行動経済学

エンダウド・プログレス効果と目標勾配効果の違いとは? スタンプカード実験からわかりやすく解説

エンダウド・プログレス効果と目標勾配効果を調べると、どちらにも「ゴールへ近いほど頑張りやすい」「少し進んでいると続けやすい」という説明が出てきます。そのため、「言葉が違うだけで、実際には同じ心理効果なのでは?」と迷うのは不思議ではありません。

結論からいえば、両者は密接に関係していますが、同じ概念ではありません。違いを理解する鍵は、いつ起こる効果なのかではなく、研究で何を変数として見ているのかにあります。

エンダウド・プログレス効果は、人工的な初期進捗を与えたとき、努力や継続、目標達成がどう変わるかを扱います。一方の目標勾配効果は、ゴールへの距離が縮まるほど、そこへ向かう努力や行動が強まりやすいという関係を扱う概念です。

さらに、人間を対象とした目標勾配研究では、実際にどれほど進んだかだけでなく、「自分はもうここまで来ている」と感じる知覚上の距離も行動と関係します。

つまり、「人工的な進捗ならエンダウド・プログレス、自力で進んだら目標勾配」と分けることもできません。人工的な初期進捗によって最初からゴールへ近いと感じれば、その時点から目標勾配による努力増加が関係する可能性があるからです。

二つの効果は重なります。それでも、研究で立てている問いまで同じになるわけではありません。

TABLE OF CONTENTS
目次

エンダウド・プログレス効果と目標勾配効果の違い

まずは、二つの違いを一度ここで固定しておきましょう。

比較項目 エンダウド・プログレス効果 目標勾配効果
中心となる問い 人工的な進捗を与えると努力や完了は変わるか ゴールへの距離が縮まるほど努力は強まるか
主に見るもの 初期進捗の付与や進捗の見せ方 ゴールまでの距離と努力の関係
代表的な研究操作 0/8と2/10を比較する 残り距離と行動速度の変化を見る
人工的な進捗 概念の中心となる 知覚距離を変えるなら研究対象になり得る
実際の進捗 必須ではない 実進捗でも知覚上の進捗でも扱われる
代表的な行動結果 完了率や持続性の上昇など 行動頻度や努力量の増加など
覚え方 進捗を与える効果 近づくほど努力が変わる関係

たとえば、無料特典を受けるまで八回来店する必要がある店を考えてみます。

一人には八枠すべてが空白のカードを渡し、別の人には十枠のうち二枠をあらかじめ埋めたカードを渡します。どちらも、これから必要な来店は八回なので、客観的な残り負担は変わりません。

それでも、0/8ではなく2/10から始めたことで完了率や行動が変わるなら、「人工的な初期進捗を与えた効果」を見ています。これがエンダウド・プログレス効果の中心です。

一方、「2/10になったことでゴールが近く感じられ、その距離に応じて努力が強くなった」と考えるなら、目標勾配の理論が関係します。

したがって、二つを「開始時に起きる効果」と「終盤で起きる効果」のように時間だけで切り分けると正確ではありません。

人工的な進捗という操作の効果を見るのがエンダウド・プログレス効果であり、ゴール距離と努力の関係を見るのが目標勾配効果です。

この区別を覚えておけば、後に出てくる実験や具体例でも迷いにくくなるでしょう。

エンダウド・プログレス効果とは

エンダウド・プログレス効果は、Joseph C. NunesとXavier Drèzeが2006年の研究で提示した現象です。

その中心にあるのは、ゴール達成までに必要な実際の残り努力を軽くしなくても、人工的な進捗を与えることで、目標へ向かう持続性や完了行動が変わり得るという考え方です。

たとえば、本来八回必要な行動を六回に減らせば、本人の負担は実際に軽くなっています。

一方、八回必要な課題を「十回中二回はすでに完了しています」と提示した場合、本人がこれから行う必要があるのは同じ八回です。

実際の負担は変わっていません。

それでも、白紙の状態を見た人が「これから全部やらなければならない」と感じる一方、すでに二個埋まった状態を見た人は、「もう途中まで来ているなら、続きを進めよう」と感じる可能性があります。

この違いは、数字だけを見ると小さく見えるでしょう。

しかし、何も始まっていない状態から一歩目を踏み出すときには、「まだゼロだ」という感覚そのものが心理的な重さになります。少しでも進んでいるように見えれば、課題は「これから新しく始めるもの」ではなく、「すでに始まっていて、続きを終わらせるもの」に変わって見えるのです。

NunesとDrèzeは、この人工的な前進によって努力が高まる現象をエンダウド・プログレス効果として扱いました。

10枠のうち2枠を埋めたスタンプカード実験

代表的なのが、洗車サービスを利用したフィールド実験です。

研究では300枚のロイヤルティカードが配布され、参加者は二つの条件へ分けられました。

一方の150人には、八個のスタンプを集めれば無料洗車を受けられるカードが渡されます。受け取った時点ではすべて空欄なので、0/8からのスタートです。

もう一方の150人には十枠のカードが渡されましたが、最初から二個のスタンプが押されていました。そのため、こちらも無料洗車へ到達するまでに必要な有料利用は八回です。

同じ残り8回でも0/8と2/10では認識が変わる

0/8条件 進捗率 0% 残り利用 8回 2/10条件 進捗率 20% 残り利用 8回
実際に必要な残り利用回数は、どちらも八回です。

ところが、0/8では「まだ一つも終わっていない」と見えるのに対して、2/10では「もう20%まで来ている」と感じられます。

ある人が0/8のカードを受け取れば、「八回も通うのか」と思い、財布の奥へしまってしまうかもしれません。同じ人でも2/10なら、「二個あるなら、あと少し続けてみてもいい」と感じる可能性があります。

残り八回という事実は変わっていません。

変わったのは、目標の見え方です。

実験では、0/8条件のカード完了率が19%だったのに対し、2/10条件では34%でした。人工的な初期進捗を与えた条件の方が、より多くの利用者がゴールまで到達したのです。

さらに、初期進捗を与えられた条件では完了までの行動も速くなりました。

ここで、「二個もらったのだから、それを無駄にしたくなかっただけでは?」と考える人もいるでしょう。

その可能性だけで説明するのは慎重であるべきです。

NunesとDrèzeは、単純に与えられた価値を失いたくないという説明だけでなく、本人が課題全体のどこまで終わったと感じるか、課題をすでに進行中のものとして認識するかという点を重視しています。

また、著者らは目標勾配も理論的背景の一つとして論じています。

2/10を与えられた人は、単に二個のスタンプを持っているだけではありません。0/8の人より、知覚上は最初からゴールに近い位置へ置かれています。

そのため、初期進捗によってゴール距離が縮まったことが、努力の増加と関係する可能性もあるのです。

目標勾配効果とは

目標勾配効果は、ゴールへの距離が縮まるほど、そのゴールへ向かう努力が強まりやすい現象です。

この考え方の源流には、Clark L. Hullによる1930年代の研究があります。もともとは、報酬へ近づくほど行動が強くなるという動物行動の研究から発展しました。

したがって、目標勾配効果そのものを「知覚された心理的距離だけを扱う現象」と定義すると少し狭すぎます。

より広く表現するなら、ゴールへの距離が縮まるにつれて努力が強まる関係です。

そのうえで、人間を対象とした研究では、客観的にどこまで進んだかだけでなく、本人が「あとどのくらい」と感じているかという心理的なゴール距離も重要だと考えられています。

人間の消費行動における代表的な研究が、Ran Kivetz、Oleg Urminsky、Yuhuang Zhengによる2006年の研究です。

実際のカフェのロイヤルティプログラムでは、顧客が無料コーヒーという報酬へ近づくほど、購入間隔を短くする傾向が確認されました。

一杯目を買った頃には、まだゴールは遠く見えます。

「そのうちたまればいい」と考え、別の店へ寄る日もあるでしょう。

ところが九杯目まで来ると、「あと一杯で無料になる」という事実が急に大きな意味を持ち始めます。

普段なら別の店で買う日でも、「今日はここにしよう」と予定を変える人がいても不思議ではありません。

最後の一杯だけ味や価格が変わったわけではありません。

それでも、その一杯には「これでゴールに届く」という意味が加わるため、最初の一杯より行動を強く引き寄せる可能性があります。

目標勾配効果は実際の進捗だけを扱うわけではない

ここで重要なのは、目標勾配を「本人が自力で前へ進んだ場合だけに起きる現象」と考えないことです。

Kivetzらの研究では、illusionary goal progressと呼ばれる知覚上の前進についても検証されています。

通常の十枠カードを持つ人と、十二枠のカードにあらかじめ二個のボーナススタンプが押されている人が比較されました。

通常条件 0/10 残り購入 10回 ボーナス進捗条件 2/12 残り購入 10回

どちらも、特典獲得までに本人が行う必要のある購入は十回です。

それにもかかわらず、2/12から始めた条件の方が、十回の必要購入を早く完了しました。

平均完了日数は通常条件が15.6日、ボーナス進捗条件が12.7日で、中央値では15日対10日でした。

本人が実際に二回分の努力をしていなくても、「すでに二個分進んでいる」と知覚したことでゴールとの距離感が変わり、購入速度に差が生じたのです。

この結果から分かるのは、人工的な進捗が登場したからといって、自動的にエンダウド・プログレスだけの話になるわけではないということです。

Kivetzらは、このような見かけ上の前進をgoal-distance modelの中で扱っています。

つまり、目標勾配で重要なのは、進捗を誰が作ったかではありません。

その人にとってゴールがどれほど近くなり、その距離の変化に伴って努力がどう変わるかが中心です。

なぜ2つの効果が混同されやすいのか

ここまで読むと、両者が混同されやすい理由も見えてきます。

NunesとDrèzeのエンダウド・プログレス研究では、人工的な初期進捗を与えることによって、課題が「まだ始まっていないもの」から「すでに進行している未完了のもの」へ変わって知覚されることが論じられています。

そして、初期進捗を与えられた人は、知覚上ゴールへ近い場所に立つことになります。

ここで目標勾配と接続します。

ゴールへ近いほど努力が高まりやすいのであれば、人工的な初期進捗によってゴール距離を縮めたことが、その後の行動と関係する可能性があるからです。

つまり、同じ2/10という状態を見ても、研究上の問いによって焦点が変わります。

「0/8ではなく2/10を与えたことで、完了率は変わったのか」と問えば、人工的な進捗付与の効果を見ています。

反対に、「2/10と認識したことでゴールへの距離が短く感じられ、その近さと努力量にはどのような関係があるのか」と問えば、目標勾配の問題になります。

両者は重なります。

ただし、同じ出来事を別の角度から分析できることと、二つの概念が同一であることは別問題です。

現象が起きる時期ではなく、研究で何を変数として扱っているかを見る。この基準で考えれば、二つの違いは必要以上に複雑ではありません。

具体例で違いを比較

ここからは、すでに整理した区別を実際の場面へ当てはめてみます。

定義をもう一度覚え直す必要はありません。「この例では何が操作され、何が変化しているのか」を見るだけで十分です。

スタンプカード

あるカフェで、無料ドリンクまで十回の購入が必要だとします。

通常なら0/10のカードを渡すところを、十二枠にして二個を入会ボーナスとして押し、2/12から始めてもらいます。

これから必要な購入回数はどちらも十回です。

この場合、施策担当者が知りたいのが「二個の人工的な初期進捗を与えることで、カードを最後まで使う人が増えるか」であれば、エンダウド・プログレス効果に近い問いです。

一方、2/12によって利用者がゴールを近く感じ、その距離の変化に応じて購入頻度がどう変わるかを見たいなら、目標勾配の観点が重要になります。

さらに9/12、10/12、11/12と進み、「あと一個なら今日寄ってしまおう」と来店間隔が短くなるなら、ゴール接近に伴う行動の加速がよりはっきり表れています。

同じカードの中で二つの考え方が使われても矛盾しません。

何を確かめたいかが違うのです。

アプリのオンボーディング

あるアプリへ登録した直後、プロフィール設定画面に「20%完了」と表示されたとします。

利用者は、まだプロフィールを入力し始めていないかもしれません。

しかし、アカウント作成を設定工程の一つとして数えれば、「アカウント作成済み」という完了項目を最初から進捗へ含めることができます。

ある利用者は、真っ白な入力画面を見れば「またいろいろ書かなければならない」と感じ、そっと閉じてしまうでしょう。

一方、20%までバーが進んでいれば、「もう一部終わっているなら、残りだけ入力してしまおう」と思えるかもしれません。

ここで確認したいのが、初期進捗の表示によって設定完了率が変わるかであれば、エンダウド・プログレスの発想が役立ちます。

その後、60%、80%、90%と進み、「あと一項目なら終わらせよう」と入力行動が強まるかを見るなら、ゴール距離の変化へ目を向けます。

ただし、進捗バーは万能ではありません。

サービス自体に魅力を感じていなければ、20%という表示を見ても「もう20%終わった」ではなく、「まだ80%も入力する必要がある」と感じる可能性があります。

進捗は、本人にとって価値のあるゴールを進みやすくする仕組みです。

ゴールそのものへの関心がなければ、数字だけで気持ちを動かすことは難しいでしょう。

学習と仕事

学習や仕事では、「少し始めると続きやすい」という現象を何でもエンダウド・プログレス効果と呼ばない方が分かりやすくなります。

ある人が十章ある問題集を実際に二章まで終えたとします。

「もう二章やったのだから、ここでやめるのは惜しい」と感じるかもしれませんが、その二章は本人が本当に進めた成果です。

これは、外部から人工的な初期進捗を与えたNunesとDrèzeの代表的な操作とは異なります。

それでも、十章先にあったゴールが残り八章へ縮まり、その距離の変化によって努力が強くなるなら、目標勾配との関係は考えられます。

一方、以前に修了した基礎研修二単元を、新しい十単元の研修にも算入して2/10完了から始められる制度なら、話は少し変わります。

受講者は「またゼロから全部受けるのか」と感じるのではなく、「これまでやったことが生きていて、すでに二割まで来ている」と受け止められるでしょう。

この初期進捗の付与が修了率や継続行動へ影響するかを見るなら、エンダウド・プログレスの観点から検討できます。

同時に、その2/10という状態によってゴールが近く知覚され、努力が変化するなら、目標勾配との重なりもあります。

これはエンダウド・プログレス効果?○×判定

実際の場面では複数の心理現象が同時に関係するため、○×だけですべてを説明することはできません。

ここでは、「人工的な初期進捗の付与が中心にあるか」という基準で整理します。

事例 判定 主な見方 理由
八枠すべて空白のカードを渡す × 通常の目標設定 人工的な初期進捗がない
残り八回を変えず2/10で渡す エンダウド・プログレス 人工的な初期進捗を与えている
2/10条件で0/8より完了率が高くなる エンダウドと目標勾配の関連 初期進捗の効果と知覚距離の両方から検討できる
9/10になり来店を早める × 目標勾配 ゴールへの接近に伴う加速が中心
2/12のボーナスカードで10回の購入を早く終える 人工的進捗とillusionary goal progress エンダウド的操作であり目標勾配研究でも扱われる
教材を自分で2/10まで終える × 実進捗と目標勾配 外部から初期進捗を与えられていない
登録済み工程を含めプロフィール20%完了から始める エンダウド・プログレスに近い 開始時点から人工的に進捗を持たせる設計
書きかけの企画書が気になり続ける × ツァイガルニック効果との関連 初期進捗より未完了性が中心

この表で○になっていても、「エンダウド・プログレスしか関係していない」という意味ではありません。

特に人工的な初期進捗によってゴールまでの知覚距離が変わる場合、同じ事例を目標勾配の理論から説明できることがあります。

重要なのは名前当てではなく、「どの操作が、どの行動変化と関係しているのか」を見ることです。

ツァイガルニック効果との関係

エンダウド・プログレス効果を調べていると、ツァイガルニック効果も一緒に目にすることがあります。

一般にツァイガルニック効果は、完了した課題より、未完了や中断された課題が意識や記憶に残りやすい現象として知られています。

NunesとDrèzeも、人工的な初期進捗によって課題が「まだ始まっていないもの」ではなく、「すでに進んでいるが完了していないもの」として捉えられることを理論的背景の一つとして論じています。

ある人が企画書を書きかけのまま仕事を終えたあと、帰宅してからも「続きが気になる」と感じているなら、未完了性が意識に残っている状態として考えられるでしょう。

一方、まだ実際の作業をしていない人へ2/10という進捗を与え、それによって完了率が変わるかを見るなら、エンダウド・プログレスの問題になります。

両者には接点がありますが、同じ効果ではありません。

また、「エンダウド・プログレス効果の原因はツァイガルニック効果です」と一本化することにも注意が必要です。

原研究では、課題が開始済みとして捉えられることに加えて、目標までの距離や課題完了の知覚など、複数の要素が理論的に検討されています。

マーケティングで使う場合の注意点

エンダウド・プログレス効果や目標勾配効果を知ると、「最初に進捗を与えて、残り距離を見せれば顧客は動く」と考えたくなるかもしれません。

しかし、そのような単純な法則ではありません。

本人がゴールに価値を 感じているか 残りの負担が 現実的か 初期進捗を与えられた理由に 納得できるか によって 同じ設計でも 受け止め方は 変わります。
本人がゴールに価値を感じているか、残りの負担が現実的か、初期進捗を与えられた理由に納得できるかによって、同じ設計でも受け止め方は変わります。

初期進捗には納得できる理由を持たせる

何もしていないのに突然「50%完了」と表示されたら、利用者は必ずしも喜びません。

「なぜ半分も終わっているのだろう」と違和感を覚え、数字そのものを信用しなくなる可能性もあります。

一方、「会員登録が完了したため1ステップ達成」と表示されれば、その進捗がどこから来たのか理解できます。

数字を大きくすることより、「なぜ自分はここまで進んでいるのか」を本人が納得できる方が重要です。

心理的な仕掛けが透けて見えた瞬間、前進感より「動かされている」という警戒心が勝つこともあるでしょう。

人工的進捗と目標勾配を別々のフェーズへ固定しない

実務では、「オンボーディングではエンダウド・プログレス、終盤では目標勾配」と分けると覚えやすくなります。

しかし、理論上は完全な分業ではありません。

人工的な初期進捗を与えた瞬間から、利用者にとってのゴール距離は変わります。

Kivetzらの研究でも、2/12というボーナス進捗によって同じ十回の購入が早く完了しており、知覚上の進捗操作は目標勾配研究の中でも扱われています。

実務で大切なのは、「このフェーズにはどちらの心理効果を配置するか」と名称から設計することではありません。

「この表示によって、利用者にはゴールがどのくらい遠く見えるのか」と考える方が、実際の行動を理解しやすくなります。

初期進捗の割合を万能な数値にしない

実務記事では、「初期進捗は10〜25%程度がよい」といった数字を見ることがあります。

しかし、NunesとDrèzeの代表的な洗車実験で20%の初期進捗が使われていたことだけから、「10〜25%が科学的に確立された絶対的な最適範囲」と断定することはできません。

あるサービスでは20%が「もうここまで来た」と感じられても、別の場面では「まだ80%も残っている」と受け取られる可能性があります。

商品単価、利用頻度、報酬の魅力、達成までの日数、利用者の関心によって、同じ20%の意味は変わります。

そのため、特定の割合を万能なルールとして導入するのではなく、自社サービスの完了率や離脱率、行動速度などを見ながら検証する必要があります。

サンクコストだけで説明しない

最初にスタンプを二個もらった人が通い続ければ、「二個を無駄にしたくなかったのだろう」と考えたくなります。

そのような心理が関係するという可能性はあります。

ただし、エンダウド・プログレス効果をサンクコストだけで説明するのは適切ではありません。

NunesとDrèzeの研究では、与えられた進捗そのものの価値だけでなく、本人が課題全体のどこまで完了したと感じるかが重要であることを支持する結果が示されています。

したがって、「サンクコストが原因です」と言い切るより、人工的な進捗によって課題の見え方やゴールまでの距離認知が変わり、それが努力と関係すると考えられています、と説明する方が慎重です。

ゴールそのものの価値を忘れない

どれほど巧みに進捗を見せても、本人がゴールを欲しいと思っていなければ、継続する理由は弱くなります。

ほとんど欲しくない特典まで「30%達成しています」と言われても、「あと70%を頑張ろう」とは限りません。

むしろ、「まだそんなに必要なのか」と離脱する人もいるでしょう。

進捗表示は、本人にとって価値のある目標への道筋を分かりやすくする仕組みです。

価値の弱いゴールそのものを、数字だけで魅力的なものへ変える仕掛けではありません。

よくある質問

目標勾配効果とエンダウド・プログレス効果は同じですか?

同じ概念ではありませんが、強く関連しています。

エンダウド・プログレス効果では、人工的な初期進捗を与えたことで、努力や継続、完了がどう変わるかに注目します。

目標勾配効果では、ゴールへの距離が縮まるほど努力が強くなりやすいという関係を見ます。

人工的な初期進捗によって知覚上のゴール距離も短くなるため、一つの場面で両方が関係することがあります。

人工的な進捗なら必ずエンダウド・プログレス効果ですか?

人工的な初期進捗はエンダウド・プログレス研究の中心ですが、それだけで目標勾配と無関係になるわけではありません。

Kivetzらは、十二枠中二個のボーナススタンプを与える操作を、illusionary goal progressとして目標勾配研究の中で検討しています。

そのため、「人工的ならエンダウド、自力なら目標勾配」と覚えるのは正確ではありません。

スモールスタートもエンダウド・プログレス効果ですか?

厳密には異なります。

スモールスタートでは、「本を一ページ読む」「ファイルを開く」といった行動を本人が実際に起こし、本当の進捗を作ります。

一方、代表的なエンダウド・プログレス研究では、実際の残り努力を変えないまま人工的な進捗を与えています。

ただし、「ゼロの状態より、すでに少し進んでいる状態の方が続きを始めやすい場合がある」という実践上の感覚には共通する部分があります。

ツァイガルニック効果との違いは?

ツァイガルニック効果では、未完了や中断された課題が意識や記憶に残りやすいことが中心です。

エンダウド・プログレス効果では、人工的な進捗を与えたことで目標への努力や完了がどう変わるかに注目します。

両者は理論的に関連する可能性がありますが、同じ効果ではありません。

マーケティングではどう使われますか?

スタンプカード、ポイント制度、アプリのオンボーディング、プロフィール設定、会員ランクなどで応用を検討できます。

たとえば、会員登録という完了済み工程をプロフィール完成の一部として数え、登録直後から20%完了と表示する方法があります。

その初期進捗によって完了率が変わるかを見ればエンダウド・プログレスの観点になり、ゴール距離の見え方が変化したことで努力がどう変わるかを見るなら目標勾配の観点になります。

実務では心理効果の名称を当てることより、利用者が「自分はいまどこまで来ていて、あとどの程度なのか」をどう感じているかを確かめる方が重要でしょう。

まとめ

エンダウド・プログレス効果と目標勾配効果は、どちらも進捗と目標達成に関係していますが、同じ概念ではありません。

違いを理解するときには、「開始時に起きるか、終盤に起きるか」と時間で分けるのではなく、研究で何を変数として見ているのかを確認することが重要です。

エンダウド・プログレス効果は、人工的な進捗を与えることで、努力や持続性、完了がどう変わるかを扱います。

目標勾配効果は、より広く、ゴールへの距離が縮まるにつれて努力が強まりやすいという関係を指します。人間を対象とした研究では、実際の距離だけでなく、人工的な進捗によって変化した知覚上の距離も行動と関係します。

NunesとDrèzeの洗車実験では、同じ残り八回でも、0/8条件の完了率が19%だったのに対し、2/10条件では34%となりました。

一方、Kivetzらの研究では、同じ十回の購入が必要でも、2/12のボーナス進捗を持つ条件の方が0/10条件より早くゴールへ到達しています。

二つの研究は、別々の心理現象をきれいに切り離しているのではありません。

人が「どれほど進んでいると 感じるか」 「ゴールをどれほど近く 感じるか」 目標へ向かう行動の中で 結び付いている
むしろ、人が「どれほど進んでいると感じるか」と「ゴールをどれほど近く感じるか」が、目標へ向かう行動の中で結び付いていることを示しています。

だからこそ、迷ったときには一つだけ問い直してみてください。

人工的な進捗を与えたことの効果を見ているのか。それとも、ゴールまでの距離と努力との関係を見ているのか。

この視点を持てば、二つが重なる理由を理解しながら、それでも「結局同じ」と曖昧にせず整理できます。スタンプカードやアプリの進捗バーを目にしたときにも、単なる心理テクニックとして眺めるのではなく、なぜ自分が「もう少し続けよう」と感じるのかまで見えてくるでしょう。

参考資料

Joseph C. Nunes and Xavier Drèze(2006)Journal of Consumer Research Vol.32 No.4 pp.504–512
The Endowed Progress Effect: How Artificial Advancement Increases Effort

Xavier Drèze
The Endowed Progress Effect: How Artificial Advancement Increases Effort

Ran Kivetz, Oleg Urminsky and Yuhuang Zheng(2006)Journal of Marketing Research Vol.43 No.1 pp.39–58
The Goal-Gradient Hypothesis Resurrected: Purchase Acceleration, Illusionary Goal Progress, and Customer Retention

Columbia Business School
The Goal-Gradient Hypothesis Resurrected

人気記事

  • 本日
  • 週間
  • 月間

-行動経済学