暮らしとお金

定年後にやることがない男性へ 会社員生活から抜け出すために最初にする7つのこと

定年退職を迎えた、あるいは退職の日が近づいてきた50代から60代の男性の中には、「仕事を辞めたら毎日何をすればいいのだろう」と考え始める人がいます。

現役時代には、何度も「定年したらゆっくりしたい」と思ったかもしれません。朝早く家を出る必要がなくなり、満員電車にも乗らなくてよくなります。朝から会議に追われることもなく、上司や取引先から急な連絡が入り、予定が突然変わることもありません。

ところが、本当に退職の日が近づいてくると、解放感とは少し違う感情が顔を出すことがあります。

自由になるのはうれしい。しかし、その自由な時間で何をするのだろう。ゴルフが好きなわけでもなく、旅行へ毎月行きたいわけでもありません。夢中になってきた趣味もなく、会社以外の友人とは何年も会っていない。妻には妻の予定があり、成人した子どもにはすでに自分の生活があります。

そう考えていると、「もしかすると、自分には仕事しかなかったのではないか」と胸の奥が少し重くなることもあるでしょう。

しかし、ここで自分自身を否定する必要はありません。

定年後に「やることがない」と感じる背景には、趣味の有無や本人の意欲だけでは説明できない、会社員生活そのものの構造があります。

厚生労働省のキャリア形成に関する資料では、週40時間、年間50週を40年間勤務した場合の仕事時間を8万時間と試算しています。一方で、60歳から80歳までの20年間について、睡眠や食事などを除いて1日12時間を自由に使えると仮定すると、その時間は8万7,600時間になります。

もちろん、これは一定の前提を置いた試算であり、実際に自由に使える時間には健康状態や家族構成、仕事を続けるかどうかなどによって大きな個人差があります。それでも、「退職後には会社員生活で働いた総時間に匹敵するほど長い時間がある」という感覚をつかむ材料にはなるでしょう。

そんな時間を突然渡されて、「さあ自由に過ごしてください」と言われても、すぐに使い方がわからないのは不思議ではありません。

だから最初から、人生をかけられる生きがいや一生続ける趣味を探さなくてもよいのです。

家庭で一つの役割を持ち、明日の予定を一つ自分で決めてみる。会社とは違う人がいる場所へ一度出かけ、少し気になったことがあれば三か月だけ試してみます。

そのような小さな自己決定を重ねながら、会社から多くのことを与えられていた生活から、自分で日常を組み立てる生活へ少しずつ移っていけばよいでしょう。

TABLE OF CONTENTS
目次

定年後にやることがないと感じる本当の理由

定年後に暇を持て余している男性を見ると、「現役時代に趣味を作っておかなかったからだ」と説明されることがあります。

確かに趣味があれば、自由時間を使いやすくなるでしょう。

しかし、問題はそれだけではありません。

長い会社員生活を振り返ってみると、自分が考えていた以上に、多くのことを会社が決めてくれていました。

朝何時に起きるのかは出社時刻から逆算され、職場へ着けばその日に処理すべき仕事があります。会議に呼ばれれば参加し、上司から課題を渡されれば解決方法を考え、部下から相談されれば判断します。顧客から要望が届けば対応し、月末や年度末が近づけば期限に合わせて仕事を進めます。

つまり会社員生活では、「何をするのか」がある程度決まったあとで、「どうすれば実現できるのか」を考える場面が非常に多かったのです。

その生活を三十年、四十年と続けてきました。

そこで磨かれたのは、与えられた問題を解決する能力です。問題を整理し、必要な人と調整し、期限を設定して結果を出します。管理職になれば、利害の異なる人たちをまとめたり、予期しない問題に対応したりする力も求められたでしょう。

これらは定年後にも使える大切な能力です。

ところが退職すると、その能力を発揮する前の段階が変わります。これまでは「どう解決するか」を考えればよかったのに、これからは「そもそも今日は何をするのか」から自分で決めなければなりません。

ここに、定年後の戸惑いの一つがあります。

この説明は「会社員は自分で考えられない」という意味ではありません。会社員生活では、組織が目的や役割、期限などの外枠を用意する場面が多いため、退職後にはそれまでとは異なる種類の自己決定が必要になるという説明モデルです。

会社は仕事以外にも生活の枠組みを用意していた

会社が与えていたものは、給与と仕事内容だけではありません。

現役時代には朝になれば行く場所があり、そこへ行けば話す人がいました。自分から友人を作ろうと努力しなくても、上司や同僚、部下、顧客、取引先との会話が日常的に発生します。

さらに、自分には社会的な役割がありました。

営業課長や技術部長、経理担当やプロジェクト責任者といった肩書や担当があれば、周囲から何を期待されているのかがある程度わかります。仕事を終えれば結果も見え、成果を出せば感謝されたり評価されたりすることもあったでしょう。

定年すると、こうした生活の外枠が一度に弱くなります。

生活の要素 定年前の会社員生活 定年後の生活
予定の作られ方 出社時刻や会議や顧客対応によって一日の流れが自然に決まっていました。 自分で予定を決めなければ、何も決まっていない一日が続く場合があります。
社会的な役割 職種や役職や担当業務によって、自分が何をする人なのかが比較的明確でした。 家庭や地域などで、自分がどのような役割を持つのかを改めて考える必要があります。
人間関係 仕事をしているだけで、同僚や顧客などとの接点が半ば自動的に生まれていました。 自分から動かなければ、会社以外の新しい接点は増えにくい可能性があります。
評価の基準 業績や目標達成度など、外部から評価される基準がありました。 自分自身の納得感や生活の心地よさも判断基準にする必要があります。
時間の使い方 会社が一日の大部分を占め、仕事以外の時間が自由時間として存在していました。 自由時間そのものが日常になるため、自分で生活にリズムを作る必要があります。
自分の説明 会社名や職種や肩書によって、自分が何者なのかを説明しやすい状態でした。 過去の肩書だけではなく、現在の関心やできることによって自分を捉え直していきます。

この違いを理解していないと、退職後に動けなくなった自分を見て、「急に何もできなくなった」と感じてしまいます。

しかし、能力そのものが消えたわけではありません。

能力を使うための外側の枠組みが弱くなったのです。

2023年に公表された質的研究では、定年退職後5年以上が経過し、調査時点で社会活動を行っている男性7人を対象として、退職後の喪失体験と周囲との人間関係が検討されています。

半構造化面接による調査では、退職によって失った肩書や役割を伴う職業人生への執着や、その後の生活の場となる家庭や地域社会で新たな役割を受け入れていく過程が、周囲との人間関係に関係していたことが報告されています。

ただし、この研究は定年退職男性全般を代表する大規模調査ではありません。対象は退職後5年以上が経過し、すでに社会活動を行っている7人に限られているため、結果をすべての男性へそのまま当てはめることはできないでしょう。

それでも、「会社で持っていた役割」と「定年後の生活で作っていく役割」は同じではなく、その移行には時間が必要になることを考える材料にはなります。

だからこそ、「自分には何もない」と結論を急ぐ必要はありません。

まずは、会社が自分に何を与えていたのかに気づくところから始めます。

やりたいこと探しから始めなくてもよい

定年が近づくと、周囲から「趣味を作ったほうがいい」「何か生きがいを見つけたら」と言われることがあります。

言っている側に悪意はありません。

それでも、本人は少し困ります。「それがわからないから困っているんだけどな」と感じるからです。

ゴルフにはそれほど興味がない。家庭菜園もやってみたいとは思わない。旅行は嫌いではないけれど、毎日できるものではありません。

そこで焦って「一生続けられる趣味」を探し始めると、かえって何も選べなくなることがあります。

定年後に必要なのは、いきなり大きな情熱を見つけることではありません。

「少しやってみてもいい」と感じるものを試すことです。

人生をかける必要はなく、面白ければ続ければよいでしょう。合わなければやめても構いません。

行動する前から「これは自分の生きがいになるだろうか」と考えすぎると、一歩目のハードルが上がります。

定年後の生活は、頭の中だけで完成させるものではありません。

実際に暮らし、小さく試しながら作っていくものです。

会社から課題を与えられる人生から自分で問いを作る人生へ

定年前後の変化を図にすると、次のように整理できます。

会社が目的や課題を決める → 自分が解決方法を考える → 会社や顧客が結果を評価する → 定年によって外部の枠組みが弱くなる → 自分で問いを作る → 小さく試す → 自分と周囲の反応を見る → 次の行動を決める

会社が目的や課題を決める 自分が解決方法を考える 会社や顧客が結果を評価する 定年によって外部の枠組みが弱くなる 自分で問いを作る 小さく試す 自分と周囲の反応を見る 次の行動を決める
会社が目的や課題を決める → 自分が解決方法を考える → 会社や顧客が結果を評価する → 定年によって外部の枠組みが弱くなる → 自分で問いを作る → 小さく試す → 自分と周囲の反応を見る → 次の行動を決める

本稿では、この後半の考え方を便宜上「事業主的思考」と呼びます。

ただし、起業や商売を勧めているわけではありません。

誰かから仕事を与えられるのを待つのではなく、自分の生活を観察して「今の自分には何が必要なのだろう」と考え、小さく行動し、その結果を見ながら修正していくという意味です。

この考え方の重要なところは、自分一人で何でもやることではありません。

自分の人生については自分で問いを持ちながら、家族や周囲の人にもそれぞれの考えや生活があることを尊重します。

その練習として、最初に取り組みやすいことが次の7つです。

最初にすること1 家庭で一つの役割を自分から担当する

定年後に過ごす時間が最も増えやすい場所は、家庭です。

ここで最初の戸惑いが生まれることがあります。

夫は「ようやく妻とゆっくり過ごせる」と思っているかもしれません。

ところが妻には、夫が会社へ行っている間に何十年もかけて作ってきた生活があります。友人と会う時間があり、買い物へ行く時間があり、一人で静かに過ごす時間もあります。

そこへ夫が毎日いるようになります。

本人には自由の始まりでも、妻には生活環境の大きな変化です。

だから、「一緒にいる時間が増えれば夫婦仲も自然によくなる」とは限りません。

本人に悪気がなくても、「今日は何をすればいい?」「昼はどうする?」と何度も尋ねれば、妻は自分の予定だけでなく、夫の一日まで考えなければならなくなります。

会社員時代には、会社や上司が仕事を設定してくれました。

退職後には、その役目を知らないうちに妻へ求めてしまう可能性があります。

会社という上司が、妻という新しい上司へ入れ替わっただけになってしまうのです。

家事を手伝う人から家庭を担う人へ変わる

「何か手伝おうか」という言葉も、決して悪い言葉ではありません。

ただし毎回その形になると、「家事を管理しているのは妻であり、自分は指示された作業だけをする」という構造が残ります。

そこで、一つだけ自分の担当を持ちます。

夕食後の片付けを受け持つなら、食器を洗うだけではなく、必要に応じてシンク周りまで整えます。昼食を自分で用意すると決めるなら、何を食べるのかを考え、食材がなければ買い、食べたあとの片付けまで自分で行います。

重要なのは、たくさん家事をすることではありません。

誰かから指示されなくても、自分で状況を見て動く領域を一つ持つことです。

妻に今日は何をすればいいと聞かないための確認表

場面 自分で確認してみること
昼食の時間になったとき すぐに「昼は何」と聞く前に、自分で用意できるものがないか考えてみます。
家事をしようと思ったとき 毎回作業を聞くのではなく、自分が継続して担当できる仕事を一つ持てないか考えます。
日用品が減っているとき 誰かが補充するだろうと考えず、必要なら自分で購入できるか確認します。
書類や郵便物が届いたとき すぐ配偶者へ渡すのではなく、自分で内容を理解し対応できるものか確認します。
一日の予定がないとき 妻に行き先を考えてもらわず、自分の予定を一つ自分で決めます。
妻が外出するとき 自分も同行することを前提にせず、相手には相手の人間関係と時間があることを尊重します。
家庭のやり方が非効率に見えたとき すぐ改善案を出さず、なぜ現在の方法になっているのかを先に聞いてみます。

特に会社で管理職をしてきた人ほど、家庭のやり方にも改善点が目につく場合があります。

「もっと効率的にやればいいのに」と思うこともあるでしょう。

しかし、家庭生活の細かな運営を長年配偶者が担ってきたのであれば、自分はその家に三十年以上住んでいても、その領域では新人です。

会社員として四十年目でも、家事では一年目かもしれません。

だから最初に改善するのではなく、まず教えてもらいます。

「これまでどうやっていたの」と聞くことは、能力がないことを認める行為ではありません。新しい場所のやり方を理解しようとする姿勢です。

過去の経験には自信を持ちながら、新しい役割では新人になれることが大切になります。

そして、この自立は将来にもつながります。

年齢を重ねれば、本人や配偶者が病気になることもあります。どちらかが介護を必要とする可能性があり、最終的には一人で暮らす期間が生じる場合もあるでしょう。

夫婦仲が良いからこそ、「相手がいなければ何もできない」という状態ではなく、それぞれがある程度自分の生活を扱えるようにしておく意味があります。

依存しないことと、助け合わないことは同じではありません。

一人でもある程度暮らせるからこそ、二人のときには相互に助け合える関係を作りやすくなるのではないでしょうか。

最初にすること2 一日の予定を一つだけ自分で決める

退職した直後は、何もしなくてよいこと自体が楽しいかもしれません。

平日の朝にゆっくりコーヒーを飲み、駅へ向かう人を眺めながら「もう満員電車に乗らなくていい」とほっとすることもあるでしょう。

ところが、その生活が一週間、二週間と続くと感覚が変わる場合があります。

会社員時代の休日は、平日に仕事があったからこそ休日でした。

毎日が休みになると、休日という感覚そのものが薄くなります。

朝起きる時間が少しずつ遅くなり、「今日は雨だから明日でいいか」と外出を先延ばしにして、気づけば夕方になっていたという日も出てくるかもしれません。

ここで「こんな生活では駄目だ」と焦り、現役時代のように予定表をびっしり埋める必要はありません。

最初は、一日に一つだけ自分で予定を決めます。

午前10時に図書館へ行く、午後2時に夕食の買い物をする、午前中に30分歩く、夕方に一品だけ料理を作るといった程度で十分です。

予定が一つあるだけで、その前後に一日の流れが生まれます。

10時に出かけるなら、それまでに起きて着替えます。買い物をするなら何が必要なのかを考え、散歩へ行くなら少なくとも一度は家の外へ出るでしょう。

重要なのは予定の立派さではありません。

「自分が自分の一日を決めた」という経験です。

会社員時代には、予定表を開けば仕事が入っていました。

これからは、自分で予定表の最初の一行を書くのです。

最初にすること3 会社とは関係のない人と接点を作る

現役時代には毎日多くの人と話していたのに、定年すると急に電話が鳴らなくなることがあります。

最初は静かでいいと思うでしょう。

しかし一か月、三か月と経つと、「会社にいたころはあんなに相談されたのに」と寂しくなる人もいます。

現役時代には携帯電話が鳴り続け、メールも次々に届いていた。それが退職すると急に静かになると、「自分にはもう価値がないのだろうか」と感じてしまうこともあるかもしれません。

しかし、会社の人間関係には役割によって成立していた部分があります。

部長だったから相談され、担当者だったから電話が入り、取引関係があるから食事に誘われていたこともあるでしょう。

仕事が終われば、その関係の形が変わること自体は不自然ではありません。

大切なのは、そのあとに会社以外との接点まで失わないことです。

2021年に公表された退職高齢者の人付き合いに関する研究では、退職後に地域内外で新たな人付き合いが構築される過程が検討され、共通のテーマを介した地域内のつながりの中から、深く相談できる相手と出会う可能性が示されています。

もちろん、誰もが地域活動によって親しい友人を得られるという意味ではありません。

だから最初から「友達を作らなければ」と構える必要もないでしょう。

最初の目的は親友を作ることではなく、会社とは関係のない人がいる場所へ一度出てみることです。

図書館の講座でも、公民館でも、スポーツ施設でも構いません。

ボランティアに関心があっても、いきなり団体へ加入する必要はないでしょう。全国社会福祉協議会によれば、都道府県や市区町村のボランティア・市民活動センターでは、活動に関する相談や情報提供、活動先の紹介などが行われています。

「どんな活動がありますか」と情報を聞きに行くだけでも一歩です。

内閣府の令和7年版高齢社会白書では、65歳以上の近所付き合いについて「会えば挨拶をする」が84.6%、「外でちょっと立ち話をする」が61.3%となっています。また、立ち話や物のやり取りなど一部の近所付き合いでは、男性より女性の割合が高いことも示されています。

この数字だけで、男性一般の人間関係を決めつけることはできません。

それでも、会社以外の人間関係をほとんど作ってこなかったと感じる人なら、「親友を作る」より「顔を知っている人を一人増やす」くらいから始める意味はあるでしょう。

次に会ったら挨拶をする。

少し慣れたら二言三言話してみる。

人間関係は、その程度の小さな接点から育っていきます。

最初にすること4 過去の肩書ではなく今できることを棚卸しする

定年後に新しい場所へ出るとき、長年会社で働いた人ほど注意したいことがあります。

それは、「自分はこれだけやってきた」という自負との付き合い方です。

誇りを捨てる必要はありません。

困難な仕事を乗り越え、部下を育て、大きな案件を任されてきた経験には価値があります。それだけ長い時間を仕事に使ってきたのですから、自分なりの自負があるのは自然でしょう。

ただし、初めて参加する地域活動で「私は元○○会社の部長だった」という事実が、そのまま現在の立場になるわけではありません。

会社員として四十年目でも、その場所では一年目です。

ここで最初から「前の会社ならこうする」「その方法は非効率だ」と言い始めれば、周囲が身構える可能性があります。

新しい場所では、最初に観察します。

どのような人がいて、なぜ現在のやり方になっていて、何を大切にしているのかを理解してから、自分の経験を使います。

そのためには、過去の肩書を具体的な能力へ分解するとよいでしょう。

過去の肩書や仕事 持ち出せる可能性がある能力
営業職 相手の話を聞く力や説明する力、人との関係を作る力として捉え直せます。
管理職 意見の違う人を調整する力や計画を作る力、問題を整理する力として使える可能性があります。
技術職 複雑な問題を分解し、原因を考え、改善方法を探す能力として活用できます。
経理職 数字や書類を正確に扱い、情報を整理する力として生かせます。
現場職 作業手順を理解し、安全に注意しながら実際に手を動かす力として役立つ場合があります。

ここで大切なのは、「自分は何をしてきた人なのか」から「今の自分は何ができる人なのか」へ視点を少し変えることです。

営業部長という肩書は会社を離れれば使う機会が減っても、人の話を聞き、相手の意図をつかみ、わかりやすく説明する力は残ります。

管理職という肩書はなくなっても、意見の違う人の話を整理し、物事を前へ進める経験は消えません。

一方で、新しい世界では教えてもらう側にもなります。

料理については配偶者のほうが詳しいかもしれませんし、スマートフォンや新しいサービスについては若い人から教えてもらうこともあるでしょう。

それでよいのです。

定年後に必要なのは、「何でも知っている人」であり続けることではありません。

「それは知らないので教えてください」と言えることも、新しい社会へ入るための能力です。

過去の経験には自信を持ち、新しい場所では新人として学ぶ。

この二つは矛盾しません。

むしろ、経験豊富な人ほどもう一度新人になれるかどうかが、会社の外で人間関係を作り直す分岐点になるのではないでしょうか。

最初にすること5 新しい活動は3か月の実験として試す

新しいことを始めようとすると、「続かなかったらどうしよう」と考える人がいます。

会社員生活が長い人ほど、一度引き受けた仕事は最後まで責任を持たなければならないという感覚が強いかもしれません。

しかし、定年後の趣味や学びまで同じように考える必要はありません。

最初から「一生続ける活動」にせず、「三か月だけ試す実験」と考えます。

料理教室へ通ってみてもよいですし、ウォーキングの集まりへ参加しても構いません。週に一度だけ仕事をしてみたり、地域の活動を見学したりする方法もあります。

三か月後に「もう少しやりたい」と思えば続けます。

合わなければやめます。

「せっかく始めたのだから」と無理に続けなくてもよいでしょう。

やってみた結果、自分には合わなかったとわかったのであれば、それは失敗というより判断材料が一つ増えた状態です。

この感覚も、事業主的思考に近いものがあります。

最初から正解を決めるのではなく、小さく試して反応を見る。

定年後の人生も、最初から完成品を作る必要はありません。

定年後30日間の小さな実験

退職後の最初の一か月を、第二の人生を決める期間にする必要はありません。

むしろ、自分の生活を知るための一か月と考えます。

期間 試してみること 確認したいこと
1日目から7日目 まず退職した解放感を味わいながら、一日の時間の使い方を観察します。近所を歩いたり、自分で昼食を用意したりする程度でも十分です。 何時ごろ暇を感じるのか、家にいることが心地よいのか、それとも落ち着かないのかを見ます。
8日目から14日目 一日一予定を始め、図書館や公民館など会社とは関係のない場所へ一度出てみます。 予定が一つある日と何も決めていない日で、自分の気分や生活リズムがどう違うかを確認します。
15日目から21日目 家庭で一つの仕事を担当し、昔の友人や地域の人など会社以外の誰かと話す機会を一度作ります。 誰かから指示されなくても動けたか、人との接点によって気分に変化があったかを振り返ります。
22日目から30日目 気になった講座や活動を一つ調べ、今後三か月だけ試してみたいものがあるか考えます。 楽しかったかだけではなく、無理なく続けられそうか、もう一度行ってもよいと思えるかを確認します。

この一か月で人生が劇的に変わる必要はありません。

むしろ、見た目にはほとんど何も変わっていないように感じるかもしれません。

それでも、「今日は何をしたらいいのだろう」と毎朝考えていた人が、「今日は10時に図書館へ行こう」と自分で決められるようになっていれば、重要な変化はすでに始まっています。

誰かから予定を与えてもらうのではなく、自分で一日の中に小さな予定を置いたからです。

最初にすること6 月に一度だけ生活を振り返る

会社員時代には、自分を評価する仕組みが外側にありました。

営業成績や目標管理があり、人事評価があり、上司との面談もあります。

定年後には、それらがなくなります。

すると、人によっては「誰にも評価されなくなった」と感じるかもしれません。

しかし、これから必要なのは会社の評価制度を家庭に持ち込むことではありません。

自分で自分の生活を確認する習慣です。

毎日反省する必要はなく、月に一度程度で十分でしょう。

その一か月について、自分で決めて行動したことがあったか、家庭で誰かに任せきりにしていたことが少し減ったか、会社とは違う人と話す機会があったかを振り返ります。

同時に、「何をしているときが少し心地よかったか」も考えます。

朝の散歩が意外に気持ちよかったかもしれません。自分で作った料理を家族が食べてくれたことがうれしかったかもしれませんし、地域の講座は思っていたより疲れたということもあるでしょう。

予定を入れすぎて疲れたなら、翌月は減らします。

一人でいる時間が長すぎたと感じるなら、一度外へ出る予定を増やしてみます。

これが、自分で決めて、試して、結果を見て、修正するという循環です。

自分で決めて 試して 結果を見て 修正する
これが、自分で決めて、試して、結果を見て、修正するという循環です。

そして、この振り返りは老後全体について考える入口にもなります。

年齢を重ねれば、健康状態や家族の事情は変化します。親の介護が始まる場合もあれば、自分や配偶者の体調に変化が起きる可能性もあるでしょう。

すべてを今すぐ決める必要はありません。

ただし、「将来のことはそのとき家族が考えてくれるだろう」と完全に任せてしまうと、後になって配偶者や子どもが大きな判断を背負うことがあります。

自分の健康やお金、介護についての希望、自分しか把握していない契約や重要書類などについては、状況に応じて少しずつ家族と共有していくほうがよいでしょう。

これも、自分の人生を自分の問題として考えるという意味では、同じ線上にあります。

最初にすること7 正解を探すより自分で問いを作る

会社員時代には、多くの場合、問いが先に存在しています。

売上をどう伸ばすか、納期へどう間に合わせるか、コストをどう下げるかという課題があり、その答えを考えてきました。

定年後には、その問いを与えてくれる上司がいません。

そこで「定年男性の正しい過ごし方」を探し続けると、会社を辞めたあとも別の誰かに問いを作ってもらうことになります。

働いたほうがよいのか、趣味を持つべきなのか、地域活動をするべきなのかという問いに、すべての人へ当てはまる正解はありません。

だから、問いを小さくします。

「第二の人生で何を成し遂げるか」と聞かれて答えられなくても、「来週一度試してみたいことは何か」なら考えられるでしょう。

「生きがいは何か」と問われると重くても、「最近少し気分がよかったのはどんな時間だったか」なら思い出せるかもしれません。

「社会にどう貢献するか」と考えて身構えてしまう人でも、「自分の経験で目の前の誰かが少し楽になることはないか」なら具体的になります。

視点 会社員時代に多かった思考 定年後に加えたい思考
問題の出発点 組織や顧客から課題が与えられます。 日常を観察し、自分で小さな問いを見つけます。
行動の目的 成果を出して外部から評価されることが重要でした。 自分や周囲にどのような変化が起きるかを確かめます。
評価する主体 上司や会社や顧客が中心でした。 自分の納得感と家族など周囲の反応も参考にします。
失敗の捉え方 目標未達が失敗として扱われる場合がありました。 合わない活動がわかったことも次の判断材料になります。
次の行動 次の指示や目標が示されます。 自分で次の小さな問いを作ります。

この変化が、「会社から課題を与えられる人生」から「自分で問いを作る人生」への移行です。

内閣府の令和7年版高齢社会白書では、直近一年間に何らかの社会活動へ参加した65歳以上の人のうち、生きがいを「十分感じている」または「多少感じている」と回答した人は84.6%で、何も参加していない人より23.0ポイント高い結果でした。

ただし、この数字は「社会活動をすれば必ず生きがいが生まれる」という因果関係を証明するものではありません。

もともと健康状態が良い人ほど活動へ参加しやすい可能性がありますし、人とのつながりを持っている人ほど外へ出やすいという可能性もあります。

だから、地域活動を定年後の正解にする必要もありません。

仕事を続けたい人は働けばよいでしょうし、一人で楽しめる時間を大切にしたい人もいます。

重要なのは「世間では何をするのが正しいか」ではなく、「今の自分にはどのような暮らしが合っているのか」という問いを、自分で持ち続けることです。

定年後にやることがない男性によくある質問

定年後に趣味がなくても大丈夫ですか

趣味がないことを、定年後の重大な欠点と考える必要はありません。

いきなり一生続けられる趣味を探すより、一日の予定を一つ決めたり、家庭で一つ役割を担当したりしながら、生活そのものを動かしてみるほうが始めやすいでしょう。

興味は最初から強く存在するとは限りません。

何度かやってみるうちに面白くなるものもあります。

「趣味を見つける」と考えるより、「少し試してみる」と考えたほうが、最初の一歩は軽くなります。

定年して毎日暇なのは普通ですか

長年仕事に多くの時間を使っていた人であれば、退職後に自由時間が急増して戸惑うことは十分に考えられます。

暇であることそのものが問題なのではありません。

暇な自分を責め続けたり、誰かが予定を作ってくれるのを待つ状態だけが長く続いたりしないようにすることが大切です。

なお、何をしても楽しめない状態や強い気分の落ち込みが長く続く場合、睡眠や食欲が大きく変化した場合などは、単なる「定年後の暇」だけで説明できない可能性があります。

そのような場合は、会社員思考や気持ちの持ち方だけの問題に還元せず、医療機関などの専門家へ相談してください。

妻にずっと家にいないでと言われたらどうすればいいですか

言われた瞬間は、かなり傷つくかもしれません。

「長年働いてきて、やっと家にいられるようになったのに」と感じるのも自然でしょう。

しかし、すぐに「嫌われた」と結論を出す必要はありません。

定年前まで配偶者には配偶者の生活リズムがあり、自分が一日中家にいるという変化そのものが負担になっている可能性があります。

どの程度一人の時間が必要なのか、二人ではどのような時間を過ごしたいのかを話し合います。

同時に、自分にも家庭以外の居場所を一つずつ作っていくことが大切です。

夫婦仲がよいことと、常に同じ場所にいることは同じではありません。

60代から新しい友人はどう作ればいいですか

最初から「友人を作ろう」とすると、かえって難しくなります。

同じ場所へ何度か行くことから始めるほうが自然です。

講座やスポーツ、地域活動など共通の目的がある場所なら、話題も生まれやすくなります。

最初は挨拶するだけでも構いません。

顔見知りになり、少し会話をするようになり、その中から気の合う人が見つかるという順番で十分でしょう。

友人という結果を急ぐより、接点を繰り返すことから始めます。

定年後も仕事をしたほうがいいですか

仕事には収入だけでなく、予定や役割、人との接点を持ちやすくする面があります。

そのため、「完全に仕事を辞めたら生活のリズムを作りにくそうだ」と感じる人には、短時間勤務などが合う場合もあるでしょう。

一方で、健康状態や経済状況、家庭事情によっては仕事以外を優先したい人もいます。

「働くべきか」と考えるより、「自分は仕事から何を得たいのか」と問い直してみてください。

収入なのか、人とのつながりなのか、生活リズムなのか、経験を使う場所なのかによって、選ぶ働き方は変わります。

会社を辞めたあとに、今度は別の会社へ生活全体を預け直す必要はありません。

仕事も、自分の生活を構成する一つの選択肢として考えればよいでしょう。

地域活動が苦手な人は何から始めればいいですか

地域活動を義務だと考える必要はありません。

集団に入ることが苦手なら、図書館へ行ったり、一人で散歩をしたり、オンラインで学んだりするところから始めてもよいでしょう。

人との接点が少し欲しくなったら、社会福祉協議会のボランティア・市民活動センターなどで情報だけ聞いてみる方法もあります。

説明を聞いたからといって参加する義務はありません。

まず、自分にはどのような選択肢があるのかを知るだけでも一歩です。

まとめ 定年後の最初の仕事は自分の生活を自分で作ること

定年後に「やることがない」と感じたとき、「自分には趣味も生きがいもない」と落ち込む必要はありません。

何十年もの会社員生活では、会社が仕事だけでなく、一日の予定や社会的な役割、人との接点、評価される機会までかなりの部分を用意していました。

その仕組みから離れた直後に、自分だけで毎日を組み立てられないのは不思議なことではないでしょう。

だから最初から、大きな生きがいを探す必要はありません。

家庭で一つ役割を持ち、明日の予定を一つ自分で決めます。会社とは違う人との接点を作り、過去の肩書を現在使える能力へ置き換えます。気になったことは三か月だけ試し、月に一度振り返って、合わなければ変えればよいのです。

家庭で一つ役割を持ち 明日の予定を一つ自分で決めます 会社とは違う人との接点を作り 過去の肩書を現在使える能力へ置き換えます 気になったことは三か月だけ試し 月に一度振り返って、合わなければ変えればよいのです
家庭で一つ役割を持ち、明日の予定を一つ自分で決めます。会社とは違う人との接点を作り、過去の肩書を現在使える能力へ置き換えます。気になったことは三か月だけ試し、月に一度振り返って、合わなければ変えればよいのです。

そうして少しずつ、「誰かが何かを与えてくれるのを待つ生活」から離れていきます。

会社員としては四十年目でも、定年後の人生では一年目です。

新人なら、知らないことがあって当然でしょう。

教えてもらってもよく、試したことが合わなくても構いません。

今日、最初にすることは大げさなものでなくて十分です。

ノートやカレンダーを開いて、明日の予定を一つだけ自分で決めてみてください。そのうえで、家庭で誰かから言われなくても自分が担当できることを一つ考えます。

その二つを自分で決めた瞬間から、「会社から課題を与えられる人生」から「自分で問いを作る人生」への移行は始まっています。

定年は、役割を失って人生が小さくなる日ではありません。

会社が作ってくれていた生活の枠組みを離れ、今度は自分自身の手で日常を作り直していく、その最初の日なのです。

参考資料

定年までの仕事時間と定年後の自由時間の試算については、厚生労働省のキャリア形成に関する資料を参照しています。厚生労働省 キャリア形成と定年後の時間に関する資料

定年退職後の肩書や役割の喪失と家庭や地域社会での人間関係については、「男性定年退職者7人を対象とした喪失体験克服の諸要因と周囲の人間関係の検討」を参照しています。研究対象は、定年退職後5年以上が経過し、調査時点で社会活動を行っている男性7人です。J-STAGE 男性定年退職者の喪失体験と人間関係の研究

退職後の人付き合いと相談相手との出会いについては、「退職高齢者の人付き合いの変遷と相談相手との出会いのきっかけに関する研究」を参照しています。J-STAGE 退職高齢者の人付き合いと相談相手の研究

高齢期の社会参加と生きがいについては、内閣府「令和7年版高齢社会白書」の学習・社会参加に関する資料を参照しています。内閣府 令和7年版高齢社会白書 学習と社会参加

高齢期の近所付き合いや日常生活の状況については、同白書の生活環境に関する資料を参照しています。内閣府 令和7年版高齢社会白書 生活環境

ボランティアや市民活動について相談する公的な入口については、全国社会福祉協議会の公式情報を参照しています。全国社会福祉協議会 ボランティア・市民活動の振興

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