マンション理事会では、きちんと話し合ったはずなのに案件が進まないことがあります。前期から引き継いだ案件について、なぜ検討を始めたのか分からなくなり、専門的な資料を前にして「何を基準に判断すればよいのだろう」と戸惑う場面もあるでしょう。
こうした問題は、理事役員の知識や意欲だけから生じるものではありません。年間計画、事前準備、審議、決定、記録、実行、進捗確認が一つの流れとしてつながっていなければ、個々の役員が真剣に取り組んでいても、その努力が途中で途切れてしまうからです。
本稿では、マンション管理士による12の理事会運営支援を、個別の事務作業としてではなく、管理組合が必要な情報を確認し、自ら判断し、その決定を次の行動へつなげるための実務モデルとして整理します。
なお、本稿は特定の管理組合へ導入した成果を測定した実証報告ではありません。2026年8月時点の制度とマンション管理実務を踏まえ、理事会運営をどのように組み立てれば意思決定が機能しやすくなるのかを考えるための解説です。
2026年現在のマンション理事会運営で押さえたい前提
マンション理事会の運営を考える前に、現在の制度上の時間軸を確認しておく必要があります。
国土交通省は2025年10月17日にマンション標準管理規約を改正しており、その背景となった改正区分所有法の主要部分は2026年4月1日に施行されています。国土交通省は、2026年4月1日以降に管理規約改正のための総会招集手続を行う場合、改正区分所有法に則った総会の定足数や決議要件を満たす必要があると案内しています。
そのため現在の管理組合では、「自分たちの管理規約に書かれているから、そのまま進めればよい」とは限りません。現行管理規約を確認すると同時に、2026年4月1日施行後の区分所有法との整合を確認する視点が必要になります。
一方、マンション標準管理規約そのものは法律ではありません。国土交通省が、各マンションで管理規約を作成または改正するときに利用できるひな型として示しているものです。
ここを混同すると、標準管理規約の文章をそのまま自分のマンションへ当てはめてしまうおそれがあります。実際の理事会や総会では、現に効力を有する管理規約や使用細則、過去の総会決議、管理委託契約を確認したうえで、関係法令との整合を見ていくことが重要です。
この基準線を最初に置いておくと、その後の12の支援業務も単なる手続論ではなく、「どの根拠を確認して管理組合自身が判断するのか」という一貫した視点で捉えられます。
マンション理事会運営とマンション管理士の役割
マンションでは、建物や設備の維持保全、管理費や修繕積立金の会計管理、管理会社との契約、修繕工事、生活ルールなど、多岐にわたる事項について継続的な判断が求められます。
マンション標準管理規約では、理事会について、管理組合の業務執行に関する決定や理事の職務執行の監督などを担う規定例が示されています。ただし、実際の理事会の権限や運営方法については、それぞれの管理組合で現に効力を有する管理規約を確認する必要があります。
ところが、理事役員の多くは建築、設備、法律、会計、契約実務を仕事としているわけではありません。それまで一人の区分所有者として暮らしていた人が理事へ就任し、突然、高額な工事や管理委託契約について意見を求められれば、「本当に自分たちで判断してよいのだろうか」と感じることもあるでしょう。
その戸惑いを、役員の勉強不足だけで説明することはできません。マンション管理そのものに専門性がある一方、管理組合では役員交代が繰り返されます。個人が得た知識や経験をそのまま次の役員へ移すことは難しく、仕組みがなければ同じことを何度も調べ直す状態になりかねません。
マンション管理士は、マンション管理に関する専門的知識を用い、管理組合の運営などについて相談に応じ、助言や支援を行う専門資格者です。マンション管理に関する専門知識を、管理組合自身の意思決定へどう結びつけるかというところに、理事会運営支援の意味があります。
だからといって、マンション管理士が理事会に代わって結論を決めればよいわけではありません。
専門家から答えだけを受け取る運営では、その専門家がいなくなった後に「なぜそう決めたのか」が残りにくくなります。マンション管理士が論点と判断材料を整理し、最終的には理事会自身が理由を理解して判断することに意味があります。
理事会運営支援の目的は、専門家に依存する理事会をつくることではありません。専門家の知識を必要なところで利用しながら、自分たちで考え、質問し、判断できる理事会へ近づけることです。
管理会社とマンション管理士の役割を整理する
管理会社とマンション管理士は、どちらか一方を選ぶ関係ではありません。
管理会社は管理委託契約に基づき、契約で定められた管理事務を継続して担います。一方、管理組合から理事会運営などの支援を依頼されたマンション管理士は、依頼内容に応じて、管理規約、契約内容、意思決定手続、提出された資料や提案などを確認し、管理組合へ必要な助言を行います。
| 管理会社 | マンション管理士 |
|---|---|
| 管理委託契約に基づき、契約で定められた管理事務を継続して担います。 | 依頼内容に応じて、管理規約、契約内容、意思決定手続、提出された資料や提案などを確認し、管理組合へ必要な助言を行います。 |
管理会社の担当者が誠実に業務を行っていたとしても、管理組合との間には情報量や専門知識の差が生じることがあります。
たとえば管理委託契約の条件変更について詳しい説明を受けても、理事役員からすると、その条件が他の選択肢と比べて妥当なのかまでは分からない場合があります。修繕工事についても、一つの提案だけを示されれば、比較する基準そのものが見えないこともあるでしょう。
このような場面でマンション管理士が確認に加わる目的は、管理会社を疑うことではありません。
管理会社が持つ実務情報を活用しながら、管理組合にも質問し、比較し、判断できる視点を持たせることです。両者が対立するのではなく、それぞれ異なる役割から管理組合を支える関係をつくることが望まれます。
1 理事会年間スケジュール作成支援
年間計画で理事会に考える時間をつくる
理事会運営が苦しくなる理由の一つに、「次に何が来るのか分からない」という状態があります。
総会が近づいてから決算、監査、予算、事業計画、修繕案件が一度に現れたように感じれば、役員は急に多くの判断を求められることになります。机の上へ書類がどさっと積み上がるような感覚になり、「これを短期間で決めるのか」と気持ちが重くなることもあるでしょう。
しかし、管理組合の仕事の多くは突然発生するものではありません。
毎年度行う決算や予算のほか、長期修繕計画の見直し、設備更新、大規模修繕、管理委託契約の検討など、数年単位で発生時期を予測できる事項もあります。
マンション管理士による支援では、管理組合の会計年度や総会予定から逆算し、決算、監査、事業計画、予算、総会議案などの準備時期を年間スケジュールへ配置します。
さらに、中長期の管理課題を重ねることで、重要案件が特定の時期へ集中しないよう調整します。
年間計画を作る目的は、予定表を埋めることではありません。まだ時間があるうちに検討を始め、比較し、考える余白を確保することにあります。
年間審議ロードマップを管理組合に合わせる
期首では、新しい役員体制と前期からの引継事項を確認し、その年度に扱う主な課題を共有します。
前半では設備点検、日常修繕、管理委託業務の履行状況などを確認しながら、中長期課題について必要な準備を進めます。中盤以降には、防災、使用細則、管理規約、長期修繕計画などを扱い、後半から次年度予算や事業計画を具体化する流れが考えられるでしょう。
ただし、すべてのマンションを同じ年間予定で動かす必要はありません。
大規模修繕を目前に控えたマンションと、工事を終えたばかりのマンションでは、当然ながら優先事項が異なります。そのマンションが今どの段階にいるのかを見ながら予定を組む必要があります。
年間スケジュールが機能すると、役員は「次は何を言われるのだろう」という状態から、「次回までにここを準備すればよい」という状態へ移りやすくなります。
2 理事会招集手続確認支援
慣例だけで理事会を開かない
毎月ほぼ同じ役員が集まっていると、招集手続は少しずつ簡略化されがちです。
前回の理事会で次の日程を決めているため、「みんな知っているから問題ないだろう」と感じることもあります。しかし、理事会では契約や工事など、後になって経緯を確認される可能性のある重要な判断も行われます。
マンション標準管理規約では、理事会の招集者や招集手続について規定例が示されています。ただし、実際の運営では各マンションの現行管理規約を確認して判断する必要があります。
マンション管理士は開催前に、誰が招集するのか、誰へ通知するのか、いつまでにどのような方法で知らせるのか、予定議案は何かという基本事項を整理します。
重要なのは、毎回難しい法律論を展開することではありません。同じ確認項目を繰り返し見る仕組みがあれば、「重要な議案があることを知らなかった」といった不満や、招集手続への疑問を減らしやすくなります。
理事会への信頼は、大きな制度だけで生まれるものではありません。このような小さな手続を丁寧に積み重ねるところから形成されます。
3 理事会議案作成支援
専門知識がなくても判断できる議案へ変える
修繕工事について三社の見積書が届いても、単純に金額だけを見比べて結論を出せるとは限りません。
工事範囲や仕様、保証内容、劣化の程度、実施時期、今後の維持費まで異なれば、価格以外の条件も関連づけて考える必要があります。それにもかかわらず、会議ではいきなり「どの会社にしますか」と結論を求められる場合があります。
そのとき理事が迷うのは当然でしょう。「専門知識がないから判断できない」と感じるかもしれませんが、実のところ、判断材料が整理されていないことが原因になっている可能性があります。
マンション管理士による議案作成支援では、最初に案件が生じた背景を確認します。そのうえで、今回何を判断する必要があるのか、現在どのような状況にあるのか、どのような選択肢があり、それぞれにどのような違いがあるのかを整理します。
必要に応じて、実施しなかった場合に考えられる影響も確認します。
議案は、マンション管理士や管理会社が望む結論へ誘導するための文書ではありません。理事会が「なぜこの案を選ぶのか」を自分たちの言葉で説明できる状態をつくるための判断資料です。
4 理事会資料レビュー支援
資料量ではなく判断に必要な情報を見る
資料が三十ページあるからといって、判断材料が十分にそろっているとは限りません。
比較条件が一つ抜けていれば、何ページ読んでも結論へ進めないことがあります。このとき役員は「読んでも分からないのは、自分の理解力が足りないからではないか」と感じるかもしれません。
しかし、問題が資料の構造にある場合もあります。
マンション管理士による資料レビューでは、誤字や計算だけを見るのではなく、理事会が判断するために必要な情報がそろっているかを確認します。
見積書であれば工事範囲、数量、仕様、除外事項などを比較し、契約案なら費用、契約期間、責任範囲、解除条件などを見ます。設備更新であれば、更新する案だけでなく、修理を続ける案との違いを確認することも考えられるでしょう。
| 見積書 | 契約案 | 設備更新 |
|---|---|---|
| 工事範囲、数量、仕様、除外事項 | 費用、契約期間、責任範囲、解除条件 | 更新する案だけでなく、修理を続ける案との違い |
管理会社と対立しない第三者レビュー
資料レビューは、管理会社の間違いを探すために行うものではありません。
説明の根拠が示されているか、比較条件がそろっているか、判断に必要な情報が抜けていないかを確認する作業です。
不足があれば、マンション管理士が理事会側の疑問を整理し、追加説明を求める論点を明確にします。すると管理会社側も、理事会が何を理解できずにいるのか把握しやすくなります。
第三者が入ることで壁をつくるのではなく、情報の行き違いを減らす。そのような使い方が、管理組合にとって実務的でしょう。
5 理事会決議事項と報告事項の整理支援
会議時間より時間の使い方を見直す
理事会が長いからといって、重要な案件を十分に話し合えているとは限りません。
設備点検の報告に長い時間を使い、その後に高額な工事案件を短時間で決める構成になれば、本当に時間をかけるべき事項が後回しになります。二時間も会議をしたのに、大事な話だけ急いで決めたという疲労感が残ることもあるでしょう。
そこで、理事会へ上程する案件を、決議事項、協議事項、報告事項、継続審議事項などへ整理します。
マンション標準管理規約でも理事会が扱う事項について規定例が示されていますが、実際の理事会の権限は各管理組合の現行管理規約に基づいて確認する必要があります。
事前に読めば足りる報告事項については資料を活用し、理事会で判断が必要な案件へ審議時間を配分します。
理事会を効率化する目的は、できるだけ早く閉会することではありません。重要な問題について、必要な時間を確保することです。
6 理事会定足数と議決要件確認支援
採決前に理事会の成立条件を確認する
賛成者が多ければ、その決議が自動的に適切になるわけではありません。採決する前に、理事会が成立するための条件を満たしているかを確認する必要があります。
現行の令和7年改正マンション標準管理規約では、理事会について定足数や議決方法、特別の利害関係を有する理事の取扱いについて規定例が示されています。ただし、これは標準管理規約上の規定例であり、実際の管理組合では現行管理規約を確認したうえで出席状況や議決方法を判断する必要があります。
特に欠席者がいる場合には、「総会では委任状を使っているから、理事会でも同じだろう」と安易に考えないことが重要です。
慣例だけで処理していると、役員が何度か交代した後に、なぜその方法を採っているのか誰も説明できなくなることがあります。
マンション管理士は、現在の管理規約と実際の出席状況を照らし合わせます。形式を守ることだけが目的ではなく、後から決議の経緯を確認されたときに、どの根拠で判断したのかを説明できる状態をつくるためです。
2026年施行後の総会決議要件を確認する
理事会では総会へ提出する議案も作成するため、総会段階で必要になる決議要件を早い時点で確認しておく必要があります。
2026年現在は、この確認に改正区分所有法の施行という時間軸が加わっています。
改正区分所有法の主要部分は2026年4月1日に施行されており、国土交通省は同日以降に管理規約改正のための総会招集手続を行う場合、改正区分所有法に則った定足数や決議要件を満たす必要があると案内しています。
したがって、現在の管理規約を読むだけで終わらず、その規約と改正区分所有法との整合を確認する視点も必要です。
令和7年改正マンション標準管理規約では総会の出席要件や決議要件について規定例が示されていますが、標準管理規約はひな型です。実際の総会では、議案の内容、区分所有法、現行管理規約を照合し、その案件に必要な決議要件を確認することになります。
総会直前に要件の問題へ気付けば、招集通知や議案構成まで見直す必要が生じる可能性があります。だからこそ、総会へ上程することを決めた時点ではなく、理事会で議案を組み立てる段階から確認しておくことが大切です。
7 オンライン理事会運営支援
オンライン参加で理事会への入口を広げる
仕事、育児、介護、遠方居住など、会議室へ足を運べない理由はさまざまです。
欠席が続く役員を見ると、「理事会に関心がないのだろうか」と思ってしまうこともあるでしょう。しかし、本人には参加する意思があり、移動時間や家庭の事情だけが壁になっている場合もあります。
オンライン理事会は、その物理的な壁を低くする方法の一つです。
なお、WEB会議等を利用した総会や理事会の考え方は、令和7年改正で初めて導入されたものではありません。国土交通省のマンション標準管理規約では、令和3年改正の時点ですでにITを活用した総会や理事会について規定の整備が行われています。現行の令和7年改正標準管理規約にもWEB会議に関する考え方が引き継がれています。
もっとも、実際にどのような方法で開催できるのかについては、それぞれの管理組合の現行管理規約や運用を確認する必要があります。
オンライン化の価値は、単に移動しなくて済むことだけではありません。これまで参加しにくかった人が意見を述べやすくなれば、理事会が判断するときに集まる視点も広がる可能性があります。
オンライン会議と電磁的方法による手続を分ける
オンライン会議による理事会開催と、書面や電磁的方法によって意思表示を集める手続は性質が異なります。
そのため、全員からメールで賛成が届いたという事情だけで、通常の理事会開催による決議と同じ扱いになるとは限りません。実際の取扱いは、現行管理規約や関係法令を確認する必要があります。
便利な方法ほど、「全員が賛成なのだから問題ないだろう」と手続を省きたくなるものです。
しかし、管理組合の意思決定では、賛成という結果だけでなく、その結果がどのような手続によって形成されたのかも確認する必要があります。
通信障害まで運営の一部として考える
オンライン理事会では、会議URLを通知すれば準備完了というわけではありません。
本人確認、資料共有、発言方法、採決方法に加えて、通信が途中で切れた場合の対応についても考えておく必要があります。
採決直前に一人の理事の接続が切れれば、出席状況を改めて確認しなければならない場合もあるでしょう。通信状態が悪く、議論を十分に聞けなかった人がいるのに、そのまま採決へ進めば納得感を損なう可能性があります。
オンラインだから仕方がないと片付けるのではなく、どのような状態なら会議を続け、どのような場合には確認の時間を取るのかを事前に整理しておくことが大切です。
マンション管理士は現行管理規約と実際の運用状況を確認しながら、参加しやすさと手続の適正さを両立できるオンライン理事会運営を支援します。
8 マンション管理士の理事会出席と助言
答えより先に質問を見つける
理事会で本当に困るのは、答えが分からないときだけではありません。
専門家や工事会社から詳しい説明を受けても、どこを質問すべきか分からないことがあります。専門用語を追うことだけで精いっぱいになり、本当に確認するべき条件まで頭が回らなくなることもあるでしょう。
マンション管理士が理事会へ出席するときは、こうした複雑な問題を費用、安全性、必要性、契約条件、緊急性、将来の維持管理、居住者への影響などへ整理します。
論点が分かれると、それまで漠然としていた不安が具体的な質問へ変わります。「分からないから任せる」という状態と、「ここが分からないので確認する」という状態には、大きな違いがあります。
最終判断を理事会に残す
マンション管理士が結論を示し、そのとおりに決めれば、会議は早く進むかもしれません。しかし、それでは管理組合の中に判断経験が残りにくくなります。
マンション管理士が提供するのは、専門的視点と判断材料です。それを踏まえて理事役員が内容を理解し、自ら決定することで、「なぜこの結論になったのか」を次の役員へ説明できるようになります。
また、具体的な法律紛争、建築構造、税務などについて、弁護士、建築士、税理士など別の専門家による判断が必要になる場合もあります。
マンション管理士が何でも答えるのではなく、どこから他の専門家につなぐべきかを見極めることも実務上重要でしょう。
9 理事会議事進行支援
意見の違いを人の対立へ変えない
マンションには、年齢、家族構成、経済状況、居住期間、将来の予定が異なる区分所有者が暮らしています。そのため、理事会で意見が分かれること自体は自然です。
修繕を早く進めたい人と、資金状況を見ながら慎重に判断したい人がいても、どちらかが管理組合の将来を考えていないとは限りません。
問題になるのは、意見の違いが人物への評価へ変わったときです。「あの人はいつも反対する」という見方が先に立つと、工事費、必要性、安全性といった本来の論点が見えにくくなります。
マンション管理士による議事進行支援では、対立している意見を費用、安全性、必要性、緊急性、居住者への影響、維持管理性などへ分けて整理します。
すると、一見すると正反対だった意見でも、目的は同じで方法だけが違っていたと分かる場合があります。
ファシリテーションの目的は、反対意見を消すことではありません。異なる考えを残しながら、何を確認すれば次の判断へ進めるのかを明らかにすることです。
10 理事会議事録作成レビュー支援
議事録を管理組合の記憶に変える
理事会が終わった直後は、参加者の多くが内容を覚えています。
しかし、数か月後になると、誰が何を確認する予定だったのか、なぜその業者を候補にしたのかといった経緯は少しずつ曖昧になります。役員が交代すれば、なおさらでしょう。
これは個人の記憶力が低いから起きるのではありません。数十年続くマンション管理を、人の記憶だけで引き継ぐこと自体に無理があります。
マンション標準管理規約では理事会議事録についても規定例が示されています。実際には各管理組合の現行管理規約に沿って作成、保管などを行う必要があります。
議事録には、開催日時、開催方法、出席状況、議案、審議の要旨、決議結果、継続事項などを、後から確認できる形で残すことが重要です。
発言量ではなく判断の経緯を残す
すべての会話を一字一句書けば、よい議事録になるとは限りません。
文章量が増えるほど、重要な決議内容が埋もれることがあります。一方で、結論だけを記録すると、後になってなぜその判断をしたのか分からなくなるでしょう。
そこで、決定に関係した主な理由を客観的に残します。
反対意見があった場合でも、感情的な表現をそのまま記録するのではなく、費用への懸念だったのか、安全性に関する疑問だったのかといった判断上必要な部分を整理します。
さらに、次回までに必要な対応について担当と期限を残しておけば、議事録は過去を記録する文書から、次回理事会を始めるための資料へ変わります。
11 継続審議案件の進捗管理支援
決まらなかった案件ほど消えやすい
理事会で可決された案件は実行へ進み、否決された案件には一つの結論が残ります。
一方、追加資料を確認して次回もう一度検討することになった案件は、静かに管理から抜け落ちることがあります。
大規模修繕、防犯設備、管理規約改正、滞納対応などは、一回の理事会だけで結論を出せないことも珍しくありません。
そこへ役員交代が重なると、新しい理事が過去の検討内容を知らず、「なぜこの案件を検討していたのだろう」と最初まで戻ってしまう場合があります。
これは担当役員の能力というより、継続案件を組織として追跡する仕組みの問題です。
課題管理台帳で前回の続きから始める
マンション管理士による支援では、継続案件を課題管理台帳などで整理する方法があります。
案件が発生した時期、現在の状況、すでに確認した事項、次に必要な行動、担当者、期限などを残します。過去の重要な判断経緯も分かる状態にしておけば、担当役員が替わっても途中から検討を再開できます。
大がかりなシステムである必要はありません。
簡単な表計算ファイルでも、理事会ごとに確認して更新されるのであれば役立ちます。形式の立派さより、次の会議で実際に使われることのほうが重要です。
理事会が毎回ゼロから始まるのではなく、前回の続きから始まる。その状態をつくることが進捗管理の目的です。
12 理事会から管理会社への指示事項整理支援
決めた内容を実行へ変える
理事会で管理会社へ依頼したはずなのに、翌月になっても回答がないことがあります。
理事会側は正式に依頼したつもりでも、管理会社側では「まだ検討段階の話だと思っていた」という認識になっているかもしれません。
こうした場面で直ちに相手の怠慢と判断すると、本当の原因を見落とす可能性があります。口頭のやり取りでは、相談なのか、資料を求めているのか、正式な指示なのかという境界が曖昧になりやすいからです。
マンション管理士は、理事会で決定した事項のうち、管理会社へ依頼する内容を整理します。
工事見積りであれば、対象範囲、比較条件、必要資料、提出時期を明確にします。調査依頼であれば、何について調べ、どのような形で回答を求めるのかまで具体化します。
| 工事見積り | 調査依頼 |
|---|---|
| 対象範囲、比較条件、必要資料、提出時期を明確にします。 | 何について調べ、どのような形で回答を求めるのかまで具体化します。 |
「お願いしたと思っていました」という状態を減らし、「この内容をこの期限までに依頼しています」と確認できる状態へ変えることが必要です。
管理委託契約との境界を確認する
理事会が管理会社へ求める業務が、現在の管理委託契約に含まれているとは限りません。
反対に、本来は管理会社の受託業務として行われる事項を、理事役員が自分たちで抱えていることもあります。
役割が曖昧なままでは、管理組合側に「そこまでやってもらえると思っていた」という不満が残り、管理会社側には「契約外の仕事を求められている」という認識が生じるでしょう。
そこで、必要に応じて管理委託契約の業務範囲を確認します。
管理会社へ何でも任せるのでも、理事会が何でも抱えるのでもありません。管理組合が判断すべき事項と、管理会社が契約に基づいて実行する事項を整理することが大切です。
12の理事会運営支援を意思決定サイクルへつなげる
ここまでの12の支援業務は、一つずつ見ると別々の仕事です。
しかし、マンション管理士による理事会運営支援の実務的な価値は、それぞれを単独で完成させることではなく、一つの流れへつなげるところにあります。
年間スケジュールによって先の課題を把握し、必要な議案と資料を事前に準備します。その内容を確認したうえで理事会を適切に招集し、定足数や議決要件を確認して審議へ進みます。
会議では必要に応じてマンション管理士が助言し、複雑になった論点を整理します。
決定した内容は議事録へ残し、管理会社への依頼事項を具体化します。結論が出なかった案件は課題管理台帳へ移し、次回の理事会で進捗を確認します。
こうして、前回の理事会で決めたことが次回理事会の出発点になります。
計画だけを丁寧に作っても、決定後の進捗確認がなければ案件は止まります。一方、進捗だけを追跡しても、そもそもの議案や判断材料が曖昧であれば、十分な意思決定にはつながりません。
計画から準備へ進み、審議して決定し、記録して実行し、その結果を次の理事会で確かめる。
この循環を途切れさせないことが、12の支援を一つのガバナンスとして機能させる鍵になります。
理事会運営を小さく改善して効果を確認する
理事会運営を改善しようとして、すべての仕組みを一度に導入すると、改善そのものが役員の負担になることがあります。
負担を減らすために始めたはずなのに、管理表や確認事項が急に増えれば、「結局やることが増えただけではないか」と感じるでしょう。
そのため、最初は一部から始める方法が現実的です。
たとえば次回の理事会で、議題を決議事項と報告事項に分け、会議終了時には継続案件の担当と期限を確認します。管理会社へ依頼した事項だけでも一覧に残せば、次回に進捗を追いやすくなります。
そして次の理事会で、実際に何が変わったのかを確認します。
重要案件へ使える時間が増えたのか、依頼した資料が予定どおり届いたのか、前回の継続案件が進んだのかを見ることで、自分たちの理事会がどこで止まりやすいのかが少しずつ見えてきます。
支援の効果を、会議時間だけで判断する必要はありません。三時間だった理事会が二時間になっても、大切な話を省いただけなら改善とはいえないでしょう。
適切な支援体制が整えば、理事役員が必要な情報を確認し、判断すべき点を整理しやすくなることが期待されます。以前は理事会の日が近づくと不安を感じていた役員が、事前資料を確認して「今回は何を確認すべきか分かる」と感じられるようになる場合もあります。
分からないことをすべてなくす必要はありません。
分からないことが生じたとき、何を確認し、誰へ質問し、どの条件を比較すれば判断へ近づけるのかが見える状態にする。その変化を確かめながら、小さく改善を積み重ねていくことが重要です。
人が替わっても続くマンション管理組合をつくる
マンションという建物は数十年にわたって存在しますが、理事役員の任期はそれよりはるかに短いものです。
管理会社の担当者も、支援している専門家も、いつか交代する可能性があります。
この時間軸の違いを考えると、一部の人の経験や記憶だけに管理組合運営を依存させることには限界があります。
前期の理事会が一年かけて検討したことが、役員交代によって白紙へ戻ってしまう。それが繰り返されれば、建物は毎年少しずつ年を重ねているのに、管理組合の知識だけが何度も最初へ戻ることになります。
その状態を防ぐために、年間スケジュール、議案、議事録、課題管理台帳、管理会社への指示記録を一本につなげます。
新しい理事が就任したとき、「何から調べればよいのか分からない」と立ち止まるのではなく、「ここまで検討されているので、次はここから考えればよい」と理解できる状態をつくります。
マンション管理士による支援も、専門家への依存を深めるために行うものではありません。
専門家の助言を活用しながら、判断した理由と検討の経緯が管理組合側へ残るようにします。
そうすれば理事役員や担当者が交代しても、以前の判断を土台として次の検討へ進みやすくなるでしょう。
マンション管理士による理事会運営支援とは、会議を無事に終わらせるためだけの業務ではありません。
管理組合が自ら考え、決め、実行し、その経験を次の人へ渡せる仕組みを整えることに、本質的な役割があるのではないでしょうか。
まとめ
マンション管理士による12の理事会運営支援は、年間スケジュール、招集手続、議案作成、資料レビュー、決議事項整理、定足数と議決要件、オンライン運営、専門家助言、議事進行、議事録、継続案件、管理会社への指示を個別に処理するだけのものではありません。
重要なのは、それらを計画、準備、審議、決定、記録、実行、進捗確認という一つの意思決定サイクルへつなげることです。
2026年現在は改正区分所有法の主要部分がすでに施行されているため、従来の管理規約を確認するだけでなく、現行法との整合を意識した運営も重要になっています。
まずは次の理事会で、何を判断する必要があるのか、その判断のために何を確認するのか、決定後に誰が何を行い、次回どのように進捗を確認するのかを明確にするところから始められます。
前回の決定が次回の出発点になる。
この循環を管理組合の中へ残していくことが、人が替わっても前へ進めるマンション理事会運営につながります。
参考資料
本稿の制度上の前提と令和7年改正については、国土交通省 マンション標準管理規約を参照できます。マンション標準管理規約が管理規約作成や改正の際のひな型であることに加え、2026年4月1日以降の管理規約改正手続に関する留意事項も掲載されています。
令和7年改正の公表時期や改正の趣旨については、国土交通省 「マンション標準管理規約」を改正しますで確認できます。
マンション管理士の制度上の位置づけについては、e-Gov法令検索 マンションの管理の適正化の推進に関する法律を参照できます。
区分所有法の現行条文については、e-Gov法令検索 建物の区分所有等に関する法律で確認できます。
実際の理事会や総会では、これらの資料だけで一律に判断するのではなく、それぞれのマンションで現に効力を有する管理規約、使用細則、過去の総会決議、管理委託契約を確認し、現行の区分所有法その他の関係法令との整合を踏まえて運営することが重要です。