理事会役員に就任して管理組合の資料を確認しているうちに、長期修繕計画が見当たらないことに気付く場合があります。「これまで将来の修繕を何を基準に考えてきたのだろう」と不安になり、自分の任期中に重い問題を抱えてしまったように感じる方もいるでしょう。
とりわけ、理事になったばかりで建築や会計の専門知識がなければ、修繕積立金は足りるのか、大規模修繕は予定どおりできるのか、管理会社へ任せれば解決するのかと、いくつもの疑問が一度に浮かぶものです。自分が問題を見つけたことで、大幅な値上げを住民へ説明する役まで背負うのではないかと、気が重くなることもあるかもしれません。
しかし、長期修繕計画がないと気付いた時点で、すでに改善の入口には立っています。
最初に必要なのは、慌てて30年分の計画表を作ることでも、修繕積立金の値上げを決めることでもありません。過去にどのような修繕を行い、現在の建物がどのような状態にあり、修繕積立金がいくら残っているのかを確認し、将来必要になる工事と資金を一つの時間軸につなぎ直すことです。
長期修繕計画は、30年先を正確に言い当てるための予言書ではありません。変化する建物と資金の現在地を確かめながら、管理組合が将来について話し合うための経営資料です。
この記事では、「長期修繕計画がない」と分かった新任理事でも、次の理事会から実際に動けるように、最初の確認から計画作成、資金検証、専門家の活用、住民との合意形成まで順番に解説します。
長期修繕計画がないと分かったらまず3つ確認する
長期修繕計画がないと聞くと、すぐに管理会社や専門家へ新しい計画を作ってもらわなければならないと思うかもしれません。
しかし、作成を依頼する前に最低限確認しておきたいことがあります。
最初の理事会で確認したいのは、現在使える長期修繕計画の有無、最後の大規模修繕工事、現在の修繕積立金残高の三つです。
まず、現在有効な長期修繕計画が本当に存在しないのかを確認します。管理室で見つからなくても、管理会社がデータを保有していたり、過去の理事会資料の中に計画案が残っていたりする可能性があります。
次に、最後の大規模修繕がいつ実施されたのかを調べます。長期修繕計画がなくても、総会議案書や工事契約書、決算書などをたどれば、過去の工事内容を把握できることがあります。
そして、現在の修繕積立金残高を確認してください。今後必要になる金額までは分からなくても、まず現在どれだけの資金を持っているのかを知ることが出発点になります。
この三つが分かるだけでも、「計画がないので何も分からない」という状態から、「過去にいつ大きな工事を行い、現在いくら資金があるのか」という現在地まで進めます。
反対に資料が見つからなかったとしても、その結果には意味があります。何が不足しているかが分かれば、次に管理会社や過去の役員、専門家へ何を確認すればよいか決められるからです。
長期修繕計画未策定を立て直す全体の流れ
長期修繕計画がないマンションを立て直す流れは、複雑に見えても大きく七つに分けられます。
- 過去の修繕履歴を確認する
- 建物と設備の資料を集める
- 修繕積立金残高と実際の入金状況を確認する
- 建物の現状を把握する
- 長期修繕計画案を作成する
- 修繕積立金との整合性を検証する
- 理事会と総会で合意形成する
流れとしては、未策定状態の確認 → 過去資料の確認 → 修繕履歴の整理 → 建物設備資料の収集 → 資金状況の確認 → 建物現況の把握 → 長期修繕計画案の作成 → 資金収支の検証 → 理事会での検討 → 区分所有者への説明 → 総会での合意形成 → 計画の運用と見直しとなります。
重要なのは、この工程を一度に終わらせようとしないことです。
まず過去を確認し、現在を把握し、その情報を使って将来を考えます。それから初めて、修繕積立金をどれだけ準備する必要があるのかを検討するという順番です。
長期修繕計画がないと分かると、すぐに答えを出したくなるかもしれません。しかし、必要な工事も将来の不足額も分からない状態で値上げ額だけを決めれば、区分所有者から「なぜこの金額なのか」と尋ねられたときに説明できなくなります。
全体像を最初に把握しておけば、今取り組んでいる作業がどこにつながるのかも見失いにくくなるでしょう。
長期修繕計画がないマンションはまず現状を整理する
マンションを購入して普通に暮らしている間は、長期修繕計画を詳しく確認する機会がない方も珍しくありません。毎月管理費と修繕積立金を支払い、共用部分が清掃され、エレベーターや給排水設備も動いていれば、「管理は普通に行われている」と感じるのも自然でしょう。
ところが理事になると、管理規約、総会議事録、決算書、工事契約書など、これまで見る機会の少なかった資料を確認することになります。その中で「そういえば長期修繕計画はどこにあるのだろう」と探し始め、初めて問題へ気付く場合があります。
管理会社へ問い合わせても現在使える計画を確認できなければ、「こんな重要なものがないまま何年も管理してきたのか」と驚くかもしれません。
そこで過去の理事会へ「なぜ作ってこなかったのか」と言いたくなることもあるでしょう。
しかし、過去の判断を調べることと、現在の管理状態を改善することは別の問題です。必要なのは誰が悪かったのかを決めることではなく、これまでどのような管理が行われ、現在何が不足しているのかを確かめることです。
長期修繕計画の3パターン別対応
長期修繕計画に問題があるマンションは、大きく三つの状態に分けると整理しやすくなります。
| 状態 | 現在の状況 | 主な問題 | 最初の対応 |
|---|---|---|---|
| 計画がない | 建築後の長期修繕計画を確認できない | 将来工事と必要資金を結び付けられない | 修繕履歴と建物資料と会計資料を集める |
| 案だけある | 管理会社などが作成した案はある | 現況や総会決議との関係が不明 | 作成年と内容と総会議事録を確認する |
| 古い計画しかない | 過去の計画が長期間更新されていない | 工事実績や現在の費用とのズレが生じている可能性がある | 修繕履歴と現況を反映して見直す |
完全に未策定であれば、過去の修繕履歴と建物資料を集め、一から計画作成の土台を整えていきます。最初は何もないように見えても、総会議案書、工事契約書、決算書などを時系列で確認すれば、マンションがどのように維持されてきたのかが少しずつ見えてくるでしょう。
計画案だけが残っている場合は、その資料を見つけた時点で安心しないことが大切です。作成年、計画期間、過去の工事実績、現在の修繕積立金額が反映されているかを確認し、総会でどのように扱われてきたのかも議事録から調べます。
古い計画しかない場合には、「計画書が存在すること」と「現在の意思決定に使えること」を分けて考えてください。
たとえば15年前に作成した長期修繕計画が残っていても、その後に大規模修繕や設備交換を行い、工事費も大きく変化しているのであれば、現在の建物や資金の状態から離れている可能性があります。
長期修繕計画は定期的に見直す
国土交通省の長期修繕計画作成ガイドラインでは、計画期間を30年以上とし、大規模修繕工事が2回含まれる期間以上とする考え方が示されています。
ただし、計画を一度作れば30年間そのまま使えるという意味ではありません。
同ガイドラインでは、長期修繕計画と修繕積立金額を一定期間となる5年程度ごとに見直していく考え方が示されており、定期的な見直しが行われるよう管理規約にも定めることが望ましいとされています。
なぜなら、建物の状態も工事価格も、計画作成時の予測どおりには進まないためです。
大規模修繕を実施した場合、工事価格が大きく上昇した場合、設備更新の内容が変わった場合、あるいは修繕積立金不足が判明した場合には、単純に5年が経過するまで待つのではなく、必要に応じて計画を見直す意味があります。
長期修繕計画は、年月に合わせて更新するだけの資料ではありません。計画と現実のズレが大きくなったときに、それを修正するための資料でもあります。
長期修繕計画が未策定だと何が問題になるのか
長期修繕計画が作成されていないという事実だけを理由に、そのマンションを直ちに「違法マンション」と一律評価するのは適切ではありません。
しかし、「直ちに違法ではないのだから制度上何の問題もない」という意味でもありません。
マンション管理適正化法では、管理組合などにマンションを適正に管理するよう努めることが求められています。また、国土交通省の助言・指導等に関するガイドラインでは、長期修繕計画が作成されていない場合や必要な見直しが行われていない場合を、地方公共団体が助言や指導などを検討する際の判断基準の目安として示しています。
そのため、「未策定だから直ちに違法」という理解も、「未策定でも特に問題にならない」という理解も適切ではありません。
より実務的な問題は、建物の劣化、将来の修繕工事、修繕積立金を一つの時間軸で判断できなくなることです。
しかも、この問題は建物に大きな不具合が出ていない時期ほど見えにくくなります。共用部分がきれいで設備も動き、毎月修繕積立金が集まっていれば、差し迫った問題がないように感じられるからです。
将来の修繕時期を判断しにくくなる
マンションには外壁、防水、鉄部、給排水設備、電気設備、消防設備、エレベーターなど、多くの共用部分があります。
それぞれの劣化速度は同じではなく、立地、日射、雨風、塩害、使用材料、過去の補修方法などによって状態が変わります。
長期修繕計画がなければ、不具合が発生するたびに修理する後追い型の管理になりやすいでしょう。
最初は小さな補修で対応できても、数年後に外壁改修、エレベーター更新、給排水設備工事などが重なれば、大きな資金が必要になる可能性があります。
また、計画に記載する修繕周期は、絶対的な交換期限ではありません。
一般的な修繕周期だけを見て工事時期を決めるのではなく、実際の建物状態を確認しながら判断する必要があります。
修繕積立金不足の発見が遅れる
修繕積立金が5,000万円あると聞けば、かなりの資金が準備されているように感じるかもしれません。
しかし、3年後に4,000万円の大規模修繕があり、その5年後に3,000万円の設備更新が必要なら、現在5,000万円あるという数字の意味は変わります。
反対に、現在残高が少ないという理由だけで不足と判断することもできません。
今後どの工事を予定し、毎年いくら積み立てられるのかを一緒に見なければ、本当に不足しているかは分からないためです。
過去の長期修繕計画が残っている場合には、計画上の現在残高と実際の残高を比べる方法があります。
たとえば、計画では8,000万円残っている予定なのに、実際には6,500万円しかなければ、その1,500万円の差がなぜ生じたのかを確認します。
前回の工事が予定より高額だったのか、漏水など計画外の修繕があったのか、予定されていた積立金増額が行われなかったのかによって、これから必要になる対策は違います。
ここで見るべきなのは不足という結果だけではなく、不足を生んだ構造です。
一時金や急激な値上げにつながる可能性
将来必要な工事費を把握せず、低い修繕積立金額を長期間続ければ、大規模修繕直前になって資金不足が判明する可能性があります。
そこで一戸当たり数十万円の一時金や大幅な値上げを提示されたら、「どうしてもっと早く分からなかったのか」と感じる住民が出るでしょう。
資金不足では、必要額と同じくらい準備期間が重要です。
10年後の不足を今確認できれば、その10年間を使って負担を調整できます。しかし工事直前に不足が分かれば、同じ資金を短期間で用意しなければなりません。
長期修繕計画には、工事予定を整理するだけではなく、区分所有者が将来の負担へ備える時間を確保する役割もあります。
管理費会計も合わせて見る必要がある
修繕積立金が不足していると聞くと、修繕積立金会計だけを確認したくなるかもしれません。
しかし、マンション全体の財務状況を把握するには管理費会計も確認した方がよいでしょう。
管理費会計が黒字でも、必要な小修繕を先送りしたために支出が少なくなっている可能性があります。また、駐車場使用料など特定の収入に依存しているマンションでは、利用率の低下によって収入構造が変化する場合もあります。
修繕積立金についても予定徴収額だけを見るのではなく、実際の入金額や滞納状況を確認します。
資金を考えるときには、「予定ではいくら集まるか」ではなく、「実際にいくら入り、現在いくら残り、これから何に使うのか」までつなげることが大切です。
合意形成が難しくなる
長期修繕計画がない状態で、突然「修繕積立金を月額8,000円増額します」と説明されれば、なぜ8,000円なのか、なぜ今なのかという疑問が出るのは当然です。
これは区分所有者が管理に非協力的だからではありません。
判断するための材料が不足しているからです。
どの工事をいつ予定し、現在の積立額を続けると何年後にいくら不足するのかを示せれば、賛成と反対の意見が分かれても、少なくとも同じ資料を見ながら議論できます。
長期修繕計画は、建物を修繕するためだけの資料ではありません。
管理組合が将来の負担について話し合うための共通資料でもあります。
管理計画認定にも関係する
管理計画認定制度でも、長期修繕計画は重要な認定項目です。
長期修繕計画がまったく存在しないマンションは、少なくとも長期修繕計画に関する認定基準を満たせません。
ただし、管理計画認定制度は2027年4月1日から基準変更が予定されているため、認定取得を目指す場合には申請時点の最新基準を確認する必要があります。
この記事では未策定状態の改善を主目的としているため、認定制度については後半で必要な範囲に絞って整理します。
長期修繕計画未策定を改善する7つの手順
手順1 過去の修繕履歴を確認する
最初に整理したいのは、マンションでこれまで実施してきた修繕です。
大規模修繕だけではなく、屋上防水、外壁補修、鉄部塗装、給水ポンプ、排水設備、消防設備、インターホン、エレベーター、共用照明、機械式駐車場なども対象になります。
修繕履歴は、「2018年 大規模修繕」と工事名だけを残すより、工事年月、対象部位、施工範囲、工事内容、最終金額、施工会社などが分かる状態にした方が将来の判断へ利用できます。
さらに、一覧表から契約書や仕様書、工事完了報告書へたどれる状態をつくると使いやすくなります。
修繕履歴は一覧表だけで完成するものではありません。実際の工事内容を確認する必要が生じたとき、契約書や工事完了報告書などの原資料へ戻れる状態にしておくことが重要です。
過去20年分の資料を一度に整理しようとすると、作業量の大きさに圧倒されるかもしれません。
そこで、最初は直近の大規模修繕1件だけ整理してください。
その一件について工事内容、金額、関連資料の場所まで確認できれば、その形式を使って二件目以降へ広げられます。
分からない情報を推測で埋める必要もありません。確認できない事項は「未確認」として残し、資料が見つかった時点で更新します。
小さな作業に見えますが、ここには大きな意味があります。
最初の理事会では「何も分からない」と感じていた状態から、次の理事会では「少なくとも直近の大規模修繕については説明できる」という状態へ変わるからです。
手順2 建物と設備の資料を集める
修繕履歴と並行して、建物そのものを把握する資料を集めます。
代表的なのは、竣工図、建築図、構造図、設備図、仕様書、確認済証、検査済証などです。
エレベーターや機械式駐車場については、仕様によって将来の更新費が大きく変わるため、保守契約や過去の更新資料も確認します。
築年数の古いマンションでは、図面や工事資料の一部が見つからないことがあります。
そこで「資料が足りないから長期修繕計画は作れない」と考えてしまうと、作業が止まります。
すべてを完全にそろえることより、何があり、何がないのかを把握してください。管理会社、過去の施工会社、設計者などへ確認できる場合もあります。
不足資料を明確にすること自体が、計画作成の準備になります。
管理組合が最初に集める資料チェックリスト
- 現在または過去の長期修繕計画
- 分譲時の長期修繕計画案
- 竣工図と建築図
- 構造図と設備図
- 建築確認関係資料
- 管理規約と使用細則
- 過去の総会議案書と総会議事録
- 過去の理事会議事録
- 大規模修繕工事の契約書と仕様書
- 工事見積書と変更契約書
- 工事完了報告書と竣工図書
- 日常修繕と緊急補修の記録
- 建物調査と設備点検の報告書
- 直近の貸借対照表と収支計算書
- 修繕積立金残高が分かる資料
- 修繕積立金の徴収額と滞納状況
- 借入金がある場合の残高と返済予定
- 管理会社との管理委託契約書
- 主要設備の保守契約資料
- 駐車場使用料など関連収入が分かる資料
すべてにチェックが付かなくても構いません。資料が存在しないのか、単に所在が分からないのかを区別するだけでも、次の確認先が明確になります。
手順3 修繕積立金残高と実際の入金状況を確認する
次に確認するのが修繕積立金です。
ここでは銀行口座の残高だけを見て、「多い」「少ない」と判断しないようにします。
貸借対照表と収支計算書を確認し、現在の修繕積立金残高、年間徴収額、実際の入金額、滞納額、借入金、近い将来に支出予定の工事費などを整理します。
過去の長期修繕計画が残っている場合は、計画上の残高と実際の残高も比較してください。
たとえば計画では現在6,000万円残る予定だったのに、実際には4,500万円しかなければ、その差がどこから生じたのかを調べます。
大規模修繕工事が予定より高かったのか、漏水など計画外支出があったのか、当初予定した修繕積立金増額を実施しなかったのかによって、必要な対応は変わります。
原因を確認しないまま「不足しているから値上げする」とだけ決めれば、増額後に再び収支が崩れる可能性もあります。
不足という結果だけではなく、不足を生んだ原因を確認することが重要です。
手順4 建物の現状を把握する
過去の資料を確認した後は、現在の建物状態を把握します。
長期修繕計画は、築年数と一般的な修繕周期だけから機械的に作る資料ではありません。
外壁、防水、鉄部、給排水設備などの状態を確認し、必要であれば建築士や設備技術者による調査や診断を検討します。
特に注意したいのが、「修繕積立金が足りないから工事時期を延ばす」という考え方です。
たとえば12年後に予定していた工事を15年後へ変更すれば、資金収支表の上では支出を3年先へ送れます。
しかし、その部位が実際に15年まで使用できるかは別の問題でしょう。
建物状態を確認した結果として工事時期を調整できるのであれば検討できますが、資金不足だけを理由に必要な修繕を後ろ倒しすることは避けるべきです。
手順5 長期修繕計画案を作成する
資料と現在の建物状態が整理できたら、長期修繕計画案を作成します。
国土交通省のガイドラインでは、計画期間を30年以上とし、大規模修繕工事が2回含まれる期間以上とする考え方が示されています。
計画には、防水、外壁、建具、給排水、電気、消防設備、エレベーター、外構など、自分のマンションに存在する工事項目を反映します。
機械式駐車場があるマンションでは、その修繕や更新も忘れないようにしてください。
また、前回の大規模修繕で何を施工したのかを過去資料から確認する必要があります。
同じ「大規模修繕」という名称でも、毎回すべての部位を同じ範囲で工事しているわけではないからです。
長期修繕計画では、工事年月と金額を表へ入力することだけを目的にせず、「なぜこの工事をこの時期に設定しているのか」を管理組合が理解できる状態を目指します。
手順6 修繕積立金との整合性を検証する
計画案ができたら、現在の修繕積立金額を続けた場合の将来収支を確認します。
年間の修繕積立金収入と工事支出を並べれば、残高がどのように推移し、何年後に資金不足が生じる可能性があるのかが見えてきます。
初めて不足額を確認した理事は、「こんなに足りないのか」と気が重くなるかもしれません。
それでも、10年後の不足を今発見できれば、10年間を使って改善策を検討できます。
工事直前に同じ不足額を知る場合と比べれば、管理組合が選べる方法は増えるでしょう。
国土交通省の「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」では、地上20階未満で建築延床面積5,000㎡未満の場合、機械式駐車場分を除く事例について、専有面積当たり月額の平均値が335円、事例の3分の2が含まれる幅が235円から430円とされています。
ただし、この数字は自分のマンションに必要な修繕積立金額そのものではありません。
建物規模、設備仕様、機械式駐車場の有無、実際に予定している工事内容などによって必要額は変わります。
「平均より高いから取り過ぎている」「平均より低いからすぐ値上げが必要」と単純に判断するのではなく、自分のマンションの長期修繕計画から必要資金を確認してください。
住宅金融支援機構のシミュレーションも比較材料になる
初期検討では、住宅金融支援機構の「マンションライフサイクルシミュレーション」を利用する方法もあります。
マンションの規模や築年数などを入力すると、大規模修繕工事費や今後40年間の修繕積立金会計について参考となる試算を確認できます。
修繕積立金を増額した場合や、資金調達方法を変更した場合の収支を考えるための入口にもなるでしょう。
ただし、シミュレーション結果は個別マンションの工事費を確定するものではありません。
建物形状、設備仕様、劣化状態、工事範囲などはそれぞれ異なるため、長期修繕計画そのものの代わりではなく、比較材料として利用します。
修繕積立金不足では複数案を比較する
将来の不足が分かった場合でも、値上げだけが選択肢ではありません。
修繕積立金額の見直し、積立方式の変更、段階的な増額、工事内容や時期の再検証、借入などを比較できます。
ただし、「値上げを避けること」そのものを目的にすると判断を誤る可能性があります。
第三者が内容を検証した結果、管理会社が提示した増額案に合理性があると分かる場合もあるでしょう。
専門家へ相談する目的も、「修繕積立金を上げない方法を探してもらうこと」ではありません。
建物を維持できる複数の方法について負担とリスクを比較し、管理組合自身が選択理由を説明できる状態にすることです。
手順7 理事会と総会で合意形成する
計画案と資金収支がまとまったら、理事会と総会で合意形成を進めます。
ここで、完成した値上げ案だけを突然区分所有者へ提示するのは避けた方がよいでしょう。
まず、理事会で現在有効な長期修繕計画を確認できなかったため、過去の修繕履歴や会計資料を調べ、現在の建物状態も確認したことを説明します。
その結果、将来の工事と現在の修繕積立金を比較すると一定時期に不足する可能性が分かったため、複数の改善案を検討したという順番で伝えれば、なぜ今この議題が出てきたのかがつながります。
そうすれば、区分所有者にとっても「理事会が突然値上げを始めた」という印象は弱くなるでしょう。
合意形成は、全員に同じ意見を持ってもらうことではありません。
異なる意見があっても、同じ資料と数字を基に話し合える状態をつくることです。
長期修繕計画未策定マンションのモデルケース
ここでは、実務で起こり得る論点を組み合わせ、特定の物件を示さない形で再構成したモデルケースを考えてみます。
築30年を超えるマンションで、新しく理事に選ばれた人が管理資料を確認したところ、現在有効な長期修繕計画を見つけられませんでした。
過去には大規模修繕を行っていますが、その後の修繕資料は複数のファイルへ散らばり、修繕積立金についても「今の金額で足りるのか」と尋ねられて説明できる人がいません。
新任理事としては、自分が値上げを言い出す役になるのではないかと思い、できればこの問題へ触れたくないと感じるかもしれません。
しかし、そのまま自分の任期を終えれば、問題は翌年の理事会へ移るだけです。
そこで最初から積立金の値上げを検討するのではなく、直近の大規模修繕資料を一件整理し、現在残高を確認します。
その後、設備資料や点検結果を集めて長期修繕計画案を作成すると、数年後の大規模修繕だけではなく、その後に給排水設備更新が重なる可能性が見えてきました。
ここまで分かれば、議論は「値上げに賛成か反対か」だけではなくなります。
現在の積立額を続ける場合、早めに積立額を見直す場合、借入を組み合わせる場合など、複数案を数字で比較できるようになるからです。
最初の理事会で問題全体を解決する必要はありません。
最初は「計画がない」ということしか分からなかった状態から、次には過去の工事時期と現在残高が分かり、その次には不足時期を確認できるようになる。そのように判断材料を一段ずつ増やすことが、未策定状態の立て直しにつながります。
長期修繕計画をマンション管理士に相談できること
長期修繕計画がないと分かったとき、「管理会社へ頼めばよいのか」「建築士が必要なのか」「マンション管理士には何を頼めるのか」と迷うことがあります。
相談先を決める前に、「何を判断したいのか」を整理してください。
長期修繕計画や修繕積立金案について、管理組合側の立場から内容を確認し、意思決定の論点を整理したいのであれば、長期修繕計画の支援経験があるマンション管理士へ相談する方法があります。
一方、外壁や配管の具体的な劣化状態を詳しく調査したい場合には、建築士や設備技術者などの技術専門家が必要になるでしょう。
マンション管理士には、既存資料の整理、長期修繕計画案の確認、修繕積立金収支の検証、管理会社へ追加確認する事項の整理、理事会の論点整理、住民説明会や総会での説明支援などを依頼できる場合があります。
ただし、マンション管理士資格だけで詳細な建物診断や精密な設計、積算まで当然に対応できるわけではありません。
依頼前には長期修繕計画に関する経験だけではなく、必要に応じて建築士や設備専門家と連携できる体制があるか確認するとよいでしょう。
専門家の役割は、管理組合の代わりに結論を決めることではありません。
管理組合が自分たちで判断できるように、選択肢と判断材料を整理することです。
管理会社に任せる場合との違い
管理会社へ長期修繕計画の作成を依頼できる場合もあります。
管理会社は日常管理を担当しているため、設備点検、小修繕、不具合、過去の工事、会計状況などについて多くの情報を把握している点が強みです。
一方、管理会社によっては大規模修繕工事の提案や施工会社選定にも関与することがあります。
そのこと自体を問題視する必要はありませんが、管理組合として、工事項目、周期、数量、推定工事費などの根拠を確認できる状態にしておくことが重要です。
マンション管理士は、管理会社が作成した案を管理組合側の立場から検証する役割を担える場合があります。
| 管理会社 | マンション管理士 |
|---|---|
| 管理会社は日常管理を担当しているため、設備点検、小修繕、不具合、過去の工事、会計状況などについて多くの情報を把握している点が強みです。 | マンション管理士は、管理会社が作成した案を管理組合側の立場から検証する役割を担える場合があります。 |
ただし、「管理会社かマンション管理士か」という二者択一で考える必要はありません。
管理会社が保有する修繕履歴や設備情報を使って一次案を作成し、マンション管理士が資金計画や前提条件を確認し、さらに技術判断が必要な部分を建築士や設備専門家へつなぐという役割分担も考えられます。
誰か一人へ全部任せるのではなく、誰に何を確認してもらうのかを明確にする方が、管理組合として判断しやすくなります。
自治体の長期修繕計画作成支援も確認する
専門家へ依頼したいと思っても、費用が気になって動けない管理組合もあるでしょう。
その場合は、所在地の自治体にマンション管理士などの専門家派遣制度がないか確認してください。
たとえば名古屋市では2026年度、一定の条件を満たす長期修繕計画未作成の管理組合を対象として、マンション管理士を派遣する長期修繕計画作成支援事業を実施しています。
2026年度の申込期限は10月30日で、支援予定は10管理組合程度と案内されています。
こうした制度を使えば、管理組合だけでは何から始めればよいか分からない場合にも、専門家と一緒に資料や現状を整理できる可能性があります。
ただし、自治体の制度は年度によって募集期間、対象件数、利用条件などが変わります。
この記事を読んだ時点ですでに募集を終了している場合もあるため、利用するときには必ず自治体の最新情報を確認してください。
名古屋市以外のマンションであっても、所在地の自治体へ「長期修繕計画が未作成なのですが、専門家派遣や相談制度はありますか」と問い合わせてみる価値があります。
管理計画認定を目指す場合の注意点
長期修繕計画を新しく作るのであれば、将来的に管理計画認定を取得できる内容へ整えたいと考える管理組合もあるでしょう。
ただし、この記事の主目的は管理計画認定制度そのものを詳しく理解することではなく、長期修繕計画がない状態から管理を立て直すことです。
認定を目指さない場合には、まず長期修繕計画と資金計画の立て直しを優先してください。
一方、認定取得を考えている場合には、申請時期によって適用される基準が異なる点を確認する必要があります。
2027年3月31日までに申請する場合
2027年3月31日までに地方公共団体へ申請する場合は、原則として現行の認定基準が適用されます。
現行基準では、長期修繕計画について、計画期間が30年以上であること、残存期間内に大規模修繕工事が2回以上含まれていること、作成または見直しから7年以内であることなどが確認されます。
将来の一時的な修繕積立金徴収を予定していないこと、計画期間全体の修繕積立金平均額が著しく低額でないこと、計画最終年度に借入金残高がないことなども基準に含まれます。
また、現行制度でも管理者等が定められていること、監事が選任されていること、管理規約に修繕等の履歴情報の整理や管理について定められていることなどが確認されます。
なお、2027年4月1日の施行日前に申請され、施行時点でまだ認定処分が行われていない申請については経過措置があります。
そのため、2027年4月1日になった時点で審査中の案件がすべて自動的に新基準へ切り替わるという理解は適切ではありません。
2027年4月1日以降に申請する場合
地方公共団体への申請日が2027年4月1日以降の場合には、見直し後の認定基準が適用されます。
長期修繕計画については、現行の7年以内から、原則として申請日前5年以内に作成または見直されていることへ変更されます。
また、計画期間全体における修繕積立金総額が、その期間中に見込まれる修繕工事費総額を下回らないよう設定されていることも確認されます。
管理者等及び監事については、現行制度でも選任が求められていますが、見直し後は要件が追加・具体化されます。
管理規約に基づいて管理者等及び監事が選任されていること、実際の在任期間が管理規約で定めた任期を超えていないことに加え、管理者等及び監事の任期が2年を超えない範囲内で管理規約に定められていることも確認されます。
利益相反取引への対応や総会運営などについても、管理規約に関する要件が追加・具体化されます。
一方、修繕履歴情報の整理や管理については現行基準にも関連する要件があるため、「2027年から初めて修繕履歴管理が必要になる」という理解は正確ではありません。
また、防災については、防災訓練、情報周知、備蓄、緊急時の活動体制などを含む防災方針に関する確認事項が加わります。
これから認定取得を考える場合には、長期修繕計画だけを新基準へ合わせるのではなく、管理規約や管理体制についても確認が必要でしょう。
ただし、制度の詳細は今後公表されるガイドラインや申請先自治体の運用情報も確認する必要があります。
認定申請を行う時点で、国土交通省と申請先自治体の最新情報を改めて確認してください。
長期修繕計画がないマンションで最初に確認するチェックリスト
ここまで読むと、「結局確認することが多い」と感じるかもしれません。
そこで、実際に管理組合で確認するときには次の項目を使ってみてください。
- 現在有効な長期修繕計画が存在するか
- 過去の長期修繕計画案が残っているか
- 最後に長期修繕計画を見直した時期はいつか
- 最後の大規模修繕工事はいつか
- 過去の主要修繕工事を確認できるか
- 現在の修繕積立金残高はいくらか
- 年間の修繕積立金収入はいくらか
- 修繕積立金の滞納はあるか
- 借入金は残っているか
- 数年以内に予定している高額工事はあるか
- 竣工図や設備図が保管されているか
- 建物や設備の点検報告書があるか
- 管理委託契約に計画作成業務が含まれているか
- 所在地自治体に専門家派遣制度があるか
- 管理計画認定を目指す予定があるか
- 認定を目指す場合は申請予定時期を確認したか
- 2027年4月1日以降に申請する場合は最新の認定基準を確認したか
すべてを一度に埋めることが最初の目標ではありません。
まず長期修繕計画の有無、最後の大規模修繕時期、現在の修繕積立金残高という三つを確認できれば、次の理事会で何を調べるべきか話せる状態になります。
最初の小さな行動から始める
30年以上の長期修繕計画を一から作ると考えれば、仕事があまりにも大きく見えるでしょう。
そこで、最初に行う作業を小さく設定します。
管理室や管理組合の保管場所を確認し、過去の長期修繕計画、最後の大規模修繕資料、直近の決算書を探してみてください。
見つかった資料から確認を始めれば構いません。
何も見つからなければ、それも重要な確認結果です。次に管理会社や過去の関係者へ資料の所在を尋ねるという具体的な行動へ移れます。
大きな問題に見えると、人は「すべて理解してから動かなければならない」と考えがちです。
しかし、管理組合の改善では、一つ資料を見つけ、一つ数字を確認し、一つ分からないことを明確にするだけでも状況は変わります。
長期修繕計画がないマンションのよくある質問
- 長期修繕計画がなくても大規模修繕はできますか?
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長期修繕計画がないことだけを理由に、大規模修繕工事そのものが直ちに実施できなくなるわけではありません。
ただし、目の前の大規模修繕だけへ資金を使い、その後の設備更新を考えていなければ、数年後に再び資金不足へ陥る可能性があります。
大規模修繕を検討している段階で未策定が分かった場合には、現在必要な工事と並行して、その後の長期修繕計画と資金収支も確認した方がよいでしょう。
- 管理会社に長期修繕計画を作ってもらえますか?
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対応している管理会社であれば、長期修繕計画の作成や見直しを依頼できる場合があります。
ただし、現在の管理委託契約に作成業務が含まれているとは限りません。
費用、現地確認の範囲、過去の修繕履歴の反映方法、推定工事費の根拠、資金収支の検証範囲などを確認してください。
提出された計画について管理組合だけで判断しにくい場合は、マンション管理士などへ第三者確認を依頼する方法もあります。
- マンション管理士は長期修繕計画を作成できますか?
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長期修繕計画の作成や見直しを支援しているマンション管理士はいます。
資料整理、計画案の確認、修繕積立金収支の検証、管理会社案の第三者確認、理事会や総会での説明支援などを依頼できる場合があります。
ただし、詳細な建物診断や設備調査については、建築士や設備技術者など別の専門家が必要になることがあります。
依頼前には、どこまで対応できるのかを確認してください。
- 長期修繕計画作成にはどんな資料が必要ですか?
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代表的な資料は、竣工図などの設計図書、過去の修繕履歴、修繕積立金会計資料、管理規約、総会議事録、建物や設備の点検報告書などです。
資料が一部不足していても作業を開始できる場合があります。
分からない情報を推測で埋めず、未確認事項として整理したうえで、管理会社や施工会社への確認、現地調査などによって補っていきます。
- 長期修繕計画を作ったら総会決議は必要ですか?
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長期修繕計画は管理組合全体の将来の維持管理に関わる重要な資料です。
国土交通省の標準管理規約では、長期修繕計画の作成や変更は総会の議決事項として示されています。
また、管理計画認定を取得する場合にも、認定基準に沿った総会決議が必要です。
ただし、実際の議決方法については、自分のマンションの管理規約と議案内容を確認してください。長期修繕計画の承認、修繕積立金額の変更、管理規約の変更では必要な手続きが異なる場合があります。
- 修繕積立金が不足していたらどうすればよいですか?
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最初に確認するのは、何年後にいくら不足するのかという具体的な数字です。
その後、何が不足の原因になっているのかを調べ、修繕積立金の増額、積立方式、工事内容や時期、借入など複数の対策を比較します。
建物状態を確認した結果として工事時期を調整できる場合はありますが、資金不足だけを理由に必要な修繕を先送りすることは避けた方がよいでしょう。
不足を調べる目的は、不安を大きくすることではありません。
時間が残っているうちに、管理組合が選べる方法を増やすことです。
まとめ 長期修繕計画がないマンションは最初の確認から立て直せる
長期修繕計画がないと気付いた新任理事は、「大変な問題を引き受けてしまった」と感じるかもしれません。
しかし、本当に避けたいのは、問題に気付かないまま時間が過ぎ、大規模修繕の直前になって初めて資金不足が表面化することです。
まず、現在使える長期修繕計画があるのか、最後の大規模修繕はいつだったのか、現在の修繕積立金はいくらなのかを確認してください。
そこから修繕履歴と建物資料を整理し、現在の建物状態を確認しながら長期修繕計画を作ります。
そして将来工事と資金収支を比較し、不足があれば複数の対策を検討します。
管理会社、マンション管理士、建築士、設備技術者、自治体などの力を借りることもできます。
ただし、最終的な判断主体は管理組合です。
長期修繕計画は、未来を固定するための資料ではありません。変化する建物と資金の現在地を定期的に確認し、問題が大きくなる前に管理組合が話し合うための資料です。
最初から30年先まですべて解決しようとする必要はありません。
まず直近の大規模修繕資料を一つ確認し、現在の修繕積立金残高を一つ確かめるところから始めてください。
「何も分からない状態」から「次に何を調べればよいか分かる状態」へ変われば、それが長期修繕計画の未策定状態を立て直す最初の一歩になります。
参考資料
国土交通省「長期修繕計画標準様式 長期修繕計画作成ガイドライン」
国土交通省「マンションの管理の適正化に関する助言・指導及び勧告に関するガイドライン」
国土交通省「管理組合の管理者等が申請者となる場合の認定基準 R9.4.1~」