理事会で突然「今年は防災を担当してください」と言われても、すぐに具体的な計画を描ける人は多くありません。非常食を買えばよいのか、防災委員会を作るべきなのか、それとも管理会社へ建物設備を確認するところから始めるべきなのか。担当という役割だけを先に渡され、何を正解として進めればよいのか分からないまま、不安を抱えることもあるでしょう。
しかも、マンション防災は調べ始めるほど範囲が広がります。地震への備えだけを考えていたはずが、停電、断水、排水、エレベーター、安否確認、居住者名簿、個人情報、管理規約、防災訓練と論点が次々に増えていくため、「結局どこから手を付ければよいのか」という迷いが生まれやすいのです。
そこで大切なのは、最初からすべてを完成させようとしないことです。まず自分たちのマンションで何が起こり得るのかを確認し、すでに整っているものと不足しているものを分け、その中から命や二次被害に関係する課題を優先して扱います。そのうえで、次の理事会までに確認する事項を一つ決め、担当者と期限を置けば、防災という大きすぎるテーマを管理組合が実際に進められる仕事へ変えていけます。
マンションの在宅避難体制とは、防災用品を増やすことだけではありません。設備、人、情報、判断方法、管理ルールをつなぎ、発災時にも実際に動かせる状態を作ることです。本記事では、そのために管理組合が準備したい7項目を、最初の理事会で行うこと、100戸規模マンションの実務モデル、優先順位表、チェックリストまで含めて整理します。
マンションの在宅避難体制とは
在宅避難は自宅に残ること自体が目的ではない
マンションにおける在宅避難とは、災害発生後も建物と住戸の安全が確保され、自宅で生活を継続できる場合に、その住戸を避難生活の場所として利用する考え方です。住み慣れた環境で過ごせれば、避難所に比べてプライバシーを保ちやすく、高齢者、乳幼児、障害のある人、持病のある人、ペットと暮らす世帯などにとって、生活環境の急激な変化による負担を抑えられる可能性があります。
一方で、「マンションに住んでいれば避難所へ行く必要はない」という意味ではありません。建物に重大な損傷がある場合、火災が迫っている場合、洪水や土砂災害などによってその場所にとどまること自体が危険な場合には、別の安全な場所へ避難する必要があります。
そのため、在宅避難を最初から決め打ちするのではなく、建物と住戸の安全を確認した結果として選択できるかを判断することが基本になります。「マンションだから残る」のではなく、「安全を確認できたから残れる」という順序で考えることが重要です。
在宅避難という言葉だけが先に広がると、居住者が「マンションでは避難しないほうがよい」と誤解するおそれがあります。管理組合が体制を整えるときには、在宅避難を勧めることより先に、安全確認によって避難先を判断するという前提を共有しておきたいところです。
建物が立っていても生活できなくなる理由
マンション防災で難しいのは、建物そのものが倒壊していなくても、日常生活を支えている仕組みが同時に使えなくなる可能性があることです。停電によって給水ポンプが停止すれば上層階へ水を送れなくなる場合があり、エレベーターが止まれば買い物や給水のための移動にも階段を使わなければなりません。
さらに、排水管が損傷していれば、蛇口から水が出ていてもトイレや台所の水を流すことが二次被害につながる場合があります。オートロックや通信設備についても、通常どおり利用できるとは限りません。
外から見ると昨日までと同じマンションがそこに建っているため、住民は「建物は無事だから暮らせるだろう」と感じるかもしれません。しかし建物内部では、水、電気、排水、移動、通信という生活基盤が同時に失われている可能性があります。
この違いを具体的に想像できるようになると、管理組合の防災は「建物が倒れないための備え」だけではなく、「建物が残ったあとに生活を続けるための備え」へ広がっていきます。
設備があることと使えることは別の問題
防災倉庫があり、非常用発電機も設置され、居住者名簿も作成されているなら、理事会としては「それなりに防災対策ができている」と感じるかもしれません。
ところが、非常用発電機が何に給電できるのか理事会で把握していなかったり、防災倉庫の鍵を管理員しか扱えなかったり、居住者名簿が数年間更新されていなかったりすれば、本番では十分に機能しない可能性があります。
確認したいのは設備や資料の有無だけではなく、災害時のどの場面で誰が利用し、どのような手順で使い、通常どおり利用できない場合には何へ切り替えるのかまで、一つの運用として整理されているかという点です。
ここまで考えると、マンション防災は「何を持っているか」から「今あるものを本当に動かせるか」へ視点が変わります。在宅避難体制を整えるうえでは、この転換が非常に重要です。
なぜ管理組合として在宅避難を準備する必要があるのか
各家庭の備蓄だけでは解決できない共用設備
防災について理事会で話し合うと、「飲料水や食料は各家庭が用意すればよいのではないか」という意見が出ることがあります。確かに、飲料水、食品、常用薬、乳幼児用品、介護用品など、家庭によって必要量や種類が異なるものは各世帯が準備することが基本です。
しかしマンションには、各家庭だけでは対応できない給水設備、排水管、エレベーター、消防設備、非常用電源、オートロック、防災倉庫などがあります。さらに、安否確認方法、災害対策本部の設置場所、排水設備確認前の周知方法などについても、住戸ごとに異なる方法では発災時に混乱しやすくなります。
マンションでは、住戸の中では別々の生活を送っていても、生活を支える設備の多くを共有しています。そのため、各家庭による自助と、管理組合や居住者同士による共助を分けながら、一つの建物として決めるべき事項を整理する必要があります。
共通ルールが必要になるマンション特有の事情
例えば大きな地震のあと、ある家庭だけが排水管の損傷を心配してトイレを流さなくても、上階の住戸が通常どおり大量の排水を続ければ、下階や共用排水設備へ影響が及ぶ可能性があります。
安否確認も同様で、電話を使う住戸、アプリを使う住戸、玄関訪問を待つ住戸が混在していれば、確認担当者は誰を確認できていて、誰が未確認なのか整理しにくくなるでしょう。
だからこそ、管理組合が全住民の生活を管理するという発想ではなく、建物全体で共有しなければ機能しない部分について共通ルールを作ることが必要になります。
国土交通省のマンション標準管理規約でも、防災マニュアルの作成や周知、防災訓練、防災情報の収集や周知、防災物資等の備蓄などが管理組合の業務として想定されています。ただし、マンション標準管理規約は各マンションへ自動的に適用される法律ではなく、管理規約を作成または改正するときのひな型であるため、自マンションの現行規約を確認することが前提です。
防災担当者一人へ負担を集中させない
防災に詳しい理事がいると、調査、業者への確認、備蓄品の選定、マニュアル作成まで一人で進めてしまう場合があります。本人は管理組合のために取り組んでいても、周囲から見れば「詳しい人がいるから任せておけば大丈夫」となり、その人へ知識と仕事が集中していきます。
その状態が続くと、担当者本人には「自分がやめれば止まってしまう」という心理的な負担が生まれます。さらに退任した翌年度、新しい理事会が資料を見ても、なぜその用品を購入したのか、なぜそのルールになったのか、どこまで確認済みなのか分からなければ、再び最初から調べ直すことになるでしょう。
これは前任者の努力不足だけで説明できる問題ではありません。個人が得た知識や判断理由を管理組合として残す仕組みがなかったことが原因という可能性があります。
マンション管理では役員交代を避けられません。そのため、防災について調べた内容、判断した理由、実施した対策、訓練で判明した問題、次年度へ残す課題まで記録し、「詳しい人がいるから回る防災」から「誰が役員になっても続けられる防災」へ変える必要があります。
まず最初の理事会で行う3ステップ
防災担当になったばかりであれば、7項目を詳しく理解する前に、最初の理事会で何を行えばよいのかだけでも把握しておきたいところです。
最初から防災委員会を完成させたり、大きな設備投資を決定したりする必要はありません。現在地を確認し、優先課題を絞り、一つだけ次の行動を決めるところから始めます。
1 自マンションの現状を確認する
最初に、ハザードマップ、給排水設備、エレベーター、非常用電源、防災倉庫、居住者名簿、防災マニュアル、管理規約などについて、現在どうなっているのかを確認します。
この段階で解決策まで決める必要はありません。「分かっていること」「資料はあるが内容を確認できていないこと」「そもそも分からないこと」を分けるだけでも、理事会で扱う課題が見えてきます。
例えば、非常用発電機があることは知っているが給電対象は分からない、居住者名簿はあるが最終更新日が分からないという状態なら、それ自体が次に確認すべき課題です。
2 命と二次被害に関わる未整備を絞る
現状を確認したら、未整備部分をすべて同じ優先度で扱わないようにします。
排水とトイレ、安否確認、緊急連絡、自マンションで重大性の高い建物安全上の問題など、発災直後の生命や二次被害に関係するものを中心に優先順位を考えます。
十個の課題を一度に理事会へ出すと、すべてが重要に見えてしまい、結果としてどれも決まらないことがあります。防災担当者自身が「全部やらなければ」と抱え込まないためにも、最初は数を絞ることが大切です。
3 次回までの担当と期限を一つ決める
例えば「管理会社へ停電時の給水状況を確認する」「現在の居住者名簿がいつ更新されたか確認する」といった小さな行動を一つ選び、担当者と期限を決めます。
一つだけでは進んでいないように感じるかもしれません。しかし、確認した結果が次の理事会の判断材料になり、そこから次の課題へ進めれば、防災は確実に前へ進みます。
防災体制は一度の大きな決定で完成するものではありません。確認、判断、実行を小さく繰り返すことによって、漠然としていた不安を管理組合として扱える仕事へ変えていくものです。
①災害リスクと建物設備を確認する
ハザードマップから自マンションの弱点を確認する
防災担当になると、非常食や発電機など目に見える物を購入したくなることがあります。予算を使えば「今年は防災対策を進めた」と感じやすいためですが、自マンションでどのような被害が想定されるか分からない状態では、本当に必要なものも判断できません。
まず自治体のハザードマップを確認し、地震、液状化、洪水、内水氾濫、高潮、土砂災害などのうち、自マンションに関係するリスクを整理します。
敷地だけでなく周辺道路まで確認すると、建物自体が大きく被災していなくても、道路冠水によって人や物資の出入りが難しくなる可能性まで想像できます。
また、地下や低層階へ電気室、ポンプ室、機械式駐車設備などが配置されている場合には、住戸が直接浸水しなくても生活インフラが停止する可能性があります。
一般的な防災用品を買う前に、自分たちのマンションが何に弱いのかを知ることが先です。
建築確認時期まで見る耐震状況
耐震状況については、完成年だけを見て新耐震基準か旧耐震基準かを判断しないことが重要です。
新耐震基準は1981年6月1日に施行され、国土交通省では、原則として1981年6月1日以降に建築確認を受けた建物を新耐震基準に基づく建物として説明しています。
そのため、「1982年に完成しているから新耐震だろう」と竣工年だけから判断するのではなく、確認済証や検査済証などを確認し、建築確認の時期を把握することが望ましいでしょう。
旧耐震基準に基づくマンションであっても、耐震診断の結果や耐震改修の実施状況によって現在の状態は異なります。一方、新耐震基準の建物だからといって、設備停止、家具転倒、外壁や非構造部材の損傷が生じないという意味ではありません。
築年数が比較的新しければ、「うちはまだ大丈夫だろう」と思いたくなる気持ちは自然です。それでも在宅避難体制では、建物の耐震性能と、その建物で生活を続けられる設備条件を分けて確認する必要があります。
エレベーター停止後の生活を想定する
高層マンションでは、エレベーターが停止しただけで生活条件が大きく変わります。普段なら短時間で移動できる1階までの道のりが階段だけになり、水や食品を持って戻ることも大きな負担になります。
平常時には、地震時管制運転の有無、停電時の動作、閉じ込め時の連絡方法、保守会社の緊急連絡先、復旧までの基本的な流れ、非常用電源との関係を確認します。
さらに停止が数日続く場合を考え、高層階へ情報を届ける方法や、移動が難しい居住者への対応も検討しておくとよいでしょう。
設備仕様を知るだけでなく、その設備が使えなくなったときに住民の生活がどのように変わるのかまで考えることで、必要な対策が見えてきます。
停電時の給水状況を確認する
マンションの給水方式には、直結方式、増圧方式、受水槽方式、高置水槽方式などがあり、停電したときの影響も建物によって異なります。
受水槽があるマンションでは「水が残っているから大丈夫」と思いやすいものですが、水が貯まっていることと、各住戸の蛇口まで通常どおり給水できることは同じではありません。
そこで、受水槽内の水を非常時に利用できるのか、直接取り出す方法はあるのか、必要な鍵や器具はどこにあるのか、給水ポンプが非常用電源の対象なのかまで確認します。
管理会社や設備業者へ質問する場合も、「災害時は大丈夫ですか」と聞くより、「停電した場合に各階への給水はどうなりますか」と尋ねたほうが、実際の在宅避難に必要な情報を得やすくなります。
排水設備とトイレ使用を確認する
マンションでは、給水と排水を切り分けて考える必要があります。
大きな地震によって排水管が損傷した状態で上階から水を流すと、破損箇所から汚水が漏れたり、下階の便器や排水口からあふれたりする可能性があります。そのため、蛇口から水が出ているからといって、直ちにトイレや台所を通常どおり使えるとは限りません。
管理組合として準備したいのは、「大きな地震のあとはトイレを流さない」と伝えるだけではありません。
排水設備の安全確認をどこへ依頼するのか、確認が終わるまでの使用停止をどの方法で全戸へ伝えるのか、再開をどの情報に基づいて判断するのかという流れまで整理します。
停止と再開の両方を考えておけば、居住者も「いつまで使ってはいけないのか分からない」という不安を抱えにくくなります。
非常用電源の給電対象を確認する
非常用発電機が設置されていると、それだけで安心したくなることがあります。しかし、非常用発電設備がマンション内のすべての設備へ通常時と同じように給電できるとは限りません。
消防設備や非常照明だけを対象としている場合もあれば、一定の給水設備などへ電源を供給できる場合もあります。
給水ポンプ、エレベーターなどが対象なのか、燃料は何か、どの程度の運転を想定した設備なのかを確認し、「非常用発電機あり」という設備情報を「停電時に何が使えるのか」という居住者の生活情報へ変換します。
ここが分からないままだと、発災後に「発電機があるのだから水もエレベーターも使えるはずだ」という誤解が生まれ、かえって混乱する可能性があります。
共用部分を歩く小さな確認
設備図面や仕様書を最初からすべて理解しようとすると、防災担当者にとって大きな負担になります。
そこで最初は、管理会社や設備担当者と一緒に共用部分を歩きながら、停電時に止まる設備、大地震後に確認する場所、水害時に影響を受ける設備という視点で現地を見る方法が現実的です。
実際に歩くと、防災倉庫の鍵が一人しか扱えないことや、止水板はあるのに設置方法を知る人がいないことなど、資料だけでは分からなかった課題が見つかることがあります。
一度ですべてを把握する必要はありません。自分たちの建物を少しずつ知ることが、防災を一般論から自マンション固有の管理課題へ変える第一歩になります。
②災害時の活動体制と役割分担を決める
災害対策本部の設置場所を確認する
発災後には、エレベーターの状況、水やトイレの使用可否、家族の安否などについて居住者から問い合わせが集まると考えられます。
情報をまとめる場所が決まっていなければ、管理員室では一つの説明が行われ、エントランスでは別の情報が伝わるといった混乱が生まれる可能性があります。
そこで、集会室、管理員室、エントランス周辺などから災害対策本部の候補場所を決めます。
場所の名称だけをマニュアルへ書くのではなく、停電時にも利用できるか、複数人が鍵を扱えるか、家具転倒などの危険はないか、情報を掲示する場所があるかまで確認しておきます。
一度実際に本部を設営してみれば、机はあるのに照明が足りない、鍵を持つ人が限られているといった問題に気付くかもしれません。災害前に問題を発見できたなら、それ自体が体制整備の成果です。
理事長不在時の代行順位を決める
災害は理事長がマンションにいる時間を選んで起こるわけではありません。勤務中、旅行中、深夜など、すぐに連絡を取れない状況も考えられます。
そのため、「災害時は理事長が対策本部長になる」という決め方だけではなく、副理事長や防災担当理事などを含めて代行順位を決めます。
特定の一人が不在でも最低限の初動を開始できる仕組みにすることが重要です。
防災体制を強くするというと、強いリーダーを置くことをイメージするかもしれません。しかし実際には、誰か一人がいなくても止まらない仕組みのほうが、役員交代を繰り返すマンションでは長く機能します。
必要な機能から役割分担を考える
防災委員会や災害対策本部の組織図を先に作ると、班の名称ばかり増え、実際の仕事が分かりにくくなる場合があります。
そこで、まず災害時に必要な機能を整理します。
全体状況を把握して活動方針を決める機能、安否情報を集約する機能、建物設備を確認する機能、情報を居住者へ届ける機能、救護を支援する機能、トイレやごみなど衛生を管理する機能、備蓄品を扱う機能などが考えられます。
100戸規模のマンションなら複数人へ役割を分ける方法がありますが、小規模マンションでは一人が複数の仕事を担うことになるでしょう。
大切なのは理想的な組織図を作ることではなく、発災当日に実際に確保できる人数で動ける体制へ落とし込むことです。
防災委員会と理事会の関係を整理する
防災委員会や自主防災組織を作っても、管理組合との関係が曖昧であれば活動が途中で止まることがあります。
例えば防災委員会が発電機や備蓄品の必要性を検討しても、その費用をどこで判断するのか、理事会だけで決められるのか、総会での手続が必要なのか分からなければ、検討した内容を実行へつなげられません。
そこで、誰が調査や提案を行い、誰が正式に意思決定し、誰が発注や実施を担当するのかという流れを整理します。
また、防災活動には賃借人を含めた居住者の参加が重要になる一方、管理組合の予算や共用財産に関する意思決定とは区別して考える必要があります。
組織を作ったこと自体を成果にせず、検討した内容が実行されるところまでつなげることが目的です。
③居住者の安否確認と連絡方法を整える
全戸確認の負担を減らす安否表示
10階建て100戸のマンションでエレベーターが止まり、すべての住戸を一軒ずつ確認すると考えると、安否確認だけでも相当な時間と人手が必要になります。
しかも玄関をノックして返事がない住戸について、単に外出しているのか、室内で助けを必要としているのかを外から判断することはできません。
そこで、無事な世帯から玄関扉へ安否確認マグネットやカードを掲示してもらう方法があります。確認担当者は未掲示住戸を優先して確認できるため、限られた人数を必要な場所へ集中させやすくなります。
ただし、用品を配布するだけでは運用になりません。
掲示するタイミング、確認担当、未掲示住戸への対応、長期不在世帯の扱いなどを決め、訓練で実際に使うことで初めて仕組みとして機能します。
組合員名簿と居住者名簿を分けて考える
マンションでは、区分所有者と実際の居住者が一致しない住戸があります。
例えば所有者が別の地域で暮らし、その住戸を賃貸している場合、総会など管理組合運営の連絡では所有者への連絡が必要ですが、漏水事故や災害時の安否確認では現在住んでいる居住者へ連絡する必要があります。
この違いを整理せず、一つの名簿だけで対応しようとすると、所有者名は分かっていても現在誰が生活しているのか確認できない事態が起こり得ます。
名簿を詳しくすることが目的ではありません。利用目的に応じて、必要な相手へ必要なときに連絡できる状態を維持することが重要です。
名簿更新を仕組みにする
名簿は一度完成させれば終わりではありません。
売買、賃貸化、転居、相続、電話番号の変更などが起こるたびに内容が変化するため、更新方法を決めていなければ数年後には緊急時に使いにくい情報が増えてしまいます。
令和7年改正マンション標準管理規約では、組合員名簿と居住者名簿について、届出があった場合に更新し、さらに毎年1回以上内容を確認する規定例が示されています。
標準管理規約がそのまま各マンションへ適用されるわけではありませんが、名簿管理を担当者の記憶ではなく定期業務へ組み込む考え方として参考になります。
古い名簿が見つかると、「前の理事会はなぜ更新しなかったのだろう」と思うかもしれません。しかし、変更届を誰が受け取り、誰が反映し、どこへ保存し、管理会社とどのように共有し、次の役員へどう引き継ぐのかが決まっていなければ、担当者が変わるたびに同じ問題が起こります。
精密な名簿を一度作ることより、次年度も無理なく更新できる仕組みを作るほうが長期的には重要です。
要配慮個人情報を含む支援情報を慎重に扱う
防災を考えると、高齢者、障害のある人、持病のある人、医療機器を利用している人など、発災時に支援が必要となる可能性がある住戸を事前に把握したいと考えることがあります。
支援ニーズを把握できれば、安否確認の優先順位や支援体制を検討しやすくなるためです。
ただし、病歴や障害の事実など一定の情報は、個人情報保護法上の要配慮個人情報に該当します。要配慮個人情報を取得する場合には、法定の例外に該当する場合を除き、原則としてあらかじめ本人の同意を得る必要があります。
そのため、通常の居住者名簿へ「防災のためだから」と詳細な健康情報を当然のように追加することは避ける必要があります。
どのような支援に必要なのか、どの程度の情報が本当に必要なのか、本人同意をどのように得るのか、誰が閲覧できるのか、どのように保管するのかを先に整理します。
防災担当者としては「情報が多いほど助けやすい」と考えたくなるでしょう。一方、情報を提供する住民には、「誰が見るのだろう」「退任した役員の手元に残らないだろうか」という不安があります。
必要な情報だけを適切に管理する仕組みを作ることが、居住者の安心と災害時の実用性を両立するために重要です。
通信障害を前提に連絡方法を複線化する
館内放送だけに頼れば、設備故障や停電によって情報が届かない可能性があります。アプリやメールだけに頼れば、通信障害や端末の電池切れによって利用できなくなるかもしれません。
そのため、通常使用する第一手段と、それが使えない場合の第二手段を決めます。
例えば通常は管理組合アプリやメールを利用し、通信障害時にはエントランスの掲示板やハンドマイクを利用するという方法です。
連絡手段の種類を増やすことが目的ではありません。どの状況でどの手段へ切り替えるのかを、担当者と居住者が共有している状態を作ることが重要です。
④管理組合と各家庭の備蓄範囲を決める
自助と共助を分ける
100戸のマンションで全住民分の飲料水や食品を1週間分管理組合が保管しようとすれば、大きな保管場所と期限管理が必要になります。
さらに、乳幼児食、介護食、アレルギー対応食など家庭ごとの事情まで管理組合が一括して対応することは現実的ではありません。
そのため、各家庭では家族の生活を維持するための物を準備し、管理組合では救出、情報伝達、共用部照明、給水など、共同利用するほうが合理的な資機材を中心に準備します。
この役割分担を先に共有しておけば、「管理組合は何日分の食料を買うべきか」という議論だけに時間を取られずに済みます。
家庭備蓄は最低3日から1週間程度を意識する
農林水産省は、災害時に備えた家庭の食品備蓄について、最低3日分から1週間分程度を人数分準備することが望ましいとしています。
マンションでは、店舗に商品が戻っても、エレベーターが停止していれば高層階まで物資を運ぶこと自体が負担になります。
普段なら何気なく購入する2リットルの水も、階段で何本も運ぶ状況では全く違う重さに感じるでしょう。その負担を具体的に想像すると、平常時から家庭備蓄を持つ意味が分かりやすくなります。
飲料水、食品、携帯トイレ、常用薬、衛生用品、照明、乾電池、モバイルバッテリーなどを基本とし、乳幼児用品、介護用品、アレルギー対応食品、医療関連用品、ペット用品など代替しにくいものは各家庭の事情に応じて優先します。
管理組合では共用資機材を中心に考える
管理組合では、バールやジャッキなどの救出資機材、担架や救急用品、投光器やヘッドライト、ハンドマイクやトランシーバー、給水タンクなどを検討できます。
ただし、一般的な防災用品一覧をそのまま購入リストにする必要はありません。
自マンションの災害リスク、建物設備、現在の備蓄内容を確認し、実際に不足しているものから優先して整えます。
防災用品は目に見えるため、購入すると「対策を進めた」という実感を得やすいものです。しかし、数年後に箱を開けるまで誰も触らず、電池が切れていたり操作方法を知る人がいなかったりすれば、本番では使えません。
購入するときには、誰が点検し、訓練でいつ使用するかまで合わせて考える必要があります。
携帯トイレと使用後の処理まで考える
在宅避難では、トイレ対策を後回しにできません。
排水設備が安全か確認できない間は通常の水洗トイレを利用できない可能性があるため、携帯トイレなどへ切り替える場面を想定しておく必要があります。
さらに、携帯トイレを購入するだけでは対策は終わりません。使用後の袋をどのように封じ、家庭内でどこへ一時保管し、ごみ収集が停止している場合にはどのように扱うのかまで考えます。
100世帯がそれぞれ独自に共用廊下やごみ置場へ使用済み袋を持ち出せば、衛生や通行に問題が生じる可能性があります。
携帯トイレという物の備蓄と、その後の生活ルールを一体で考えることが重要です。
防災倉庫は買い足す前に棚卸しする
新しい用品を購入する前に、防災倉庫の中身を一度確認します。
数量、使用期限、電池や燃料の状態、説明書の有無、使用方法、保管場所を整理すると、すでに十分ある物と不足している物が見えてきます。
棚卸しの結果、トランシーバーはあるのに充電できない、発電機はあるのに操作した人がいないといった問題が見つかることもあるでしょう。
備蓄の完成形は、防災倉庫を物でいっぱいにすることではありません。必要なときに取り出し、実際に使用できる状態を維持することです。
⑤防災マニュアルを作成する
読む資料ではなく動くための資料にする
防災マニュアルを作成するとき、詳しく書くほど安心できるように感じることがあります。
しかし数十ページの立派な冊子が完成しても、発災後に「最初にどこを読めばよいのか」が分からなければ、実用性は高まりません。
防災マニュアルの目的は、防災知識を網羅することではなく、その場で次の行動を判断しやすくすることです。
中野区では、在宅避難を中心とした中高層マンション向け防災マニュアルと作成例を公開しています。こうした自治体資料を土台として、自マンションの設備、緊急連絡先、役割分担、安否確認方法など固有の情報を加えれば、白紙から作る負担を減らせます。
発災後の時間軸で整理する
災害対応は、発災直後と翌日以降で必要な行動が変わります。
強い揺れが収まった直後には、自分自身の安全、火災、負傷者、建物周辺の危険を確認します。その後は、災害対策本部、安否確認、設備状況、情報収集などへ移っていきます。
さらに時間が経過すれば、トイレ、給水、ごみ、衛生、物資、防犯など、在宅避難生活を維持する課題の比重が高くなるでしょう。
そこで、発災直後、当日、翌日以降など時間の流れに沿ってマニュアルを整理すると、現在どこを確認すればよいのか判断しやすくなります。
災害時にマニュアルを読む人は、落ち着いた事務室で資料を開いているとは限りません。停電した共用部で、周囲から質問を受けながら情報を探す可能性もあるため、網羅性だけでなく探しやすさを重視します。
抽象的な指示を具体的な行動に変える
「設備を確認する」「要支援者を支援する」といった表現だけでは、担当になった人が何をすればよいか迷います。
設備確認であれば、どの場所を確認し、どのような異常を見るのか、異常があればどこへ報告し、どの段階で専門業者へ連絡するのかまで整理します。
安否確認についても、住民自身から表示してもらうのか、担当者が各戸を訪問するのか、未確認世帯へどの段階で再確認するのかまで決めます。
抽象的だった言葉を実際の行動へ置き換えることで、マニュアルは「読んで理解する資料」から「その場で使う手順書」へ変わっていきます。
本部用と居住者用を分ける
詳細を書き込むほどマニュアルは厚くなるため、本部用の詳細版と居住者向けの簡易版を分ける方法があります。
本部用には、設備確認、役割分担、緊急連絡先、点検手順などを詳しく掲載します。
一方、居住者向けには、身の安全、安否表示、排水とトイレ、情報確認方法など、実際の生活に直結する事項へ絞ります。
居住者向けを一枚物やカード形式にすれば、玄関や冷蔵庫の近くなど日常的に確認できる場所へ置きやすくなるでしょう。
マニュアルの価値はページ数ではなく、必要なときに必要な情報を取り出せるかどうかで決まります。
⑥防災訓練を実施する
訓練は失敗を避けるためではなく問題を見つけるために行う
防災訓練が予定どおり終了すると、運営側は安心します。
しかし、何の問題もなく終わったことが、そのまま防災体制が完成していることを意味するとは限りません。
在宅避難型の訓練では、決めた仕組みが実際に機能するかを確認することが重要です。
安否確認に想定より時間がかかる、トランシーバーが届かない、防災倉庫の鍵がすぐ見つからないといった失敗が起きても、それは災害前に改善点を発見できたという成果です。
本番で初めて困るより、訓練の場で問題が表面化したほうがよいでしょう。
安否確認を実際に試す
安否確認マグネットを採用したなら、訓練日に実際に全戸へ掲示してもらい、担当者が各階を回って確認時間や未掲示戸数を記録します。
実際に試すことで、外出世帯と未確認世帯を区別できない、マグネットの保管場所を忘れている住戸が多いといった問題が見つかるかもしれません。
その結果を受けて説明方法や保管方法を変更し、次回の訓練で再確認すれば、仕組みが改善したかどうかまで確認できます。
訓練を単なる参加行事ではなく、運用を検証する機会として扱うことが重要です。
エレベーター停止を体験する
高層階の生活負担は、文章を読んでいるだけでは実感しにくいものです。
そこで訓練時にエレベーターを使わず階段で上層階まで移動し、可能であれば給水を想定した荷物を持ってみます。
実際に体験すると、高層階へ情報を届ける負担、物資を運搬する難しさ、足腰に不安がある人への支援、階段照明の重要性などが具体的に見えてきます。
机上では優先度が低いと思っていた対策が、現場を体験したことで急に重要に感じられることもあります。こうした気付きが得られることも実践型訓練の価値です。
訓練結果を翌年度へつなげる
訓練後に残したいのは、参加人数だけではありません。
うまくできたこと、できなかったこと、その原因、次回までに改善する事項を記録し、必要に応じて防災マニュアル、役割分担、翌年度予算へ反映します。
例えば館内放送が特定階で聞こえにくかったなら、設備確認や代替連絡手段の検討につなげます。安否表示の理解が低ければ、周知方法を改善します。
毎年訓練を開催しているだけの状態と、毎年訓練結果から一つずつ改善している状態では、数年後の防災体制に大きな差が生まれるでしょう。
⑦管理規約や細則など必要なルールを確認する
防災マニュアルと管理規約をつなげる
防災マニュアルに対応手順を書いていても、その内容が管理規約や使用細則と整合していなければ、実際の災害時に判断が止まる可能性があります。
専有部分への緊急立入り、応急修繕、災害時の資金支出、防災組織の位置付け、名簿管理、共用スペースの利用などについては、現行規約との関係を確認しておきたいところです。
国土交通省は2025年10月17日にマンション標準管理規約を改正しており、改正区分所有法の主要部分は2026年4月1日に施行されています。
ただし、マンション標準管理規約は各マンションへ直接適用される法律ではありません。自マンションで現に効力を持つ管理規約、過去の総会決議、関係法令などと照合し、必要な見直しを検討することが重要です。
専有部分への緊急立入りを確認する
災害時には、居住者が不在の住戸から漏水している場合や、住戸内部で重大な危険が発生している場合があります。
そのような場面で、どのような条件のもと管理組合側が専有部分へ立ち入れるのかを平常時に確認しておきます。
発災後に「緊急だから入ってよいだろう」とその場の感覚だけで判断すると、後から権限や手続について問題になる可能性があります。
普段はほとんど使わない規定だからこそ、必要となった場面では判断が重くなります。災害が起きる前に規約や関係法令を確認しておく意味があります。
応急修繕と緊急支出の手続を確認する
大きな地震のあとに共用部分の応急修繕や安全措置が必要となっても、通常どおり総会を開催できるとは限りません。
一方で、理事長一人に無制限の支出権限を与えることも適切ではありません。
そこで、どのような対応を緊急とするのか、誰が判断するのか、理事会でどのように決定するのか、どの会計から支出するのか、事後報告をどのように行うのかを整理します。
他のマンションで「100万円まで」と定めているから同じ数字を採用するのではなく、自マンションの規模、予算、現行規約、想定される応急工事などを踏まえて検討する必要があります。
トイレとごみの生活ルールを考える
防災に関する規約や細則というと、工事、立入り、権限などを思い浮かべることが多いでしょう。
しかし、在宅避難生活が長引けば、トイレやごみの扱いも建物全体の大きな問題になります。
排水設備の安全確認前のトイレ利用、携帯トイレの使用済み袋、ごみ収集停止中の一時保管などについて、最低限の方針と周知方法を決めます。
100世帯がそれぞれ独自の判断を始めれば、短期間でも共用部の衛生や通行に影響が生じる可能性があります。
建物を守るためのルールだけでなく、その建物で暮らし続けるための生活ルールまで含めて考えることが、在宅避難体制では重要です。
100戸規模マンションの在宅避難体制整備モデル
最初の1年は調査と仕組みづくりを中心にする
ここでは、10階建て100戸、築15年程度、エレベーター1基、管理員は日勤というマンションを想定します。
防災倉庫と年1回の消防訓練はあるものの、防災マニュアルは古く、居住者名簿の更新状況が分からず、安否確認や排水停止の方法も決まっていない状態です。
新しく防災担当になった理事がこれを一度に見れば、「自分の任期中に全部整備できるのだろうか」と不安になるでしょう。
そこで、最初の1年間ですべてを完成させることを目標にせず、前半はハザードマップ、給排水設備、エレベーター、非常用電源、防災倉庫、緊急連絡先など、現在の状況を把握することへ時間を使います。
後半では、組合員名簿と居住者名簿、安否確認、災害対策本部、役割分担、現行管理規約などを確認し、翌年度に必要となる資機材や予算、総会議案を整理します。
この1年間で高価な防災設備を何も購入していなかったとしても、進んでいないわけではありません。
「何が不足していて、何を優先すべきかを根拠を持って判断できる状態」になったなら、それは管理組合にとって重要な前進です。
2年目は資機材整備と訓練へ進む
2年目には、1年目の確認結果に基づいて必要な資機材を段階的に整えます。
安否確認用品、情報連絡機器、給水用品、救護用品、トイレ関連資材などを優先順位に沿って導入し、防災マニュアルも自マンションの設備や運用へ合わせて更新します。
その後、安否確認、災害対策本部の設置、防災倉庫の開錠、情報伝達などからテーマを選び、実際に訓練します。
訓練で見つかった問題をマニュアルや翌年度予算へ戻すことで、防災体制は「調べて書類を作るもの」から「試しながら改善するもの」へ変わっていきます。
必ず2年間かけなければならないという意味ではありません。このモデルで重要なのは、調査、判断、実施、訓練、改善という流れを途中で切らないことです。
理事会で使える在宅避難体制の優先順位
以下のS・A・B・Cは、法律や公的ガイドラインによる全国共通の優先順位ではありません。
人命への影響、二次被害の可能性、発災直後の必要性、比較的短期間で着手できるかという観点から、理事会が検討順序を考えるために本記事で整理した実務上の一例です。
水害リスクが高いマンション、旧耐震建物、超高層マンションなどでは優先順位が変わるため、自マンションの状況に合わせて修正してください。
| 優先度 | テーマ | 主な確認内容 | 最初の理事会対応 |
|---|---|---|---|
| S | 排水とトイレ | 使用停止と再開の周知 | 確認先と連絡方法を決める |
| S | 安否確認 | 未確認住戸の把握 | 確認方式を仮決定する |
| S | 緊急連絡 | 通信障害時の代替 | 第一手段と第二手段を決める |
| A | 災害対策本部 | 場所と代行順位 | 実際に設営して確認する |
| A | 居住者名簿 | 現在の居住者と連絡先 | 更新状況を確認する |
| A | 建物設備 | 給水 排水 電源 エレベーター | 管理会社と現地確認する |
| A | 管理規約 | 緊急対応と意思決定 | 現行規約を確認する |
| B | 備蓄 | 自助と共助の分担 | 防災倉庫を棚卸しする |
| B | マニュアル | 初動から生活維持 | 現行内容を時系列で整理する |
| C | 防災訓練 | 仕組みの実効性 | 一つのテーマから試す |
この表を使う目的は、Sをすべて終えてからAへ進むという固定された順番を作ることではありません。
例えば、旧耐震マンションで建物の耐震状況自体を確認できていない場合には、建物安全の確認を最優先にする必要があります。地下設備の浸水リスクが高いマンションであれば、水害対策をS相当として扱うこともあるでしょう。
重要なのは、すべての課題を「重要」として並べるのではなく、自マンションの状況から次に扱う課題を選べる状態にすることです。
7項目を整備しても接続部分で止まりやすい3点
7項目を個別に整備しても、実際には項目と項目の間で対応が止まることがあります。
マンション管理士など第三者が防災体制を見るときには、設備や資料の有無だけではなく、それらが次の意思決定や居住者の行動へつながっているかを見ることが重要になります。
防災委員会から理事会と総会への接続
防災委員会が詳しく調査し、必要な資機材やルールを提案していても、それを理事会や総会の意思決定へつなぐ仕組みがなければ実行されません。
例えば資機材の必要性を委員会が認識していても、誰が予算案を作り、いつ理事会へ提出し、総会手続が必要ならどの年度で議案化するのかが決まっていなければ、検討資料だけが積み上がることがあります。
防災委員会が存在するかではなく、その提案が管理組合の意思決定へつながっているかを確認することが重要です。
設備情報から居住者ルールへの接続
給水方式、排水設備、非常用電源などについて管理会社が詳しい情報を持っていても、その内容が居住者の行動へ変換されていなければ、災害時には活かしにくくなります。
例えば、停電時に給水ポンプが停止することが分かっているなら、その情報を各家庭の水備蓄の周知へつなげます。
排水設備の安全確認が必要だと分かっているなら、確認が終わるまでのトイレ利用方法や周知手順へつなげます。
設備を調査した時点で終わるのではなく、その結果として住民が何をすればよいかまで落とし込むことが必要です。
訓練結果から予算とマニュアルへの接続
訓練で問題が見つかっても、「今年はうまくいかなかった」で終われば、翌年度も同じ問題が残ります。
安否確認用品が不足していたなら翌年度予算へ反映し、館内放送が聞こえにくかったなら代替連絡手段をマニュアルへ追加します。防災倉庫の開錠に時間がかかったなら、鍵の管理方法を見直します。
訓練、マニュアル、予算、理事会議事録を別々の仕事として扱うのではなく、一つの改善サイクルとしてつなぐことが重要です。
毎年防災訓練を行っているという事実だけではなく、毎年少しずつ防災体制が改善されている状態を目指します。
マンション在宅避難体制整備チェックリスト
次の表では、各項目を「整備済み」「一部未整備」「未整備」で判定します。
チェックの数を増やすことが目的ではありません。未整備となった項目の中から、次の理事会で確認する課題を見つけるために使います。
| 分野 | 確認項目 | 判定 |
|---|---|---|
| 災害リスク | 地震や水害など自マンションの災害リスクを確認している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 耐震 | 建築確認時期や耐震診断など耐震状況を確認している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 給水 | 停電時の給水状況を把握している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 排水 | 地震後の排水設備確認方法を整理している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| エレベーター | 停止時の対応と保守会社への連絡方法を把握している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 非常用電源 | 給電対象と運転条件を把握している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 防災倉庫 | 複数人が開錠して資機材を利用できる | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 活動体制 | 災害対策本部の場所と代行順位が決まっている | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 役割分担 | 安否確認や設備確認など必要な機能の担当を決めている | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 安否確認 | 全戸の安否確認方法が決まっている | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 名簿 | 組合員と居住者を区別して管理できる | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 名簿更新 | 変更時と定期確認時に情報を更新している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 個人情報 | 支援情報の取得目的と同意方法を整理している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 連絡 | 通信障害時の代替連絡手段がある | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 家庭備蓄 | 水 食品 携帯トイレなど家庭備蓄を周知している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 共用備蓄 | 数量 使用期限 使用方法を確認している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| マニュアル | 自マンション用の行動手順がある | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 訓練 | 安否確認や資機材使用を実際に試している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 改善 | 訓練結果をマニュアルや予算へ反映している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 管理規約 | 緊急立入りや応急対応の規定を確認している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
| 引継ぎ | 防災活動の判断理由と未解決課題を次年度へ残している | 整備済み 一部未整備 未整備 |
未整備が十項目以上見つかったとしても、そのすべてを一度の理事会で扱う必要はありません。
まず生命や二次被害に関係するものを中心に三つ程度まで絞り、その中から一つについて、次回までに誰が何を確認するのかを決めます。
やるべきことが多いと、「もう少し時間が取れる年度に始めよう」と考えたくなることがあります。しかし、理事会には翌年度も別の課題があり、防災だけに十分な時間を使える年が突然訪れるとは限りません。
だからこそ、小さく始めて確認結果を次の意思決定へつなげることが重要です。
マンション管理士に相談できること
防災と管理組合運営をつなぐ支援
マンション防災には、建物設備だけでなく、管理規約、予算、理事会、総会、名簿管理、居住者への説明などが関係します。
防災担当者一人で調べ続けていると、「これは設備会社へ確認する問題なのか」「管理会社へ依頼すればよいのか」「理事会だけで決められるのか」と論点が混ざってしまうことがあります。
マンション管理士には、防災委員会と理事会の関係、管理規約や細則、居住者名簿、防災マニュアル、理事会での検討手順、総会での合意形成など、マンション管理と防災が交わる部分について相談できます。
専門家へ判断を丸投げしない
マンション管理士へ相談する目的は、管理組合の代わりにすべてを決めてもらうことではありません。
なぜその対策が必要なのか、どのような選択肢があるのか、それぞれにどのような課題があるのかを整理し、理事会自身が理解したうえで判断できる状態を作ることに意味があります。
判断理由を議事録や検討資料へ残せば、翌年度の理事も「なぜこのルールになっているのか」を理解しやすくなります。
専門家から答えだけを受け取るよりも、管理組合の中に判断の根拠が残るほうが、長期的な防災体制には有効です。
建築設備分野との役割分担
耐震性能、給排水設備、電気設備、エレベーターなどについて技術的な診断が必要な場合は、建築士、設備業者、保守会社など各分野の専門家へ確認します。
マンション管理士だけで建築や設備の技術診断を完結するものではありません。
一方、それぞれの専門家から得た情報を、理事会の判断、予算、管理規約、総会手続へどのようにつなげるかという部分では、マンション管理士を活用できます。
誰に何を聞けばよいのか整理できないことも、防災担当者が感じる大きな負担の一つです。専門家の役割を整理するだけでも、理事会は次の行動を決めやすくなるでしょう。
東京都のマンション管理士無料派遣
東京都では2026年度、都内の分譲マンション管理組合を対象として、防災力向上などについてマンション管理士から助言を受けられる無料派遣事業を実施しています。
防災分野では、自主防災組織、災害時にも活用できる居住者等名簿、発災時の緊急対応を定める管理規約、カード式防災マニュアルなどが相談例として示されています。
募集期間や利用条件は年度ごとに変更される可能性があるため、利用を検討するときには最新情報を確認してください。
「何を相談すればよいか整理できてから専門家へ相談しよう」と考える必要はありません。何から確認すればよいか分からない段階だからこそ、第三者と現在地を整理する意味があります。
マンション在宅避難のよくある質問
- マンションでは避難所へ行かず在宅避難するのが原則ですか
-
マンションに住んでいることだけを理由に、必ず在宅避難を選ぶわけではありません。
建物と住戸が安全で生活を継続できる場合には在宅避難が有力な選択肢になりますが、重大な建物被害、火災、浸水、土砂災害などの危険がある場合には、安全な場所へ避難する必要があります。
在宅避難を最初から決めておくのではなく、災害発生後の安全確認をもとに判断することが重要です。
- 管理組合は何日分の備蓄を用意すべきですか
-
管理組合が全居住者分の水や食品を一律に何日分用意しなければならないという全国共通の数量基準があるわけではありません。
家庭の食品備蓄については、最低3日分から1週間分程度が望ましいとされています。
管理組合では、家庭が準備する生活物資と役割を分け、救出用品、情報連絡用品、給水用品、共用照明など、共同利用する資機材を建物条件に応じて検討するとよいでしょう。
- 防災委員会は必ず作る必要がありますか
-
すべてのマンションで「防災委員会」という名称の独立組織を設ける必要があるわけではありません。
理事会内に防災担当を置く方法、専門委員会を設ける方法、自主防災組織と連携する方法などがあります。
名称よりも、必要な活動を誰が担い、提案した内容をどこで正式に意思決定し、役員交代後も継続できる状態になっているかが重要です。
- 居住者名簿には何を載せればよいですか
-
全国一律の固定様式が決められているわけではありません。
氏名、住戸番号、連絡先などを中心に、管理上の利用目的に必要な情報を検討します。
また、病歴や障害の事実など一定の要配慮個人情報を取得する場合には、法定の例外を除き、原則としてあらかじめ本人の同意が必要です。
防災目的であっても情報を無制限に収集できるわけではないため、利用目的、必要範囲、閲覧者、保管方法を明確にしておく必要があります。
- 防災マニュアルは誰が作ればよいですか
-
理事会、防災担当、防災委員会、自主防災組織などが中心となって作成できます。
担当者一人が白紙から作成する必要はなく、自治体が公開しているマンション防災マニュアルや作成例を利用し、設備については管理会社や専門業者へ確認しながら、自マンション固有の内容を追加する方法が現実的です。
重要なのは誰が最初に書いたかではなく、実際に使え、訓練結果を反映して更新される仕組みになっていることです。
- マンション管理士には防災について何を相談できますか
-
防災組織と理事会の関係、管理規約や細則、居住者名簿、防災マニュアル、理事会での検討方法、総会での合意形成などについて相談できます。
耐震診断や設備性能そのものについて技術的な判断が必要な場合には、建築士や設備業者など該当分野の専門家へ確認します。
マンション管理士には、複数の専門分野から得た情報を整理し、管理組合が意思決定できる形へつなげる役割を期待できます。
まとめ
マンションの在宅避難体制を整えるには、災害リスクと建物設備、活動体制、安否確認、備蓄、防災マニュアル、訓練、管理規約という7つの領域を確認する必要があります。
ただし、それぞれを個別に「整備済み」にするだけでは十分ではありません。
設備情報を居住者の行動ルールへつなぎ、防災委員会の提案を理事会や総会の意思決定へつなぎ、訓練で判明した問題を翌年度の予算やマニュアルへつなぐことで、初めて一つの在宅避難体制として動き始めます。
防災担当になった理事が「何から始めればよいか分からない」と感じるのは、知識が不足しているからだけではありません。防災というテーマが広く、すべてが同じように重要に見えるため、着手する順番を決めにくいことが大きな理由です。
そのため、最初の理事会ですべてを決めようとする必要はありません。まず自マンションの現状を確認し、命や二次被害に関係する未整備部分を絞り、その中から一つについて担当者と期限を決めます。
その確認結果を次の理事会へ持ち帰り、必要な対策を決め、訓練で試し、次年度へ残していく。この循環を続けることができれば、「災害が起きたらこのマンションはどうなるのだろう」という漠然とした不安は、少しずつ「このマンションでは何を確認し、誰がどう動くのか分かっている」という具体的な安心へ変わっていくでしょう。
参考資料
法務省 老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律について