「手順書は整備した。それなのに、なぜ同じ作業ミスが繰り返されるのだろう」
現場責任者や教育担当者にとって、この疑問は簡単には割り切れないものです。作業の流れを整理し、注意事項を加え、新人教育でも説明している。それでも再びミスが発生すれば、「もっと細かく書かなければならないのか」「本人の注意力に問題があるのではないか」と考えたくなるでしょう。
一方、作業者も失敗したくて失敗しているわけではありません。ミスの直後には、「確認したつもりだったのに」「周囲へ迷惑をかけてしまった」「次は絶対に間違えたくない」と気持ちが沈むこともあります。
それでも、気持ちを強く持つだけでは再発を防げない場合があります。
確認する理由が分からなければ、「今日はいつもと同じだから省略しても大丈夫だろう」と考えるかもしれません。異常時の基準が曖昧なら、「この程度で設備を止めたら大げさではないか」と迷います。
つまり、手順書へ書くべきなのは「何をするのか」というKnow-Howだけではありません。
なぜその作業が必要なのかというKnow-Whyを加え、ミスの影響が大きい急所を明確にし、異常時にはどの条件で作業を止めるのかまでつなげて考える必要があります。
ただし、ここには重要な前提があります。
設備やシステム、作業の流れそのものを変えることで防げる問題まで、すべて手順書へ押し込むことが目的ではありません。
人が間違えにくい構造へ変更できるのであれば、まず仕事や設備の仕組み側で対策できないかを検討します。そのうえで、どうしても人の確認や判断が残る部分を手順書で支えるという考え方が重要です。
厚生労働省のリスクアセスメントに関する情報でも、本質的な危険性の除去や低減、工学的な対策を検討したうえで、マニュアル整備などの管理的対策を組み合わせる考え方が示されています。
また、厚生労働省の「職場のあんぜんサイト」では、ヒューマンエラーへの対応として、人への訓練だけでなく、間違えにくい仕組みや方法にすること、誤りを早く発見できるようにすること、発生した場合の影響を小さくすることまで挙げられています。
本記事では、この考え方を土台としながら、JAXAのヒューマンファクタ分析ハンドブックなども参考にし、一般的な業務現場で活用しやすい手順書の作り方へ落とし込みます。
なお、JAXAの「ヒューマンファクタ分析ハンドブック JERG-0-018A」は、一般産業全体に適用される法令や公的な統一基準ではありません。
JAXAおよび契約相手方が、宇宙開発関連業務におけるヒューマンエラー起因の不具合を分析し、再発防止や未然防止へつなげる際の参考文書です。
一方で、m-SHEL、Know-WHY情報の不足、3H、過去経験への過信、手順書やマニュアルの表現など、一般の業務現場でも参考になり得る考え方が含まれています。
本記事で示す「急所」「Know-Why」「停止条件」を組み合わせた形式も、公的に定められた統一様式ではありません。
これらの知見を一般的な現場で活用しやすい形へ整理した参考構造であり、実際に導入する際は、自社の法令上の要求、安全基準、品質基準、設備仕様、社内規程に合わせて調整してください。
手順書があってもヒューマンエラーが起きる理由
書いてあるのに同じミスが続く現場
同じ作業ミスが起きたとき、管理する側は「手順書には書いてある」と考えます。
それは不自然な反応ではありません。
時間をかけて標準作業を整理し、新人教育でも説明した。以前のミスを受けて注意事項も追加した。それにもかかわらず同じエラーが発生すれば、「読んでいないのではないか」「確認が足りないのではないか」と感じるでしょう。
しかし、作業者の話を詳しく聞くと、単なる不注意では説明しきれないことがあります。
本人は手順を知っていたものの、その確認が何を防ぐために存在するのかまでは理解していなかった。いつもと少し状態が違ったけれど、それが作業を中断するほどの異常なのか判断できなかった。上司へ聞こうとしたものの、忙しそうだったため「この程度なら自分で対応したほうがよい」と考えた。
こうした小さな判断が重なり、最後に「ミス」という結果として表面化する場合があります。
ミスが起きれば、本人も「次はもっと気をつけよう」と思います。自分のせいで生産が止まったり、同僚に手直しを頼んだりしたのであれば、胸の奥に重いものが残ることもあるでしょう。
ところが、似た部品が同じ棚へ並んだままで、文字表示も分かりにくく、手順書にも判断基準がないのであれば、本人の決意だけでは再発条件を取り除けません。
次は別の人が同じ場所で迷う可能性があります。
ヒューマンエラーを減らすためには、「誰が間違えたのか」だけではなく、「なぜ、その場面では間違いやすかったのか」まで見る必要があります。
人だけではなく仕事との組み合わせを見る
JAXAのヒューマンファクタ分析ハンドブックでは、人間だけに原因を求めず、その人を取り巻く複数の要素との関係を見る考え方としてm-SHELモデルが紹介されています。
中心にいる作業者だけでなく、手順書や教育などのSoftware、設備や工具などのHardware、作業環境であるEnvironment、上司や同僚との関係であるLiveware、さらにManagementとの関係まで含めて考えます。
たとえば、部品の取り違えが起きたとします。
表面的に見れば「確認不足」です。
しかし、二つの部品がほとんど同じ外観だったのかもしれません。品番表示が小さく、照明条件もよくなかった可能性があります。棚が隣り合っていたうえに、手順書には「品番を確認する」としか書かれていなかったことも考えられるでしょう。
さらに、「ラインを止めずに対応できる人のほうが仕事ができる」という空気が存在していれば、小さな違和感を相談すること自体が難しくなります。
こうした条件を残したまま「次から注意してください」と伝えても、ミスが生まれた環境はほとんど変わりません。
オミッションエラーとコミッションエラーを分けて考える
ヒューマンエラーを分析するときは、起きた行動を一括りにしないことも重要です。
JAXAの資料では、やるべきことが抜けるオミッションエラーと、してはいけないことを行ってしまうコミッションエラーが整理されています。
必要な確認を忘れたのであれば、オミッションエラーとして考えられます。
一方、別のボタンを押したり、異なる値を入力したりしたのであれば、コミッションエラーとして整理できるでしょう。
さらに、決められた手順を理解したうえで意図的に外れる行動は、意図しないエラーとは区別して「違反」と捉えます。
ただし、違反だからといって「本人の意識が低かった」で終わらせると、背景を見落とすことがあります。
作業者が「毎回同じ確認だから省いても問題ない」と考えていたとします。
管理者から見れば勝手な省略です。
一方、本人は「不要な作業を減らして効率を上げた」と考えていたかもしれません。
なぜ、その確認が不要に見えたのでしょうか。
理由が伝わっていなかった可能性があります。複数の帳票で同じ確認を繰り返していたのかもしれません。正式な手順と現場の実態が離れていたことも考えられます。
意図的な逸脱への管理上の対応は必要です。
それでも、逸脱を誘発する構造が残っているなら、そこまで見なければ同じ問題が繰り返される可能性があります。
良い手順書は何をするかだけを書かない
通常時の操作だけでは異常時に迷う
一般的な手順書には、「スイッチを押す」「部品を取り付ける」「指定値を入力する」といった具体的な作業が書かれています。
もちろん、これらは必要です。
問題は、予定どおりに進まなくなった瞬間です。
確認するラベルが読めない。普段とは違う警告が表示される。設備から聞き慣れない音がする。必要な承認者がその場にいない。
ここで作業者は、手順書に書かれた正常ルートから外れます。
「この程度なら、そのまま進んでもよいのではないか」
納期が迫っていれば、そう考えたくなることもあるでしょう。
しかし、手順の目的が分かっていれば判断材料が増えます。
たとえば、製品番号を照合する理由が「外観の似た別型番との取り違えを防ぐため」だと理解していれば、番号が読めない状態で進むことに違和感を持ちやすくなります。
つまり、良い手順書に必要なのは、操作説明の細かさだけではありません。
何を守るための作業なのかを理解でき、本当に外してはいけない箇所を識別でき、異常時にはどこで止まるのかまで判断できる構造が必要です。
ポイント1 Know-HowとKnow-Whyをセットで書く
作業方法と理由を一つにつなげる
Know-Howは、具体的な作業方法を示します。
たとえば、「作業開始前に製品番号を確認する」という記述です。
何を行うかは分かります。
ところが、毎日同じ製品を扱っている人であれば、「いつも同じなのだから、毎回見る必要があるのだろうか」と感じる可能性があります。
そこで、Know-Whyを追加します。
「外観が似た別型番との取り違えを防ぐため、作業開始前に現品ラベルと指示書の製品番号を照合する」
同じ確認でも意味が変わります。
番号を見ること自体が目的なのではなく、誤投入を防ぐために照合していると理解できるからです。
JAXAのヒューマンファクタ分析ハンドブックでも、ヒューマンファクタ上の問題例としてKnow-WHY情報の不足が挙げられています。
ただし、Know-Whyを書けば必ずミスが減るわけではありません。
Know-Whyはヒューマンエラー対策そのものではなく、人間の確認や判断が残る作業で、手順の意味を理解しやすくする要素の一つです。
理由は抽象語だけで終わらせない
「安全のため」「品質のため」という言葉は間違いではありません。
しかし、その言葉だけでは作業者が具体的な危険や品質影響を想像しにくい場合があります。
たとえば、「安全のため圧力を確認する」よりも、「内部に圧力が残った状態で分解すると内容物が噴出する危険があるため、分解前に所定の安全状態を確認する」としたほうが、確認行動とリスクの関係が見えます。
作業者を怖がらせるために理由を書くのではありません。
「この確認によって何を守っているのか」を理解できるようにすることが目的です。
もし手順書を作る側が、「なぜ、この手順をしているのか」を説明できない場合は、それ自体が見直しのきっかけになります。
昔から続いているという事実と、現在も必要であるという判断は同じではありません。
Know-Whyはベテランにも意味がある
Know-Whyは新人向けの補足情報だけではありません。
ベテランは作業方法を熟知しているため、手順書を見なくても動けることがあります。
その経験は組織にとって重要な資産です。
一方で、「これまで問題がなかった」という成功経験が積み重なると、設備や材料などの条件が変わった場面でも、以前と同じ判断を続ける可能性があります。
本人は手を抜いているつもりではないでしょう。
「こちらのほうが早い」「経験上、この程度なら問題ない」と現場を前へ進めるつもりで判断していることもあります。
JAXAの資料でも、過去経験や過去実績への過信がヒューマンファクタ上の要因例として挙げられています。
Know-Whyが文書として残っていれば、「昔から決まっているから」ではなく、「このリスクを防ぐために必要だから」という共通の判断基準を持ちやすくなります。
ポイント2 ミスにつながる急所を絞る
すべてを重要扱いすると本当の重要箇所が見えにくい
事故や品質トラブルが発生するたび、手順書へ注意事項を追加する現場は少なくありません。
「品番に注意する」「入力値を必ず確認する」「作業前確認を徹底する」といった記述です。
一つひとつには追加した理由があります。
しかし、この方法を繰り返していると、手順書のいたるところに「重要」「注意」「必須」が並び始めます。
読む側からすると、すべて同じ強さで警告されているため、「結局どこが一番危ないのだろう」と分からなくなることがあります。
JAXAの資料でも、注意事項が増えることで本当に重要な内容が見えにくくならないよう、優先度や重要度を識別する考え方が示されています。
そこで、本記事では特に影響の大きい箇所を「急所」と呼んで整理します。
ここでいう急所は、公的な統一用語や統一様式ではありません。
間違えた場合に安全災害へつながりやすい箇所、重大な品質不良へ発展しやすい箇所、後工程で発見しにくい箇所などを、他の手順から識別するための実務上の整理です。
3Hから急所候補を見つける
急所を洗い出すときには、JAXA資料に示されている3Hも参考になります。
3Hは「初めて」「久しぶり」「変更」です。
初めて行う作業では、経験による補完ができません。久しぶりの作業では、知っているつもりでも細かな条件を忘れている可能性があります。
さらに、設備や材料、作業条件、担当者などが変更された場合には、「前回まで正しかったやり方」が今回も正しいとは限りません。
こうした工程について、「気をつける」という抽象的な注意で終わらせず、何を重点的に確認すべきなのかを具体的に整理します。
急所と理由と異常時対応を並べる
急所を強調するだけでは、「なぜ重要なのか」が作業者に残らない可能性があります。
そこで、急所と理由と異常時対応を同じ場所で確認できるようにします。
| 急所 | 理由 | 異常時対応 |
|---|---|---|
| 現品と指示書の品番を照合する | 類似製品の取り違えを防ぐため | 番号が判読できない場合や一致しない場合は作業を開始せず責任者へ確認する |
| 設定値入力後に表示値を再確認する | 誤設定による連続不良を防ぐため | 基準値と一致しない場合は運転を開始しない |
| 部品装着後に固定状態を確認する | 固定不足による脱落や設備損傷を防ぐため | 正常な固定状態を確認できなければ設備を起動しない |
| 出荷前に宛先と伝票を照合する | 誤出荷による顧客影響を防ぐため | 不一致がある場合は梱包を確定せず出荷責任者へ連絡する |
| 確定前に対象者と対象期間を照合する | 誤った対象への処理を防ぐため | 判読不能や不一致があれば確定操作を行わない |
この表は、「重要な作業」「守る理由」「確認できない場合の行動」を一つの流れで把握するための参考構造です。
実際に使う際は、自社の業務内容や安全基準に合わせて調整します。
ポイント3 曖昧な手順を客観的な判断基準へ変える
Before Afterで手順書の違いを見る
「分かりやすい手順書にしてください」と言われても、作成者には何を変えればよいのか分かりにくいものです。
そこで、現場で起こりやすい書き方を改善前と改善後で比べます。
なお、以下は手順書の構造を説明するための参考例です。
安全や品質に関わる具体的な数値や条件は、そのまま流用せず、設備仕様、メーカー情報、SDS、法令、社内基準、リスクアセスメントなどに基づいて設定してください。
Before After事例1 外観点検
Before
「外観に異常がないか念入りに確認し、問題がなければ次工程へ流す」
作成者には意味が分かります。
しかし、新人には「念入り」がどの程度なのか判断できません。ベテランも、自分の経験をもとに独自の見方をしている可能性があります。
After
| 改善要素 | 記述例 |
|---|---|
| 主な手順 | 指定された検査箇所を検査基準書に従って確認する |
| 急所 | 四隅と接合部を重点的に確認する |
| Know-Why | 過去の不良が集中しており通常の確認では見落とす可能性があるため |
| 正常条件 | 検査基準書で定めた許容範囲内である |
| 異常時対応 | 基準外または判定不能の場合は次工程へ流さず品質担当者へ確認する |
改善後では、「自分が問題ないと思ったか」ではなく、何を基準として判断するのかが分かります。
Before After事例2 システム設定
Before
「前回と同じ設定を入力して実行する」
この書き方には、「前回の設定が今回も正しい」という前提が入り込んでいます。
作業者に悪気がなくても、「いつもの設定だ」と思った瞬間に、今回だけ変更された値を見落とす可能性があります。
After
| 改善要素 | 記述例 |
|---|---|
| 主な手順 | 当日の正式な指示書に記載された設定値を入力する |
| 急所 | 前回値を判断基準にしない |
| Know-Why | 製品条件の変更時に旧条件を流用すると誤設定につながるため |
| 正常条件 | 入力値と当日の正式な指示値が一致している |
| 異常時対応 | 値が一致しない場合やエラーが表示された場合は実行せず管理担当者へ確認する |
判断の基準を「以前どうだったか」から、「今回の正式な情報は何か」へ戻すところがポイントです。
Before After事例3 調合作業
Before
「A液を投入したあとB液を加え、十分に撹拌する」
ここでは「十分に」という言葉へ判断が委ねられています。
さらに、投入順序の理由が分からなければ、慣れた作業者ほど「順番が多少変わっても結果は同じだろう」と考える可能性があります。
After
| 改善要素 | 記述例 |
|---|---|
| 主な手順 | 承認された標準条件に従ってA液を投入し所定状態を確認してからB液を投入する |
| 急所 | 次材料を投入する前に所定状態を確認する |
| Know-Why | 未反応や未溶解の状態で次材料を加えると品質異常や危険な反応につながる可能性があるため |
| 正常条件 | 標準書に定めた外観や計測値を満たしている |
| 異常時対応 | 規定された異常兆候を確認した場合は作業を停止し緊急時手順に従う |
実際の薬品や化学物質を扱う工程では、この例文をそのまま使用するのではなく、対象物質のSDSや正式な作業基準に従います。
Before After事例4 保全作業
Before
「部品を交換し、試運転を行って異常がないことを確認する」
この文章では、試運転を始める前に何を確認すればよいのかが分かりません。
さらに、「異常がない」という表現も、読み手によって意味が変わります。
After
| 改善要素 | 記述例 |
|---|---|
| 主な手順 | 規定された方法で部品を固定し通電前確認を実施したあと試運転する |
| 急所 | 起動前に組付け状態を確認する |
| Know-Why | 組付け不良のまま起動すると設備損傷や事故につながる可能性があるため |
| 正常条件 | 指定された確認項目を満たし異常な抵抗や干渉がない |
| 異常時対応 | 引っ掛かりや異常な抵抗を確認した場合は起動せず再点検する |
起動前に確認可能な異常は、できるだけ起動前に検出できる構造へ整理します。
すべての異常を事前に検出できるわけではありませんが、「動かしてから考える」しかない手順になっていないかを確認することには意味があります。
Before After事例5 引き継ぎ
Before
「必要事項を次の担当者へ確実に伝える」
一見すると問題のない文章です。
しかし、「必要事項」が何を指すのかは、人によって変わります。
After
「未完了作業、発生中の異常、通常とは異なる条件、次担当者が最初に確認する内容を引き継ぎ記録へ残し、交代時に双方で確認する」
このように書けば、少なくとも伝える情報の範囲を共通化できます。
「十分に」「適切に」「確実に」という言葉そのものを禁止する必要はありません。
問題になるのは、それらの言葉だけで完了条件や判断基準を済ませている場合です。
ポイント4 チェック項目を増やしすぎない
チェックすること自体が目的になることがある
ミスが起きるたびに確認項目を追加する方法は、再発防止策として実施しやすいものです。
その結果、長く使われているチェックリストほど項目が増え続けることがあります。
最初は一項目ずつ対象を確認していた人でも、同じ内容を毎日繰り返していれば慣れが生まれます。
「今日もいつもと同じだろう」
その感覚が強くなると、確認対象を見るより先にチェック欄へ印を付けるような形骸化が起きる可能性があります。
これは必ずしも本人が不真面目だからではありません。
大量の項目が同じ重要度で並んでいれば、何に集中すべきなのかが分からなくなるからです。
チェック項目数に一律の正解を置かない
実務では、「一つのチェックリストを10項目前後にする」といった社内基準を設けることがあります。
しかし、今回参照している厚生労働省やJAXAの資料には、あらゆる業務で10項目以内にすべきという公的な統一基準はありません。
したがって、「十項目なら安全で十一項目なら多すぎる」と単純には判断できません。
必要な確認が多い工程では、準備時、開始前、作業中、完了時など、実際に確認するタイミングへ分ける方法があります。
大切なのは項目数そのものではなく、本当に必要な確認が他の情報へ埋もれていないことです。
行為だけでなく結果を確認する
チェック項目の書き方にも工夫が必要です。
たとえば、「バルブを閉めた」という項目では、操作をした事実しか確認できません。
設備仕様上、操作後に確認すべき状態があるのであれば、期待した安全状態へ移行しているかまで確認する方法を検討します。
システム入力でも、「数値を入力した」だけではなく、正式な指示値と入力後の表示値が一致しているかを見ることができます。
つまり、確認対象を「やったか」だけで終わらせず、「結果として正しい状態になったか」まで広げます。
ポイント5 異常時の停止条件と相談条件を書く
作業者が最も迷いやすいのは止める判断
イレギュラーが発生したとき、作業者が迷わず停止できるとは限りません。
「少し変だけれど、この程度で止めてよいのだろうか」
「自分がラインを止めたせいで納期が遅れたら困る」
「上司を呼んだら、大げさだと思われないだろうか」
こうした気持ちが判断へ入り込みます。
以前、相談したときに「それくらい自分で判断して」と言われた経験がある人なら、なおさら自分で何とかしようと考えるでしょう。
だからこそ、「異常時は相談する」という一文だけでは十分とはいえません。
何を異常と判断するのかが曖昧なままでは、最も難しい判断だけを作業者へ委ねることになるからです。
停止条件を観察可能な状態へ近づける
停止条件は、可能な範囲で客観的に確認できる状態へ落とします。
設備基準値を超えた場合、規定外の警告が表示された場合、製品番号を確認できない場合、品質基準から外れた場合などが考えられます。
音やにおいのように数値化しにくい異常でも、「通常運転時には発生しない連続的な摩擦音」のように、判断の幅を狭められないか検討します。
ここで示す「停止条件」の書き方も、公的に統一された様式ではありません。
人が自分だけで進めてよい状態と、組織へ判断を戻すべき状態を区別しやすくするための実務的な整理です。
停止後の相談と再開条件まで決める
停止条件だけを書いても、そのあとが分からなければ作業者は困ります。
そこで、一次相談先、必要な場合の代替相談先、伝えるべき情報、再開条件まで決めておきます。
たとえば、「基準外の表示が出た場合は作業を停止し、班長へ設備番号、表示内容、発生工程を伝える。班長が不在の場合は当直責任者へ連絡し、再開許可が出るまで操作しない」という形です。
ここまで分かれば、停止した人が一人で次の判断を抱え込まずに済みます。
さらに重要なのは、実際の職場運用です。
手順どおり作業を止めた人へ、管理者が「なぜ勝手にラインを止めた」と責めれば、次回から作業者は停止をためらうでしょう。
手順書が求める行動と、組織が実際に評価する行動を一致させる必要があります。
ポイント6 現場で手順書を更新する仕組みを作る
現場が変われば手順書とのずれも生まれる
作成時に現場の実態と一致していた手順書でも、設備変更や画面更新、材料や製品仕様の変更によって、少しずつ実際の作業とのずれが生じます。
もちろん、作成した時点ですでに現場の暗黙知を十分に拾えておらず、最初から一部にずれがある場合もあるでしょう。
だからこそ、手順書は「一度完成したら固定する文書」と考えないほうがよいのです。
現場で「手順書にはこう書いてありますが、実際は違います」という言葉が出始めたら、注意が必要です。
正式な手順と、現場だけで受け継がれる非公式な手順が並立している可能性があります。
新人は文書を信じ、ベテランは経験を信じるため、同じ仕事でも担当者によって方法が変わってしまいます。
新人とベテランでは見える問題が違う
手順書のレビューを作成者だけで完結させないことも重要です。
新人は、「この言葉の意味が分からなかった」「ここで次へ進んでよいか迷った」という、書き手が見落とした暗黙知を見つけやすいでしょう。
一方、ベテランは、「通常は問題にならないけれど、材料が変わった日はここが危ない」といった実務上の急所を知っています。
新人から「なぜ、この順番なんですか」と質問され、ベテランが一瞬考え込むこともあります。
「そういえば、なぜこの順番なのか説明したことがなかった」
その気づきは、口頭でしか存在していなかったKnow-Whyを組織の知識として残す機会になります。
ヒヤリハットを手順書の改訂材料にする
ヒヤリハットは、報告書を書いて保管するだけでは十分とはいえません。
どこで迷ったのか、何を取り違えそうになったのか、なぜ異常に気づけなかったのかを振り返ります。
文章が曖昧だったのであれば具体化します。
理由が理解されていなかったのであればKnow-Whyを検討します。
停止条件がなく、作業者が進むか止まるかで迷ったのであれば、正常と異常の境界を見直します。
JAXAの資料では、なぜなぜ分析やバリエーションツリーなど、背後要因を分析する方法も紹介されています。
これらの分析方法が一般企業すべてに義務づけられているわけではありません。
それでも、「誰が失敗したか」だけではなく、「どのような条件がその判断を生みやすくしたのか」を見る考え方は、手順書改善でも参考になります。
ポイント7 Know-Why付きテンプレートで一項目から改善する
一般現場向け手順書テンプレート
ここまでの内容を実際の手順書へ落とし込むため、本記事では次の形式を参考構造として提案します。
これは厚生労働省やJAXAが定めた統一様式ではありません。
Know-Why、重要箇所、正常条件、異常時対応を一つの流れとして確認しやすくするための実務テンプレートです。
| 工程No. | 1 |
|---|---|
| 作業手順 | 作業対象の安全状態を確認し社内手順に従って必要な安全措置を行う |
| 急所 | 作業開始前に安全状態を確認する |
| Know-Why | 予期しない作動などによる事故を防ぐため |
| 正常条件 | 指定された安全確認が完了している |
| 異常時の停止と相談条件 | 安全状態を確認できない場合は作業を開始せず責任者へ連絡する |
| 工程No. | 2 |
|---|---|
| 作業手順 | 指定された方法で接触面を清掃する |
| 急所 | 接触面を傷つけない |
| Know-Why | 傷や残留物が密閉不良や品質異常につながるため |
| 正常条件 | 規格で定めた表面状態を満たしている |
| 異常時の停止と相談条件 | 基準外の傷や除去できない付着物があれば作業を中断する |
| 工程No. | 3 |
|---|---|
| 作業手順 | 規定された順序と条件で部品を取り付ける |
| 急所 | 規定条件を守る |
| Know-Why | 偏荷重や取付不足による不具合を防ぐため |
| 正常条件 | 指定された取付状態を満たしている |
| 異常時の停止と相談条件 | 規定状態に達しない場合は作業を止めて責任者へ確認する |
実際の安全条件、数値、設備操作などは、この例をそのまま使用せず、自社の正式な基準へ置き換えてください。
Know-Why欄では何を防ぐのかまで書く
Know-Whyを記入するときは、作業内容を言い換えるだけでは意味が弱くなります。
たとえば、「品番を確認する」という手順に対して「間違いを防ぐため」と書いても、何を警戒すればよいかまでは分かりません。
「外観が似た別型番の誤投入を防ぐため」と書けば、確認の目的が具体化します。
「設定値を確認する」についても、「正しく設定するため」では、ほとんど同じ意味を繰り返しているだけです。
「誤った設定値で連続運転し、複数の不良品を発生させることを防ぐため」とすれば、確認を省略したときの影響まで想像できます。
Know-Whyは長い技術解説を書くための欄ではありません。
作業者が「だから、この手順は飛ばしてはいけないのか」と理解できる程度まで具体化します。
全面改訂ではなく一工程から始める
このテンプレートを見て、「すべての手順書を一気に書き直さなければならない」と考える必要はありません。
数十ページある手順書を全面改訂しようとすれば、作業量の大きさから後回しになりやすくなります。
まずは、最近ミスやヒヤリハットが発生した一工程を選びます。
たとえば、現在の手順に「登録内容を確認して確定ボタンを押す」と書かれていたとします。
この一文だけでは、何を確認するのか、何を防ぐためなのか、どの状態では確定してはいけないのかが分かりません。
そこで、次のように具体化します。
「誤った対象への登録を防ぐため、確定前に氏名と管理番号を申請書と画面で照合する。両方が一致した場合のみ確定し、不一致または判読できない項目がある場合は操作を止めて担当責任者へ確認する」
文章は元より長くなりました。
しかし、作業者が自分で補わなければならなかった判断は減っています。
改訂後は、実際の担当者へ使ってもらいます。
その際、「分かりやすいですか」とだけ聞くのではなく、「何を防ぐための確認だと理解しましたか」「どの状態になったら作業を止めますか」「まだ迷うところはありますか」と確認すると、改善点を見つけやすくなります。
手順書を書き換えたこと自体を成果にせず、実際の判断や行動がどう変わったかまで見ることが重要です。
ヒューマンエラー防止手順書チェックリスト
以下は、本記事で説明した内容を自社の手順書へ当てはめるための確認リストです。
公的な認証基準や統一評価票ではありません。実際に使用する際は、自社の安全基準や品質要求に応じて追加や削除を行ってください。
構成と表現
- 作業の目的が読み手に分かる
- 一つの文章へ複数の操作や判断を詰め込みすぎていない
- 「適宜」「十分に」「確実に」だけで判断を読み手へ委ねていない
- 必要な専門用語や社内用語の意味を確認できる
- 実際の作業順と手順書の記載順が一致している
- 写真や画面表示が現在の設備やシステムと一致している
Know-Whyと急所
- 重要工程には作業を行う理由が書かれている
- 理由が「安全のため」だけで終わらず具体的なリスクへつながっている
- 間違えた場合の影響が大きい箇所を他の工程から識別できる
- 初めての作業や久しぶりの作業や変更工程を重点的に確認している
異常時対応
- 正常状態と異常状態の境界を判断できる
- 作業を停止する条件が具体的に示されている
- 異常時にしてはいけない操作が分かる
- 一次相談先と必要な場合の代替連絡先が決まっている
- 相談後に自己判断で再開してはいけない条件が分かる
チェックと仕組み
- 確認項目が増えすぎて重要な内容を埋もれさせていない
- 作業タイミングに応じてチェック内容を分けている
- 「実施したか」だけでなく結果が正常状態になったかを確認している
- 人の注意に頼らず設備やシステムで防げる部分を検討している
更新と運用
- 現場から手順書の修正提案を出せる
- 新人が迷った箇所を改善情報として扱っている
- ベテランが持つ重要な経験や過去事例を必要に応じて文書へ戻している
- ヒヤリハット発生後に手順書そのものも見直している
- 改訂日と改訂理由を追跡できる
- 改訂によって別のリスクを生んでいないか確認している
すべてを一度に満たす必要はありません。
繰り返しミスが発生している工程と関係の深い項目を選び、優先して修正するほうが、改善の目的も現場へ伝わりやすくなります。
手順書だけでヒューマンエラーを解決しないための判断
注意書きより仕組みを変えるべき問題もある
ここまで手順書の作り方を中心に説明してきましたが、最も避けたいのは「何か問題が起きるたびに手順書へ注意事項を追加する」という状態です。
たとえば、見た目がほぼ同じ二種類の部品を同じ棚へ置き続け、「取り違えないよう注意する」とだけ書くより、保管場所を分離できないか検討したほうが安定した対策になる可能性があります。
入力してはいけない値をシステム側で拒否できるのであれば、人へ毎回注意を求めるよりも仕組みで防げます。
誤った方向で部品を取り付けられること自体が問題なら、物理的に誤装着しにくい構造へ変更できる場合もあるでしょう。
このような問題まで手順書へ背負わせると、文書は長くなり、人へ求める注意だけが増えていきます。
厚生労働省のリスクアセスメントに関する情報でも、本質的な対策や工学的対策を検討したうえで、マニュアルなどの管理的対策を組み合わせる考え方が示されています。
したがって、Know-Whyはヒューマンエラー対策の代わりではありません。
仕組みで防げるものは仕組み側へ戻し、それでも人の確認や判断が必要な部分について、理由、急所、停止条件を分かりやすくすることが手順書の役割です。
この位置づけを持つことで、「注意してください」を増やし続けるだけの手順書から抜け出しやすくなります。
ヒューマンエラー手順書のよくある疑問
- 手順書を細かく書けばミスは減りますか
-
細かく書くことだけでヒューマンエラーが減るとは限りません。
必要な情報を具体化することは重要ですが、説明を追加し続けると、本当に重要な箇所が埋もれる可能性があります。
目指したいのは情報量が多い手順書ではなく、通常時には迷わず進め、重要箇所では確認を強め、異常時には止まれる手順書です。
- 手順書にはすべての理由を書く必要がありますか
-
すべての作業へKnow-Whyを記載する必要はありません。
優先したいのは、間違えた場合の影響が大きい工程、現場で省略されやすい工程、条件変更時に判断が必要となる工程です。
理由を追加することで文章がかえって読みづらくなる場合は、本当に必要な箇所へ絞ります。
- 注意事項はいくつまでにすべきですか
-
一般的な業務すべてに共通する公的な上限数はありません。
「10項目以内」などを自社内の編集目安にすることはできますが、その数字自体を絶対的な安全基準とする必要はありません。
注意事項が多い場合は、作業前、作業中、完了時などへ分け、本当に必要なタイミングで必要な内容を確認できるようにします。
- 手順書を読まない社員にはどう対応しますか
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まず、読まない理由を本人の意識だけに求めないことが重要です。
必要な情報を見つけにくい、掲載内容が古い、実際の作業方法とずれている、ベテランが別の方法を口頭で教えているなど、文書や運用側に問題がある場合もあります。
もちろん、必要性を理解しているにもかかわらず意図的にルールを無視する場合には、教育や管理上の対応が必要でしょう。
ただし、複数の人が同じ手順書を参照していないのであれば、個人だけではなく手順書そのものの使いやすさも確認する必要があります。
- ベテランにもKnow-Whyは必要ですか
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必要になる場合があります。
ベテランはKnow-Howを熟知していますが、長年の経験から「ここは省略しても問題ない」と判断する可能性があります。
Know-Whyが文書として残っていれば、設備や材料、条件が変わったときにも、本来守るべき目的へ戻って判断できます。
新人へ教えるためだけではなく、組織として過去の教訓と判断基準を残す意味でも活用できます。
まとめ
ヒューマンエラーを減らす手順書では、作業方法を詳しく書くだけでは十分ではありません。
まず、設備や仕事の仕組みそのものを変えることで防げないかを検討します。
そのうえで、人間の確認や判断が残る工程についてはKnow-Whyを示し、間違えた場合の影響が大きい急所を識別します。さらに、正常状態と異常状態の境界を具体化し、停止条件や相談先まで手順の中へ含めることが重要です。
そして、手順書は一度作ったら終わる文書ではありません。
新人が迷った場所、ベテランが知っている急所、ヒヤリハットから見つかった問題を少しずつ戻しながら、現場の変化に合わせて更新していきます。
「手順書には書いてあるのに、なぜ同じミスが起きるのだろう」と感じたときは、作業者の注意力だけを見るのではなく、手順の意味や判断基準が十分に伝わっているかを確認してみてください。
まずは最近ミスが起きた一工程を選び、その作業について、方法だけでなく理由と停止条件まで理解できるかを確かめます。
その一項目を修正して実際に使い、現場の行動がどう変わるかを見ることが、ヒューマンエラーを起こしにくい手順書へ近づく現実的な第一歩です。
参考資料
本記事の主軸となるヒューマンエラー対策、リスク低減、Know-Why、3H、手順書改善については、以下の資料を確認できます。
ヒューマンエラー対策を、人への訓練だけでなく、間違えにくい仕組み、早期発見、影響低減まで含めて考える際の基礎資料です。
危険性や有害性の除去や低減、工学的対策、マニュアルなどの管理的対策を含む、リスク低減措置の考え方を確認できます。
JAXA ヒューマンファクタ分析ハンドブック JERG-0-018A
宇宙開発関連業務におけるヒューマンエラー起因不具合の分析を目的とした参考文書です。m-SHEL、Know-WHY情報不足、3H、過去経験への過信、手順書の表現、背後要因分析などを確認できます。
作業手順書の工程設計や表現方法に加えて、緊急時対応、発行後の品質維持、現場意見の反映など、作成後の運用まで検討する際の参考資料です。