マンションの耐震化を考え始めたとき、「建物のことなら建築士へ相談するべきなのか」「管理組合の問題ならマンション管理士なのか」と迷う理事や理事長は少なくありません。さらに、普段から付き合いのある管理会社もいるため、誰に何を頼めばよいのか整理できず、理事会で話が止まってしまうこともあります。
結論からいえば、マンション管理士に頼みやすいのは耐震診断そのものではなく、管理組合が耐震化について判断できる状態を整える支援です。耐震診断や耐震補強設計は建築士などの技術専門家が担い、マンション管理士は管理規約、専門家選定、資金面の整理、住民説明、合意形成などを支えます。
耐震化では、一人の専門家へすべてを任せる必要はありません。建築士、マンション管理士、管理会社の役割を理解し、「今の問題は誰に聞けばよいのか」を切り分けることが、管理組合にとって最初の重要な判断になります。
マンション耐震化でマンション管理士が担う役割
マンション管理士は管理組合が判断できる状態をつくる
耐震化という言葉からは、柱や壁を補強する工事を思い浮かべやすいでしょう。しかし、分譲マンションでは技術的に優れた補強方法が分かっただけで、工事を始められるわけではありません。
区分所有者ごとに生活状況や経済事情が異なり、「安全性を高めたい」という気持ちが共通していたとしても、負担できる金額や工事への受け止め方は同じではないからです。
理事会では、建物のために動いているつもりでも、「急に高い工事を決めないでほしい」「修繕積立金を使い切るつもりなのか」と言われることがあります。こうした反応に直面すると、なぜ安全の話が伝わらないのかと戸惑うかもしれませんが、住民側から見れば自分の住まいと資産、生活費に関わる問題です。
耐震化が難しい理由は、技術と暮らしが同時に動くところにあります。
そこで役立つ専門家の一人がマンション管理士です。マンション管理士は、マンション管理に関する専門知識をもとに、管理組合の運営について相談や助言などを行う国家資格者であり、耐震化では管理組合側の検討を整理する役割を担います。
例えば、まだ耐震診断をするか決まっていない段階なら、建築時期や設計図書、過去の修繕履歴など、最初に確認すべき資料を整理できます。耐震診断へ進む場合には、専門家をどう選ぶのか、どこまで理事会で検討し、どの段階で総会へ諮るのかといった進め方についても相談できます。
耐震診断後には、建築士から示された技術情報を住民へどう伝えるのか、修繕積立金や長期修繕計画との関係をどう考えるのかという新しい問題が生まれます。
マンション管理士がいる意味は、専門家から出された情報を管理組合の意思決定へつなぐところにあります。
マンション管理士だけで耐震化は進められない
ここは誤解しないよう明確にしておく必要があります。
マンション管理士という資格そのものは、耐震診断、構造計算、耐震補強設計を行うための資格ではありません。建物の耐震性能を技術的に調査し、補強方法を設計する業務では、建築士などの技術専門家が中心になります。
一方、マンション管理士には、建築士などを選ぶ際の比較項目を整理したり、管理規約を踏まえて管理組合の手続を確認したり、住民説明会やアンケートの進め方を支援したりする役割があります。
法律上の複雑な紛争や訴訟代理などについては、弁護士へ確認すべき場面もあります。
つまり、マンション管理士へ何でも任せるのではなく、「この問題は建築士へ確認する」「この法律問題は弁護士にも相談する」と専門家をつなげられることも重要です。
マンション管理士に頼めることと頼めないこと
この記事の結論を最も分かりやすく整理すると、次のようになります。
| 分野 | マンション管理士に頼みやすいこと | 他の専門家へ依頼すべきこと |
|---|---|---|
| 初期検討 | 耐震化の進め方や確認事項の整理 | 建物の耐震性能そのものの技術判定 |
| 耐震診断 | 診断者選定や発注方法の整理 | 現地調査や構造計算 |
| 耐震補強 | 補強案を比較するための論点整理 | 耐震補強の構造設計 |
| 管理規約 | 管理規約を踏まえた運営上の助言 | 高度な法律判断や紛争対応 |
| 総会 | 議案準備や説明方法の支援 | 訴訟代理などの弁護士業務 |
| 合意形成 | アンケートや説明会の運営支援 | 強制的な権利調整 |
| 資金計画 | 長期修繕計画との関係整理 | 融資の承認や実行保証 |
| 工事 | 管理組合側の住民対応や調整 | 施工や建築士としての工事監理 |
この表から分かるように、マンション管理士の強みは、建物を診断することではなく、管理組合が必要な専門家を使いながら判断できる環境を整えることです。
マンション管理士に相談しやすい5つの場面
耐震化を検討するべきか迷っているとき
築年数を調べた結果、旧耐震基準の時期に建てられた可能性があると分かれば、「すぐ何かしなければならないのでは」と不安になるかもしれません。
ただし、旧耐震基準のマンションだからといって、個別の建物について直ちに危険だと断定することは適切ではありません。構造形式、壁や柱の配置、建物形状などによって耐震性能は異なるため、必要に応じて専門的な耐震診断で確認します。
この段階では、まだ工事を考える必要はありません。マンション管理士へ相談し、建築確認時期、設計図書、過去の耐震診断、修繕履歴など、現在確認できる情報を整理するとよいでしょう。
自治体に耐震化の相談窓口や専門家派遣制度があるか調べることも、初期段階で行いやすい作業です。
最初に必要なのは、耐震改修を決断することではありません。自分たちのマンションについて何が分かっていて、何がまだ分からないのかを把握することです。
管理会社とは別の意見も確認したいとき
管理会社は、マンションにとって身近な相談先です。設計図書や修繕履歴を保管していたり、理事会や総会の事務を支援したりしているため、耐震化でも重要な役割を担います。
一方、管理会社によって技術部門の有無や耐震化への対応範囲は異なり、管理委託契約に含まれる業務も同じではありません。
管理会社から耐震化について提案を受けたとき、「この方法だけでよいのだろうか」と感じることもあるでしょう。それは必ずしも管理会社を疑っているという意味ではなく、管理組合として自分たちの判断材料を増やしたいという自然な感覚です。
このような場合、外部のマンション管理士へ相談することで、専門家の選び方、見積もりで比較する項目、今後の手順などについて第三者の視点を持てます。
大切なのは、誰を信用するかという二者択一にしないことです。管理組合自身が判断できる材料を持てているかを確認するとよいでしょう。
総会や管理規約の扱いが分からないとき
耐震診断や耐震改修を進める際には、理事会で検討できる範囲と総会へ諮る事項を整理する必要があります。
修繕積立金を使用する場合や共用部分を変更する場合には、管理規約と区分所有法との関係も確認しなければなりません。
ここで困るのが、過去のインターネット記事や古い資料を見ると、異なる決議割合が出てくることです。
2026年4月1日には改正区分所有法が施行されています。したがって、以前の資料に記載された決議方法を現在の耐震改修へそのまま当てはめることは避ける必要があります。
マンション管理士には、具体的な工事内容を前提として、どの法令や管理規約を確認すべきか整理してもらうとよいでしょう。法律上の争点が複雑な場合には、弁護士へ確認することも検討します。
修繕積立金と将来の修繕が心配なとき
耐震診断までは進められそうでも、補強工事の概算費用を聞いた瞬間に、理事会の雰囲気が重くなることがあります。
「耐震改修で積立金を使ったら、次の大規模修繕はどうするのか」という不安は、管理組合にとって避けて通れません。
その場合、耐震工事だけを切り離して考えるのではなく、今後予定されている外壁修繕、防水工事、設備更新などと一緒に資金計画を確認する必要があります。
マンション管理士には、現在の修繕積立金、今後の積立予定、長期修繕計画を整理し、管理組合としてどのような検討が必要なのかまとめてもらえます。
さらに自治体の助成制度や管理組合向け融資を利用できる可能性もあるため、現在の修繕積立金だけを見て「無理だ」と判断するのは早いでしょう。
住民から反対意見が出ているとき
耐震化を検討している理事会にとって、住民からの反対意見は大きな心理的負担になります。
時間を使って資料を調べたにもかかわらず、「そんな工事はいらない」「余計な負担を増やさないでほしい」と言われれば、なぜ理解してもらえないのかと思うかもしれません。
しかし、反対意見の背景は一つではありません。
高齢の区分所有者なら、今後の収入が増えないなかで一時金を負担することが怖い可能性があります。子育て世帯なら、住宅ローンや教育費と重なることに不安を感じるでしょう。
賃貸に出している所有者なら、自分が住んでいないため、居住者とは異なる観点で工事を見ています。
マンション管理士には、こうした意見を費用、工法、工事中の生活、必要性への疑問などに分け、アンケートや説明会で確認できる形へ整理してもらえます。
反対する人を説得することだけが合意形成ではありません。なぜ判断できないのかを確認し、その人が判断するために必要な情報をそろえることが重要です。
耐震診断と設計は誰に依頼するのか
耐震診断は建築士などの技術専門家へ依頼する
耐震診断では、建物の設計図書や構造を確認し、必要な現地調査を行ったうえで耐震性能を専門的に評価します。
RC造やSRC造のマンションでは、構造耐震指標であるIs値などを使う診断方法があります。
ただし、「Is値が0.6以上なら現行の建築基準法に適合している」と単純に理解するのは適切ではありません。
国土交通省が示す耐震診断資料では、第2次診断法や第3次診断法について構造耐震判定指標Is0は一般に0.6とされていますが、これは耐震診断上、所要の耐震性を判断する際に用いる指標です。
さらに、第2次診断法や第3次診断法ではIs値だけで判定するわけではなく、累積強度指標であるCTU×SDなども確認します。地域や地盤などの条件によって、判定に用いる数値が補正される場合もあります。
そのため、理事会が診断書のIs値だけを見て「安全」「危険」と独自に結論づけるのは避けたほうがよいでしょう。
診断を担当した建築士から、どの診断方法を用いたのか、どの方向や階に課題があるのか、どの指標を含めて評価したのかまで説明を受けることが重要です。
数字だけを見れば不安になることもありますが、その数字が自分たちの建物について何を示しているのか理解できれば、次に検討するべきことが見えてきます。
耐震補強設計も建築士などの専門領域になる
耐震診断を踏まえて改修を検討する場合には、建物に適した補強方法を選びます。
耐震壁を追加する方法、外側に補強フレームを設ける方法、柱などを補強する方法などが考えられますが、実際に採用できる工法は建物によって異なります。
補強方法を技術的に検討し、構造設計を行う業務は建築士などの専門領域です。
一方、管理組合には、提示された補強案を比較して意思決定する作業があります。
例えば工事費が安くても、バルコニーや採光への影響が大きい案では住民合意が難しくなる可能性があります。反対に生活への影響が少ない工法でも、工事費や将来の維持管理費が高くなるかもしれません。
マンション管理士には、建築士から提示された複数案について、管理組合が比較する項目を整理してもらえます。
技術的に可能な方法の中から、自分たちのマンションとして受け入れられる方法を探すことが大切です。
建築士とマンション管理士の役割の違い
建築士とマンション管理士は競合する専門家ではありません。
建築士は建物の構造や耐震性能を技術的に確認し、マンション管理士は管理組合がその情報を使って意思決定できるよう支援します。
管理会社はさらに別の立場から、保管資料の準備、理事会や総会の事務、住民への案内などを支えます。
「誰か一人に全部頼む」という考え方より、工程ごとに中心となる専門家を変えるほうが実務的でしょう。
耐震化の工程と担当専門家
| 耐震化の工程 | マンション管理士の主な役割 | 建築士や構造専門家の主な役割 | 管理会社の主な役割 |
|---|---|---|---|
| 初期検討 | 検討手順や管理組合側の課題整理 | 建物に関する技術的な初期助言 | 図面や修繕履歴の確認 |
| 自治体制度確認 | 制度調査や相談先整理の支援 | 技術要件の確認 | 必要資料の準備支援 |
| 診断者選定 | 比較項目や選定手続の整理 | 技術提案や見積提示 | 見積取得などの事務支援 |
| 耐震診断 | 管理組合側の進行支援 | 現地調査や構造評価 | 調査日程や立入り調整 |
| 診断結果説明 | 次の検討事項や住民質問の整理 | 診断結果の技術説明 | 説明会運営の事務支援 |
| 耐震改修計画 | 合意形成や資金面の整理 | 補強方法や概算費用の検討 | 修繕履歴などの情報提供 |
| 総会準備 | 管理規約や手続上の論点整理 | 技術資料の作成 | 招集通知などの事務支援 |
| 補強設計 | 管理組合側の条件整理 | 構造設計 | 必要な連絡調整 |
| 工事 | 住民対応や管理面の支援 | 設計内容に応じた工事監理 | 掲示や日常的な連絡支援 |
| 完了後 | 今後の管理計画整理 | 技術報告や確認 | 記録保管や管理業務 |
この役割分担を理解しておけば、「マンション管理士に相談したのに建物の診断をしてもらえない」「建築士に頼んだのに住民意見の整理までしてもらえない」といった期待のずれを防ぎやすくなります。
耐震診断後に管理組合が進める流れ
診断結果を受け取ってから方針を整理する
耐震診断の結果を受け取ると、理事会では「次は工事を決めなければならない」と焦ることがあります。
しかし、診断結果は工事を決定する書類ではなく、その後の方針を考えるための材料です。
まず診断を担当した建築士から、どの部分に耐震上の課題があり、どのような評価になっているのか説明を受けます。そのうえで耐震改修を検討する場合には、補強方法、概算工事費、施工期間、住戸への影響などを比較します。
ここで住民へ突然「工事に賛成ですか」と尋ねれば、判断材料が不足している人は不安から反対する可能性があります。
診断結果を理解し、考えられる選択肢と費用、生活への影響を整理したうえで説明するほうが、住民も自分の考えを持ちやすくなるでしょう。
耐震改修だけに限定せず選択肢を確認する
診断結果に課題があった場合でも、最初から一つの工法に決める必要はありません。
耐震補強を行う方法、大規模修繕と同時に実施する方法など、建物の状態や今後の修繕計画によって検討方法は変わります。
高経年マンションでは、建物全体の将来を考えるなかで、より長期的な再生方法が検討対象になる可能性もあります。
技術的に可能な方法は建築士が検討しますが、どの選択肢を管理組合として採用するかは、費用、工期、生活への影響、今後の維持管理などを総合的に見て判断します。
マンション管理士には、その比較軸を整理し、住民へ説明できる状態へまとめてもらうとよいでしょう。
資金計画は長期修繕計画と一緒に確認する
耐震改修の費用は、現在の修繕積立金だけを見て判断するものではありません。
数年後に大規模修繕が予定されている場合には、耐震工事へ積立金を使うことで将来の工事資金が不足しないか確認する必要があります。
一方、自治体の補助制度や管理組合向け融資を利用することで、一時金や修繕積立金からの支出を抑えられる可能性があります。
「払えるか払えないか」という二択にする前に、長期修繕計画を含めた資金全体を見ながら、どの方法なら管理組合として継続できるのか検討するとよいでしょう。
耐震改修の決議要件は2026年現在の資料を確認する
古いマニュアルの決議要件をそのまま使わない
国土交通省の従来の「マンション耐震化マニュアル」は、耐震診断や合意形成の基本的な考え方を理解するうえで参考になる資料です。
一方、区分所有法などマンション再生に関係する法制度はその後改正されています。
2026年4月1日には改正区分所有法が施行され、これを踏まえて国土交通省は2026年3月31日にマンション再生関係のマニュアル類を改定・再編し、現在は「マンション改修マニュアル」など現行法に対応した資料を案内しています。
したがって、耐震診断や合意形成の考え方について従来資料を参考にすることはできますが、現在の決議要件や法的手続については2026年の現行資料を優先して確認する必要があります。
記事や過去の理事会資料に書かれている決議割合だけを見て、現在の耐震改修にも同じ数字が適用されると考えないことが重要です。
耐震改修促進法の必要性認定による特例も確認する
現行の区分所有法では、共用部分の形状や効用を著しく変更する工事について、一定の定足数と出席者を基礎にした決議の仕組みが設けられています。
また、一定の場合には決議要件が緩和される仕組みがあります。
耐震改修では、耐震改修促進法第25条の「耐震改修の必要性に係る認定」も重要です。
この必要性認定を受けた区分所有建築物について一定の耐震改修を行う場合には、共用部分の著しい変更に該当する工事であっても普通決議で実施できる特例があります。
ただし、「必要性認定を受ければ耐震化に関するすべての手続が普通決議になる」という意味ではありません。
どの工事を行うのか、専有部分への影響があるのか、管理規約ではどのように定められているのかなど、個別に確認すべき点があります。
そのため、実際に総会議案を作成する段階では、建築士から工事内容を具体化してもらったうえで、マンション管理士などと手続を整理し、法律上の判断が難しい場合には弁護士へ確認するとよいでしょう。
住民の合意形成でマンション管理士ができる支援
反対意見の理由を分けて考える
耐震化の住民説明会では、同じ「反対」という言葉でも、その背景は人によって異なります。
費用が怖い人もいれば、工事中の騒音やバルコニーの使用制限を心配している人もいます。そもそも耐震改修が必要なのか納得できていない人もいるでしょう。
理事会から見れば同じ反対意見でも、原因が違えば必要な説明も変わります。
マンション管理士には、説明会で出た意見を整理したり、アンケートを使って不安の内容を確認したりする支援を依頼できます。
反対している人を一つの集団として扱わず、その人が何を知れば判断できるのかを確認することが大切です。
費用負担への不安は資金案と一緒に説明する
「一時金を払えない」という意見に対し、安全だから必要だと説明するだけでは解決しない場合があります。
高齢世帯では収入が増える見込みが少なく、子育て世帯では住宅ローンや教育費の負担が重なっている可能性があります。
そのため、自治体助成、管理組合向け融資、修繕積立金の利用方法、工事時期など、検討できる資金案を示す必要があります。
一つの資金案だけで賛否を求めるより、複数の可能性を比較できる状態にしたほうが、住民は自分の事情に照らして考えやすくなるでしょう。
工事中の生活への不安は建築士と連携して説明する
住民が気にするのは構造計算だけではありません。
「バルコニーはどのくらい使えなくなるのか」「窓の前に補強材が付くのか」「騒音は何か月続くのか」といった生活への影響は、工事への賛否を左右する大きな問題です。
この部分は建築士などの技術専門家から具体的に説明してもらう必要があります。
マンション管理士は、住民から出た質問を整理し、技術者へ確認することで、専門的な説明を暮らしに結びついた情報へ変えることができます。
「専門家から説明を受けた」というだけではなく、住民が自分の生活を想像できるところまで情報を具体化することが重要です。
耐震化の必要性には診断結果を使って説明する
「今まで大きな地震でも倒れなかったのだから必要ないのではないか」という意見が出ることもあります。
この場合、将来の被害を断定して不安をあおるのは適切ではありません。
過去に大きな被害がなかったことだけで将来の耐震性能を判断できない一方、旧耐震基準だから直ちに危険だと決めつけることも避ける必要があります。
耐震診断を実施したのであれば、その建物について実際に得られた診断結果をもとに説明します。
抽象的に「古いから危ない」と話すより、どの部分についてどのような評価が示されたのかを建築士から説明してもらうほうが、管理組合として冷静に判断しやすくなるでしょう。
専門家を選ぶときのチェックポイント
マンション管理士は資格だけでなく実務経験を見る
マンション管理士を選ぶ場合には、資格を持っているという事実だけでなく、高経年マンション、大規模修繕、耐震化、住民説明会などに関わった経験を確認するとよいでしょう。
耐震化では、管理規約を説明できることに加え、建築士から必要な技術情報を引き出し、住民の不安を整理する調整力が求められます。
分からないことを無理に答えるのではなく、「これは建築士へ確認しましょう」「ここは弁護士にも相談しましょう」と専門家を適切につなげられるかも重要です。
建築士はマンション耐震診断の実績を見る
建築士を選ぶ場合には、RC造やSRC造など対象マンションと同じ構造について、耐震診断や補強設計の経験があるか確認します。
自治体の助成制度を利用した案件への対応経験や、診断後の補強計画まで相談できるかも重要でしょう。
耐震診断だけを依頼したあとで、補強方法を相談するために別の専門家を一から探すことになれば、管理組合の負担が増えます。
診断を依頼する時点で、その後どこまで相談できるのか確認しておくと安心です。
専門家と施工会社の関係も確認する
専門家が特定の施工会社や設計事務所と継続的な関係を持っている場合があります。
その関係自体が直ちに問題というわけではありませんが、管理組合として分かる状態にしておくことが重要です。
どの業務で報酬を受けるのか、工事会社の紹介によって報酬が発生するのか、契約範囲はどこまでなのかを確認します。
こうした情報が不透明だと、「最初からこの工事会社へ決めるつもりだったのではないか」という疑念が生まれ、専門家だけでなく理事会への不信につながる可能性があります。
耐震化では、専門家選定の透明性そのものが合意形成の一部だと考えるとよいでしょう。
自治体の専門家派遣と補助制度も確認する
補助制度はマンション所在地によって異なる
耐震診断や耐震改修には大きな費用がかかることがあります。
見積金額を見て「管理組合だけでは難しい」と感じても、そこで検討を止める前に自治体制度を確認してください。
自治体によっては、耐震診断、補強設計、耐震改修、専門家相談などに対する助成制度があります。
ただし、対象となる建築時期、構造、助成率、上限額、申請時期は自治体によって異なります。
他地域で補助された事例をそのまま自分たちのマンションへ当てはめることはできません。
特に、契約や事業着手前の申請を条件としている制度があるため、専門家や施工会社と正式契約を結ぶ前に確認することが重要です。
板橋区ではマンション管理士を耐震化支援に活用している
東京都板橋区では、耐震化アドバイザー派遣制度を設けています。
制度では、耐震診断や耐震改修について知識と経験を持つ一級建築士に加え、分譲マンション管理組合の合意形成について知識と経験を持つマンション管理士もアドバイザーとして位置づけられています。
耐震化の進め方や区分所有者間の合意形成について相談できる一方、耐震診断や耐震設計そのもの、工事発注、紛争解決などを派遣アドバイザーが直接行う制度ではありません。
この仕組みを見ると、マンション管理士が「耐震診断を行う人」ではなく、「管理組合が耐震化へ進むための整理を支援する人」であることが分かりやすいでしょう。
町田市では専門家への相談費用も助成している
東京都町田市では、分譲マンション耐震化促進助成制度として、耐震アドバイザーへの相談費用を助成しています。
2026年度の案内では、建築士やマンション管理士などから耐震化や区分所有者間の合意形成について専門的な助言を受ける場合、一回当たり5万円を上限として全額助成し、一管理組合につき合計10回まで利用できる仕組みとなっています。
このように、耐震診断や工事だけではなく、その前段階の専門家相談を支援している自治体もあります。
「専門家へ相談するだけでも費用がかかるから」とためらっている管理組合ほど、最初に自治体制度を調べてみる価値があるでしょう。
地域の専門家派遣制度を調べる方法
所在地の自治体公式サイトで、「市区町村名 マンション 耐震診断 助成」「市区町村名 マンション 耐震化 アドバイザー」「市区町村名 マンション管理士 派遣」などを検索します。
見つからない場合には、住宅担当、建築指導担当、建築安全担当、マンション政策担当などへ電話で問い合わせます。
その際、建築時期、階数、構造、戸数などの基本情報が分かれば、対象となる制度についてより具体的に確認できるでしょう。
自治体制度の確認は大きな決断ではありませんが、助成の有無が分かるだけでも、その後の耐震診断や資金計画を考えやすくなります。
相談前に準備しておきたい資料
資料が全部そろっていなくても相談できる
築年数の経過したマンションでは、竣工時の設計図書がすべて残っていないことがあります。
構造計算書が見つからないと、「これでは相談しても意味がないのでは」と感じるかもしれませんが、不足している資料があること自体が専門家へ伝えるべき情報です。
何が残っていて何が不足しているか分かれば、追加調査が必要なのか、別の資料で補えるのかを専門家と検討できます。
初回相談までに完璧な資料一式を用意する必要はありません。
理事会で最初に確認する10項目
| 番号 | 確認項目 | 確認する理由 |
|---|---|---|
| 1 | 建築確認時期 | 旧耐震基準に該当する可能性を確認する |
| 2 | 建物構造 | RC造やSRC造など基本構造を把握する |
| 3 | 竣工図 | 建物全体の図面が残っているか確認する |
| 4 | 構造図 | 柱や梁など構造資料の有無を確認する |
| 5 | 構造計算書 | 建築時の構造計算資料が残っているか確認する |
| 6 | 確認済証と検査済証 | 建築関係資料の保管状況を確認する |
| 7 | 過去の耐震診断 | 以前に診断を実施していないか確認する |
| 8 | 修繕履歴 | 大規模修繕や躯体補修の履歴を把握する |
| 9 | 修繕積立金 | 耐震化と将来修繕に使える資金状況を確認する |
| 10 | 自治体制度 | 助成や専門家派遣制度の有無を確認する |
例えば構造計算書が見つからなくても、竣工図の有無や建築時期が分かれば相談を始められます。
「ないものが分かった」ということも重要な前進です。分からない状態を一つずつ具体化することで、次に誰へ何を聞けばよいのかが見えてきます。
マンション耐震化で最初に取るべき行動
耐震化について調べるほど、法律、構造、資金、合意形成と論点が増え、「理事会だけでは扱えないのではないか」と感じるかもしれません。
実際、耐震化は管理組合にとって簡単な事業ではありません。しかし、最初から耐震改修工事まで決断する必要もありません。
まず管理会社へ設計図書や過去の修繕資料の保管状況を確認し、所在地の自治体に耐震相談や専門家派遣制度があるかを調べます。
その結果をもとに、進め方や管理組合運営について整理したいのであればマンション管理士へ相談し、建物そのものの耐震性能を確認する段階になれば建築士などの専門家へつなげます。
この順序なら、理事会が分からないまま高額な耐震診断や工事を発注することを避けやすくなります。
耐震化は、一度の会議で大きな決断をするところから始まるものではありません。小さな確認を積み重ねて判断材料を増やすことで、最初は漠然としていた不安が、管理組合として扱える具体的な課題へ変わっていくでしょう。
マンション耐震化でよくある質問
- マンション管理士は耐震診断できますか
-
マンション管理士資格そのものは、耐震診断や構造計算を行うための資格ではありません。
耐震診断では、建物の構造について専門知識を持つ建築士などへ依頼することが基本です。
マンション管理士には、診断を依頼する専門家の選定方法、理事会での進め方、管理規約、住民説明などを相談できます。
なお、マンション管理士本人が別途建築士資格を持ち、必要な要件を満たしている場合には、その建築士資格に基づいて技術業務を行うことがあります。
- 耐震化は建築士とマンション管理士のどちらに相談すればよいですか
-
建物の耐震性能や補強方法について技術的な相談をしたい場合には、建築士などが中心になります。
一方、まだ耐震診断を行うか決まっておらず、理事会で何を確認すればよいか分からない場合や、住民説明、管理規約、合意形成に不安がある場合には、マンション管理士へ相談しやすいでしょう。
どちらか一方を選ぶのではなく、耐震化の段階に合わせて連携してもらう考え方が実務的です。
- 耐震診断後に管理組合は何をすればよいですか
-
診断を担当した建築士から結果の説明を受け、建物のどの部分について耐震上の課題があるのか確認します。
そのうえで、考えられる補強方法、概算費用、工事期間、生活への影響などを比較し、自治体助成や長期修繕計画との関係も整理します。
十分な判断材料を住民へ示してから、管理組合として方針を決めていくことが重要です。
- 住民から耐震改修への反対がある場合はどう進めますか
-
反対の理由を具体的に確認します。
費用が不安なのか、工事中の生活が心配なのか、耐震化の必要性そのものに疑問があるのかによって、必要な説明は変わります。
アンケートや個別ヒアリングなどを活用し、技術上の質問には建築士、管理組合運営や合意形成についてはマンション管理士など、専門分野に応じて説明してもらうとよいでしょう。
- マンション管理士への相談費用に補助制度はありますか
-
自治体によってはあります。
例えば町田市では、建築士やマンション管理士などから耐震化や合意形成について専門的な助言を受けるための費用助成を案内しています。
ただし、全国共通の制度ではありません。
所在地の自治体で対象建物、助成額、申請時期などの最新条件を確認してください。
- 自治体から専門家を派遣してもらえる場合はありますか
-
自治体によっては、耐震化を検討するマンションへ専門家を派遣する制度があります。
板橋区では、耐震診断や耐震改修について知識と経験を持つ一級建築士に加え、管理組合の合意形成について知識と経験を持つマンション管理士を耐震化アドバイザーとして位置づけています。
制度の名称や対象条件は地域ごとに異なるため、「マンション耐震化」「耐震アドバイザー」「専門家派遣」など複数の言葉で所在地の自治体公式サイトを確認するとよいでしょう。
まとめ
マンションの耐震化では、耐震診断や補強設計を担う建築士と、管理組合の意思決定や合意形成を支えるマンション管理士の役割を分けて考えることが重要です。
マンション管理士には、耐震化の進め方、専門家選定、管理規約、資金面の整理、住民説明などを相談できますが、構造診断や補強設計そのものを任せるわけではありません。
また、2026年4月施行の改正区分所有法を踏まえ、耐震改修に関する決議や手続については現在の国土交通省資料と最新法令を確認する必要があります。従来の耐震化マニュアルは耐震診断や合意形成の基本を理解する資料として役立ちますが、現在の法的手続を確認する資料とは分けて使うことが大切です。
まだ耐震診断を行うか決まっていない管理組合であれば、まず設計図書や過去の修繕資料を確認し、自治体の相談制度を調べるところから始めてください。
必要な情報を一つずつそろえていけば、「誰に何を頼めばよいのか分からない」という状態から抜け出せます。耐震化という大きな問題も、管理組合が理解できる大きさへ分けて考えることで、次の一歩を選びやすくなるでしょう。
参考資料
2026年現在の手続を確認する資料
2026年4月施行の改正区分所有法を踏まえたマンション再生や改修に関する現行資料については、次の国土交通省資料を優先して確認してください。
耐震診断の技術的な考え方を確認する資料
Is値、累積強度指標、地域や地盤による補正などを確認する場合は、国土交通省の耐震診断関係資料を参照してください。
耐震化と合意形成の基本を理解する資料
従来のマンション耐震化マニュアルは、耐震診断や管理組合の合意形成について基本的な考え方を理解する参考資料として利用できます。ただし、2026年現在の決議要件や法的手続については、上記の現行資料を優先してください。
自治体による支援制度の例
マンション管理士を含む専門家派遣制度や相談費用への助成内容は自治体によって異なるため、実際の利用時にはマンション所在地の制度を確認してください。