めておくことです。

行動の目的を成功か失敗かの二択に限定せず、次の判断材料を得ることへ広げれば、失敗への意味づけも変わります。

ただし、試行の規模が小さくても、個人情報の漏えいや重大な安全上の危険など、取り返しのつかない問題が生じる場合があります。小さく始めることと、リスク管理を省略することは別です。

損失の上限と中止条件を事前に決めたうえで試すことが、後悔回避を抑えながら安全に行動するための基本になります。

結果だけでなく判断過程を評価する

後悔回避が強い組織では、失敗した結果だけが評価され、その決定に至る過程が十分に検討されないことがあります。

たとえば、十分な調査を行って新事業を開始したものの、予想外の市場変化によって損失が発生したとします。

この場合、失敗という結果は事実ですが、決定時点での判断が不適切だったとは限りません。

一方、十分な検討を行わずに投資した事業が、偶然の好条件によって成功することもあります。

結果がよかったという理由だけで意思決定まで優れていたと評価すれば、組織は次の失敗を防ぐための教訓を得られません。

このように、結果を知ったことで、決定時点の判断の質まで結果の良し悪しに引きずられて評価する傾向を、結果バイアス(Outcome Bias)と呼びます。

後悔回避を抑えるためには、判断した時点でどのような情報を持ち、何を検討し、どの程度のリスクを認識していたかを記録することが重要です。

そのうえで、結果が出た後には、判断過程の妥当性と実際の成果を分けて振り返ることが大切です。

意思決定正当化理論でも、決定の過程に納得できる理由があるかどうかは、自責の感情に関わると考えられています。

ただし、適切な手順を踏んだからといって、結果責任がすべて免除されるわけではありません。改善できた判断や見落としていた情報があれば、それを確認する必要があります。

大切なのは、結果の不確実性を理由に人を過剰に処罰せず、判断の質を高める学習につなげることです。

これが実現すれば、組織の中で「失敗したら責められるから何もしない」という心理が弱まる可能性があります。

後悔回避バイアスを日常で改善する実践手順

迷っている選択を具体的な言葉にする

後悔回避バイアスは、自分の中で起きているときほど気づきにくいものです。

そのため、最初から心理を変えようとするのではなく、現在迷っている選択を具体的な言葉にすることから始めます。

たとえば、「今の仕事を続けるか転職するか」という悩みがあるなら、何を失うことが怖いのかを考えます。

収入が減ること、新しい人間関係を築けないこと、「自分で選んだのに失敗した」と感じることでは、必要な対処方法が異なるでしょう。

収入への不安なら、生活費や貯蓄額を確認する必要があるでしょう。人間関係への不安なら、応募先の職場環境を調べたり、実際に働く人から話を聞いたりする方法があります。

一方、自分の決断を後悔することへの恐れが強いなら、その感情を判断基準から完全に取り除く必要はありません。ただし、他の条件と分けて扱うことが重要です。

「失敗することが怖い」という感情の中身を具体的にすると、対処できる危険と、予測にすぎない不安を区別しやすくなります。

情報収集を続けても決められない場合は、判断に必要な条件を先に定める方法も試せます。たとえば転職なら、必要な収入、仕事内容、働き方について何を確認できれば応募を検討できるのかを書き出してみましょう。

まだ知らない候補を無限に探すのではなく、必要な条件を満たす候補が見つかったら、その候補を比較する段階へ移ります。これは検討を終えるための実践案であり、重要な情報の確認を省略したり、重大な決定を急いだりするためのルールではありません。

行動と不作為の未来を同じ条件で比較する

前章で説明した比較の考え方を、自分が迷っている選択に当てはめてみましょう。転職なら、一年後に転職している自分と、同じ会社に残っている自分を想像します。

どちらの場合にも、収入、仕事内容、人間関係、成長機会、心身への負担などを同じ基準で比較します。

まず、転職した場合と今の職場に残った場合について、望ましい結果と望ましくない結果を同じように書き出してみましょう。収入や成長機会について調べた事実と、まだ確かめていない予想を分ければ、判断に不足している情報も見えてくるでしょう。

このとき、転職した未来だけを悪く想像し、現状維持の未来だけを楽観的に考えていないかを確認してください。もちろん、その逆にも注意が必要です。新しい環境へ移れば必ず人生が好転するという期待も、現実的な判断を妨げる可能性があります。

最後に、転職して失敗した場合の後悔と、転職しないまま成長機会を逃した場合の後悔を並べて考えます。どちらの後悔が強く感じられるかに加えて、その予想が何に基づいているかも振り返ってみましょう。

それによって、どちらの選択肢にもリスクがあり、どちらにも可能性があることを理解できるでしょう。

一週間で試せる行動を決める

比較して見えてきた不安や不足している情報をもとに、一週間で試せる行動を一つ決めます。転職を考えているなら、今すぐ退職を決める必要はありません。まず求人情報を調べたり、職務経歴書を更新したり、関心のある企業について情報を集めたりできます。

自分の性格やコミュニケーションを変えたいなら、一週間だけ新しい話し方を試すこともできます。

職場で自分の意見を伝えることが苦手で、会議で積極的に発言したいと思いながらも、間違ったことを言うと周囲からの評価が下がるのではないかと心配している人もいるでしょう。ここで、「今後はすべての会議で積極的に発言する」と決めると、本人にとって大きな負担になるかもしれません。

まずは「次の会議で一度だけ質問する」という目標を、一週間の試行として設定してみます。目標を一度の質問に絞れば、心理的な抵抗を小さくできるでしょう。

どのような質問をするか、周囲の反応を何から確かめるかまで決めれば、実施後に振り返りやすくなるでしょう。

試した結果、うまく伝えられなかったとしても、次回は質問の仕方を変えられます。

予想したほど否定的な反応がなければ、それは次の行動へ進む判断材料になります。思うようにいかなかったとしても、その理由を確かめれば、次に改善する点が見えるかもしれません。

ここでは、結果を一度の成功や失敗として終わらせないことが重要です。

「予想していた後悔は実際に生じたか、想定していなかった問題はあったか、次は何を変えればよいか」と振り返れば、経験が次の意思決定へつながります。

少しずつ試していくうちに、最初は大きく感じていた不安が、具体的に対処できる問題へ変わることもあるでしょう。

後悔回避バイアスを日常で改善する実践手順 迷っている選択を具体的な言葉にする 行動と不作為の未来を同じ条件で比較する 一週間で試せる行動を決める

後悔を避ける人生から納得できる選択へ

後悔回避バイアスを理解したからといって、すべての場面で積極的に行動する必要はありません。

変化によって失うものが大きい場合や、取り返しのつかない危険がある場合には、現状維持が適切な選択となることもあります。

大切なのは、行動しないことを無条件に安全だと考えないことです。

人間は、自分から動いて失敗したときの後悔を強く予想しやすい一方で、実際に経験した後には、想像していたほど自分を責めずに済む場合があります。

また、短期的には行動したことへの後悔が大きく感じられても、長い時間が経つにつれて、行動しなかったことを振り返る機会が増えるかもしれません。

だからこそ、目の前の恐怖だけで結論を出さず、将来の自分がどのように感じるかという視点も加える必要があります。

そのうえで、元に戻せる決定と戻せない決定を分け、何もしなかった場合の機会費用を評価し、小さな実験によって情報を増やしていきます。

さらに、結果だけで自分や他人を責めるのではなく、決定した時点での判断過程を振り返ることも大切です。

後悔をまったく生まない選択を探すより、後悔が生じても理由を理解し、必要に応じて修正できる選択を積み重ねることが重要ではないでしょうか。

未来を完全に予測することはできません。それでも、今の自分が恐れていることを具体的にし、行動した場合と行動しなかった場合を公平に比べることはできます。

その積み重ねによって、失敗を恐れる気持ちに振り回されるのではなく、自分の価値観と現実的な判断に基づいて行動できるようになるでしょう。

まとめ

後悔回避バイアスとは、将来の後悔を恐れることによって、意思決定が偏る心理です。特に、自分から行動して失敗した場合には、自責の感情が加わるため、現状維持が必要以上に魅力的に見えることがあります。

しかし、何もしない選択にも損失や後悔の可能性があり、事前に予想する後悔が実際の感情より大きくなる場合もあります。短期と長期で後悔の対象がどう変わるかも、研究で検討されているテーマです。

こうした偏りを抑えるには、決定の可逆性を確認し、不作為の機会費用を評価したうえで、小さく試して結果を検証することが有効でしょう。

後悔を完全になくすことはできなくても、後悔だけを恐れて可能性を閉ざさない選択はできます。まずは今迷っていることについて、行動した未来と行動しなかった未来を一度書き出してみることが、その出発点になります。

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