社会・経済

株価はなぜ動くのか 米国株と日本株の仕組みと投資判断の基本

2024年8月5日、日経平均株価は前週末比4451円28銭安となり、下落率は12.40%に達しました。1987年のブラックマンデー翌日を超える史上最大の下げ幅です。

ところが翌8月6日には一転し、3217円04銭高、上昇率10.23%という歴史的な急反発が起きました。

前日に証券口座を開いた人の中には、積み上げてきた含み益が一気に消えていく数字を見ながら、「まだ下がるのではないか」「今のうちに売らなければ、もっと大きな損失になるのではないか」と不安になった人もいたでしょう。その翌日に大幅反発を目にすれば、今度は「昨日あれほど危険に見えた市場が、なぜ一日でここまで変わるのか」と戸惑いたくなります。

しかし、その24時間で日本を代表する企業の工場が一夜にして消え、翌朝には元通りになったわけではありません。従業員が突然いなくなったわけでも、長い年月をかけて築いてきた技術、特許、ブランド、顧客、設備が一日で失われ、翌日に復活したわけでもないのです。

それでも、市場で付けられる価格は猛烈な勢いで変化しました。

ここに、株価を理解するうえで最も重要な出発点があります。

株価は、会社の現在の状態だけを表した点数ではありません。その会社が将来どれほど利益やキャッシュを生み出すと考えられているのか、金利はいくらなのか、為替はどちらへ動いているのか、世界経済はどう変化しているのか、誰が株を買いたいのか、反対に誰が売らなければならないのか、そして市場参加者がどの程度期待し、不安を感じているのかまで重なって形成される価格です。

この記事では、株価が動く仕組みを次の一本の流れで考えます。

背景 六つの株価要因 注文条件 約定価格

景気、金融政策、地政学、企業活動、人間心理などの背景で何かが変化すると、それが企業の稼ぐ力、市場予想、金利、為替と世界経済、需給と市場制度、投資家心理という六つの要因へ伝わります。

その変化を受けた投資家が、「この価格なら買いたい」「ここまで下がるなら売りたい」と注文条件を変え、実際に買い注文と売り注文が一致したところで取引が成立します。その約定価格が、その時点の株価です。

六つの要因は「何が株価を動かすのか」を整理するための箱であり、背景から注文、約定価格までの流れは「それがどうやって株価になるのか」を理解するための経路です。

投資を始めたばかりの頃ほど、「良いニュースが出たから上がった」「景気が悪いから下がった」という一つの理由で株価を理解したくなるかもしれません。その方が複雑な市場へ分かりやすい答えを与えられ、自分にも何が起きているのか理解できたように感じられるからでしょう。

ところが現実には、最高益を発表した会社の株価が下がり、減益企業の株価が上がることがあります。景気指標が強いのに米国株が売られ、日本企業から新しい悪材料が出ていないのに東京市場全体が急落することもあります。

株価が大きく動いたときに重要なのは、「上がった」「下がった」という結果だけを見ることではありません。

何が最初に変わったのか、その変化はどの経路を通り、誰の予想や資金事情を変え、最終的にどのような注文へつながったのか。

この順番で考えられるようになると、株価の上下はただの赤や緑の数字ではなくなります。

PART 01

株価が動く仕組み

TABLE OF CONTENTS
目次

株価はどうやって決まるのか

会社の一部である株式に、なぜ毎日違う価格が付くのでしょうか。

ニュースや経済指標まで含めると複雑に見えますが、取引が成立する瞬間だけを切り取れば、仕組みは比較的単純です。

ある人が「1000円なら買いたい」と注文を出し、別の人が「1000円なら売りたい」と注文を出して条件が一致すれば、1000円で売買が成立します。

その約定価格が、その時点で市場に付いた価格です。

ただし、「買いたい人が売りたい人より多ければ株価が上がる」とだけ覚えると、少し誤解が残ります。

成立した取引には、必ず買い手と売り手が存在します。そのため約定した数量だけを見れば、買いと売りは常に対応しています。

価格を押し上げるのは、「現在の価格より高くても買いたい」という注文がどこまで出ているのかという買い注文の強さです。

反対に、「現在より安くても構わないから売りたい」という注文が増えれば、より低い価格に並んでいる買い注文まで売買が進み、約定価格は下がっていきます。

たとえば1000円で売りたい人がほとんどいなくなり、株を買うためには1010円、1020円と提示価格を引き上げなければならなくなれば、株価は上昇します。

逆に1000円では買い手が不足し、売り手が990円、980円でも売ろうとすれば、取引価格は下方向へ動きます。

つまり、株価を直接動かしているのは、注文の価格条件と市場に並ぶ注文の厚さです。

しかし、本当に重要なのはその一段奥にあります。

なぜ昨日まで1000円では売りたくなかった人が、今日は900円でも売ろうとするのでしょうか。なぜ昨日までその株に興味を持っていなかった人が、今日は1100円でも買いたいと思うのでしょう。

その理由を整理するために役立つのが、六つの株価要因です。

株価を動かす六つの要因

株価を理解しようとして経済ニュースを一件ずつ暗記し始めると、すぐに情報量へ圧倒されます。

米国雇用統計、CPI、FRB、中国景気、原油、ドル円、企業決算、日銀、戦争、指数入れ替えなど、毎日のように違う言葉が登場するからです。

しかし、株価へ届く経路で整理すれば、多くのニュースは六つの要因へ分類できます。

第一は、企業の稼ぐ力です。

売上高、利益、キャッシュフロー、事業の競争力など、その会社が実際にどれほど価値を生み出せるのかが、長期的な株価の土台になります。

第二は、市場予想です。

会社の業績が良いか悪いかだけではなく、市場が事前にどこまで期待していたのかによって株価の反応は変わります。

第三は、金利です。

将来利益の現在価値、企業の借入コスト、株式と債券の相対的な魅力などを通じて企業の評価へ影響します。

第四は、為替と世界経済です。

日本企業であっても海外で売上を得たり、原材料を輸入したりしているため、ドル円、中国景気、米国景気、原油価格などから影響を受けます。

第五は、需給と市場制度です。

自社株買い、指数採用、ファンドの資金移動、信用取引の強制決済などは、企業の業績が変わっていなくても現実の買い注文や売り注文を発生させます。

第六は、投資家心理です。

「乗り遅れたくない」「これ以上損したくない」「周囲だけが儲かっているように見える」といった感情も、最終的には注文へ変わります。

株価を動かす六つの要因 企業の稼ぐ力 市場予想 金利 為替と世界経済 需給と市場制度 投資家心理

ただし、この六つは横に並んで独立しているわけではありません。

景気が強くなることで金利予想が変わり、金利が変わることで為替が動き、その為替変動によって企業利益予想が変わる場合があります。株価下落によって証拠金負担が増えれば、それまでとは別の理由で売却が発生し、その売りがさらに株価を押し下げることもあります。

重要なのは、「一つの原因だけでは決まらない」と繰り返すことではありません。

実際にどの因果経路が働いたのかを追うことです。

好決算なのに株価が下がる理由

株式市場を見始めた人が最初に戸惑いやすいのが、「良い決算なのに株価が下がる」という現象です。

会社が最高益を発表したというニュースを見れば、普通は株価も上がりそうに感じます。それなのに発表直後から株価が下落すれば、「良い決算なのに、なぜ売るのだろう」と疑問を持つでしょう。

理由は、市場が決算発表の日になって初めて、その会社の未来を考え始めるわけではないからです。

決算が発表される前から、投資家やアナリストは「売上はこの程度になるだろう」「利益はこれくらい増えるだろう」と予想しています。

その期待は、発表前の株価へすでにある程度織り込まれています。

たとえば市場が50%増益を期待していた会社が、実際には30%増益を発表したとします。

30%増益という数字だけを見れば、その会社は大きく成長しています。

しかし市場参加者が50%増益を期待して高い価格まで買っていたのであれば、「会社は成長しているが、期待したほどではなかった」と判断する人が増え、売り注文が強まる可能性があります。

反対に前年より利益が減っていても、市場がもっと深刻な悪化を予想していたなら、「心配していたほど悪くなかった」と受け止められ、株価が上昇することがあります。

株価を動かすのは、決算数字の絶対的な良し悪しだけではありません。

市場が想像していた未来と、実際に示された結果との差が重要なのです。

金利が株価を動かす理由

株価を理解するとき、金利は避けて通れません。

企業価値を考える代表的な方法には、将来得られるキャッシュフローを現在価値へ割り引くDCF法などがあります。

考え方を単純化すると、企業価値は「将来受け取れるお金を、現在のお金へ換算して合計したもの」です。

今日受け取れる1億円と10年後に受け取れる1億円なら、多くの人は今日の1億円を選ぶでしょう。

今日受け取れば、そのお金を10年間運用できます。また、10年間には物価、景気、企業環境などが変わる可能性があり、将来のお金には不確実性があります。

概念的には、企業価値を次のように考えます。

企業価値 ≒ 将来キャッシュフローを割引率で現在価値へ換算した合計

割引率は国債金利だけで機械的に決まるわけではありません。

無リスク金利に加え、株式という価格変動のある資産へ投資するために求める追加的な収益率や、企業固有のリスクなども関係します。

それでも、ほかの条件が同じで国債金利などの無リスク金利が上昇すれば、投資家が求める収益率や割引率を押し上げる方向へ働き、遠い将来の利益ほど現在価値が小さくなりやすいと考えられています。

特に影響を受けやすいのが、現在より何年も先に大きな利益を生み出すと期待されているグロース企業です。

将来の遠い時点に価値の多くが存在すると考えられている企業ほど、割引率が変化したときに現在価値が大きく動きやすくなります。

さらに、金利上昇は企業の借入費用へも影響します。

借入金を使って工場を建設したり、新しい事業へ投資したりする会社では、資金調達コストが上昇すれば利益を圧迫する可能性があります。

家計も無関係ではありません。

住宅ローンなどの負担が増えれば、家計が外食、旅行、衣料品などへ使えるお金が減り、それが企業の売上へ波及する場合があります。

また、国債など比較的価格変動の小さい資産から高い利回りを得られるようになれば、「大きな値動きを受け入れてまで株式を保有する必要があるのか」と考える投資家も増えるでしょう。

一方、景気が非常に強く、企業利益の伸びが金利上昇による評価低下を上回ると考えられる場面では、金利と株価が同時に上昇することもあります。

そのため見るべきなのは、金利という数字だけではありません。

なぜ金利が変わったのか、その変化と同時に企業利益はどう変わると考えられているのかという経路です。

景気が強いのに米国株が下がる理由

米国市場のニュースでは、FRB、雇用統計、消費者物価指数、長期金利という言葉が頻繁に登場します。

「自分は会社の株を持っているのに、なぜ雇用者数や中央銀行の発言まで気にしなければならないのか」と感じる人もいるでしょう。

その理由は、経済指標が金融政策への予想を変え、その予想が金利を動かし、金利が株式評価へ届くからです。

米国市場では、「Good news is Bad news」と表現される状況があります。

雇用が増え、個人消費が強く、経済指標が市場予想を上回ったなら、普通に考えれば景気にとって良いニュースです。

ところが景気が強すぎると、賃金や物価が高止まりし、インフレがなかなか収まらないと考えられる場合があります。

すると市場では、「FRBは利下げを急がないのではないか」「高い金利が長く続くのではないか」という見方が強まり、その結果として長期金利が上昇することがあります。

すると株式、とくに遠い将来の利益を高く評価されている企業では現在価値への下押し圧力が強まり、経済指標自体は良好でも株価が下落する場合があります。

景気が強いのに株価が下がるという現象は、景気と株価が無関係だから起きているわけではありません。

景気 インフレ予想 金融政策予想 金利 株式評価

という経路を市場が先回りしているのです。

為替が株価を動かす理由

日本企業の株価を考えるとき、ドル円などの為替も無視できません。

海外で1億ドルの利益を稼いでいる企業を単純化して考えます。

1ドル100円なら、円換算では100億円です。一方、1ドル150円なら、同じ1億ドルでも円換算では150億円になります。

実際の企業には現地で発生する費用があり、為替ヘッジを行っている場合もあるため、円安になった割合だけ利益がそのまま増えるわけではありません。

それでも海外売上や海外利益の比率が高い企業では、円安が円換算利益を押し上げる要因になる場合があります。

一方、原油、天然ガス、食品、原材料などを海外から仕入れている企業では、円安によって輸入費用が増えます。

同じ円安でも、利益を押し上げられやすい会社と、費用負担が重くなりやすい会社があるのです。

家計にも影響は及びます。

ある家庭で、電気代、ガソリン代、食品価格が上がれば、給与の数字が変わらなくても自由に使えるお金は減ります。

「以前と同じように生活しているのに、なぜか月末に残るお金が少ない」と感じる背景に、為替や輸入価格の変化が隠れている場合もあります。

家計が外食や旅行、衣料品などへの支出を減らせば、今度は国内企業の売上へ影響する可能性があります。

円安という言葉だけを見て日本株全体の方向を決めるのではなく、その企業がどこで稼ぎ、どこで費用を払っているのかを確認する必要があります。

米国株が日本株へ波及する仕組み

日本企業へ投資しているのに、毎朝ニューヨーク市場の動きを確認する人は少なくありません。

東京証券取引所が朝の取引を始める時点で、市場参加者はすでに前夜の米国株、米国金利、ドル円相場の変化を知っています。

米国株が大幅に下落し、長期金利や為替も急激に変化していれば、その情報を織り込む形で日本株の注文が出されます。

さらに、日経平均先物などは日本の現物株市場が閉まっている時間帯にも取引されています。

ある人が朝起きて証券口座を開き、自分の保有株に大幅安の気配値が表示されていれば、「自分が寝ている間に、この会社で何か重大な問題が起きたのではないか」と不安になるでしょう。

ところが、その企業からは新しい発表が何も出ていないことがあります。

東京市場が閉まっている間に米国株、金利、為替、先物が動き、その情報を翌朝の日本市場がまとめて価格へ反映しているだけという場合もあるからです。

東京市場が閉まっている間 米国株 米国金利 ドル円相場 日経平均先物など 翌朝の日本市場

日本株の一日は、日本の朝だけを見ても始まりが分からないのです。

巨大テクノロジー企業が市場全体を動かす理由

近年の米国市場では、Apple、Microsoft、Alphabet、Amazon、NVIDIA、Meta Platforms、Teslaなどの巨大企業が主要株価指数へ大きな影響を与える局面があります。

いわゆるマグニフィセント・セブンの時価総額がS&P500全体の大きな割合を占める局面では、一社の決算がその企業だけの問題では終わりません。

たとえばNVIDIAの決算でAI向け半導体需要の強さが示されれば、「AI投資はまだ続くのではないか」という期待が広がり、同社だけでなく半導体製造装置、メモリー、データセンター、電力設備などの関連企業まで買われることがあります。

反対に、巨大テクノロジー企業が設備投資の減速を示せば、「AI関連投資全体が鈍るのではないか」という不安が周辺企業へ広がる場合があります。

ある一社の決算発表を前に、世界中の投資家が数字を待ちながら落ち着かない時間を過ごすことがあります。

それは、その企業自身の利益だけでなく、指数全体や周辺産業について市場が描いている未来まで変える可能性があるからです。

日経平均とTOPIXでは見えている市場が違う

日経平均株価とTOPIXは、どちらも日本株市場を代表する指数ですが、同じ景色を映しているわけではありません。

比較項目 日経平均株価 TOPIX
基本構造 225銘柄による株価平均型 浮動株調整後時価総額を基礎とする指数
影響を受けやすい銘柄 株価水準の高い値がさ株 時価総額の大きな企業
主な特徴 一部の値がさ株の変化が指数へ強く反映される場合があります 日本株市場の時価総額変化を日経平均とは異なる形で反映します

たとえばファーストリテイリングや東京エレクトロンのように、日経平均への寄与度が大きい銘柄が強く上昇すれば、ほかの多くの銘柄が値下がりしている日でも、日経平均が上昇することがあります。

自分の保有株が下がっているのに、ニュースでは「日経平均大幅高」と報じられていれば、「自分だけ市場から取り残されているのではないか」と不安になる人もいるでしょう。

しかし、一部の値がさ株が指数を押し上げているのであれば、日経平均の数字と個々の投資家が感じている市場の景色が違っても不思議ではありません。

指数を見るときには、上がったか下がったかだけでなく、「どの銘柄がその指数を動かしているのか」まで確認することが重要です。

自社株買いでも株価は動く

企業の売上や利益そのものが変わらなくても、株式の需給や1株あたり指標が変化すれば株価は動きます。

その代表的な例が自社株買いです。

ここで、「会社が自社株を買い戻すと、その時点で会社法上の発行済株式総数が減る」と考えるのは正確ではありません。

会社が取得した株式は自己株式として保有でき、発行済株式総数が減るのは自己株式を消却した場合です。

一方、EPSの計算では、普通株式の期中平均発行済株式数から期中平均自己株式数を差し引いて分母を求めます。

そのため、利益が同じなら自社株取得によってEPSの計算対象となる株式数が減り、1株あたり利益を押し上げる方向へ働きます。

さらに、自社株買いを実施している期間には、会社自身が株式市場の買い手になります。

企業業績が同じでも、現実の買い需要が増えるため、需給面から株価を支える要因になる場合があります。

2024年2月、Meta Platformsは500億ドル規模の追加自社株買い枠を発表するとともに、同社として初めての四半期配当を発表しました。

こうした資本配分の変更は、売上や利益だけを見ていると捉えにくい株価材料です。

企業が稼いだお金を研究開発へ回すのか、人材へ使うのか、設備投資へ振り向けるのか、新しい企業を買収するのか、それとも株主へ返すのか。

その判断は、「経営陣が将来の成長機会をどう見ているのか」というメッセージとして市場に受け止められる場合があります。

ただし、自社株買いをすれば必ず企業価値が高まるわけではありません。

非常に高い株価で自社株を取得するより、その資金を研究開発や設備、新規事業へ投じた方が将来大きな価値を生む可能性もあります。

大切なのは自社株買いという行為自体を良い悪いで判断することではなく、その企業にとって何へ資本を配分するのが合理的なのかを見ることです。

株価指数への採用でも需給は変わる

企業業績が変わっていなくても、株価指数へ採用されることで需給が変わる場合があります。

Teslaは2020年12月21日の市場開始前からS&P500の構成銘柄へ採用され、浮動株調整後時価総額に基づくウェイトで指数へ組み入れられました。

S&P Dow Jones Indicesは、Teslaの規模が非常に大きかったため、採用時の市場流動性や大量の売買を市場が吸収できるかどうかまで考慮して実施方法を決定しています。

S&P500へ連動する運用では、構成銘柄が変わればポートフォリオも調整する必要があります。

そのため、多くの指数連動資金ではTeslaの組み入れへ対応する売買が必要になりました。

ただし、指数への連動方法には、現物株をすべて同じ構成比率で保有する完全複製だけでなく、最適化やデリバティブなどを利用する方法もあります。

したがって、すべてのインデックスファンドが同じ日に同じ量のTesla株を必ず買ったと考えるのは正確ではありません。

それでも、指数採用が現実の需給を変える可能性があるという本質は変わりません。

会社の工場や売上が一夜で変化しなくても、運用ルールによって巨額の資金が動けば、株価は動くのです。

市場の急変を抑える制度

大量の売り注文や買い注文が突然押し寄せたとき、何の制約もなく次々と売買を成立させれば、短時間で価格が極端に飛ぶ可能性があります。

そのため日本の市場には、急変時に価格形成へ時間を与えるための仕組みがあります。

東京証券取引所では、売り注文ではより安い価格が優先され、買い注文ではより高い価格が優先される価格優先の原則があります。同じ価格なら、原則として早く出された注文が優先されます。

市場開始時や終了時などには、多数の注文を集め、一つの価格で売買を成立させる板寄せ方式が使われます。

通常の日中取引では、条件が合った注文から順番に約定させるザラバ方式が用いられます。

一方、急激な価格変化が起きる場面では、特別気配、連続約定気配、制限値幅などが機能します。

仕組み 主な対象 主な働き
特別気配 東証の現物株 急激な価格変化が起きそうな場合、すぐには約定させず反対注文を呼び込みます
連続約定気配 東証の現物株 短時間に価格が大きく進みそうな場合、注文を集め直す時間を設けます
制限値幅 東証の現物株 一日に売買できる価格の上限と下限を設定します
サーキットブレーカー 大阪取引所の先物・オプションなど 一定条件で取引を一時中断し、市場参加者が対応する時間を設けます

連続約定気配は、サーキットブレーカーのように市場全体の取引を単純に停止する制度ではありません。

東証では、基点となる価格から気配更新値幅の2倍まで約定した後、連続約定気配を1分間表示し、その間は板寄せ方式で売買を行います。

特別気配や連続約定気配は、急変する市場の途中で反対注文を呼び込み、価格形成に時間を与える仕組みです。

一方、先物市場のサーキットブレーカーは、所定の条件を満たした場合に取引そのものを一時中断します。

2024年8月5日の急落局面では、日経225先物やTOPIX先物でもサーキットブレーカーが発動しました。

市場が激しく動いているときには、人がニュースを読み、会社の価値を考え直している間にも、アルゴリズム、損切り、証拠金管理などによる注文が機械的に出続けることがあります。

こうした制度は、市場の下落を永久に防ぐためのものではありません。

注文と情報を整理し、価格形成に必要な時間をつくるための仕組みなのです。

暴落ではきっかけと増幅要因を分ける

株式市場の暴落を見るときには、「最初に何が起きたのか」と「その後、何が値動きを増幅したのか」を分ける必要があります。

2001年の米同時多発テロや2020年の新型コロナウイルス感染拡大は、金融市場の日常的な内部要因とは別の場所から加わった衝撃として理解しやすいでしょう。

一方、1987年のブラックマンデーでは、初期の価格下落へ反応して追加的な売りを行うポートフォリオ・インシュアランスや、当時の市場構造上の問題などが下落を増幅したと整理されています。

2007年から2009年の金融危機も、外から突然災害が降ってきただけの出来事ではありません。

住宅市場、住宅ローン関連資産、信用市場、金融機関のレバレッジなど、金融システム内部に積み上がっていた脆弱性が問題を大きくしました。

暴落の最中には、企業を悲観した投資家だけが株を売っているわけでもありません。

ファンドから解約が相次げば、運用者はその会社を長期的には高く評価していても、顧客へ返す現金を用意するために株を売らなければならないことがあります。

運用者自身は「この価格では売りたくない」と感じているかもしれません。

それでも、現金を用意するという現実の方が優先されます。

借入金を使って投資している人なら、価格下落による証拠金不足からポジション縮小を迫られる場合があります。

そのため、企業の業績変化だけでは説明しにくいほど価格が下落する局面では、「誰が悲観しているか」だけでなく、「誰が資金上の事情によって売らざるを得ないのか」を見る必要があります。

2024年8月5日の急落を分解する

ここまでの仕組みを使って、冒頭の2024年8月5日をもう一度見てみましょう。

この急落は、一つの悪材料ですべてを説明するより、複数の要因が重なり、その後にレバレッジ取引の巻き戻しなどが値動きを増幅した局面として理解する方が実態に近いと考えられています。

2024年7月31日、日本銀行は金融政策決定会合で政策金利を0.25%程度へ引き上げました。

一方、米国では弱い経済指標や雇用統計などを受け、景気後退への警戒とFRBによる利下げ観測が強まりました。

日本では金利が上がる方向、米国では金利が下がる方向が意識されたことで、それまで大きかった日米金利差が縮小するとの見方が強まり、円高が急速に進みました。

そこで大きく注目されたのが、低金利の円で資金を調達し、高金利通貨や海外金融資産へ投資する円キャリートレードです。

円高が進むと、円で資金を調達して海外資産を保有していた投資家にとって、ポジションを維持する条件が変わります。

そこへ株価下落による証拠金負担、損切り、機械的なリスク削減などが重なると、最初の値下がりが新しい売りを生み、その売りがさらに値下がりを生む状態になることがあります。

BISは2024年8月の市場混乱について、米国の弱いマクロ経済指標への初期反応が、株式市場や為替市場におけるレバレッジ取引の解消によって増幅され、FXキャリートレードも強いデレバレッジ圧力を受けたと分析しています。

また、証拠金負担の増加やプロシクリカルなポジション縮小が、価格変動をさらに大きくしたと説明しています。

ここから「円キャリートレードが暴落を起こした」と単独原因へまとめるのは適切ではありません。

米国景気への懸念、日米の金融政策への予想変化、円高、レバレッジ解消、証拠金負担、市場心理などが重なり、価格変動が増幅したと見る方が整理しやすいでしょう。

米国景気への懸念 日米の金融政策への予想変化 円高 レバレッジ解消 証拠金負担 価格変動が増幅

8月5日、日経平均は4451円28銭下落しました。

翌6日には3217円04銭上昇しました。

ここで、最初の問いに戻れます。

会社の工場が8月5日に壊れ、8月6日に直ったわけではありません。

企業の技術力が一日で失われ、翌朝になって戻ってきたわけでもないでしょう。

短期間で大きく変化したのは、景気や金利への予想、為替、投資家のポジション、証拠金、資金の流れ、そして市場参加者が感じている不安の強さでした。

株価は、企業の現在の姿だけを写す鏡ではありません。

企業の未来をどう見ているのか、その時点で誰がどのような資金事情を抱えているのかまで映し出す価格なのです。

海外投資家が日本株を動かす理由

日本株を売買しているのは、日本の個人投資家だけではありません。

海外投資家も、日本株市場における重要な売買主体です。

ただし、「海外投資家が東証の売買代金の何割を占める」といった数字を見る場合には、その統計が何を対象にしているのか確認する必要があります。

JPXの投資部門別売買状況は、対象市場、対象取引、調査対象となる取引参加者などを定めて集計しています。

したがって、特定の集計で得られた比率を、東証で行われるあらゆる売買へそのまま一般化することはできません。

それでも、一定の集計範囲で海外投資家が大きな売買主体であることは重要です。

国内投資家が「この企業は割安だから買いたい」と考えていても、世界の巨大ファンドが日本株への配分を減らすと決めれば、大きな売り需要が発生することがあります。

しかも、その理由が日本企業への悲観とは限りません。

米国株の比率を引き上げたいのかもしれませんし、投資家から解約が入り現金を確保する必要があるのかもしれません。世界的にリスクを減らす方針となり、日本株だけでなく複数市場のポジションを同時に縮小している場合もあります。

海外投資家は、日本企業だけを単独で見ているわけではありません。

米国株と比較して魅力的か、世界景気が悪化したら日本株はどうなるか、為替まで含めて自国通貨ベースでどの程度の損益になるのかという、世界全体の資産配分の中で日本株を評価しています。

そのため日本国内に新しい悪材料がなくても、世界的な資金移動によって日本株が売られることがあります。

日銀のETFと株式市場

日本銀行は2010年以降、ETFの買い入れを通じて株式市場とも関わってきました。

大規模な金融緩和が続く中で保有額は膨らみ、ETFを通じて幅広い日本企業の株式を間接的に保有する状態になりました。

2024年3月、日本銀行はETFとJ-REITの新規買い入れを終了しました。

その後、市場では、それまでに積み上がった保有分をどのように処分するのかが関心を集めました。

2025年9月19日、日本銀行はETFを簿価ベースで年間3300億円程度、J-REITを年間50億円程度のペースで売却する方針を決定しました。

売却時期を分散し、保有する各銘柄をおおむね保有割合に応じて売却するとともに、市場環境に応じて売却額を一時的に調整し、価格指数が著しく下落した場合には売却を一時停止できる仕組みも設けています。

ここで「日銀が売るから株価が下がる」とだけ考えると、需給の一面しか見えません。

市場参加者が見るのは、売却規模が市場全体の売買と比べてどの程度なのか、どのような環境で実施されるのか、そのとき反対側にどの程度の買い需要が存在するのかという点です。

同じ「売却」でも、規模と市場環境が違えば影響も変わります。

東証改革と企業の資本配分

2023年3月31日、東京証券取引所はプライム市場とスタンダード市場の全上場会社を対象に、「資本コストや株価を意識した経営」を求めました。

背景にあるのは、企業が株主や債権者から集めた資本を、どれだけ効率的に利益へつなげているかという問題です。

会社が多くの現金を持つこと自体が悪いわけではありません。

不況に備えたい会社もあれば、数年後の研究開発や設備投資に備え、資金を準備している会社もあります。

経営者からすれば、「今は使わなくても、予想外の危機が来たときに現金がなければ会社を守れない」と考える理由もあるでしょう。

一方、明確な使い道のない資金を大量に持ちながら十分な収益を生み出せていなければ、投資家から「その資本を本当に有効に使えているのか」と問われます。

こうした流れの中で、自社株買い、増配、政策保有株式の縮減、低採算事業の見直しなどへ動く企業が増えました。

ただし、東証が自社株買いや増配そのものを目的としているわけではありません。

2026年4月28日のアップデートでは、「経営資源の適切な配分」が中心的な論点として整理されています。

研究開発、人材、設備、新規事業、株主還元など、限られた資本をどこへ使えば長期的な企業価値へつながるのかを考えることが本質です。

中国景気が日本株へ届く経路

東京の企業へ投資しているのに、中国の不動産市場まで気にしなければならないと聞けば、「覚えることが多すぎる」と感じるかもしれません。

しかし、国際ニュースを一件ずつ暗記する必要はありません。

大切なのは、「その出来事がどの経路を通って、自分が見ている会社の売上や費用へ届くのか」と考えることです。

中国で設備投資が活発になれば、工作機械、産業用ロボット、電子部品、半導体製造装置、化学素材などを供給する日本企業の需要が増える可能性があります。

反対に、中国の不動産市場や設備投資が低迷すれば、関連する日本企業の受注が減る場合があります。

「中国でマンションが売れない」というニュースと、日本の機械メーカーの株価は、一見すると遠い出来事に感じるでしょう。

しかし、

中国の不動産投資が減る 関連産業の設備投資が弱くなる 機械の注文が減る 日本企業の利益予想が下がる 投資家の注文条件が変わる 株価が動く

という流れをたどれば、両者のつながりが見えてきます。

化粧品、小売、観光などでは、中国国内の消費や訪日客の動向も重要です。

国名だけで判断するのではなく、企業の売上や費用へ届くまでの経路を見ることが必要です。

欧州の不安が日本株へ届く経路

欧州で金融不安や景気後退への警戒が強まったとき、日本企業の決算がまだ何も変わっていない段階から日本株が売られることがあります。

世界の投資家がリスクを減らし、海外資産のポジションを縮小すれば、株式だけでなく為替市場にも影響します。

過去には、リスク回避局面で円高が進み、日本の輸出企業の円換算利益が減るとの予想から株価が下落した場面もありました。

ただし、リスク回避が起きれば必ず円高になるわけではありません。

金融政策、金利差、市場にどのようなポジションが積み上がっているのかによって、為替の反応は変わります。

ここでも「欧州で問題が起きたから日本株が下がった」と覚えるより、金融市場、為替、企業利益のどこを通って影響が届いたのかを確認する方が理解しやすくなります。

中東情勢と原油が株価へ届く経路

中東など主要な産油地域で緊張が高まれば、原油供給への懸念から原油価格が上昇する可能性があります。

原油価格が上がれば、航空機、船舶、トラックの燃料費が増え、工場を動かすエネルギー費用も上昇します。

企業がそのコストを販売価格へ転嫁すれば、今度は物価上昇の一因になります。

インフレが長引けば、中央銀行が利下げを見送る可能性が生じ、市場金利が高止まりし、株式評価へ影響することがあります。

つまり、

地政学的緊張 原油価格 企業コスト 物価 金融政策 金利 株式評価

という一本の経路で考えることができます。

遠い国で起きている出来事と、自分が持っている日本株は、一見すると無関係に見えるかもしれません。

しかし間にある経路を順番にたどれば、なぜ世界のニュースを市場参加者が気にしているのかが分かります。

一方、原油高がすべての会社に悪いわけでもありません。

資源関連企業などでは、原油価格上昇が利益増加へつながる場合があります。

同じニュースでも、誰が費用を負担し、誰が利益を得るのかによって株価への影響は変わります。

VIXは恐怖そのものではない

VIXは、ニュースなどで「恐怖指数」と呼ばれることがあります。

この呼び方を見ると、投資家がどれほど怖がっているのかを直接測定している数字のように感じるかもしれません。

しかし、VIXが人間の恐怖心そのものを測っているわけではありません。

S&P500を対象とするオプション価格をもとに、市場が今後およそ30日間にどの程度の値動きを予想しているのかを表す指標です。

市場参加者が大きな値動きを警戒すると、株価下落などへ備えるオプションへの需要が高まり、その価格を通じてVIXが上昇する場合があります。

2024年8月5日の市場混乱では、VIXが一時65を超える水準まで急騰しました。

これは、短期的な価格変動への警戒が急速に強まったことを示しています。

ただし、VIXが高いから今後必ず株価が下落するという意味ではありません。

VIXが示しているのは予想される値動きの大きさであり、上方向へ動くのか、下方向へ動くのかという方向そのものではないからです。

投資家心理で株価が動く理由

企業業績、金利、為替を理解すれば、「これで自分は冷静に投資できる」と感じる人もいるでしょう。

しかし、知識として理解していることと、自分のお金が目の前で急速に減っている最中にも同じ判断を続けられることは別です。

平常時なら「暴落したら安く買いたい」と考えていた人でも、実際に数日で資産額が大きく減り、ニュースには「歴史的下落」という言葉が並び、SNSでも悲観的な投稿ばかり目に入れば、同じ気持ちでいられないことがあります。

株価を最終的に動かす注文の向こう側には人間がいます。

市場制度や取引技術が発達しても、利益を逃したくない気持ち、損失を確定したくない気持ち、自分だけ取り残されたくないという焦りは簡単には消えません。

短期は投票機 長期は計量器

株式市場について、「短期では投票機であり、長期では計量器である」という考え方があります。

ベンジャミン・グレアムの考えとして広く知られ、短期と長期の株価を区別するときに役立つ表現です。

短期では、人気や期待が大きな影響を持ちます。

ある企業がAI関連として注目されれば、現在の利益以上に将来への期待が膨らみ、「今買わなければ乗り遅れるかもしれない」という焦りまで買い注文へ変わることがあります。

反対に、会社の工場、商品、技術が何も変わっていなくても、市場全体に不安が広がれば大量の売りが出る場合があります。

ニュースの見出し、SNSで広がる期待、大口投資家の資金移動、アルゴリズム取引なども、短期では大きな影響を与えます。

しかし、数年、十数年という長い期間になれば、企業が実際にどれほど売上を伸ばし、利益やキャッシュを生み出してきたのかという事実を無視し続けることは難しくなります。

だからといって、長期なら市場価格が必ず一つの正しい企業価値へ収束すると断定できるわけではありません。

重要なのは、市場が大きく動いたときに、「いま強く動いているのは人気や需給の部分なのか。それとも企業そのものの稼ぐ力について評価が変わったのか」と分けて考えることです。

短期は投票機 長期は計量器 短期では、人気や期待が 大きな影響を持ちます。 企業が実際にどれほど売上を伸ばし、 利益やキャッシュを 生み出してきたのか

ニュートンと南海泡沫事件

1720年の英国では、南海会社を巡る投機熱が高まり、その後価格が大きく崩れる南海泡沫事件が起きました。

そこへ参加していた人物として知られているのが、アイザック・ニュートンです。

ニュートンは比較的早い段階で株を購入し、一度利益を得て売却したとされています。

そこで終われば、「十分な利益を得られたのだからよかった」と考えられたかもしれません。

しかし、自分が売った後も株価が上がり続けると、人の気持ちは変わります。

周囲から「あの株はまた上がった」「まだ儲かっている」という話を聞き続ければ、自分だけが大きな利益を逃しているように感じるでしょう。

最初は満足していた利益も、他人がさらに儲けていると知った途端、小さく見えることがあります。

「売った自分の方が間違っていたのではないか」と考え始め、もう一度市場へ戻りたくなる気持ちも生まれます。

ニュートンはその後、高値圏で再び投資し、大きな損失を被ったと伝えられています。

具体的な損失額や、彼に帰属される有名な言葉には史料上不明確な部分があります。

それでも、この話が長く語られてきた理由は分かりやすいでしょう。

高い知性を持っていても、周囲だけが自分より儲かっているように見える焦りから完全に自由になることは難しいのです。

チューリップ取引が示す人間心理

17世紀オランダのチューリップ取引も、投機熱を説明するときによく取り上げられます。

価格が上がり続けている間は、「自分が本当に欲しいかどうか」より「次の人がもっと高い価格で買ってくれるか」が重要になることがあります。

花そのものを必要としていなくても、将来さらに高く売れると思えば買う理由が生まれます。

周囲が利益を得ているように見えれば、「参加しなければ自分だけ機会を逃すのではないか」という焦りも生まれるでしょう。

しかし、値上がりそのものが買う理由になっている市場では、価格が下がり始めたときに状況が反転します。

一方、後世に広まったチューリップ熱の物語には誇張も含まれていると考えられており、社会全体が一様に破綻したかのような単純な説明には注意が必要です。

重要なのは、昔の人が特別に愚かだったという話ではありません。

価格上昇が続くほど、その上昇を正当化する理由を見つけやすくなり、反対意見を聞きにくくなるという人間心理です。

損失回避とディスポジション効果

行動経済学のプロスペクト理論では、人は利益と損失を心理的に同じ強さでは感じないと考えられています。

100万円が110万円へ増えたときの喜びと、110万円から100万円へ減ったときの痛みは、金額としてはどちらも10万円です。

しかし心理的には、同じ強さにならないことがあります。

損失を強く避けたい気持ちが働けば、株価が急落したとき、「これ以上減っていく画面を見たくないから、全部売ってしまいたい」と感じることもあるでしょう。

そのとき売却の理由は、企業の将来利益を冷静に計算した結果ではなく、損失を見続ける苦痛から逃れたいという気持ちになっているかもしれません。

一方、投資行動では、利益の出ている株を比較的早く売却し、損失の出ている株を長く保有する傾向が観察されており、これはディスポジション効果として知られています。

ただし、ディスポジション効果を単純な損失回避だけで説明できるとは限りません。

行動として観察される傾向と、その原因を分けて考える必要があります。

ある人が含み損の株を前にして、「ここで売ったら損が確定してしまう」と考えることはあります。しかし、本当に重要なのは、その感情が生まれたこと自体ではなく、その後の投資判断が現在の企業状況や将来見通しではなく、過去に買った価格だけへ縛られていないかを確認することです。

知識を得れば、感情そのものが消えるわけではありません。

だからこそ、自分が強い恐怖や期待を感じているときには、「会社について新しい情報が出たから判断が変わったのか。それとも、自分が損失や機会損失を見たくないだけなのか」と問い直すことに意味があります。

株式市場は美人投票になる

ケインズは株式市場を、美人投票になぞらえて説明しました。

自分が最も美しいと思う人を選ぶのではなく、多くの参加者が選びそうな人を当てれば賞金を得られる仕組みなら、自分自身の好みだけではなく「ほかの人は誰を選ぶだろう」と考えるようになります。

株式市場でも同じです。

「この会社は良い会社だ」と自分が考えるだけではなく、「ほかの投資家はこの決算をどう受け止めるだろう」「市場はすでにどこまで期待しているのだろう」と、他人の予想まで考えるようになります。

しかも、ほかの投資家も同じことを考えています。

そのため、予想の上に予想が重なり、短期では企業の直近業績だけでは説明しにくいほど価格が動くことがあります。

自分が最も美しいと思う人 多くの参加者が 選びそうな人 ほかの人は誰を選ぶだろう

市場は正しいのか

効率的市場仮説では、市場価格は利用可能な情報をかなり速く取り込むと考えます。

一方、行動ファイナンスでは、人間の認知バイアスや群集心理によって価格が大きく動く局面があると考えます。

現実の市場には、その両方の面があります。

新しい決算が発表されれば、世界中の投資家やアルゴリズムが短時間で反応します。その意味では、市場は非常に速く情報を処理しています。

しかし同じ市場で、熱狂によるバブルや恐怖による投げ売りも繰り返されてきました。

市場は常に正しいわけでも、常に間違っているわけでもありません。

情報を集約する場所であると同時に、人間の心理や、その時点で投資家が抱えている資金上の制約まで価格へ映す場所なのです。

株とは何か

ここまでで、株価が市場でどのように決まり、どのような要因によって注文条件が変化するのかという基本は理解できます。

そのうえで、そもそも取引されている「株」が何なのかを確認すると、株価という数字の意味がさらに立体的に見えてきます。

証券会社の画面には企業名と価格が並んでいるため、株は値上がりしたり値下がりしたりする数字の商品に見えるかもしれません。

しかし、その数字の向こうには実際の会社があり、工場や店舗があり、そこで働く人がいます。商品を開発する人がおり、それを購入する顧客がおり、経営者は次の投資や事業戦略を考えています。

株を買うという行為は、単に「上がりそうな数字」にお金を置くことではありません。

企業という事業体の一部を持ち、その会社が将来生み出す成果へ参加すると同時に、事業がうまくいかなかった場合の損失の一部も引き受けることです。

株を買うとは会社の一部を持つこと

株式とは、株式会社の所有権である持分を細かく分けたものです。

株式を持つ人は株主となり、保有する株式の種類や数量などに応じ、会社が利益を分配するときに配当を受け取る権利、会社を清算した際に残った財産の分配を受ける権利、株主総会で意思表示を行う議決権などを持ちます。

大企業の株を100株保有したからといって、その人が翌日から会社の経営方針を自由に決められるわけではありません。それでも持分は小さいながら、会社を外から眺めるだけの人ではなく、所有者側へ加わったという意味があります。

一方、株主には有限責任という重要な仕組みがあります。

会社が巨額の借金を抱えて倒産しても、通常の株主が会社の借金を自分の預金から追加で返済する必要はありません。損失は原則として、自分が投じた金額の範囲に限定されます。

ただし、投じた資金が守られているという意味ではありません。

会社が倒産した場合には、残った財産から銀行などの債権者への支払いが先に行われるため、株主へ分配できる財産がほとんど残らず、株式の価値がゼロに近づくこともあります。

株を持つということは、会社が成長したときの成果へ参加できる一方、事業が失敗した場合の損失も受け入れることなのです。

株価と会社の大きさは違う

初心者が陥りやすい誤解の一つに、「1株の値段が高い会社ほど大きな企業である」というものがあります。

証券会社の画面に1万円の株と500円の株が並んでいれば、感覚的には1万円の株の方が大きな会社に見えるかもしれません。

しかし、1株の価格と会社全体の市場価値は同じではありません。

企業の株式市場上の規模を見る代表的な数字が時価総額です。

時価総額=株価×発行済株式数

たとえば企業Aの株価が1万円で、発行済株式数が100万株なら、時価総額は100億円です。

一方、企業Bの株価が500円でも、発行済株式数が1億株なら時価総額は500億円になります。

企業 1株の価格 発行済株式数 時価総額
企業A 1万円 100万株 100億円
企業B 500円 1億株 500億円

1株だけを見れば企業Aは企業Bの20倍の価格ですが、会社全体について市場が付けている価値では、企業Bの方が5倍大きいことになります。

これは、一枚のピザを何枚に切るかという話に似ています。

8切れにしても80切れにしても、切り方を変えただけでピザ全体の量は増えません。1切れの大きさだけを見ても、元のピザ全体がどの程度なのかは判断できないでしょう。

株式分割も同じです。

NVIDIAは2024年に1株を10株へ分ける10対1の株式分割を実施しました。

理論上、1株あたりの価格は10分の1になりますが、既存株主が持つ株数は10倍になります。

したがって、分割そのものだけで会社全体の価値や株主の持分割合が増えるわけではありません。

株価を見るときには、一株の値段だけでなく、その価格が何株に対して付けられ、会社全体ではどの程度の市場価値になっているのかまで考える必要があります。

株を買っても会社へ直接お金が入るとは限らない

好きな会社を応援したくて、その企業の株を買う人もいるでしょう。

そのとき、「10万円分の株を買えば、その10万円が会社に入り、新しい商品や工場を作るために使われる」と考えるかもしれません。

応援したい会社へ自分のお金が直接届くと思えば、株を買う行為にも別の意味を感じるでしょう。

しかし、証券取引所で日常的に売買されている株式を購入した場合、その代金が対象企業へ直接入るとは限りません。

株式市場には、発行市場と流通市場があります。

発行市場では、企業がIPOや公募増資などによって新しい株式を発行し、投資家から資金を集めます。この場合には、投資家が払い込んだ資金が企業へ入り、研究開発、設備投資、事業拡大などへ利用されます。

一方、私たちが証券会社を通じて日常的に売買する株式の多くは、すでに発行された株です。

Aさんが持っている株をBさんが購入すれば、Bさんが払った代金は基本的にAさんへ渡ります。その売買代金が、そのまま対象企業の銀行口座へ入るわけではありません。

では、企業にとって株価はどうでもよいのでしょうか。

もちろん、そうではありません。

株価が高い水準にあれば、将来新しい株式を発行するとき、相対的に少ない新株発行で大きな資金を調達しやすくなる場合があります。

株式を利用したM&Aや株式報酬にも影響し、反対に株価が著しく低迷すれば、資本市場からの評価や買収リスクを経営陣が強く意識することもあります。

流通市場の売買代金が会社へ直接入らなくても、そこで形成される株価は企業経営と切り離された数字ではないのです。

株式会社と証券取引所が生まれた背景

近代的な株式会社の原型としてよく挙げられるのが、1602年に設立されたオランダ東インド会社です。

当時のアジアとの貿易には大きな利益が期待された一方、航海には非常に大きな危険がありました。

船が難破するかもしれず、海賊に襲われる可能性もあり、疫病によって乗組員を失うこともあります。

一人の商人が全財産を一隻の船へ投じれば、その航海が失敗しただけで人生そのものが立ち行かなくなるかもしれません。

そこで、多くの人から資金を集め、利益だけでなく危険も分散する仕組みが発達しました。

さらに重要だったのは、出資した人が事業の終了まで何年も待たなくても、自分の持分を別の人へ売却できる仕組みが整ったことです。

会社には長期間使える資金を残しながら、出資者は途中で交代できます。

「何年もお金を取り戻せなくなるのではないか」という不安が小さくなることで、人々は今日使えるお金を、何年先に成果が出るか分からない事業へ投じやすくなりました。

証券取引所には、単に株価を上下させる場所という以上の意味があります。

必要になれば持分を別の人へ売れるという流動性があるからこそ、長期的な事業へ多くの資金が集まりやすくなるのです。

PER PBR 配当利回りをどう見るか

株価が企業利益や資産に対してどの程度の水準にあるのかを見る代表的な指標として、PER、PBR、配当利回りがあります。

PER=株価÷1株あたり利益(EPS)

PBR=株価÷1株あたり純資産(BPS)

配当利回り=1株あたり年間配当÷株価×100

指標 主に見るもの 基本的な意味 注意点
PER 利益 利益に対して株価が何倍まで評価されているか 低くても将来の減益を織り込んでいる場合があります
PBR 純資産 純資産に対する市場評価 1倍未満でも資産を帳簿価格で換金できるとは限りません
配当利回り 配当 株価に対する年間配当の割合 株価下落で高く見え、その後減配される場合があります

PERが25倍だからといって、それだけで「高すぎる」とは言えません。

今後利益が急速に成長すると期待されていれば、市場がその成長を先回りし、現在の利益に対して高い株価を付けている可能性があります。

反対にPERが低い会社を見て、「これほど安いなら買いたい」と感じる人もいるでしょう。

しかし、市場が将来の大幅な減益を予想しているため、現在の利益に対して株価が低く見えている場合があります。

PBRについても、1倍未満だから会社を解散すれば必ず利益が出るという意味ではありません。

帳簿上の資産がそのままの金額で売却できるとは限らず、企業の収益性が低いことを市場が評価へ反映している場合もあります。

配当利回りも同じです。

利回りが高ければ「毎年これだけ受け取れるなら魅力的だ」と感じるでしょう。

ところが、業績悪化への懸念から株価が急落し、結果として配当利回りが高く見えているのであれば、その後に減配される可能性があります。

指標は答えを自動的に出してくれる機械ではありません。

「なぜそのPERなのか」「なぜPBRが低いのか」「なぜ配当利回りが高くなっているのか」と考えるための入口です。

PART 02

株価の仕組みを投資判断へつなげる

ここまでで、株価がどのように決まり、どのような要因が注文へ変わっていくのかという基本は理解できます。

ここからは問いが変わります。

これまでは、「なぜ価格が動くのか」を考えてきました。

ここから扱うのは、「そのように動く市場で、投資する人がどのような理由で判断を誤り、予定していなかった行動を迫られることがあるのか」という問題です。

株価形成の仕組みを理解したからといって、投資結果が保証されるわけではありません。

市場がどう動くかという知識に、自分の資金、時間、商品構造、心理という条件が重なって、実際の投資行動が決まります。

ここまでで株価形成の基本を知りたいという目的は、すでに満たせています。

ここから先は、株価の仕組みを実際の投資判断へ結び付けたい人のための内容です。

暴落時に売って落ち着いてから買い戻せるのか

株価が連日下落すると、「いったん全部売り、相場が落ち着いたら買い戻そう」と考えたくなります。

証券口座を開くたびに資産額が減っていれば、「このまま持ち続けてさらに減ったらどうしよう」と感じるでしょう。

もし下落前に売却し、底値で買い戻せるなら理想的です。

しかし、暴落している途中では、どこが底なのか分かりません。

さらに、大きな上昇日は大幅下落の近くで発生することがあり、市場から出るタイミングだけでなく、戻るタイミングまで正しく判断しなければならないところに難しさがあります。

2024年8月5日の歴史的な急落の翌日に、日経平均が3217円04銭上昇したことは、その難しさを分かりやすく示しています。

前日に恐怖から市場を離れた人が翌日の急反発を見れば、「売らなければよかった」と感じるかもしれません。

しかし、8月5日の時点では、翌日にそれほど反発することが分かっていたわけではありません。

だからといって、「暴落したらすぐ買えばよい」という結論にもなりません。

過去に急反発した例があるからといって、次の暴落も同じ速度で回復するとは限らず、下落の原因、企業利益、景気、金融政策によって回復までの時間は大きく変わります。

長期なら必ず株価は戻るのか

マーケットタイミングを当て続けるのが難しいからといって、「長期なら何を買っても必ず戻る」と考えるのも危険です。

日経平均株価は1989年12月29日に3万8915円の高値を付け、その水準を上回ったのは2024年2月22日でした。

およそ34年という時間がかかったことになります。

NASDAQ総合指数も、2000年のITバブル期につけた高値から大きく下落し、その高値水準へ戻るまで長い年月を必要としました。

対象 高値 大幅下落後の水準 高値回復まで
日経平均株価 1989年末 3万8915円 2009年 約7054円 2024年に高値更新
NASDAQ総合指数 2000年 約5048 2002年 約1114 2015年ごろに高値回復
経営破綻した個別企業 破綻前の株価 ほぼゼロになる場合があります 元の価格へ戻らない場合があります

個別企業なら、以前の価格へ二度と戻らない場合もあります。

競争力を失う会社もあれば、経営破綻によって株式価値が大きく失われる企業もあります。

幅広く分散された指数には、成長する企業が指数へ加わり、衰退する企業が比重を下げたり除外されたりする特徴があります。

それでも、将来の回復時期や収益が保証されているわけではありません。

ある家庭が5年後の住宅購入に使う予定のお金まで株式へ投じていたとします。

5年後に市場が大幅下落していれば、「あと10年待てば戻るかもしれない」と頭では考えられても、家族の生活設計まで簡単に10年延期できるとは限りません。

そのとき問題になるのは、投資家の精神力だけではありません。

長期投資を続けられるかどうかは、暴落が来る前に、どのお金を投資へ回し、どのお金を生活や近い将来の支出のために残していたかによって大きく変わります。

複利は時間とともに効いてくる

投資を始めると、「どの株が一番上がるのか」に目が向きやすくなります。

短期間で大きく値上がりした銘柄を見れば、「あの株を買っていれば」と考えるのも自然でしょう。

しかし、長い運用期間では、複利や手数料のような地味に見える仕組みも最終的な結果へ大きな影響を与えます。

複利の効果を直感的に理解する方法として、「72の法則」があります。

72を想定利回りで割ると、資産がおよそ2倍になるまでの年数を概算できます。

想定利回り 2倍になるまでの概算年数
1% 約72年
3% 約24年
5% 約14.4年
7% 約10.3年
10% 約7.2年

もちろん、株式市場で毎年同じ利回りが得られるわけではありません。

これは将来の利益を予測する式ではなく、利回りの差と時間が長期では大きな違いを生むことを理解するための目安です。

短期間で一気に資産を増やそうとすれば、それだけ大きなリスクを引き受ける必要が生じる場合があります。

一方、長い時間を使える人には、短期間で無理に大きな利益を狙わなくてもよいという余地があります。

時間そのものが、運用条件の一つになるのです。

プロでも市場平均へ勝ち続けるのは簡単ではない

アクティブ運用では、専門家が企業分析や銘柄選択を行い、市場平均を上回ることを目指します。

それでも、長期間にわたりベンチマークを上回り続けることは簡単ではありません。

S&P Dow Jones IndicesのSPIVAでは、さまざまな期間とカテゴリーについて、アクティブファンドとベンチマークの成績が比較されています。

長期では、多くのカテゴリーでベンチマークを下回るファンドの割合が高い結果となることがあります。

ただし、すべてのカテゴリーで期間が長くなるほど機械的に成績が悪化すると考えるのは適切ではありません。

また、過去のファンドを比較するときには、生存者バイアスにも注意する必要があります。

途中で運用を終了したファンドが分析から見えにくくなれば、現在まで残った成功例だけを見て、「優秀なファンドを選ぶのは思っていたより簡単だった」と感じる可能性があります。

過去の成績を見るときには、残っている商品だけでなく、消えていった商品が存在することも意識する必要があります。

手数料は小さく見えても長期では大きい

投資信託の年間コストが0.1%と1.5%なら、その差は1.4ポイントです。

一年だけを見れば、「それほど大きな違いではない」と感じる人もいるでしょう。

しかし、長期間ではその差が積み重なります。

たとえば1000万円を、手数料控除前で年5%のペースで30年間運用できたと単純化して考えます。

年間コスト0.1%なら実質4.9%程度、年間コスト1.5%なら実質3.5%程度になります。

この条件では、前者は30年後に約4200万円、後者は約2800万円となり、約1400万円の差が生じます。

手数料として支払ったお金は、それ以降の運用で利益を生み出す元本にもなりません。

そのため、毎年は小さく見える費用でも、長い時間と複利が重なると大きな差になる場合があります。

税金も最終的な手取りには影響しますが、株価が形成される理由とは別の仕組みです。

実際に投資するときには、自分が利用する口座や商品の税務上の扱いを確認する必要があります。

信用取引では売りたくなくても売らされることがある

信用取引では、証券会社へ保証金を預け、それを上回る規模の株式を取引できます。

委託保証金を約定代金の30%以上とする制度を基準に考えると、おおむね自己資金の約3倍程度まで取引規模を拡大できる仕組みです。

株価が予想通りに動けば、自己資金に対する利益率は大きくなります。

しかし、反対方向へ動けば損失も拡大します。

さらに、評価損などによって保証金が必要水準を下回れば、追加の保証金を求められる場合があります。

取引所ルール上の基準に加え、証券会社がより厳しい維持率や追加保証金の条件を設定している場合もあるため、実際に利用するときには自分の証券会社のルールを確認する必要があります。

必要な資金を期限までに用意できなければ、本人が「この価格では売りたくない」と思っていても、ポジションを強制的に決済される場合があります。

この仕組みは、暴落時の値動きを増幅させることがあります。

株価が下がる 保証金が不足する 追加資金を用意できない投資家の売却が増える その売却によってさらに株価が下がる

という循環が生じるからです。

ここでも、売っている人全員が「この会社の価値がなくなった」と考えているわけではありません。

本人は将来の回復を信じていても、資金上の事情によって売らなければならないことがあります。

空売りでは損失の構造が違う

空売りは、株を借りて先に売り、その後価格が下がったところで買い戻して返却する取引です。

1000円で空売りした株を700円で買い戻せば、諸費用を無視すると300円の利益になります。

しかし、株価が上昇すれば損失になります。

取引 株価の下限 株価の上限 損失の特徴
現物買い 0円 理論上上限なし 株価がゼロになれば投資額を失います
空売り 0円 理論上上限なし 株価上昇に上限がないため損失にも理論上の上限がありません

さらに、空売りしている投資家が損失拡大を避けるため一斉に買い戻すと、その買い注文自体が株価を押し上げる場合があります。

価格上昇によって別の空売り投資家まで買い戻しを迫られれば、ショートスクイーズが発生します。

「この株は高すぎるから最終的には下がる」という判断が後から正しかったとしても、その前に資金が尽きれば取引を続けることはできません。

市場では、最終的な方向を当てることと、その時点までポジションを維持できることは別問題です。

レバレッジ型ETFは長期で単純な2倍にならない

日次で指数の2倍の値動きを目指すレバレッジ型ETFは、長期間の値上がり率を必ず2倍にする商品ではありません。

たとえば原指数が次のように上下したとします。

日数 原指数 原指数の累積騰落率 日次2倍の商品 累積騰落率
開始時 100 0% 100 0%
1日目 110 +10.0% 120 +20.0%
2日目 99 -1.0% 96 -4.0%
3日目 108.9 +8.9% 115.2 +15.2%
4日目 98.01 -1.99% 92.16 -7.84%

原指数は98.01と出発点に近い水準まで戻っていますが、日次2倍の商品は92.16まで低下しています。

これは、毎日の騰落率へ倍率をかけ、その結果を日々積み重ねるために起こります。

値動きが上下に大きく振れるほど、長期間の累積収益率が単純な倍率から離れることがあります。

一方、一方向へ上昇する相場では、複利効果が有利に働く場合もあります。

そのため、「長く持てば必ず減る」と断定するのも正確ではありません。

重要なのは、日々の値動きへ倍率をかけることを目指す商品であり、長期間の累積収益率が原指数の単純な2倍になるとは限らないという点です。

現金にも株式にも違うリスクがある

「株式は値下がりするから、現金の方が安全だ」と考える人もいるでしょう。

短期的な価格変動だけを見るなら、その考えには理由があります。

100万円を現金で持っていれば、株価暴落を理由に翌朝70万円へ減ることは通常ありません。

数か月後に家賃や生活費として使う予定のお金なら、値動きの大きい株式より現金で確保しておくことには意味があります。

しかし、現金にも別のリスクがあります。

それがインフレによる実質購買力の低下です。

仮に預金金利が年0.1%で、物価が年3%上昇したとします。

預金残高に表示される数字はほとんど変わらなくても、そのお金で買える商品やサービスの量は減ります。

ある家庭が100万円を「絶対に減らしたくない」と考えて現金で持っていたとしても、前年100万円で購入できたものが翌年103万円になれば、その100万円が持つ経済的な力は以前より小さくなっています。

株価が10%下落すれば、証券口座には損失がはっきり表示されます。

昨日まで100万円だった数字が90万円になれば、人はすぐに痛みを感じるでしょう。

一方、インフレでは預金口座から突然10万円が消えるわけではありません。

100万円は100万円のまま表示されるため、購買力が少しずつ低下していても感じにくいという違いがあります。

反対に、「株式を持てばインフレに必ず対応できる」と考えることもできません。

企業がコスト上昇分を販売価格へ転嫁し、売上や利益を増やせればインフレへ対応しやすくなりますが、競争が激しく値上げできない会社では利益が圧迫されます。

株式には価格変動や企業価値低下のリスクがあり、現金にはインフレによる実質購買力低下のリスクがあります。

ある家庭が来年必要になる生活費まで株式へ投じれば、必要な日に市場が大きく下落している可能性があります。

反対に、何十年も使う予定のない資金まで現金だけで持っていれば、その期間の物価上昇によって実質価値が低下する可能性があります。

大切なのは、どちらかを絶対に安全、もう一方を危険と決めることではありません。

そのお金をいつ使うのか、どの程度の価格変動まで受け入れられるのか、収入が止まったときにどれだけの現金が必要なのかを考え、異なる種類のリスクをどう組み合わせるのか判断することです。

投資前に確認しておきたい制度と商品構造

金融市場には、価格変動以外にも商品構造や制度から生じるリスクがあります。

「必ず儲かる」「損失は出ない」といった断定的な勧誘を、その言葉だけで信用するべきではありません。

利益が大きいと強調される商品ほど、「なぜその利益が得られるのか」「反対方向へ動いた場合には何を失うのか」「途中で自分の意思と関係なく決済される可能性はないか」まで確認する必要があります。

また、上場会社の未公表の重要事実を一定の立場で知り、公表前に対象株式を売買する行為は、法令上の規制対象となる場合があります。

株価が動く理由を理解することと、どのような取引でも自由に利益を狙ってよいということは別です。

よくある質問

株価は誰が決めているのですか

株価を政府、証券取引所、企業経営者が一方的に決めているわけではありません。

市場に集まった買い注文と売り注文の条件が一致したところで取引が成立し、その約定価格がその時点の株価になります。

成立した売買では買いと売りが必ず対応しているため、単純に買い手の人数が売り手より多ければ上がるという意味ではありません。

現在より高い価格でも買いたい注文がどの程度強いのか、反対に現在より安い価格でも売りたい注文がどの程度出ているのかによって、次の約定価格が変化します。

株価はなぜ毎日変わるのですか

企業の工場や商品が毎日大きく変化しなくても、その会社の未来を評価するための情報は絶えず変わっているからです。

金利、物価、為替、原油価格、競合企業の決算、金融政策、消費者需要などが変われば、将来どれほど利益を生み出せるのかという予想も変化します。

さらに、ファンドへの解約や指数構成の変更などでも現実の注文は変わります。

株価は、現在の会社へ固定された点数ではなく、未来への予想や市場参加者の資金事情が変化するたびに付け直される価格です。

好決算なのになぜ株価が下がるのですか

株価は、決算数字の絶対的な良し悪しだけでは動かないからです。

市場が事前にどの程度の売上や利益を期待していたかが重要になります。

30%増益という非常に良い結果でも、市場が50%増益を期待していたなら、「期待には届かなかった」と受け止められ、株価が下落する場合があります。

反対に減益でも、市場がさらに悪い結果を予想していたなら、「想定ほど悪くなかった」と評価され、株価が上昇することがあります。

会社の業績が変わっていないのに株価が動くのはなぜですか

企業業績以外にも、金利、為替、市場予想、需給などが変化するからです。

大口投資家の資金引き揚げ、指数連動運用のポートフォリオ調整、信用取引の強制決済などによっても株価は変化します。

企業の物的な実態が変わっていなくても、市場参加者の未来予想や資金事情が変われば価格は動きます。

米国株が下がると日本株も下がるのはなぜですか

世界の機関投資家は、米国株、日本株、欧州株などを一つの資産配分の中で管理しています。

米国市場で大きな変化が起きれば、世界全体のリスクを減らすため、日本株まで売る場合があります。

さらに東京市場が閉まっている間にも、米国株、米国金利、ドル円、先物市場は動いているため、その情報を織り込む形で翌朝の日本市場が始まります。

暴落の翌日に急反発することがあるのはなぜですか

暴落時には、追証、レバレッジ縮小、ファンドの資金流出、機械的な損切りなどによって、「売りたい人」ではなく「売らなければならない人」が増えることがあります。

その売却が一巡すると、価格水準に魅力を感じる投資家の買い、空売りの買い戻し、ポジションの再構築などが入り、急反発する場合があります。

大幅下落と大幅上昇は正反対の現象に見えますが、極端な需給状態では近い時期に続けて起こることがあります。

長期なら株価は必ず元に戻りますか

必ず戻るとは限りません。

幅広い株価指数が大幅下落後に過去最高値を更新してきた例はありますが、回復まで非常に長い時間を要した局面もあります。

個別企業では、以前の価格へ戻らないまま競争力を失ったり、経営破綻によって株式価値が大きく失われたりすることもあります。

何へ投資しているのか、どの程度分散しているのか、その資金をいつ使う予定なのかまで含めて考える必要があります。

まとめ

株価がなぜ動くのかを理解するとき、ニュースの見出し一つだけで原因を決めると全体像を見失います。

株価そのものは、市場に出された買い注文と売り注文の価格条件が一致したところで決まります。

しかし、その注文を変化させる背景には、企業の稼ぐ力、市場予想、金利、為替と世界経済、需給と市場制度、投資家心理があります。

企業が将来どれほど利益やキャッシュを生み出せるのかという変化が、投資家の評価を変えることがあります。

実際の業績が良くても、市場がそれ以上を期待していれば株価が下がる場合があります。

金利が動けば、将来利益の現在価値、企業の資金調達費用、債券との比較が変わります。

為替や世界経済が変化すれば、企業の売上や原材料費、家計の消費を通じて利益予想へ届きます。

自社株買い、指数採用、海外投資家の資金移動、信用取引の追証、レバレッジ解消などによって、会社の工場や商品が変わっていなくても大量の注文が生まれます。

そして、そのすべての背後には人間がいます。

「利益を逃したくない」「これ以上損したくない」「自分だけ取り残されたくない」という感情も、最後には市場の注文へ変わります。

したがって、次に株価が大きく動いたとき、「良いニュースだから上がった」「悪いニュースだから下がった」とすぐ結論を出すだけでは足りません。

まず、最初に何が変わったのかを考えます。

企業の稼ぐ力そのものが変わったのでしょうか。

市場が事前に描いていた未来と、現実の間に差が生じたのでしょうか。

金利や為替が変わり、企業の売上や費用、割引率へ影響が届いたのでしょうか。

それとも、企業への評価とは別に、資金事情や運用ルールによって売らなければならない人が増えたのでしょうか。

2024年8月5日に日経平均が4451円28銭下落し、翌6日に3217円04銭上昇した場面を思い出すと、この考え方が分かりやすくなります。

日本企業の工場が一晩で消滅し、その翌朝になって突然復活したわけではありません。

短時間で変わったのは、米国景気への見方、日米の金融政策への予想、為替、投資家のポジション、証拠金、資金の流れ、そして市場参加者が感じる不安の強さでした。

この違いを理解することが、「株価はなぜ動くのか」を学ぶ意味です。

さらに実際の投資では、市場の仕組みを理解するだけでなく、自分がその値動きへ耐えられる資金構成になっているかも重要になります。

来年必要になるお金を株式へ置いていれば、将来は回復すると考えていても売らざるを得なくなる場合があります。大きな利益を求めてレバレッジを利用すれば、分析が最終的に正しくても、その前に資金上の理由で決済を迫られることがあります。

市場を完全に予測することはできません。

しかし、市場で起きていることを、背景、六つの株価要因、注文、約定価格という流れへ分解して見ることはできます。

背景 六つの 株価要因 注文 約定価格

その習慣があれば、暴落時の赤い数字にも、最高値更新という華やかな見出しにも、一方的に振り回される可能性を少しずつ減らしていけるのではないでしょうか。

参考資料

東京証券取引所の売買制度、板寄せ、ザラバ、特別気配、連続約定気配
日本取引所グループ
https://www.jpx.co.jp/equities/trading/domestic/04.html

2024年8月の市場混乱とキャリートレード、レバレッジ取引の巻き戻し
Bank for International Settlements
BIS Bulletin 90 The market turbulence and carry trade unwind of August 2024
https://www.bis.org/publications/bulletin-90-market-turbulence-and-carry-trade-unwind-august-2024

TeslaのS&P500採用
S&P Dow Jones Indices
https://www.spglobal.com/spdji/jp/blog/article/tesla-added-to-the-sp-500/

日本銀行のETF・J-REIT売却方針
日本銀行 指数連動型上場投資信託受益権等の処分の指針
https://www.boj.or.jp/mopo/measures/term_cond/etf_s1.htm

資本コストや株価を意識した経営に関する要請
日本取引所グループ
https://www.jpx.co.jp/news/1020/20260428-01.html

信用取引の仕組みと委託保証金
日本取引所グループ
https://www.jpx.co.jp/equities/trading/margin/outline/01.html

アクティブファンドとベンチマークの比較
S&P Dow Jones Indices
SPIVA Scorecards
https://www.spglobal.com/spdji/jp/research-insights/spiva/about-spiva/

レバレッジ型ETFと日次目標商品の特徴
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プロスペクト理論
Daniel Kahneman and Amos Tversky
https://doi.org/10.2307/1914185

ディスポジション効果
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南海泡沫事件とアイザック・ニュートンに関する研究資料
https://doi.org/10.1098/rsnr.2018.0018

17世紀オランダのチューリップ取引に関する経済史研究
https://doi.org/10.1086/261615

インサイダー取引規制
金融庁および証券取引等監視委員会
https://www.fsa.go.jp/common/law/insider_qa_.pdf

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