毎日働き、無駄遣いを控えているのに、預金残高を見るたびに気持ちが沈み、老後資金や教育費を計算するほど未来が狭く感じられることがあります。物価や住宅ローンの負担には現実的な対処が必要ですが、今の家計が生涯の限界まで決めるわけではありません。
FPの視点から考える現実を無視するとは、支払いや借金を放置せず、必要な数字を確認したうえで、今の条件だけから未来を決めないという姿勢です。お金への信念や不安の背景を整理し、望む暮らしから貯蓄、働き方、投資、老後の準備を考え直す方法を見ていきましょう。
現実を無視することがお金の不安を変える理由
真剣に家計を考えているからこそ、現在の不足が将来も続くように感じ、希望まで小さくしてしまう場合があります。生活費や教育費の上昇、住宅ローンなどに必要な対処をしたうえで、望む未来から今の行動を考え直してみましょう。
現実逃避と現実の認知的相対化の違い
「現実を無視することが大切です」と聞くと、家計簿を見なくてもいい、借金を放置してもいい、生活が苦しくても気にしなければ何とかなる、という意味に受け取る人がいるかもしれません。しかし、FPの立場から考える現実無視は、そのような現実逃避とは異なります。
住宅ローンの返済が厳しいのであれば、借入残高や金利、返済期間を確認する必要がありますし、毎月の収支が赤字なら、どの支出が家計を圧迫しているのかを把握しなければなりません。教育費が心配なら必要になる時期と金額を見積もり、老後資金が不安なら公的年金の見込額や現在の金融資産を確認することが重要です。こうした数字を正確に把握することは、家計を守るために欠かせません。
問題になるのは、必要な確認や対策が終わったあとまで、お金が足りないという不安を何度も心の中で再生してしまうことです。老後の不足や今の収入でできないことを繰り返し考えるうちに、未来の条件まで決まったように感じる場合があります。本人は現実を真剣に考えているつもりでも、実際には同じ不安を繰り返し確認することに時間を使っているという可能性があります。
そこで重要になるのが、現在の客観的な事実と、その事実に対して自分が加えている解釈を切り離す考え方です。本記事では、この姿勢を「現実の認知的相対化」と呼びます。これは記事の考え方を整理するための名称であり、確立された心理学の診断名や、効果が実証された独立の治療法を意味するものではありません。現実の認知的相対化とは、収入や預金残高、負債などの数字を正確に確認しながら、その数字を将来の限界として扱わないことです。
たとえば、現在の預金残高が100万円であることは事実ですが、それは生涯で100万円程度しか保有できないという意味ではありません。現在の年収が400万円だったとしても、10年後まで同じ収入が続くと確定しているわけではないでしょう。現在地を確認することと、現在地から人生の終着点まで決めることは別の行為です。
FPに必要なのは数字を見る力だけではなく、その数字に人生の可能性まで支配させない力でもあります。
事実と解釈と変更できる条件
家計を考える際には、現在の事実、その事実から導いた解釈、今後変更できる条件を区別することが重要です。現在の事実には、預金残高や毎月の収支、住宅ローンの残高、契約上の支払義務などがあります。これらは希望や気持ちによって変えられるものではなく、正確に確認しなければなりません。一方、解釈とは、今の年収では将来も希望する生活を実現できない、貯金が少ない自分には資産形成が向いていないといった、現在の数字から導いた判断です。
こうした解釈には合理的な根拠が含まれる場合もありますが、将来の条件が変わらないという前提まで正しいとは限りません。
さらに、働き方や生活費の構造、住宅購入の時期、貯蓄の仕組みなどには、一定の範囲で変更できる部分があります。たとえば、現在の年収では希望する住宅の購入が難しい場合でも、購入時期や地域、物件価格、働き方などを見直すことで、別の選択肢が生まれる可能性があります。
もちろん、家族の事情や健康状態、地域の雇用環境などによって、簡単には変更できない条件もあるでしょう。それでも、変えられない事実と変更できる条件を区別すれば、現在の状況から未来の結論を急いで出す必要はなくなります。
現実を無視することの本質は、変えられない事実から逃げることではなく、変えられる条件まで固定しないことです。
三つの家計管理の考え方
本記事では、家計管理への向き合い方を、金融的回避、現状維持型、未来逆算型という三つの考え方から整理します。これは説明のための整理であり、心理学の診断分類や、全員を三つに分ける性格分類ではありません。
金融的回避とは、請求書や口座残高を見ることが怖くなり、必要な確認や支払いを先送りしてしまう状態です。数字を見なければ一時的に安心できるかもしれませんが、問題への対応が遅れることで、家計の悪化につながる危険があります。
| 金融的回避 | 現状維持型 | 未来逆算型 |
|---|---|---|
| 請求書や口座残高を見ることが怖くなり、必要な確認や支払いを先送りしてしまう状態です。 | 現在の収入や資産を正確に把握し、その範囲で生活費や貯蓄額を調整します。 | 現在の数字を確認したうえで、本人が望む生活を先に考えます。 |
一方、現状維持型の家計管理では、現在の収入や資産を正確に把握し、その範囲で生活費や貯蓄額を調整します。家計の安全性を守るうえでは重要な方法ですが、今の収入や働き方が変わらないことを前提にすると、将来の希望まで縮小してしまう場合があるでしょう。
これに対して、未来逆算型の家計管理では、現在の数字を確認したうえで、本人が望む生活を先に考えます。その生活を実現するために必要な収入や資産を整理し、働き方や生活費、実現時期など、変更できる条件を検討していく方法です。
ただし、現在の条件から将来を試算する方法そのものが間違っているわけではありません。FP実務では、現在の条件を維持した場合の見通しと、条件を変更した場合の見通しを比較することに意味があります。現実を無視するという考え方も、現在の数字を使った試算を否定するものではなく、それだけを唯一の未来として扱わないためのものです。
お金の不安が思考と判断に与える影響
希少性の心理学と認知的帯域幅
お金に困っている人は、家計への関心が薄いとは限らず、むしろ生活を守るために真剣に考えている場合があります。銀行口座を何度も確認し、翌月の支払いを頭の中で計算し、スーパーでは数十円の価格差まで気にしながら買い物をします。本人にとっては必要な行動でも、この状態が続くと、お金以外のことを落ち着いて考える余裕がなくなる場合もあるでしょう。この現象を理解する手がかりになるのが、行動経済学における「希少性の心理学」です。
2013年に発表されたアナンディ・マニ、センディル・ムッライナタン、エルダル・シャフィール、ジアイング・ジャオらの研究では、経済的な不足と認知課題の成績との関係が検討されました。研究では、金銭的な負担を強く意識する状況を設定した実験や、インドのサトウキビ農家を対象とした調査が行われています。実験では、金銭的な問題を強く意識した低所得の参加者に認知課題の成績低下が見られ、比較的裕福な参加者には同じ低下が確認されませんでした。同じ農家を収穫前後で比較した調査でも、資金が乏しい収穫前の成績が低かったと報告されています。
研究者らは、金銭的な問題への対処に注意や思考の資源が使われることで、別の課題へ十分な認知資源を向けにくくなる可能性を指摘しています。ここで注目したいのは、本人の能力不足と決めつけるより、必要な支払いへ注意が集中している状況を考えるという視点です。認知的帯域幅は、情報を処理したり、注意を向けたり、判断したりするために使える認知資源を捉える言葉です。
家計の支払いが迫っているときには、その問題へ意識が集中し、長期的な収入改善や資格取得、将来の資産形成などについて考える余裕が小さくなる可能性があります。また、特定の問題へ注意が集中し、ほかの情報が視野に入りにくくなるトンネリングという考え方も手がかりです。希少性を扱った2012年の研究は、一部の問題へ注意を深く向ける一方、別の問題を見落とす注意配分の変化を検討したものです。目の前の不足への集中が、ほかの重要な選択肢を考える余地を小さくするという可能性があります。
プリンストン大学の研究紹介では、認知課題への影響がIQ尺度に換算して約13ポイントに相当すると説明されています。ただし、これは特定の条件で見られた課題成績の差の換算であり、経済的な不安を抱える人のIQが一律に13ポイント下がるという意味ではありません。
また、この研究だけで、お金の不安を抱えるすべての人の判断力が低下すると結論づけることはできません。さらに、考え方を変えるだけで認知機能や家計が改善することを直接証明した研究でもないため、結果をそのまま家計改善の効果として扱うことには注意が必要です。
それでも、FPとして家計を考えるうえでは重要な示唆があります。目の前の支払いに追われているとき、将来のキャリア形成や家計改善について落ち着いて検討することは、本人が思っている以上に難しくなるかもしれません。だからこそ、必要な数字を確認し、優先順位を決め、具体的な対応を進めることで、考え続けなければならない問題を減らすことが重要です。
お金の不安から距離を取ることは、問題を軽く扱うためではなく、将来について考える余裕を取り戻すための方法になり得ます。
不安の反復と問題解決の違い
ある家庭では、物価の上昇によって毎月の生活費が増え、以前より預金残高が減っていました。家計を管理している人は不安になり、毎日のように銀行口座を確認するようになります。食料品が値上がりするたびに将来を心配し、SNSで老後資金の話題を見ると、さらに気持ちが沈んでしまう状態でした。本人は「もっと真剣に家計を考えなければ」と感じています。
しかし、口座を毎日確認しても収入が増えるわけではなく、同じ支出について何度も悩んだからといって、固定費が自動的に減るわけでもありません。ここで必要なのは、問題について考える時間を増やすことではなく、問題を解決するための行動を決めることです。
たとえば、毎月3万円の赤字があるなら、直近数カ月の収支を確認し、何が原因なのかを整理する必要があります。住居費や保険料、通信費などに見直せる部分がないかを確認し、必要であれば収入面の対策も検討するでしょう。
具体的な改善策が決まったら、実行や次の確認の日時を定め、それ以外の時間はいったん別のことへ意識を向ける方法があります。すぐに気持ちが切り替わらなくても、不安を消せなかった自分まで責める必要はありません。むしろ、必要な対処を終えたあとは意識を別のことへ向け、仕事や学習、家族との時間などに集中することも合理的です。
もちろん、問題が解決していない状況で不安を感じること自体は自然であり、感情を無理に消す必要はありません。ただし、心配を繰り返すことと、問題を解決することは区別したほうがよいでしょう。FPの視点では、家計の確認日や改善策を実行する時間を決め、それ以外の時間は必要以上に同じ数字を見直さない方法も考えられます。
お金の不安を何時間考えたかではなく、その時間を使って何を改善したかが重要です。
必要な数字を見ること自体がつらいなら、今日は口座残高だけを確認し、別の日にカード請求の総額を見るなど、確認と改善策の判断を分けてもよいでしょう。一度にすべてを直そうとせず、次回も扱える量から再開するための実践案です。
ただし、支払期限が迫る請求や滞納は優先して確認し、必要な対応を進めるため、小さく取り組むことを問題の先送りの理由にはしません。残りの確認事項を一件ずつ扱うことと、急ぐべき支払いを守ることを両立させましょう。
マネースクリプトが家計の判断を左右する理由
お金に対する四つの信念
家計の数字には、その人が長年信じてきた価値観が反映されています。何にお金を使い、何を我慢し、どの程度の貯蓄があれば安心できると考えるのかという判断には、本人も気づいていない思い込みが関係する場合があります。
ファイナンシャル心理学者のブラッド・クロンツらは、こうしたお金に関する信念を「マネースクリプト」として研究してきました。2011年に発表された研究では、422人の参加者が回答したお金に関する信念を分析し、四つの傾向が確認されています。その四つは、金銭回避、金銭崇拝、金銭地位、金銭警戒です。
金銭回避では、お金を持つことや求めることに否定的な感情を抱きやすく、金銭崇拝では、お金が増えれば人生の問題が解決すると考えやすい傾向があります。金銭地位では資産や収入を自己評価と結びつけやすく、金銭警戒では貯蓄や倹約を重視する一方、お金への警戒心が強くなる場合があります。
研究では、これらの信念のうち一部と、収入や純資産との間に統計的な関連が確認されました。ただし、信念と金融行動に関連があることと、特定の思い込みが収入や資産額を直接決定することは同じではありません。また、四つの分類は人の性格や能力を決めつけるためのものではなく、自分のお金に対する考え方を理解するための手がかりです。
幼少期の金銭観が大人になっても残る理由
ある家庭では、子どもの頃から「うちは普通の家庭だから贅沢してはいけない」と言われ続けてきた人がいました。親には、子どもがお金で苦労しないよう、堅実な生活を身につけてほしいという思いがあったのかもしれません。
しかし、その人は社会人になって十分な収入を得るようになっても、自分のためにお金を使うことへ強い罪悪感を覚えるようになります。仕事に役立つ講座を見つけても失敗したらもったいないと感じ、以前から行きたかった旅行も自分には贅沢すぎると諦めてしまうのです。預金残高は増えているのに、心の中ではいつまでも、お金を使ってはいけないという前提が残っているのではないでしょうか。
反対に、幼い頃から「お金なんて何とかなる」と聞いて育ち、収入が増えるたびに支出も増やしてしまう人もいるでしょう。
どちらの場合も、問題は収入や支出の数字だけではありません。本人がお金について何を当然だと考えているのかが、その後の行動に影響しているという可能性があります。そのため、家計簿を何度見直しても生活が変わらない場合には、何にお金を使っているのかだけでなく、なぜその使い方を選んでいるのかまで考えることが重要です。
親の価値観を自分の限界にしない
私たちは家族から多くのことを学びますが、お金に関する価値観もその一つです。借金をしないこと、安いものを買うこと、投資を避けること、会社員として安定を得ることが正しいと、家庭で繰り返し教わった人もいるでしょう。
こうした考えには合理的な部分もあり、親が子どもの将来を心配して伝えている場合も少なくありません。しかし、親の時代に有効だった考え方が、現在の働き方や経済環境でも最適とは限りません。
ある人は、子どもの頃から「安定した会社に入れば安心」と教えられて育ちました。そのため、仕事が苦しくなっても退職を考えることに罪悪感があり、安定した職場を辞めようとする自分は我慢が足りないのではないかと悩み続けています。
ところが、生活費を一定期間分確保し、転職市場を調べ、次の仕事の見通しを立てれば、働き方を変えるという選択も検討できるでしょう。もちろん、転職すれば必ず収入が増えるわけではありませんし、家庭の事情によって簡単には動けない人もいます。それでも、親から受け取った考え方を理由に、選択肢そのものを検討しないこととは区別する必要があります。
親の価値観を尊重することと、親の時代の現実を自分の未来まで引き継ぐことは同じではありません。
認知行動療法に学ぶお金の不安の整理方法
現在の事実と自動思考を分ける
お金に関する不安は、現在の数字そのものより、その数字をどう解釈するかによって強くなる場合があります。たとえば、預金残高が少ないとき、予定外の出費が重なったと捉える人もいれば、自分は一生お金を貯められないと感じる人もいるでしょう。数字は同じでも、受け止め方が異なります。
認知行動療法では、出来事に対して自動的に浮かぶ考えを確認し、その考えを裏づける証拠や反証を検討する方法があります。出来事から導いた考えを証拠に照らして見直す技術が、認知再構成法です。英国の国民保健サービスであるNHSが紹介する思考記録でも、出来事や感情、自動的に浮かんだ考えを整理し、その考えを支持する証拠と反証を確認したうえで、より現実的な解釈を検討します。
家計に当てはめるなら、貯金ができない人間だという思い込みについて、本当に一度も貯金できたことがないのかを振り返ってみましょう。収入や支出の事情の変化、今の仕組みに改善できる部分がないかも、確認すべき材料です。もし毎月給料を使い切っているのであれば、本人の能力ではなく、貯蓄を後回しにする仕組みが原因の一つかもしれません。そう考えれば、自分を責め続ける代わりに、給料日に一定額を別口座へ移す方法を試すことができます。
無理なポジティブ思考が必要ない理由
ここで注意したいのは、悲観的な言葉をすべて明るい言葉へ変えればよいわけではないことです。本当は家計が苦しいのに「私は十分に豊かだ」と言い聞かせても、本人が納得できなければ、かえって違和感が大きくなるでしょう。大切なのは、現実を否定することではなく、現在の自分でも納得できる解釈を選ぶことです。
たとえば、生活に必要な支払いを賄えるお金はあるものの、希望する買い物へ回せない場面なら、今は使い道の優先順位を考えていると捉え直せます。必要な生活費そのものが足りない場合には、言い換えで不足を小さく見せず、収入や支援も含めた対応を考えなければなりません。
自分には投資なんて無理だと感じた場合も、まだ仕組みを理解していないので学んでから判断すると考えれば、不安を認めながら次の行動を選べるでしょう。もう老後資金は間に合わないという考えについても、今から準備できる金額と働き方を確認してみようと捉え直す余地があります。
言葉を変えただけで収入や資産が増えるわけではありません。それでも、悲観的な結論を確定させずに考え直すことで、以前は検討しなかった行動を選べるようになる可能性があります。ただし、認知再構成法は心理的な問題への対処に用いられる技法であり、ここで紹介する家計への応用そのものの効果が直接証明されているわけではありません。
FPの実践としては、事実と解釈を区別するための考え方として取り入れることが適切でしょう。変えるべきなのは現実の数字ではなく、まずその数字から自動的に導いていた人生の結論かもしれません。
現実と希望を両立させるストックデールの逆説
厳しい現実を認めながら未来を諦めない
現実を無視するという考え方を誤解しないために、参考になるのが「ストックデールの逆説」です。これは、経営思想家ジム・コリンズが著書『Good to Great』で紹介した考え方で、過酷な現実を直視する姿勢と、最終的には困難を乗り越えられるという信念を同時に持つことの重要性を示しています。
名称の由来となったジェームズ・ストックデールは、ベトナム戦争中に捕虜となり、長期間にわたって厳しい状況を経験した米海軍軍人です。コリンズが紹介するストックデールの経験では、根拠なく早期解放を期待する楽観主義と、過酷な現実を認めながら希望を失わない姿勢とが区別されています。
この考え方は、家計管理にも応用できます。たとえば、住宅ローンの返済が厳しいとき、「何とかなるはずだから気にしない」と考えるだけでは危険です。一方で、この先の生活は絶対に苦しくなると決めつければ、改善の余地が残っていても、希望を失ってしまうでしょう。
ここで求められるのは、返済額や金利、収入の見通しを正確に確認したうえで、返済条件の見直しや固定費の調整、収入改善など、取り得る方法を検討する姿勢です。現在の数字が厳しいことを認めながら、そこから状況を改善する可能性まで否定しないという考え方になります。
ただし、ストックデールの逆説は経営思想として紹介されたものであり、家計改善への効果を直接検証した心理学の実験結果ではありません。それでも、事実を直視する姿勢と未来への希望を両立させるという意味では、FPの考え方を整理する参考になります。
現実を直視する規律と、未来を諦めない姿勢は、どちらか一方を選ぶものではなく、同時に持つべきものです。
未来から逆算するライフプランニング
現在の年収から未来を決める限界
一般的な家計管理では、現在の収入を基準に毎月の生活費や貯蓄可能額を計算します。この方法は家計の安全性を確認するうえで必要ですが、人生を大きく変えたいときには、別の視点も求められます。
現在の年収が400万円なら、年収400万円が続くという条件で将来の収支を試算することは合理的です。しかし、現在の年収から将来の希望そのものを縮小してしまうと、本来検討できた選択肢まで失われる可能性があります。
たとえば「年収400万円だから住宅購入は無理だ」と決めつける代わりに、希望する住まいの費用を確認し、購入時期や地域、住宅の種類、収入の見通しを変えた場合にどうなるかを検討することができます。老後資金についても、現在の積立額だけで判断するのではなく、働く期間や退職後の生活費を変えた場合の影響まで確認することが重要でしょう。
こうした考え方は、未来の目標から現在へ逆算する「バックキャスティング」に通じます。ここで重要なのは、現在から未来を考える方法を否定することではなく、未来から現在を考える方法を組み合わせることです。現在の条件を維持した場合の見通しを確認したうえで、望む生活を実現するためにどの条件を変えられるのかを検討すれば、より柔軟なライフプランを考えられます。
ジョージ・キンダーのEVOKEと人生の三つの問い
ライフプランニングの分野で知られるジョージ・キンダーは、本人が本当に望む人生を明らかにすることを重視してきました。キンダーが提唱するEVOKEは、探索、ビジョン、障害、知識、実行という五つの段階から構成されるライフプランニングのプロセスです。この考え方では、最初から金融商品や貯蓄額を決めるのではなく、その人にとって何が大切なのかを確認することが重視されます。
キンダーが紹介する「三つの問い」も、そのための方法です。最初の問いでは、現在も将来も十分なお金があり、経済的な心配をする必要がないとしたら、どのような生活を送りたいかを考えます。
この問いでは、今の収入や預金額という条件をいったん外し、自分が望む人生を自由に思い描くことが重要です。次の問いは、医師から余命が5〜10年だと告げられ、その間は病気を感じずに過ごせる一方、亡くなる時点は予告されないという条件です。残された時間に何をしたいか、今の生活をどう変えたいかを考えてみましょう。
普段は仕事や家計の都合で後回しにしていることでも、時間に限りがあると考えることで、本当に大切にしたいものが見えてくる可能性があります。最後の問いでは、人生があと24時間しか残されていないと分かった場合に、これまでの人生を振り返って何を実現できなかったと感じるのかを考えます。ここで中心になるのは、残された一日で何を楽しみたいかという話ではありません。
自分は何を経験できなかったのか、誰に対してどのような存在でありたかったのか、何を実現しないまま終えることになるのかを振り返ることです。この三つの問いを考えると、お金そのものが目的ではなかったことに気づく人もいるでしょう。たとえば「1000万円を貯めたい」と考えている人がいたとします。
その人が本当に望んでいるのは、1000万円という数字そのものではなく、嫌な仕事をいつでも辞められる安心感かもしれません。別の人にとっては、家族と一緒に過ごす時間を増やすことや、親の介護費を心配せずに暮らすことが目的になるでしょう。目的が違えば、必要な金額も、準備する方法も変わります。1000万円を持つことが目的なら、貯蓄額を増やすことが中心になりますが、働く自由を得ることが目的なら、生活費を下げたり、収入源を増やしたりすることも有効な手段になります。
お金をいくら持つかを決める前に、そのお金によってどんな人生を実現したいのかを考えることが重要です。
収入を変更可能な条件として考える
未来から逆算する方法では、現在の収入を固定された条件として扱いません。もちろん、今の年収を急に増やせるわけではありませんが、将来の収入を改善するための選択肢を検討することはできます。
たとえば、現在の会社で昇給の可能性が低い場合、同じ経験や能力が別の会社ではどの程度評価されるのかを調べる方法があります。また、すぐに転職するのが難しければ、本業を続けながら副業を小さく始めたり、専門知識を身につけて将来の市場価値を高めたりすることも考えられるでしょう。
ここで重要なのは、収入を増やす方法を一つに決めつけないことです。ある人にとっては資格取得が合理的でも、別の人には転職活動を始めるほうが効果的かもしれません。家族の事情から長時間働けない人なら、労働時間を増やすより、時間当たりの収入を高める方法が適している場合もあります。
現在の年収は、今の働き方や雇用条件のもとで得られている収入であり、自分の生涯の価値や可能性を測る数字ではありません。今の収入を出発点として必要な備えを確かめながら、将来の条件まで固定しない姿勢を持つことが重要ではないでしょうか。
生活費の構造を変える
家計改善というと、食費や日用品費を削ることから始める人が多いでしょう。しかし、毎日の生活を必要以上に我慢する方法では、長期間続けることが難しくなる場合があります。
そこで、未来から逆算する家計管理では、日々の我慢を増やす前に、生活費の構造そのものを見直すことが重要です。たとえば、保険料や通信費、使っていないサブスクリプションなどを整理すれば、生活の満足度を大きく下げずに支出を減らせる可能性があります。
さらに、仕事の形態によっては住む場所を変える方法も考えられるでしょう。リモートワークが可能な人なら、通勤を前提に高い住居費を負担し続ける必要があるのかを検討できますし、住宅購入前なら地域や物件価格を変えることで、将来の資金計画に余裕を持たせられる場合があります。
もちろん、転居には初期費用がかかり、家族の通勤や通学、地域とのつながりにも影響するため、単純に家賃だけで判断するべきではありません。それでも、現在の生活費を絶対に変えられない条件と考えなければ、家計改善の選択肢は広がります。
働く期間を柔軟に考える
老後資金の計算では、65歳で完全に退職することを前提にしている人もいるでしょう。しかし、すべての人が同じ年齢で働くことをやめなければならないわけではありません。健康状態や希望する生活によっては、一定の年齢から勤務日数を減らし、無理のない範囲で働き続ける方法も考えられます。
たとえば、65歳で完全に仕事を辞める場合と、70歳まで週に数日働く場合では、必要になる老後資金の見通しが変わる可能性があります。また、収入が少なくなっても、好きな仕事や社会とのつながりを保てることに価値を感じる人もいるでしょう。
もちろん、健康上の理由や介護の事情によって、希望どおりに働き続けられない可能性もあります。だからこそ、完全退職のケースと継続就労のケースを分けて試算し、どちらにも対応できる計画を考えることが重要です。
収入、生活費、働く期間を変更可能な条件として考えることで、現在の数字だけでは見えなかったライフプランが生まれる可能性があります。
WOOPで望む未来を具体的な行動へ変える
願いと現実の障害を結びつける
現実を無視して望む未来を考えることは大切ですが、頭の中で理想を描くだけでは家計の数字は変わりません。そこで参考になるのが、心理学者ガブリエル・エッティンゲンらが研究してきた、精神的対比と実行意図を組み合わせる方法です。
精神的対比とは、望む未来を想像したうえで、その実現を妨げる現実の障害にも目を向ける方法を指します。さらに、実行意図と呼ばれる「もし特定の状況になったら、そのときはこの行動をする」という計画を組み合わせることで、行動へ移りやすくすることを目指します。この考え方を実践しやすくしたものが、WOOPと呼ばれる方法です。
| Wish(願い) | Outcome(望ましい結果) | Obstacle(障害) | Plan(計画) |
|---|---|---|---|
| 毎月無理なく1万円を残せるようになりたい | 急な出費への備えができ、預金残高を確認するときの不安が軽くなる状態 | 給料日になると気持ちが緩み、貯蓄する予定だったお金まで使いたくなる習慣 | 先に貯蓄用口座へ1万円を移し、残った予算を確認してから購入を判断するという方法 |
WOOPは、Wish(願い)、Outcome(望ましい結果)、Obstacle(障害)、Plan(計画)の四つで構成されています。たとえば、毎月貯金できるようになりたい人なら、最初に「毎月無理なく1万円を残せるようになりたい」という願いを確認します。
続いて、その願いが実現したときに、急な出費への備えができ、預金残高を確認するときの不安が軽くなる状態を想像するでしょう。そのうえで、願いの実現を妨げている自分の内側の障害を考えます。WOOPでいう障害は、単に給料が少ないことや物価が高いことなど、外部の条件を挙げるだけではありません。
たとえば、給料日になると気持ちが緩み、貯蓄する予定だったお金まで使いたくなる習慣や、残高を見ることが怖くて家計の確認を先延ばしにする気持ちなどが考えられます。最後に、その障害が起きたときの具体的な行動を決めます。
給料日に予定外の買い物をしたくなったら、先に貯蓄用口座へ1万円を移し、残った予算を確認してから購入を判断するという方法です。ただし、実際の家計に1万円を残す余裕がないのであれば、貯蓄額そのものを見直す必要があります。
心理的な障害への対処と、家計として実行できるかどうかの確認は、別々に行わなければなりません。WOOPは願いが必ず実現することを保証しませんが、実行できる範囲の目標を決め、障害への対応を事前に考えるための手法として参考になるのではないでしょうか。
未来を思い描くことと現実の障害を確認することを組み合わせてこそ、希望を具体的な行動へ変えやすくなります。
お金の悩み別に考える五つの家計改善
貯金できない人の先取り貯蓄
毎月貯金をしようと思っているのに、気づけば給料を使い切ってしまう人がいます。本人は何度も「今月こそ貯めよう」と決意しているため、貯金できない状況が続くほど、自分の意志が弱いのではないかと感じるでしょう。原因を意志の弱さだけに求める前に、貯蓄を後回しにする仕組みが、残高の増えにくさへ関係していないかを確かめることが大切です。
本人の性格を責めるより、お金を残そうとしたときに、どのような支出や手順が妨げになっているのかを振り返ってみましょう。最初に確認したいのは、直近3カ月の収入と支出、実際に増減した預金額で、決意だけでは見えなかった家計の動きを把握するための材料です。そのうえで、必要な生活費と支払いを確保しながら、毎月いくらなら先に残しても生活を維持できるのかを考えます。
無理なく1万円を確保できるのであれば、給料が入った日に自動振替で別口座へ移す仕組みを作るとよいでしょう。ここで変えるのは「私は貯金できない人間だ」という自己評価ではなく、貯金が残りにくい家計の仕組みです。
毎月1万円を6カ月間積み立て、途中で取り崩さなければ、積立元本は6万円です。その金額を確認した経験が、自分にも貯金できるという感覚につながる可能性があります。無理なく続けられた経験が、自分に合う金額や方法を判断する材料となり、次の固定費見直しや積立額の増額へつながる場合もあるでしょう。
赤字家計の固定費見直し
家計が赤字になると、食費や趣味の支出を減らそうと考える人は少なくありません。しかし、好きなことをすべて我慢する方法では、生活の満足度が下がり、家計管理そのものが苦痛になる可能性があります。
そこで、最初に住居費、通信費、保険料、サブスクリプションなどの固定費を確認します。固定費の中に、現在はほとんど利用していないサービスや、契約内容が生活に合っていないものが見つかるかもしれません。
たとえば、週末に30分の時間を確保できたら、契約中のサブスクリプションを確認し、不要なものを一つ解約するという計画を立てられます。月1000円の固定費を12カ月間減らせれば、年間の支出は1万2000円少なくなります。解約時の費用や割引への影響がある契約では、それも含めて実際に減る金額を確認しましょう。
一つの契約だけでは大きな変化に見えなくても、生活への影響が小さい支出から見直せば、無理な我慢を増やさずに家計を整えられる可能性があります。
年収への不安と人的資本への投資
現在の年収が低いと感じている人の中には、「自分には特別な能力がないから仕方がない」と考えている人もいるでしょう。しかし、今の収入は現在の職務や雇用条件によって決まっている部分があり、生涯の収入の上限を示しているわけではありません。
まず、現在の年収と業界の給与水準、同じ経験を持つ人の求人条件などを確認します。そのうえで、自分の経験が別の職場でどのように評価されるのか、収入を増やすために必要な能力は何かを調べることができます。
平日の夜に30分だけ時間が取れるのであれば、その時間を専門書や講義に使う方法も考えられるでしょう。ただし、資格や学習への支出が必ず収入増加につながるとは限りません。需要のある分野かどうか、学習費用を回収できる見込みがあるかを確認し、必要以上の費用をかけないことも重要です。
人的資本への投資は、現在の収入を変えるための選択肢ですが、家計の安全性を確認したうえで進める必要があります。
投資への恐怖と少額からの学習
投資に興味はあっても、損をすることが怖くて始められない人がいます。ニュースで株価の下落を見たり、投資で損失を出した人の話を聞いたりすれば、自分のお金まで失うのではないかと感じるのは自然でしょう。しかし、投資の仕組みが分からないことと、自分には投資ができないことは同じではありません。
まず確認したいのは、毎月の収支と生活防衛資金の状況です。生活費や近い将来に使う予定のお金が不足しているなら、無理に投資を始める必要はありません。
一方で、十分な余裕資金があり、価格変動の仕組みも理解できているなら、少額から検討するという選択肢があります。たとえば、生活防衛資金を確保したうえで、NISAのつみたて投資枠の対象となる投資信託を学び、月1000円程度から積み立てる方法も考えられるでしょう。最低積立額や対象商品は金融機関によって異なるため、実際の条件と運用にかかる費用を確認することが必要です。
NISAは対象となる運用益を非課税にする制度であり、損失を防ぐ仕組みではありません。少額であっても元本割れのおそれがあり、インデックス投資だから必ず利益が出るわけでもないので、近く使う生活費は分けておきましょう。大切なのは「投資は怖いから絶対に無理」と決めつけるのではなく、仕組みを理解したうえで、自分に必要かどうかを判断することです。
老後資金の不安と定期的な見直し
老後資金が不安な人ほど、必要な金額が分からないまま将来を心配している場合があります。年金が少なかったらどうしよう、医療費や介護費が増えたら生活できないかもしれないと考えるほど、まだ起きていない出来事への恐怖が大きくなるでしょう。
そこで、まず「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」を使い、公的年金の記録や見込額を確認します。表示の前提を確かめ、ねんきんネットでは今後の働き方などの条件を変えて試算することもできます。現在の金融資産や退職金の有無、退職後の生活費も整理し、年金の試算と合わせて不足額の見通しを立てておきましょう。将来の数字には前提があるため、何を変えた場合の見通しなのかも確認することが必要です。
毎月最初の日曜日に30分だけ家計の状況を確認するなど、定期的な見直しの時間を決めてもよいでしょう。ただし、年金見込額や退職後の生活費が毎月大きく変わるわけではないため、必要以上に頻繁な試算を繰り返す必要はありません。
重要なのは、将来の不確実性をすべてなくそうとすることではなく、現在できる準備を進め、状況が変わったときに計画を修正できる状態を作ることです。
小さな成功体験が家計管理の自信を育てる理由
自己効力感と行動の継続
行動を続けるうえでは、実際にできたという経験を積み重ね、自分に合う進め方を確かめることが重要ではないでしょうか。心理学では、自分が必要な行動を実行できるという感覚を「自己効力感」と呼びます。
家計管理でも、これまで何度も貯金に失敗してきた人は、「どうせ今回も続かない」と考えやすくなるでしょう。その状態で、いきなり毎月5万円の貯金を目標にしても、生活に無理があれば途中で挫折し、以前の思い込みを強めてしまう可能性があります。
一方で、現在の収支から無理なく続けられる金額を決め、毎月1万円の先取り貯蓄を半年間続けたとします。半年後に積み立てた6万円が残っていれば、自分は貯金できない人間だという考えを見直す材料になるでしょう。これは途中で取り崩さず毎月1万円を移せた場合の例であり、全員に同じ結果を約束するものではありません。
すると次に、通信費を見直して月3000円を増やせないか、今まで使っていたお金の中で優先順位を変えられないかと考え始めるかもしれません。この変化の価値は、単に6万円が貯まったという事実だけでは測れないでしょう。
行動した結果として数字が変わり、その経験から自分への評価を見直すことができるのではないでしょうか。自己効力感と成功経験の関係は研究されていますが、この貯蓄例で自信が必ず高まることまで実証されたわけではありません。
続かなかったときに確認したいこと
家計改善の行動は、いつも予定どおりに続くとは限りません。急な出費が発生したり、仕事が忙しくなったり、家族の事情が変わったりすれば、当初の計画を実行することが難しくなる場合もあります。そのときに「やっぱり自分には無理だった」と考えてしまうと、以前の思い込みへ戻ってしまうでしょう。
しかし、行動が続かなかったことは、必ずしも本人の能力が不足しているという意味ではありません。目標が現在の家計に対して大きすぎたのか、実行する時間が曖昧だったのか、想定していなかった支出が発生したのかによって、必要な見直しは異なります。
たとえば、毎月1万円の貯蓄が難しいのであれば、5000円から始める方法もあります。平日の夜に勉強する時間が取れないなら、休日の午前中に短い時間を確保するほうが続けやすい人もいるでしょう。
ここで重要なのは、計画を守れなかったことを自分の価値と結びつけないことです。必要に応じて条件を調整し、再び実行できる形へ戻すことが、長期的な行動の継続につながります。
未来への自信は、強い言葉で自分を励ますことだけでなく、続けられる小さな行動を実際に積み重ねることからも育つのではないでしょうか。
未来から家計を考える際に注意したいリスク
楽観主義と無謀な行動を区別する
現実の認知的相対化は、現在の数字に縛られないための考え方ですが、使い方を誤れば財務的な危険を高める可能性があります。「未来はいくらでも変えられるのだから、今の赤字は気にしなくていい」と考えるのであれば、それは現実を相対化しているのではなく、必要な対応から逃げている状態です。
たとえば、生活防衛資金がほとんどないまま仕事を辞めたり、借金を増やして高額な講座を受講したりする行動は、将来の可能性を広げるどころか、家計を深刻な状況へ追い込む恐れがあります。また、十分な余裕資金がないまま高リスクの金融商品を購入し、「将来は増えるはずだから大丈夫」と考えることも避けるべきでしょう。
必要なのは、未来への希望を持ちながら、現在の家計が耐えられる範囲で挑戦することです。
生活防衛資金と挑戦するお金を分ける
家計の安全性を確保する方法として、生活防衛資金を用意することがあります。生活防衛資金とは、病気や失業、急な支出などによって収入が減った場合でも、一定期間の生活を維持するためのお金です。目安として生活費の3〜6カ月分が挙げられることがありますが、必要な金額は雇用形態や家族構成、収入の安定性などによって異なります。
たとえば、共働きで収入源が二つある家庭と、自営業で収入の変動が大きい家庭では、必要な備えが同じとは限りません。そのため、自分の家計に合わせて生活防衛資金を確保し、近い将来に必要な教育費や住宅関連費用も区別して管理することが重要です。
| 生活防衛資金 | 余裕資金 |
|---|---|
| 病気や失業、急な支出などによって収入が減った場合でも、一定期間の生活を維持するためのお金です。 | 学習や転職準備、資産運用などを検討します。 |
そして、生活を守るためのお金とは別に、余裕資金の範囲で学習や転職準備、資産運用などを検討します。このように資金の役割を分ければ、現在の生活を守りながら将来の可能性を広げるための行動を取りやすくなるでしょう。
守るべきお金は確実性を重視し、未来を広げるためのお金はリスクを理解したうえで活用することが基本です。
本人には変えられない経済的制約
家計には、これまでの支出や働き方、家族から受け継いだ価値観が関係します。ただし、すべての経済的な問題が本人の考え方や行動だけで生じるわけではありません。病気や介護、失業、物価上昇、地域の雇用環境、家庭の事情など、本人の努力だけでは変えられない要因もあります。
したがって、家計が苦しい人に対して「考え方を変えれば必ず豊かになれる」と断定することは適切ではありません。認知的な柔軟性を高めることによって選択肢が見えやすくなる可能性はありますが、それによって外部環境の制約まで消えるわけではないからです。
必要な場合には、公的な支援制度や債務相談、就労支援などを利用することも、現実的な改善策に含まれます。現実を無視するという考え方は、本人の責任を増やすためではなく、現在の条件に人生の可能性を閉じ込めないために使うべきでしょう。
最低限の生活費を収入で賄えない状態が続く場合や、滞納、返済のための借入れがある場合には、家計簿や心理的な工夫だけで抱え込まないことが大切です。厚生労働省は、生活困窮者自立支援制度で仕事、住まい、家計などの相談と支援を案内しています。
自治体の相談窓口などで、自分の状況に利用できる支援を確かめてみましょう。支援を求めることも、生活を守り、再び選択できる状態をつくるための家計改善の一部ではないでしょうか。
FPの役割は家計の監査役から未来の設計者へ
キャッシュフローの複数シナリオを考える
FPの仕事は、家計の数字を正確に確認することから始まります。収入、支出、金融資産、負債、保険、税金、社会保険、教育費、住宅費、老後資金などを整理しなければ、合理的なライフプランは作れません。
しかし、本来のファイナンシャルプランニングは、現在の数字を確認することだけで終わるものではありません。その人がどのように生きたいのかを理解し、希望する生活を実現するために、どの条件を変えられるのかを一緒に考えることまで含まれます。
たとえば、現在の収入と預金額をもとに将来のキャッシュフローを試算し、60歳時点で資金が不足する見通しになったケースを考えてみましょう。そこで「この希望は実現できません」と伝えるだけなら、現在の条件を延長した結果を説明したことになります。もちろん、その試算は重要な情報です。
しかし、そこで終わらず、働く期間を変えた場合や住居費を見直した場合、収入が増えた場合、退職後の生活費を調整した場合など、複数の条件を変えた試算を比較することもできるでしょう。そうすると、現在の条件では難しい計画であっても、別の条件なら実現に近づく可能性が見えてきます。
これは、無理な計画を肯定することではありません。何が難しいのかを確認し、そのうえでどの条件を変更すれば希望に近づけるのかを考える姿勢です。
ただし、収入の増加や資産運用による利益には不確実性があるため、都合のよい条件だけを組み合わせてはいけません。希望するケースだけでなく、収入が増えなかった場合や支出が想定より大きくなった場合も確認し、計画の安全性を検討する必要があります。
数字の正しさだけでは人生の満足度を測れない
ある家庭では、将来のために支出を減らし、貯蓄額を増やすことへ強く意識を向けていました。家計簿の数字は改善していますが、休日の外出を控え、家族旅行も見送り、趣味に使うお金まで減らしたことで、以前より生活を楽しめなくなっていました。本人は「将来のためだから仕方がない」と考えていたものの、いつになれば安心してお金を使えるのかが分からず、貯蓄が増えても満足感を得られません。
このような場合、さらに支出を削ることだけが正解とは限らないでしょう。何のために貯蓄しているのか、どの程度の資産があれば安心できるのか、今の生活で大切にしたいことは何かを確認する必要があります。
将来への備えは重要ですが、そのために現在の生活をすべて犠牲にすることが、必ずしも本人の望む人生につながるとは限りません。ファイナンシャルプランニングでは、資産額の最大化だけでなく、お金を使う時期や目的、家族との時間なども含めて考えることが重要です。お金は生活を支える手段であり、人生の満足度を決める唯一の基準ではありません。
だからこそ、FPには家計の監査役だけでなく、望む人生を実現するための設計者としての視点が求められます。数式に人生を合わせるのではなく、望む人生を実現するために数式の条件を組み直すことが、ライフプランニングの重要な役割です。
今日から始める未来逆算型の家計改善
ここまでの考え方を実際の生活に取り入れるために、まず現在もっとも気になっているお金の問題を一つ取り上げてみてください。預金が少ないことでも、老後資金が不安なことでも、収入を増やしたいという希望でも構いません。最初に行うのは、その問題に関係する数字を確認することです。
預金が少ないなら直近数カ月の収支を調べ、老後が不安なら年金や金融資産の見通しを確認します。収入を増やしたいなら、現在の年収と転職市場の情報を比較してみてもよいでしょう。
次に、確認した数字をもとに、今の問題へ対応するための具体的な行動を一つ決め、実行する日時まで考えてみましょう。固定費の見直しが必要なら週末に30分を確保し、貯蓄を増やしたいなら次の給料日から先取りの仕組みを作ります。
ここまでできたら、いったん現在の数字から意識を離します。そして「今の収入では無理だろう」という判断を保留し、本当はどんな生活を送りたいのかを考えてみてください。毎月の支払いを心配せずに暮らしたいのか、家族との旅行を楽しみたいのか、それとも仕事を辞めても生活できるだけの資産を持ちたいのかによって、必要な行動は変わります。
望む生活が見えてきたら、将来の転職へ備えて専門知識を学ぶなど、そこへ近づく小さな行動を選ぶことが次の段階です。すぐに働き方を変えられなくても、必要な知識や求人条件を調べることなら、現在の仕事を続けながら取り組める場合があるでしょう。毎月の積立額を見直したり、不要な契約を一つ解約したりすることも、未来に向けた行動になります。
重要なのは、最初から大きな結果を求めないことです。一度の行動で預金残高が大きく変わらなくても、以前より家計を冷静に確認できるようになったのであれば、それは意味のある変化でしょう。また、今まで「どうせ無理」と考えていたことについて、方法を調べるようになったのであれば、選択の仕方が変わり始めています。
翌月には、実際の資産額や収支の変化だけでなく、不安に費やす時間や、行動へ移せた回数も振り返ってみてください。行動が続かない場合には、自分を責めるよりも、目標が大きすぎなかったか、実行するタイミングが曖昧ではなかったかを確認することが重要です。
このような見直しを続けることで、現在の家計に対応しながら、将来の選択肢についても考えられる状態を目指します。現在の数字を確認して必要な対策を取り、そのあとは望む未来へ意識を向けるという習慣が、家計と気持ちの両方を整えるきっかけになります。
お金の問題を人生の転換点へ変える
家計が苦しくなったとき、「こんな問題さえ起きなければ」と感じるのは自然なことです。貯蓄が減ったり、住宅ローンの返済が重くなったりすれば、これからの生活がどうなるのかと不安になるでしょう。
苦しい状況を無理に前向きな出来事として受け止める必要はありません。それでも、その問題をきっかけに、自分が本当に望んでいる生活に気づくという可能性があります。
貯蓄が少なくなったことで、初めて家計の仕組みを見直す人がいます。住宅ローンの負担が重くなったことをきっかけに、働き方や住む場所を改めて考える人もいるでしょう。老後への不安から資産形成について学び始めたり、仕事を失った経験から、今までとは違う働き方を選んだりする人もいます。
問題そのものが人生を良くしてくれるわけではありません。しかし、その問題を見たあとに、何を考え、どんな行動を選ぶのかによって、その後の結果は変わる可能性があります。
自分だけが苦しい理由を考え続けると、意識が現在の問題や過去の出来事へ向く場合がありますが、その思いが生まれること自体を責める必要はありません。気持ちに少し余裕ができたら、この状況から何を変えたいのか、本当はどんな生活を送りたいのかを考えることが、未来の選択肢へ目を向けるきっかけになるでしょう。
現在の預金残高が少なくても、将来まで同じ状態が続くとは限りません。今の仕事が苦しくても、その働き方だけが人生のすべてではありませんし、老後への不安があっても、今から検討できる対策が残っている場合があります。
もちろん、経済的な問題がすべて本人の行動によって解決できるわけではありません。それでも、今できることと変更が難しいことを整理し、必要な支援も含めて選択肢を検討すれば、現在の状況を人生の結論として扱わずに済む可能性があります。
問題を見つめ続けるだけでは未来は変わりませんが、その問題をきっかけに選択を変えることはできます。
まとめ
FPの視点で考える現実を無視するとは、収入、預金残高、負債、生活費を正確に確認して必要な対策を取りながら、その数字を将来の限界にはしないという姿勢です。赤字や返済には具体的に対応し、心配を繰り返すことと問題を解決する行動を分けて考えます。
そのうえで望む暮らしを確かめ、収入、支出、働く期間を変えた複数の見通しを比較してみましょう。健康、家族、雇用環境、物価などの制約は残りますが、変更できる条件や利用できる支援を調べることで、別の選択肢が見つかる可能性があります。
最初から大きな決断をせず、直近の収支を整理する、働き方を調べる、続けられる貯蓄の仕組みを作るといった行動から始めて構いません。結果を確認して計画を調整することが、不安を完全になくせなくても、望む暮らしへ近づくきっかけになるのではないでしょうか。
現実を正確に見ながら、まだ確定していない未来まで決めつけないことが、根拠のない楽観に頼らず希望を持ち続けるための基本です。
参考資料
希少性と認知課題の関係は、2013年の研究概要(Princeton University)とIQ尺度の換算を紹介した大学の記事を参照しています。注意配分の変化については、2012年の研究概要で確認できます。
マネースクリプトと収入・純資産の関連は、クロンツらの2011年の論文を参照しています。自己効力感と成功経験については、学習場面の研究を整理したレビュー(University of Kentucky)を背景知識として用いています。
思考記録の方法は、英国NHSのThought recordを参照しています。現実の直視と希望の両立については、ジム・コリンズのThe Stockdale Paradoxで背景を確認できます。
ジョージ・キンダーのライフプランニングについては、Kinder Institute公式サイト、EVOKEの五つの段階、人生の三つの問いを参照しています。願いと内側の障害、実行計画の組み合わせは、WOOP公式の実践ガイドで確認できます。
資産形成と投資のリスクは、金融庁の資産形成の基本を参照しています。非課税制度は国税庁のNISA制度、少額積立の取扱例は楽天証券のNISA操作ガイドで確認しています。
老後の試算は、日本年金機構のねんきんネットによる年金見込額試算を参照しています。生活防衛資金の目安は、日本FP協会の災害に備えるくらしとお金の安心ブック(PDF)にある緊急予備資金の説明を参考にしています。
FPの業務と生活設計の考え方は、日本FP協会のファイナンシャル・プランナーとはを参照しています。生活上の困難への支援は、厚生労働省の生活困窮者自立支援制度で確認できます。