業務改善

会社売却前にやることは? M&Aを検討した経営者の準備チェックリスト

会社を売ると決めたわけではなくても、後継者の不在や自分の年齢、従業員の将来を考えたとき「この会社を自分の代でどうするのか」と急に現実的な問題として感じることがあります。何十年も守ってきた会社なら、売るか残すかという二択だけでは割り切れず、社員や取引先の顔、自分が退いた後の事業まで浮かんでくるため、考え始めても次の行動へ移れない経営者もいるでしょう。

会社売却前の準備で、最初から買い手を探す必要はありません。まず財務、人材、顧客、契約、ITという5つの領域から自社の状態を整理し、現在把握できていることと、専門家へ確認しなければ判断できないことを分けるところから始めます。

この記事では、数年から数か月以内に会社売却や第三者承継を検討している中小企業オーナーに向けて、会社売却前にやることを30項目のチェックリストへ整理します。売却時期から逆算した準備、数字に出にくい会社の強み、買い手から確認されやすい事項、従業員への説明、M&A仲介会社やFAとの契約、経営者保証、さらに売却時期がまだ決まっていない経営者が最初の30日で進められる準備まで確認し、自社について説明したうえで専門家へ相談できる状態を目指します。

TABLE OF CONTENTS
目次

会社売却前にまず確認したい5領域

「会社売却を考え始めたが、結局何から確認すればいいのか分からない」という場合には、会社全体を一度に調べるより、財務、人材、顧客、契約、ITという5領域へ分けると整理しやすくなります。

領域 最初に確認したい内容 確認する理由
財務 決算書、試算表、借入金、役員貸付金、売掛金、在庫などを確認します 現在の収益力や負債だけでなく、数字がその状態になっている背景まで説明できるようにするためです
人材 キーパーソン、業務属人化、雇用状況、労務管理などを確認します 社長や特定社員が抜けた後でも事業を継続できるのかを把握するためです
顧客 上位顧客、売上依存度、取引年数、主要仕入先などを確認します 売上の安定性と、取引関係が経営者個人へ依存していないかを確認するためです
契約 株主、重要契約、許認可、賃貸借契約、係争などを確認します M&A後も必要な権利や事業基盤を維持できるのかを整理するためです
IT システム、管理者権限、データ保存、バックアップなどを確認します 経営者や担当者が交代した後も事業インフラを引き継げる状態にするためです

最初の段階で、この5領域の問題をすべて解決する必要はありません。確認した項目を「把握できている」「追加確認が必要」「専門家へ相談する」という三つ程度に分けていけば、自社について何を知っていて、何を知らないのかが見えやすくなります。

より具体的な確認内容は、後半の30項目チェックリストで一つずつ整理していきます。

会社売却は売ると決めてから準備するのでは遅い?

会社売却をまだ決断していない段階で資料を集め始めると「もう会社を売る方向へ進んでしまうのではないか」と感じる経営者もいるでしょう。決算書を並べ、株主構成を確認し、会社と自分のお金を分けて考え始めることは、長年一体となって歩いてきた会社を少しずつ自分から離していくように感じられる場合もあります。

しかし、会社の状態を整理することと、会社を売却すると決断することは同じではありません。

中小企業庁は、中小企業の第三者承継について中小M&Aガイドラインや中小M&Aハンドブックなどを整備しており、M&Aは複数ある事業承継手段の一つとして位置付けられています。将来の承継を考えるのであれば、まず自社の現状や承継上の課題を把握し、そのうえで選択肢を検討することになります。

準備の目的は、売却する覚悟を決めることではありません。第三者から会社について質問されたとき、経営者の感覚だけではなく数字や資料を使って現在の状態を説明できるようにし、そのうえで自分が経営を続けるのか、親族や従業員へ承継するのか、第三者へ引き継ぐのかを比較できる状態をつくります。

売却を決める前から準備する理由

M&Aの検討が進むと、買い手から財務、税務、法務、人事、事業などについて詳しい確認を受けることがあります。デューデリジェンスと呼ばれる調査では、決算書に記載された数字だけではなく、売上がどの顧客から生まれているのか、会社に潜在的な債務はないのか、重要契約をM&A後も維持できるのか、特定の人が退職しても事業を続けられるのかといった点まで検討されます。

その段階になって初めて資料を探し始めると、重要契約の所在が分からない、過去の株式移動を説明できない、利益が急減した原因を整理していない、主要顧客との関係が社長一人へ集中しているといった課題が一度に表面化する可能性があります。

しかも、問題によっては見つけてから整理するまでに時間が必要です。株主関係や労務問題、経営者個人と会社との資産関係、社長へ集中した業務の権限移譲などは、買い手が現れてから数週間で処理できるとは限りません。

そのため、数年後であっても第三者承継を選ぶ可能性があるなら、会社を売ると決める前から自社の現在地だけは把握しておく意味があります。

売却準備が経営改善にもつながる理由

会社売却前の準備は、最終的にM&Aを選ばなかった場合でも日々の経営へ活用できます。

主要顧客への売上依存を調べれば、一社の取引停止が業績へどの程度影響するのかが分かり、社長しか判断できない業務を洗い出せば、どの仕事から権限移譲を進めるべきなのかが見えてきます。また、重要契約やITアカウントを整理しておけば、経営者や担当社員が突然不在になった場合にも事業を継続しやすくなるでしょう。

整理する過程で「まだ自分で会社を成長させたい」と感じることもあれば「自分が元気なうちに次の経営者へ渡したほうが、社員や会社にとって良いかもしれない」と考えることもあります。

どちらの結論になるとしても、会社の状態を知らないまま決めるより、自分で選べる範囲は広くなります。

売却時期から逆算する会社売却の準備

会社売却の準備期間に、一律の正解はありません。そこで「必ず1年前から始める」と考えるより、実際に会社を引き継ぐ可能性がある時期から逆算し、それぞれの段階で何を確認するのかを整理しておくと動きやすくなります。

時期 主な目的 経営者が整理したい内容 専門家と確認したい内容
1年前まで 時間のかかる経営課題を把握する段階です 過去3〜5期程度の財務資料、株主構成、借入金、経営者保証、主要顧客、役員貸付金、キーパーソンなどを整理します 株主関係、税務、労務、許認可など、解決まで時間を要する可能性がある論点を確認します
6か月前まで 外部へ説明できる形へ情報を整える段階です 月次業績、顧客別売上、組織図、重要契約、許認可、IT環境、自社の強み、主要業務などを整理します 企業価値、M&A手法、税務や法務上の主要論点を確認します
相談直前 相談目的と希望条件を具体化する段階です 希望時期、従業員への考え、社名や拠点への希望、経営者自身の関与期間などを言葉にします 支援範囲、手数料、最低手数料、専任条項、テール条項、経営者保証などを確認します
1年前まで 時間のかかる経営課題を把握する段階です 6か月前まで 外部へ説明できる形へ情報を整える段階です 相談直前 相談目的と希望条件を具体化する段階です

2〜3年程度の時間を確保できる場合には、さらに早い段階から棚卸しを始めても問題ありません。特に、株主関係が複雑な会社や社長への業務依存度が高い会社では、時間があるほど無理のない形で整理できます。

一方、体調や経営環境の変化によって十分な期間を取れない会社もあるでしょう。その場合には、すべてを完璧に整えるのではなく、どの問題がM&Aへ大きな影響を与える可能性があるのかを専門家と切り分け、優先順位を決めることが現実的です。

会社売却前にやること30項目チェックリスト

会社売却前に確認したい事項を、財務、人材、顧客、契約、ITの5領域から30項目へ整理すると、次のようになります。

このチェックリストは、30項目すべてを完成させてからM&A仲介会社やFAへ相談するためのものではありません。自社が現在どこまで整理できているのかを確認し、専門家へ聞くべきことを見つけるために使います。

No 分類 確認事項
1財務過去3〜5期程度の決算書を確認し、貸借対照表と損益計算書を取り出せる状態にします
2財務税務申告書と勘定科目内訳明細書が各期について揃っているかを確認します
3財務直近の月次試算表がどの月まで作成されているのかを把握します
4財務売上高や利益が大きく変動した年度について、その理由を事業上の出来事と結び付けて整理します
5財務役員貸付金や仮払金がある場合には、残高だけでなく発生した経緯も確認します
6財務役員借入金について、残高と経営者が会社へ資金を入れた経緯を整理します
7財務金融機関ごとの借入残高、返済条件、担保、経営者保証の有無を一覧にします
8財務長期滞留している売掛金や在庫、使用していない固定資産がないかを確認します
9人材役員と従業員について、役職や所属部署を含む一覧を整理します
10人材雇用形態、勤続年数、主要な雇用条件などを確認します
11人材就業規則、賃金規程、労使協定などについて現在の運用との違いがないかを確認します
12人材労働時間と残業代について、未払いにつながる可能性がある運用がないかを確認します
13人材社会保険や労働保険について必要な加入が行われているかを確認します
14人材退職した場合に事業へ大きな影響が出るキーパーソンを把握します
15人材社長や特定社員しかできない業務を洗い出し、属人化の程度を確認します
16顧客過去数年間の主要顧客別売上を確認し、取引額の推移を把握します
17顧客売上上位顧客が全売上のどの程度を占めているのかを確認します
18顧客主要仕入先や外注先への依存度と代替先の有無を確認します
19顧客経営者個人の関係だけで維持されている取引がないかを確認します
20顧客重大な品質問題、納期トラブル、損害賠償につながるクレームなどを整理します
21契約株主名簿を中心に現在の株主と持株数を確認し、過去の株式移動資料とも照合します
22契約登記事項証明書で商号、本店、役員など会社の登記事項を確認します
23契約主要顧客、仕入先、外注先との重要契約を確認できる状態にします
24契約不動産賃貸借契約やリース契約について、契約期間や更新条件を把握します
25契約重要契約に経営権変更時の通知や承諾に関する定めがないかを確認します
26契約事業に必要な許認可を一覧にし、有効期限や維持条件を確認します
27IT基幹システム、会計ソフト、給与ソフト、クラウドサービスなどを一覧化します
28ITドメインやメール、主要サービスの管理者アカウントを確認します
29ITPC、サーバー、ソフトウェアライセンスなどの管理状態を確認します
30IT顧客情報や設計データなどの保存場所、アクセス権限、バックアップ方法を確認します

通常業務と並行して進めるのであれば、一度に30項目を完成させようとせず、分からなかった事項だけを記録しておくとよいでしょう。分からないことが一覧になれば、そのまま税理士、弁護士、社会保険労務士、M&A支援機関などへ確認する質問になります。

決算書と試算表から会社の数字を整理する

財務資料を整理するときには、単に決算書が保存されているかを見るだけでは十分ではありません。

買い手が確認したいのは、現在いくら利益が出ているのかだけでなく、その利益がどのような事業活動から生まれ、今後も同じように続く可能性があるのかという点です。

たとえば、ある年度だけ営業利益が大きく低下していた場合、新拠点の開設、一時的な設備修繕、採用強化などが原因であれば、それらの費用が翌期以降も続くのかを切り分けて考えられます。反対に、主力顧客との取引縮小によって利益が減っているのであれば、同じ減益であっても将来の収益へ与える意味は異なるでしょう。

中小企業では、オーナー経営者の報酬や保険など、オーナー企業特有の支出が損益へ含まれている場合があります。そのためM&Aでは、会計上の利益だけではなく、一時的な損益などを確認しながら継続的な収益力を検討する場合があります。

ただし、経営者自身が都合のよい費用だけを除外し「本当の利益はもっと高い」と数字を作り直すことは避けるべきです。どの項目をどのように考えるのかは、実際の取引内容を整理したうえでFA、公認会計士、税理士などと確認します。

貸借対照表についても同様に、長期間回収されていない売掛金、何年も動いていない在庫、実際には使用していない固定資産などが残っていないかを確認します。

会社の数字を整える作業は、数字を良く見せるためではなく、その数字が生まれた理由を第三者へ説明できるようにするために行います。

株主と株式の状況を確認する

会社の株式について「自分が全部持っているはず」と考えている場合でも、M&Aを検討するなら資料で確認しておく必要があります。

設立時に親族や知人が株主になった会社や、何度か相続を経てきた会社では、経営者の認識と会社が管理する株主情報が一致していない場合があります。また、設立から長い時間が経っている会社では、過去の株式譲渡に関する資料が十分残っていないこともあるでしょう。

現在の株主構成を確認するときの中心資料は株主名簿です。

株主名簿や過去の株式譲渡資料、相続関係資料などを確認し、現在誰がどの程度の株式を保有していると会社が管理しているのかを整理します。

一方、登記事項証明書は役割が異なります。

登記事項証明書は、登記簿へ記録された会社の登記事項の全部または一部を証明する書面であり、商号、本店、役員などの確認に利用します。通常、現在の個々の株主名や持株数を確認する株主名簿の代わりにはならないため、株主構成は主に株主名簿や株式移動資料で確認し、登記事項証明書では会社の登記事項を別途確認するという分け方になります。

株主名簿 登記事項証明書
現在の株主構成を確認するときの中心資料は株主名簿です。 登記事項証明書は、登記簿へ記録された会社の登記事項の全部または一部を証明する書面であり、商号、本店、役員などの確認に利用します。

名義株が疑われる場合や、相続が未整理になっている場合、所在を把握できない株主が存在する場合には、経営者だけで名義を変えるなどの対応をせず、弁護士や司法書士などへ確認します。

何十年も問題が起きていなければ、昔の株式関係を改めて調べることに気が進まないかもしれません。しかし、第三者へ株式を譲渡する場面では権利関係の確認が重要になるため、余裕がある段階で調べておくほうが、その後の対応を選びやすくなります。

契約書と許認可を整理する

会社の事業は、顧客や仕入先、金融機関、貸主、外注先、システム事業者などとの多くの契約によって支えられています。

会社売却前には、主要顧客との取引基本契約、仕入先との契約、業務委託契約、不動産賃貸借契約、リース契約、金融機関との契約、代理店契約、ライセンス契約などについて、現在有効な契約書を確認できる状態にします。

契約書では、存在するかどうかだけでなく、契約期間、自動更新、中途解約、損害賠償、保証、契約上の地位に関する定めなども確認します。

特に、株主や経営権の変更に伴って通知や承諾が必要になる条項が存在する場合には、M&Aの進め方へ影響する可能性があります。実際にどのような手続が必要になるのかは契約ごとに異なるため、事業継続に重要な契約については弁護士などへ確認したほうがよいでしょう。

株主や経営権の変更 通知や承諾が必要になる条項 M&Aの進め方へ影響する可能性があります

許認可が事業継続に欠かせない会社では、現在どの法人が何の許認可を保有し、有効期限や維持要件がどうなっているのかを整理します。株式譲渡と事業譲渡では許認可の扱いが異なる場合があるため、具体的なM&A手法を決める際には制度ごとの確認が必要です。

契約書を一枚ずつ調べる作業は地味ですが、工場や店舗を使用できること、仕入れを継続できること、主要顧客との取引を続けられることも、会社の事業価値を支える重要な要素です。

オーナー個人と会社の取引を整理する

同族経営の中小企業では、オーナー個人と会社との資金や資産の関係が複雑になっている場合があります。

会社から経営者へ貸付金がある一方で、資金繰りが厳しかった時期に経営者自身が会社へ資金を入れていることもあり、本社や工場の土地を社長個人が所有して会社へ貸している場合もあるでしょう。

長期間その状態で事業を続けていれば、本人にとっては日常の一部になっています。しかし第三者が会社を引き継ぐ場合には、会社自身が所有しているものと、経営者個人から借りて利用しているものを分けて確認しなければなりません。

決算書や勘定科目内訳明細書から役員貸付金、役員借入金、仮払金などを確認し、個人所有の土地、建物、車両、知的財産などを事業で使用しているのであれば、その名義や契約関係も整理します。

役員貸付金などが見つかった場合にも、経営者だけで処理方法を決めないことが重要です。具体的な整理方法によって税務や法務上の影響が変わる可能性があるため、税理士や弁護士などと確認して進めます。

自分の資産や保証によって会社を支えてきた経営者ほど、この作業には単なる帳簿整理とは違う感情が伴うかもしれません。それでも、自分が退いた後も会社が利用できる資産や権利を明確にすることは、事業そのものを次の人へ渡すための準備になります。

顧客と取引先への依存度を確認する

売上が安定している会社でも、一社または少数の顧客が売上の大部分を占めている場合には、その取引が今後も継続するのかを買い手から確認される可能性があります。

過去3年程度を一つの目安として、顧客別売上高、売上構成比、取引年数、契約形態、受注頻度、社内担当者などを整理します。また、主要仕入先についても依存度を確認し、その取引がなくなった場合に代替先を確保できるのかを見ておくとよいでしょう。

重要なのは、売上比率だけではありません。

ある会社で一社の売上比率が高かったとしても、営業、技術、経理など複数の社員が日常的に取引先との関係を築いている場合と、社長個人の付き合いだけで取引が維持されている場合では、経営者が退任した後の継続性について意味が変わります。

そこで、顧客がなぜ自社を選んでいるのかまで整理します。

他社では難しい技術があるのか、品質や短納期対応に強みがあるのか、長期間の実績によって信頼関係が形成されているのかを確認すれば、顧客依存というリスクだけではなく、自社の競争力についても説明しやすくなります。

キーパーソンと業務属人化を確認する

中小企業では、社長自身が営業、価格決定、採用、資金繰り、重要顧客への対応まで幅広く担っていることがあります。

その体制によって会社を成長させてきたのであれば、これまでの経営方法を否定する必要はありません。ただし、第三者承継を考える段階では「社長が退任した後に、会社はどこまで今と同じように動けるのか」という視点が必要になります。

営業、見積もり、購買、製造、品質管理、人事、資金繰り、システム管理などについて、担当者と最終決裁者を整理します。

さらに、社長以外のキーパーソンについても確認します。

ある技術者しか設備を調整できない場合や、特定社員だけが原価計算の方法を把握している場合には、その社員が退職しただけで業務の一部が止まる可能性があります。

最初からすべての業務について詳細なマニュアルを作る必要はありません。まず、どの仕事が誰へ依存しているのかを見える状態にし、影響の大きい仕事から複数人が対応できる形へ変えていくほうが現実的です。

どの仕事が誰へ依存しているのかを見える状態にし 影響の大きい仕事から 複数人が対応できる形へ変えていく

簿外債務と係争と未払いを確認する

会社売却前の棚卸しで、経営者が確認することをためらいやすいものの一つが潜在的な問題です。

未払い残業代の可能性、税金や社会保険料の未納、退職金に関する将来負担、取引先との係争、製品事故や重大クレーム、保証債務などは、決算書を見ただけでは十分に把握できない場合があります。

問題が見つかれば「これを買い手に知られたら売却できなくなるのではないか」と心配することもあるでしょう。

しかし、どの情報をいつ買い手へ開示するかという判断とは別に、経営者自身が問題を把握しておかなければ、デューデリジェンスや条件交渉へ適切に対応できません。

中小M&Aガイドライン第3版でも、最終契約後のトラブル、経営者保証、不適切な譲り受け側などへの対応が重要な論点として追加・拡充されています。

問題を確認した場合には、一人で隠すか開示するかを判断するのではなく、どのように整理し、どのタイミングで説明し、必要であれば契約条件へどう反映するのかを専門家と検討します。

数字に出ない強みから企業価値を整理する

企業価値について考えると、売上高、営業利益、純資産といった数字へ意識が向きやすくなります。

もちろん財務情報は重要ですが、買い手が会社に価値を感じる理由が現在の利益だけとは限りません。

長年継続している顧客との取引から新規顧客の紹介まで生まれている会社であれば、現在の売上高だけでは分からない顧客基盤を持っている可能性があります。また、若手社員を採用して一定期間で担当業務を任せられる教育体制があり、特定のベテラン一人だけへ技術が集中しない会社なら、人材を継続的に育てられる組織力として説明できるでしょう。

製造業であれば、競合企業には難しい加工精度や小ロット対応を理由として何年も継続発注を受けている場合があり、地域密着型の会社なら、長年積み上げた信用から既存顧客の紹介が生まれ、新しい仕事へつながっていることもあります。

こうした特徴を「技術力があります」「信用があります」といった抽象的な言葉だけで説明すると、第三者には強さの程度が分かりません。

強みを確認できる事実へ変える

技術力を強みとして考えるなら、どの工程まで自社で対応できるのか、その技術を扱える社員が何人いるのか、どのような資格や経験を持ち、競合には難しい案件へどこまで対応できるのかを整理します。

顧客との関係であれば、主要顧客との平均取引年数、継続受注の状況、紹介による問い合わせなどを調べることで、経営者の感覚だけではない説明へ変えられます。

人材育成についても、研修制度があるという説明だけで終わらせず、入社後どの程度の期間でどの仕事を任せられるのか、誰が指導を担当し、過去に育った社員が現在どのような役割を担っているのかまで確認します。

毎日同じ会社で働いている経営者ほど、自社の特徴を「どこでもやっている普通のこと」と考えてしまう場合があります。

会社売却前の準備では、その当たり前を第三者にも確認できる事実へ置き換えることで、決算書だけでは表現しにくい会社の強みを伝えやすくなります。

買い手から質問されやすい項目

買い手から多くの質問を受けると、会社の弱点だけを探されているように感じる経営者もいるでしょう。

実際には、買収後も事業を続けられるのか、どのようなリスクが残るのかを判断するために確認される事項も多くあります。

分類 買い手から確認されやすい事項 確認する背景
財務売上や利益が大きく変動した理由過去の収益が今後も続く可能性を確認します
財務今後必要になる設備投資や修繕買収後に必要な追加資金を見積もります
財務借入金と経営者保証負債や保証関係を把握します
人材社長退任後の経営体制オーナー依存度を確認します
人材キーパーソンM&A後の離職が事業へ与える影響を確認します
人材採用と教育の仕組み将来も人材を確保し育成できるかを確認します
顧客売上上位企業の構成比顧客集中リスクを確認します
顧客顧客から選ばれる理由継続可能な競争力を確認します
顧客社長退任後の取引継続性顧客関係が経営者個人へ依存していないかを見ます
契約主要契約の期間と解約条件M&A後も契約関係を維持できるかを確認します
契約係争や重大クレーム将来発生する可能性がある法務リスクを把握します
ITシステムの管理者経営者や担当者が交代しても運用できるかを確認します
ITデータの保存とバックアップ情報資産の管理状態を確認します
事業他社と比べた強み今後も顧客から選ばれる理由を確認します
成長性買い手の経営資源を活用した成長余地M&Aによる相乗効果を検討します

この一覧の中で答えに詰まる項目があれば、そこを次に調べる対象と考えればよいでしょう。

すべての質問について模範回答を用意するより、現在分からないことを把握し、必要な資料を探せる状態にしておくほうが、初期の準備としては重要です。

従業員にはいつ会社売却を伝えるべきか

会社売却を考える経営者にとって、従業員への説明は数字や契約以上に悩みやすい問題かもしれません。

長く働いてくれた社員へ何も伝えず交渉することに後ろめたさを感じる一方、まだM&Aが成立するか分からない段階から話せば、不安を広げてしまうのではないかという心配も生まれます。

ここは、早く伝えれば誠実で、遅く伝えれば安全という一つの基準だけでは判断できません。

株式譲渡と事業譲渡では考え方が異なる

株式譲渡では、原則として対象会社そのものが雇用主として存続するため、株主が変わったことだけによって個々の労働契約を別会社へ移す手続になるわけではありません。

一方、事業譲渡によって譲渡会社の労働契約を譲受会社へ承継する場合には、原則として承継予定労働者本人の個別承諾が必要になります。

厚生労働省の現行の事業譲渡等指針では、労働者が自ら判断できるよう、事業譲渡に関する事情、譲受会社の概要、承継後の労働条件などについて十分な説明や協議を行う考え方が示されています。現行指針は2026年5月25日から改正版が適用されていますが、今回の改正後も事業譲渡における労働契約承継では個別承諾が重要な前提です。

したがって、事業譲渡について「情報漏えいを防ぎたいから成立直前まで社員へ説明しない」と一律に決めることはできません。承継予定の従業員が判断するために必要な説明や協議の時間を確保し、具体的なスケジュールについては弁護士や社会保険労務士などへ確認する必要があります。

株式譲渡 事業譲渡
株式譲渡では、原則として対象会社そのものが雇用主として存続するため、株主が変わったことだけによって個々の労働契約を別会社へ移す手続になるわけではありません。 一方、事業譲渡によって譲渡会社の労働契約を譲受会社へ承継する場合には、原則として承継予定労働者本人の個別承諾が必要になります。

株式譲渡でも説明方法を事前に考える

株式譲渡などで、交渉の初期から広い範囲の従業員へ売却検討を知らせれば「会社が危ないのではないか」「自分の給与や勤務先はどうなるのか」といった不安が広がる可能性があります。

一方、M&Aが具体化した後も必要な説明を行わなければ、従業員から「自分たちには何も知らされなかった」と受け止められる場合があります。

そのため、誰へ、どの段階で、どの程度の情報を説明するのかを、採用するM&A手法や交渉の進行に合わせて考えます。

社員へ説明する場面では、M&Aという制度の仕組みだけではなく、なぜこの選択を検討したのか、雇用や仕事内容について何が決まっており、まだ何が決まっていないのかまで伝える必要があります。

社員が最も気にしているのはM&Aという言葉そのものではなく、自分の仕事と生活がこの先どうなるのかという点だからです。

M&A仲介会社とFAへ相談する前に確認したいこと

M&A仲介会社やFAへ相談するとき、すべての資料を完成させておく必要はありません。

自分では判断できない事項を確認することも、専門家へ相談する目的の一つです。

ただし、相手へすべての判断を任せてしまうと、提示された契約条件や進め方が自社に適しているのか比較しにくくなるため、契約前に最低限確認しておきたい事項があります。

売却価格だけでなく守りたい条件を決める

会社売却を考えれば「いくらで売れるのか」が気になるのは自然です。

何十年も働いて築いてきた会社なら、その成果をできるだけ高く評価してほしいと考えるでしょう。

しかし、M&Aの条件には売却価格だけでなく、従業員の雇用、会社名、事業拠点、取引先との関係、経営者自身の引継ぎ期間、経営者保証なども関係します。

そのため、相談前には絶対に守りたい条件と、状況によって調整できる条件を分けておくと判断しやすくなります。

従業員の雇用を最優先する経営者もいれば、地域に工場を残すことを重視する人もいるでしょう。会社を譲渡した後は経営から離れたい人もいれば、数年間は買い手と一緒に事業を成長させたい人もいます。

自分が会社の何を残したいのかを整理しておけば、提示された価格だけではなく、買い手との相性やその他の条件まで含めて判断できます。

仲介会社とFAの違いを理解する

M&A支援では、仲介とFAという形があります。

仲介者は売り手と買い手双方との間で支援する場合があり、FAは原則として売り手または買い手の一方と契約して助言を行います。

どちらが常に優れているということではなく、自社の規模、案件の複雑さ、求める支援、報酬体系などによって選択肢は変わります。

仲介者 FA
仲介者は売り手と買い手双方との間で支援する場合があり FAは原則として売り手または買い手の一方と契約して助言を行います。

中小M&Aガイドライン第3版では、提供される業務内容と手数料の関係、仲介者における利益相反、営業・広告などに関する規律が整理されています。

相談先を決めるときには、会社の知名度や営業担当者の熱意だけを見るのではなく、自分が誰と契約し、その支援機関がどの立場からどの業務を提供するのかまで確認します。

手数料は料率だけで判断しない

成功報酬について「5%です」と説明されても、何を基準に5%を計算するのかによって最終的な報酬額が変わる場合があります。

M&A支援機関では、株式価値、企業価値、移動総資産など異なる基準を用いたレーマン方式が使われることがあり、さらに最低手数料、着手金、中間金、月額報酬などが設定されている場合もあります。M&A支援機関登録制度でも、報酬基準額や最低手数料、報酬が発生するタイミングなどを確認する重要性が示されています。

したがって、成功報酬の料率だけではなく、自社の案件を想定した場合に何を基準として、どの段階で、どの程度の費用が発生する可能性があるのかまで確認します。

M&A支援機関登録制度では、登録支援機関のデータベースから支援機関ごとの情報や手数料体系を確認できるため、相談先を比較するときの材料として利用できます。制度は2026年9月時点でも運用されています。

専任条項とセカンドオピニオンを確認する

仲介契約やFA契約には、契約期間中に別のM&A支援機関へ依頼することを制限する専任条項が設定される場合があります。

専任条項には、複数の支援機関が同じ買い手へ重複して情報を提供することを防ぐ意味もありますが、内容によっては売り手側の行動を制約します。

そのため、専任となる範囲、契約期間、中途解約の条件だけでなく、弁護士、税理士、公認会計士、公的相談機関などからセカンドオピニオンを受ける際に制限がないかも確認します。

契約書を渡されると「専門家が作ったものだから問題ないだろう」と考えて読み飛ばしたくなるかもしれません。しかし、契約を結んだ後に別の支援機関へ相談できないことへ気付けば、買い手がなかなか見つからない場合でも動きにくくなる可能性があります。

分からない条項ほど、署名前に確認しておく必要があります。

テール条項は期間と対象範囲を確認する

テール条項とは、仲介契約やFA契約が終了した後であっても、一定期間内に所定の買い手とM&Aが成立した場合、元の支援機関へ成功報酬などが発生する可能性がある条項です。

支援機関が時間や費用をかけて買い手を紹介し、成約直前になってから売り手が契約を終了して成功報酬だけを回避することを防止するという点では一定の合理性があります。

一方、対象期間が不当に長かったり、支援機関が実際に関与していない買い手まで広く対象へ含めたりすれば、契約終了後の経営判断を過度に制限する可能性があります。

中小M&Aガイドラインでは、テール条項について期間や対象となる買い手の範囲を適切に設定する考え方が示されており、第3版では対象範囲の限定についても規律が具体化されています。

したがって、契約書にテール条項が存在するかだけを見るのではなく、契約終了後の対象期間が必要以上に長くないか、支援機関が実際には関与・接触していない相手まで広く対象になっていないかを確認します。

経営者保証は金融機関との手続まで確認する

借入金について経営者個人が保証している場合、M&A後の経営者保証は特に重要な確認事項です。

株式を買い手へ譲渡して代表取締役を退任しただけで、金融機関等との保証契約まで自動的に終了するとは限りません。

経営者保証の解除や買い手側への移行には、保証先金融機関等との同意や手続、調整が必要になるため、売り手と買い手が株式譲渡契約の中で合意しただけでは完結しない問題です。

中小M&Aガイドライン第3版では、譲渡側経営者の保証を買い手側へ移行する想定だったにもかかわらず、実際には移行されないなどのトラブルが指摘され、M&A成立前の金融機関等への相談や最終契約での取り扱いを含め、経営者保証への対応が拡充されています。

買い手から「あとで保証を外します」と説明されたとしても、その言葉だけで判断するのは避けたほうがよいでしょう。

どの金融機関との保証が残っているのか、金融機関へいつ相談するのか、解除や移行にはどのような手続が必要になるのかを、M&A支援機関や弁護士なども交えて具体的に確認します。

会社を手放した後に経営者保証だけが残れば、本人だけでなく家族の生活へ影響する可能性もあるため、売却価格と同じ程度に慎重に扱いたい論点です。

買い手の信用も確認する

会社売却では、自分の会社だけが審査されるような感覚になりやすいものです。

しかし、会社や従業員を引き継いでもらうのであれば、売り手側も買い手について確認する必要があります。

買収資金を用意できるのか、過去のM&Aで買収先をどのように運営しているのか、従業員や事業についてどのような方針を持っているのか、買収後の経営体制をどう考えているのかなどを確認します。

中小M&Aガイドライン第3版では、不適切な譲り受け側によるトラブルを踏まえ、買い手側への調査や情報共有についても対応が強化されています。

提示された価格が高いことだけで相手を決めず、自分が会社の何を残したいのかという最初の判断軸と照らし合わせながら条件と相手の双方を見ることが重要です。

公的相談窓口を利用する

まだ民間のM&A仲介会社へ依頼する段階なのか判断できない場合には、事業承継・引継ぎ支援センターへ相談する方法もあります。

事業承継・引継ぎ支援センターは国が設置する公的相談窓口で、親族内承継から第三者への引継ぎまで、中小企業の事業承継に関する相談へ対応しています。全国の各地域に窓口が設けられており、第三者承継だけを前提とせず、会社の状況に応じた相談ができます。

まだ売却すると決めていない経営者ほど、最初から民間支援機関との契約を急ぐのではなく、自社にどのような選択肢があるのかを公的窓口で整理してから相談先を比較する方法も考えられます。

会社売却の準備でやってはいけないこと

会社を少しでも良い条件で引き継いでもらいたいと思うのは、長年経営してきたオーナーであれば自然です。

ただし、会社の価値を正確に伝えることと、都合の悪い事実を隠したり、一時的に良い会社へ見せたりすることは別の行為です。

問題をなかったことにしない

ある製造会社で、経営者が過去の労務問題と大きな品質クレームを把握しながら「最初に話せば買い手が離れるのではないか」と考え、十分に整理しないまま交渉を進めたとします。

その後、デューデリジェンスで関連資料が見つかれば、問題そのものの金額や影響だけではなく、なぜ事前に説明されなかったのかという点まで買い手の確認事項になる可能性があります。

だからといって、あらゆる問題を最初の面談で無条件に公開すればよいわけではありません。どの情報を、どの段階で、どの相手へ、どの資料とともに説明するのかには秘密保持や交渉上の判断も関係するため、把握した問題を専門家へ共有し、開示方法を検討します。

経営者保証を口約束だけで進めない

ある卸売会社で、買い手から「譲渡後に銀行と話して保証を外します」と説明された場合を考えてみます。

売り手と買い手がそのように合意していても、保証先金融機関等との手続が完了しなければ、想定どおり保証が解除されない可能性があります。

会社を譲渡した後に保証責任だけが残る事態を避けるためにも、金融機関等との調整や最終契約上の取り扱いまで確認したうえで進める必要があります。

従業員への説明を感情だけで決めない

ある会社で、経営者が社員へ隠し事をしていることに耐えられず、交渉の初期段階で広くM&Aの検討を伝えた場合、経営者には誠実な行動でも、社員からすれば突然の話として受け止められる可能性があります。

反対に、事業譲渡のように対象従業員の承諾が必要になる場合には、説明を遅らせすぎることも適切ではありません。

そのため、早く話すこと自体を善と考えたり、できるだけ遅くすることだけを安全策と考えたりせず、M&Aの手法、必要な法的手続、交渉の進行に合わせて情報開示を設計します。

仲介契約を読まずに署名しない

あるサービス会社で、営業担当者を信頼し、契約期間、専任条項、テール条項を十分確認しないまま契約した場合、後から他の支援機関へ相談したくても行動が制限される可能性があります。

特にテール条項については、条項の名称が契約書に書かれているかだけではなく、契約終了後の期間と対象となる買い手の範囲まで確認する必要があります。

担当者との相性や信頼感は支援機関を選ぶうえで重要ですが、手数料、契約期間、中途解約、専任条項、テール条項といった条件は、担当者への印象とは分けて確認することが大切です。

利益だけを短期的に良く見せない

売却を意識すると「少しでも利益を高くしておけば、会社も高く評価されるのではないか」と考えることがあります。

しかし、本来必要な設備修繕、採用、人材育成、IT投資などを極端に先送りして当期利益だけを増やしたとしても、買い手から将来的に必要となる支出として確認される可能性があります。

企業価値を伝えるために必要なのは、一時的に数字を良く見せることではありません。自社の通常の収益力と、その利益を生み出している事業の仕組みを説明できる状態へ整えることです。

時期を決めていない経営者の最初の30日

「1年後に売却する」と決めているわけではなく、第三者承継を選択肢として考え始めただけなら、長期的な売却計画を作る前に最初の30日で自社の現状を確認します。

ここで扱う30日プランは、先ほどの1年前、6か月前、相談直前という売却時期から逆算する準備とは役割が異なります。まだ売却時期を決めていない経営者が、自社について最低限説明でき、専門家へ具体的な相談を始められるところまで進むための初動です。

1日目から7日目は基本資料を集める

最初の1週間では、新しい資料を作ることより、すでに会社の中に存在する資料を一か所へ集めることを優先します。

過去3〜5期程度の決算書、勘定科目内訳明細書、法人税申告書、直近の試算表、株主名簿、定款、登記事項証明書などを確認します。

このとき、株主名簿と登記事項証明書は同じ目的で確認する資料ではありません。株主名簿では現在の株主構成を確認し、登記事項証明書では商号、本店、役員など会社の登記事項を見るというように役割を分けます。

同時に、なぜ第三者承継を考え始めたのかも文章にしてみます。

後継者が見つからないことが理由なのか、自分の年齢や健康が気になり始めたのか、単独経営では十分な採用や設備投資ができず別の会社と組む可能性を考えているのかによって、今後重視する条件は変わります。

この理由は、将来買い手へ説明するためだけに整理するものではありません。自分が何を解決するためにM&Aを考えているのかを自分自身で確認するためにも必要です。

8日目から14日目は個人と会社の関係を整理する

2週目では、オーナー個人と会社との間にある資金や資産を整理します。

役員貸付金、役員借入金、仮払金などを確認し、本社や工場の土地、車両、知的財産などが法人所有なのか個人所有なのかを整理します。

借入については、金融機関名、借入残高、返済条件、担保、経営者保証の有無まで一覧にしておくと、その後の相談が具体的になります。

この段階では、見つけた問題を自分で解決する必要はありません。

税務に関することは税理士、法務に関することは弁護士など、どの専門家へ確認する問題なのかを区別できれば十分です。

15日目から21日目は事業の仕組みを整理する

3週目では、会社の売上と組織が何によって支えられているのかを確認します。

主要顧客と主要仕入先について上位10社程度を一つの目安として、年間取引額、構成比、取引年数、社内担当者、契約の有無などを整理します。

人材については組織図を確認し、社長が一か月不在になった場合に止まりそうな仕事と、退職した場合に事業へ大きな影響を与えるキーパーソンを把握します。

さらに、重要契約、許認可、基幹システム、クラウドサービス、管理者アカウントなども確認します。

ここまで進めると、決算書だけでは見えなかった「この会社が何によって動いているのか」という仕組みが、少しずつ具体的に見えてきます。

22日目から30日目は相談できる状態をつくる

最後の期間では、集めた情報を使って自社を説明するための簡単な資料を作ります。

会社概要、事業内容、主要商品やサービス、従業員数、売上構成、主要顧客、主要仕入先、株主構成、借入金、経営者保証、自社の強み、現在把握している課題などを整理します。

さらに、第三者へ会社を引き継ぐ場合に、自分が何を重視したいのかを書き出します。

従業員の雇用、会社名、事業拠点、自分が引継ぎへ関われる期間、経営者保証などについて、まだ答えが出ていなければ未定でも構いません。

30日間で目指すのは、自分一人で会社売却の結論を出すことではありません。

自社について「ここまでは分かっているが、この部分は自分では判断できない」と説明し、専門家へ具体的な質問ができる状態まで進むことです。

1日目から7日目は基本資料を集める 8日目から14日目は個人と会社の関係を整理する 15日目から21日目は事業の仕組みを整理する 22日目から30日目は相談できる状態をつくる

自分で進める準備と専門家へ任せる判断

会社売却には財務、税務、株式、契約、労務など複数分野の問題が関係するため、経営者一人ですべてを判断する必要はありません。

領域 経営者自身で進めやすい準備 専門家と確認したい内容
財務決算書、試算表、借入金、役員貸付金などの資料を集めます継続的な収益力の分析、資産評価、企業価値算定などを確認します
株式株主名簿や過去の株式移動資料を確認します名義株、相続、所在不明株主などの権利関係を確認します
法務主要契約書と許認可を集めます契約上の制限、最終契約、表明保証、補償などを確認します
税務個人と会社との資金や資産関係を整理します具体的な処理方法やM&A手法ごとの税務影響を確認します
人材組織図、キーパーソン、属人業務などを整理します労務問題や事業譲渡時の労働契約承継などを確認します
事業顧客、仕入先、自社の強みや課題を整理します買い手候補やM&Aによる相乗効果などを検討します
ITシステム、管理者権限、データ管理を整理しますITデューデリジェンスやセキュリティ上の専門評価を確認します

経営者自身が進めるのは、まず会社についての事実を集めるところまでと考えると動きやすくなります。その事実を法務、税務、企業価値、契約条件へどのように反映するのかは、それぞれの専門家と確認して判断します。

会社売却を考えた経営者が自分自身にも確認したいこと

会社売却について調べていると、決算書、企業価値、デューデリジェンス、契約条件といった実務情報が次々に出てきます。

しかし、実際に会社を手放す可能性と向き合う経営者の中では、数字だけでは整理できない気持ちも動いています。

まだ自分で経営できるのではないかという思いと、元気なうちに次の経営者へ渡したほうが会社にとって良いのではないかという考えが同時に存在することもあるでしょう。親や創業者から引き継いだ会社なら、自分の代で第三者へ渡すことに申し訳なさや迷いを感じる人もいます。

さらに、少しでも良い価格で売却したいという気持ちがある一方で「金額ばかりを考えていると思われないだろうか」と、自分自身の感情に戸惑うこともあります。

こうした迷いは、決算書を整理しただけでは解消できません。

そこで、希望する売却価格だけではなく、自分が会社の何を残したいのかまで考えておく必要があります。

従業員が働き続けられる場所を残したいのか、自社が長年積み上げてきた技術やサービスをなくしたくないのか、地域に店舗や工場を残したいのかによって、望ましい買い手は変わります。

自分が会社の何を残したいのか 従業員が働き続けられる 場所を残したいのか 自社が長年積み上げてきた 技術やサービスを なくしたくないのか 地域に店舗や工場を 残したいのか

また、経営者自身についても、譲渡後すぐに引退したいのか、一定期間は会社へ残って引継ぎをしたいのかを考えておく必要があります。

企業価値を買い手へ説明する前に、自分にとって会社がどのような価値を持っているのかを言葉にしておけば、条件交渉で迷ったときに戻れる判断基準になります。

会社売却前によくある質問

会社売却は何年前から準備すればいい?

会社売却を何年前から準備しなければならないという一律の期限はありません。

ただし、株主関係、役員貸付金、労務問題、顧客集中、業務属人化などは短期間で解決できない場合があるため、数年以内に第三者承継を選択する可能性があるなら、早い段階で一度自社の状態を整理しておくとよいでしょう。

2〜3年程度の時間があれば、問題を見つけてから対応を検討できる余地が増えますが、十分な時間がないからM&Aを検討できないという意味ではありません。

早く始める目的は、準備期間が長ければ高く売れると保証するためではなく、問題が見つかった後に複数の選択肢を比較する時間を残すためです。

赤字会社でもM&Aを検討できる?

赤字であることだけを理由に、M&Aが不可能と決まるわけではありません。

買い手は財務状態だけでなく、技術、人材、顧客、ノウハウ、許認可、事業上の相乗効果などを含めて会社や事業を検討する場合があります。

ただし、赤字の原因が一時的なのか継続的なのか、借入金がどの程度あるのか、事業そのものにどの程度の継続性があるのかによって状況は変わります。

そのため、赤字という数字を隠すより、なぜ現在の業績になっているのかを説明できる状態にしたうえで専門家へ相談します。

従業員にはいつ会社売却を伝える?

すべてのM&Aについて、同じ時期に従業員へ説明するわけではありません。

株式譲渡では会社自体が雇用主として存続するのが通常ですが、事業譲渡によって労働契約を譲受会社へ承継する場合には、原則として対象従業員本人の個別承諾が必要です。

そのため、事業譲渡では対象従業員へ必要な説明と協議を行い、本人が判断するための時間を確保する必要があります。具体的な時期や説明内容はM&A手法や個別事情によって異なるため、現行の事業譲渡等指針を踏まえて弁護士や社会保険労務士などへ確認します。

M&A仲介会社へ相談する前に何を準備する?

初回相談までに、すべての資料を完成させておく必要はありません。

過去3期程度の決算書、直近の試算表、株主構成、借入状況、主要顧客、従業員数、事業内容などを確認できれば、自社の現在地について説明しやすくなります。

さらに、なぜ第三者承継を考え始めたのか、いつ頃までに考えたいのか、従業員や会社について何を守りたいのかを言葉にしておけば、専門家との相談も具体的になります。

企業価値はどうやって決まる?

中小企業のM&Aでは、時価純資産、将来の収益力やキャッシュフロー、類似する会社や取引など、複数の考え方から企業価値を検討します。

実務では純資産と一定の収益力を組み合わせた方法が参考にされる場合もありますが、利益の何年分を加えれば必ず適正価格になるという一律のルールはありません。

算定された企業価値と、買い手との交渉によって最終的に合意する譲渡価格も同じとは限らず、顧客基盤、技術、人材、成長性、財務状態、買い手との相乗効果、取引条件などによって変わる可能性があります。

後継者がいなくても会社を残す方法はある?

親族や従業員の中に後継者が見つからない場合でも、第三者へ株式や事業を譲渡することで事業を引き継ぐ選択肢があります。

会社全体を譲渡する方法だけではなく、従業員への承継や、一部事業を第三者へ引き継ぐ方法が適する場合もあります。

事業承継・引継ぎ支援センターでは、親族内承継から第三者承継まで中小企業の事業承継に関する相談へ対応しているため、後継者がいないことだけを理由に廃業を決める前に、自社にどのような選択肢があるのかを確認できます。

まとめ

会社売却前にやることの中心は、すぐに買い手を探したり、希望売却価格を決めたりすることではありません。

まず財務、人材、顧客、契約、ITという5領域から自社を見直し、どのような強みがあり、何が社長や特定社員へ依存し、どこに整理すべき課題が残っているのかを把握します。

株主構成については、株主名簿や株式移動資料を中心に確認し、登記事項証明書は商号、本店、役員など会社の登記事項を確認する資料として役割を分けます。仲介契約やFA契約では、手数料だけではなく専任条項やテール条項も確認し、特にテール条項については期間と対象となる買い手の範囲が過度に広くないかを見ることが重要です。

従業員への説明についても、株式譲渡と事業譲渡を同じように考えることはできません。事業譲渡で労働契約を譲受会社へ承継する場合には、対象従業員の個別承諾と必要な説明・協議を行い、経営者保証については売り手と買い手の合意だけではなく、保証先金融機関等との同意や手続まで確認します。

最初の30日ですべてを解決する必要はありません。

決算書を集め、株主を確認し、主要顧客とキーパーソンを整理し、自分が会社の何を残したいのかまで言葉にできれば、専門家へ具体的な相談ができるところまで進めます。

会社売却前の準備で目指したいのは、売却しなければならない状態へ自分を追い込むことではありません。会社を続けるのか、誰かへ承継するのか、第三者へ譲るのかを、自社の状態と自分の希望を理解したうえで選べる状態をつくることです。

参考資料

中小企業のM&A全体について確認する場合は、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン第3版」が主な一次情報です。手数料、仲介・FA、利益相反、テール条項、経営者保証、不適切な譲り受け側への対応などが整理されています。

中小企業庁 中小M&Aガイドライン

会社売却や第三者承継を含む事業承継の制度や関連資料を確認する場合は、中小企業庁の事業承継ページを参照できます。中小M&Aハンドブックなどの関連資料も掲載されています。

中小企業庁 事業承継

事業譲渡に伴う労働契約の承継や従業員への説明・協議については、厚生労働省の現行の事業譲渡等指針を確認します。現行改正版は2026年5月25日から適用されています。

厚生労働省 事業譲渡等指針の一部改正

M&A仲介会社やFAを比較するときは、M&A支援機関登録制度の登録支援機関データベースや手数料情報を確認できます。

M&A支援機関登録制度

第三者承継を選ぶかまだ決まっていない段階で公的相談窓口を利用したい場合は、事業承継・引継ぎ支援センターの全国窓口を確認できます。

事業承継・引継ぎ支援センター

登記事項証明書など商業・法人登記に関する基本的な取り扱いについては、法務省の案内を確認できます。

法務省 商業・法人登記Q&A

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