銀行口座の残高を確認したほうがいいと分かっているのに、アプリを開く直前になると気持ちが重くなり、「今日は疲れているから明日にしよう」と先延ばししてしまうことがあります。クレジットカードの請求額も頭の片隅では気になっているのに、実際の数字を見るのが怖く、通知だけを閉じてしまう人もいるでしょう。
こうした状態を、「自分はお金にだらしない」「意志が弱いから管理できない」と性格の問題だけで説明する必要はありません。お金の情報は、今の生活を維持できるのかという安心感だけでなく、過去の自分の選択への評価や、これから先の暮らしへの見通しとも結びついているため、不安が強いと情報から距離を取りたくなる場合があります。
だからといって、怖さを乗り越えるために、今日から完璧な家計簿を作る必要もありません。まず考えたいのは、「数字を確認すること」と「数字を改善すること」を分けることです。残高を一つ確認したからといって、その場ですべての無駄遣いを洗い出したり、生活を大きく変えたりする必要はなく、最初は現在地を知るところまでで終えても構いません。
この記事では、お金を見ることがなぜ苦しくなるのかを整理しながら、金融情報を避ける状態がどのように続きやすくなるのか、そして無理のない範囲で家計の確認を再開するにはどう考えればよいのかを見ていきます。
お金を見るのが怖いときは今日すべてを直さなくていい
長い間、家計を見ることを避けてきた人ほど、「きちんと向き合うなら全部やらなければならない」と考えやすくなります。
銀行残高を確認して、カード明細を分類し、固定費を見直し、保険も調べ、将来必要なお金まで計算しなければならないと思えば、始める前から疲れてしまうでしょう。家計管理そのものより、「始めたら大量の作業が待っている」という予感のほうが大きな壁になっていることもあります。
そこで、最初は作業を小さくします。
たとえばメインで使っている銀行口座を一つだけ開き、現在の残高だけを確認して、その日の作業を終える方法があります。このとき入出金履歴までさかのぼったり、「どうしてこんなに減ったのだろう」と反省を始めたりせず、現在の数字を一つ知るところまでにします。
別の日には、クレジットカードの当月請求総額だけを確認してみます。さらに余裕が出てきたところで固定費から一件を選び、毎月いくら支払っているのかを見るところまで進めば、一度に大量の情報へ向き合わずに済むでしょう。
金融庁も家計管理について、収入と支出を把握し、収支を黒字にしたうえで、その黒字分を貯蓄することを基本として説明しています。細かな家計簿を毎日記録すること自体が最終目的ではなく、自分のお金の状態を把握し、必要な判断ができる状態を作ることが大切です。
最初に目指したいのは、家計を一日で改善することではありません。お金の数字を見ても、自分を責めたり、大量の課題に圧倒されたりせず、次に必要な判断を選べる状態へ少しずつ近づくことです。
では、なぜ残高や請求額を見るだけのことが、これほど重く感じられるのでしょうか。
お金のことを考えたくないのは珍しいことではない
家計管理という言葉を聞くと、几帳面な人なら自然に続けられ、できない人には自制心が足りないように思えることがあります。しかし実際には、「お金をきちんと管理したい」という気持ちがあっても、その管理行動を続けられない人は少なくありません。
マネーフォワードが2015年に20代以上の男女3,302人を対象として実施した調査では、女性の7割以上、男性でも過半数に家計簿を続けることへ挫折した経験があり、記録の面倒さや、細かく管理しようとする負担などが理由として挙げられていました。また、45.3%は貯金がうまくできずに悩んだ経験があると回答しています。同社利用者を対象とした調査なので、日本の生活者全体へそのまま一般化することはできませんが、管理したい意思と実際の行動が一致しない状況が一定数存在することは分かります。
さらに、お金を見ることへの抵抗には、単なる面倒くささだけでは説明しきれない側面があります。
ShapiroとBurchellによる金融不安の研究では、自己申告による金融不安と、金融情報へ触れたときの反応との間に関連が確認され、一部の課題では金融情報を避ける方向への反応も観察されました。また、金融不安は一般的な不安や抑うつとは異なる側面を持つことも示されており、「ほかのことは普通にできるのに、お金の話になると急に苦しくなる」という状態を理解する材料になります。
ここで重要なのは、「お金を見ていない」という行動だけから、本人が無関心だと決めないことです。
残高や請求額が気になっていないために確認しない人もいれば、反対に「悪い数字だったらどうしよう」「また自分を責めることになるかもしれない」と強く気にしているために確認できない人もいます。同じ行動に見えても、その背景は大きく異なります。
数字を確認しない間は、現実がまだ確定していないように感じられることもあります。その曖昧な状態が一時的な安心につながり、結果として情報へ触れるのを遅らせる場合がありますが、回避の理由はそれだけではありません。情報量の多さや金融用語への苦手意識、経済的な切迫、過去に数字を見て強く落ち込んだ経験など、複数の要因が重なっている可能性があります。
お金を避けている行動の背景には、無関心ではなく強い不安がある場合があります。 この違いが分かると、「もっと危機感を持たなければ」と自分を追い込む以外の方法を考えられるようになります。
お金を見るのが怖くなる3つの場面
銀行残高を見ると生活の余裕まで確定する
銀行口座の残高は、画面に表示される数字以上の意味を持っています。金額を確認すると、「給料日まであと何日暮らせるのか」「今月予定していた買い物をして大丈夫なのか」「また貯蓄できないのではないか」といった、生活の余裕まで一緒に見えてくるからです。
確認する前なら、「少し減っているかもしれない」という曖昧な状態にとどまれます。しかし、アプリを開いて具体的な残高を見れば現在地が確定し、予想より少なかった場合には、それまで後回しにしていた支出や生活の調整について考える必要が出てくるでしょう。
好ましくない情報を予想したときに、その情報への接触を避ける現象は「オストリッチ効果」と関連づけて研究されてきました。
Karlsson、Loewenstein、Seppiによる研究は、投資家が金融情報へどのように注意を向けるかを扱ったものであり、銀行残高を見たくない人すべてへ直接当てはめられるものではありません。それでも、「悪い知らせかもしれないから確認を避ける」という心理を理解するための一つの手掛かりになります。
UVA Dardenによる解説でも、好ましくない金融情報を疑っている状態より、それをはっきり知ることのほうが心理的につらく感じられ、口座確認を避ける場合があると説明されています。
つまり、残高を見るのが怖いとき、本人が避けようとしているのは数字だけではありません。数字を知ることで、「これから支出を減らさなければならないかもしれない」「欲しかったものを諦める必要があるかもしれない」といった現実まで目の前に現れるように感じ、そのことが確認をためらう一因になる場合があります。
クレジットカードの明細は過去の自分への評価になりやすい
クレジットカードの明細には、銀行残高とは違った心理的な重さがあります。そこに並んでいるのは、すでに終わった自分の消費行動だからです。
仕事で疲れて料理をする余裕がなかった日に外食したり、少し気分を変えたくて予定外の買い物をしたり、使わなくなったサービスを解約しないまま料金を払い続けたりすることがあります。その一件だけを見れば、それぞれに事情や理由があったでしょう。
ところが、一か月分がまとめて表示されると、「こんなに使ったつもりではなかった」という金額になる場合があります。
そこで「今月は予想より支出が多かった」と事実だけを受け取れれば、次に何を確認するか考えられます。しかし、「どうして我慢できなかったのだろう」「また失敗した」「自分にはお金を管理できない」と考え始めると、明細を見る時間が家計確認ではなく、自分を責める時間へ変わってしまいます。
すると次の月には、金額を見ることだけではなく、前回感じた自己嫌悪まで思い出すかもしれません。その結果、「また嫌な気持ちになるくらいなら見たくない」と感じ、通知を閉じたり確認を後回しにしたりすることにつながる場合があります。
カード明細を避ける背景には、数字そのものより、その数字を見た後に始まる自己批判への抵抗が隠れていることがあります。 だからこそ、家計を再び確認できるようになるには、数字と人格への評価を分けることが重要になります。
将来必要なお金を見ると無力感が生まれることがある
老後資金や教育費、住宅取得費などを調べるときにも、別の種類の抵抗が生まれます。
今日の銀行残高なら、次の給料日で変わる可能性があります。しかし、10年後や30年後まで含めた資金を考えると、普段の生活では扱わないほど大きな金額が表示されることがあります。
たとえば、子どもの進学に備えようと教育費を調べ始め、その途中で住宅費や老後資金まで同時に考えた結果、「これほどのお金を準備できるのだろうか」と圧倒される場面があります。
本来、将来資金の試算は対策を考えるためのものです。しかし、現在の貯蓄と将来必要になる金額との差が大きいと、「今は足りていない」という現在の状態から、「これからも準備できない」という将来の結論まで一気に進んでしまうことがあります。
将来必要になる資金は、その場で全額を支払う請求書ではありません。今後の収入や働き方、家族構成、進学先、住居、年金などによって条件は変わるため、最初に出した数字は最終的な評価ではなく、これからどこを準備するかを考えるための材料です。
将来資金の数字は、自分の合格や不合格を決める点数ではなく、これから調整するための現在地です。 この見方を持つことは、大きな数字を目にしたときに「すべてを今すぐ解決しなければならない」という感覚から距離を取る助けになる場合があります。
金融情報を避けているかは見ようとしたときの反応から考える
お金に関する情報を避けているかどうかは、家計簿をつけているかだけでは判断できません。日常の中では、もっと小さな行動として表れる場合があります。
クレジットカードの請求確定通知が届いているのに何日も開けないときには、支出総額を確定させることへの恐怖や、数字を見た後の自己批判を避けたい気持ちが関係しているかもしれません。オンラインバンキングへログインしようとすると急に緊張し、ほかのアプリを開いてしまうのであれば、現在の資産状態が確定することそのものに心理的な負担を感じている可能性があります。
ねんきん定期便や保険証券、金融機関から届いた書類を未開封のまま置いている場合には、結果への不安だけでなく、「難しい説明を理解して、その後に何かを判断しなければならない」という情報量への疲れも考えられます。老後資金や資産形成の記事を目にしたとき、内容を読む前から画面を閉じたくなるのであれば、「今から始めても間に合わないのではないか」といった無力感が影響している可能性もあるでしょう。
リボ払いやカードローンを利用しているものの、現在の元本残高を正確に確認していない場合には、債務総額という好ましくない情報を確定させたくない気持ちが関係していることもあります。一方で、単純に情報の重要性を感じていないため確認していない人もおり、「見ていない」という結果だけでは、無関心なのか不安による回避なのかを区別できません。
そこで手掛かりになるのが、見ようとしたときの自分の反応です。
必要性を理解しているのに、アプリを開く直前になると緊張する、数字を見た後の自己嫌悪まで想像してしまう、考え始めると頭がいっぱいになって別のことへ逃げたくなるという場合には、不安が情報への接触を難しくしている可能性があります。
Xin、Xiao、Linによる2023年の研究では、研究2で金融不安が高い50人と低い53人を対象として、数学課題と金融課題の選択を調べました。その結果、金融課題を避けた割合は、高金融不安群では90%、低金融不安群では74%となり、高金融不安群で金融課題の回避が多く見られています。
ただし、これは103人を対象とした特定の実験課題で得られた結果であり、金融不安が高い人の90%が日常生活でも銀行口座やカード明細を避けるという意味ではありません。
研究で確認された金融課題の回避と、日常生活で見られる個々の行動は区別して考える必要があります。それでも、「お金が心配なら、普通はもっと管理するはずだ」という見方だけでは説明できない状態があることは分かります。
同じ「家計を見ていない」という状態でも、関心が低い場合と、気になりすぎて確認できない場合では、必要な対応が異なります。 自分が後者に近いと感じるなら、さらに危機感を高めるより、一度に触れる情報を小さくすることを考えたほうがよい場合があります。
お金を避け続けると悪循環ができる理由
見ないことで不安が一時的に軽くなる
銀行アプリを開こうとして閉じた瞬間、少し緊張が弱まることがあります。請求書を見えない場所へ戻せば、少なくともその場では金額を確認せずに済み、その後の判断も先送りできます。
心理学でいう負の強化では、不快な刺激が取り除かれたり回避されたりした結果、その前に行った行動がその後も起こりやすくなると説明されます。OpenStaxの心理学教材でも、不快な刺激の除去によって行動の生起可能性が高まる仕組みとして整理されています。
この考え方を家計へ当てはめるなら、明細を見ないことで一時的に緊張が弱まる経験が続くと、次に同じような場面が訪れたときも、確認を避ける行動が選ばれやすくなる場合があります。
ただし、気持ちが軽くなったからといって、客観的な家計が改善したわけではありません。残高を見なくても引き落としは続き、カード請求を確認しなくても支払う金額は変わらないため、「今は少し楽になる」という短期的な利点と、「問題はそのまま残る」という長期的な不利益が同時に存在します。
回避はその瞬間の不安を弱めても、家計上の課題そのものまで減らしてくれるわけではありません。 だからこそ、怖さを我慢してすべてを見るのではなく、自分が扱える量だけ現実へ触れる方法を考える必要があります。
先延ばしすると未処理の課題も増えていく
今日確認しなかった請求額は、翌日になっても残っています。翌月までそのままにすれば新しい利用分も加わり、使っていない定額サービスがあれば、その期間も料金が発生します。支払期限を見落とした場合には、契約内容によって追加の費用や手続きが生じることもあるでしょう。
さらに、増えていくのは金額だけではありません。
未開封の封筒や未読の通知が残れば、それを見るたびに「まだ確認していない」という未処理の課題を思い出します。最初は一つの明細を見るだけだったものが、時間の経過とともに複数の確認事項へ変わり、「今さら全部見るのが怖い」という状態になる可能性があります。
ここで一気にすべてを片づけようとすると、量の多さによって再び動けなくなることがあります。そのため、支払期限が迫っているものなど緊急性の高いものを先に確認したうえで、残りは一件ずつ扱う方法が考えられます。
未処理の問題が大きく見えるときほど、全部を見ることより、次に扱う一つを決めることが重要になります。
お金が足りないと判断へ使える余裕まで減る場合がある
家計が苦しい人に対して、「もっと計画的に将来を考えればいい」と言うだけでは、現実に合わない場合があります。
今月の家賃を払えるのか、カードの引き落としに間に合うのか、給料日まで食費を残せるのかという問題が迫っていれば、注意が目の前の不足へ向かうのは不自然ではありません。
Mani、Mullainathan、Shafir、Zhaoによる2013年の研究では、金銭上の問題について考えるよう求めた実験で、低所得の参加者では認知課題の成績低下が見られた一方、比較的裕福な参加者では同じ低下が確認されませんでした。また、同じサトウキビ農家を収穫前後で比較した調査でも、資金に余裕の乏しい収穫前のほうが認知成績は低く、研究者らは貧困に関する懸念が精神的な資源を消費する可能性を示しています。
この研究から、経済的に苦しい人の思考能力が一律に低くなると判断することはできません。生活状況や個人差など多くの条件があるため、経済的困難による影響のすべてを一つの研究で説明することも適切ではないでしょう。
それでも、目の前の支払いで頭がいっぱいになっている人へ、保険、通信費、住宅費、老後資金、投資まで同時に検討するよう求めれば、その情報量自体が新たな負担になる場合があります。
家計に余裕がないときほど、やることを増やすのではなく、今は考えなくてよい課題を減らす視点が重要です。 これは問題から逃げるという意味ではなく、処理できる順番へ並べ直すということです。
先延ばしと金融自己効力感には関連がある
家計については、「きちんと計画さえ立てれば改善できる」と考えたくなることがあります。しかし、実際に行動へ移せるかどうかを考えると、計画以外の要素にも目を向ける必要があります。
Gamst-Klaussenらが2019年に発表した研究では、先延ばしと金融行動との関係が調べられ、研究2では金融自己効力感が両者の関連を媒介するモデルが支持されました。ここでいう金融自己効力感とは、自分がお金に関する行動を実行できるという自己評価に近い概念です。
ただし、この研究は「残高を一回確認すると金融自己効力感が高まる」という介入を検証したものではありません。研究から直接確認できるのは、先延ばし、金融自己効力感、金融行動の間に関連が見られたということです。
そのうえで日常生活では、最初の行動を始める負担を小さくする方法として、自分が扱える程度まで課題を小さくすることが考えられます。一年分の家計簿をきちんと管理することを想像すると動けなくても、「今日は残高だけを見る」という範囲なら実行できる人もいるでしょう。
このような小さな行動によって自己効力感が必ず高まるとまでは言えませんが、少なくとも「やることが多すぎて始められない」という負担を小さくする方法として試すことはできます。
家計の確認を再開する方法
確認と改善を同じ日に終わらせなくていい
お金を見ることへの抵抗が強い人ほど、「数字を見たら、その場で何かを変えなければならない」と感じていることがあります。
残高が少なければすぐ外食をやめ、カード請求が多ければ不要な契約をすべて探し、翌月の予算まで作らなければならないと考えれば、確認する前から負担が大きくなるでしょう。
そこで、最初は確認だけに役割を絞ります。
今日はカードの請求総額だけを見て、支出内容の分析は別の日へ回すという方法です。次の確認日には大きな支出を一件だけ取り上げ、「今後も必要なのか」「金額を変える余地があるのか」を考えれば、一度に抱える判断を減らせます。
これは問題を放置しているわけではありません。情報を確認する作業と、その情報をもとに意思決定する作業を分けることで、一度に感じる心理的な負担を抑えています。
数字を確認したからといって、その場ですべてを改善しなくても構いません。 見ることと直すことを分ける方法は、家計確認を再開するときに試せる選択肢の一つです。
数字を見た後に自分を責めない
口座残高が予想より少ないと、「これしか貯められていない自分はだめだ」と思うことがあります。カード請求が大きければ、「また使いすぎた。自分には自制心がない」と感じるかもしれません。
しかし、口座残高はある時点で保有している資金量であり、カード請求額は一定期間に利用した金額です。どちらも人間としての価値や知性を測定する指標ではありません。
たとえば請求額が8万円だったなら、「8万円も使う自分はだめだ」と判断する代わりに、「今月は8万円で、先月より1万5,000円増えている」と観察します。
預金残高が25万円なら、「25万円しかない」と自分を評価するのではなく、「次の給料日までに確定している支払いはいくらあるのか」と問いを変えます。
「なぜ自分はこんな人間なのか」という問いからは、次の行動を決めにくいでしょう。一方、「何の支出が増えたのか」「あといくら利用できるのか」という問いなら、数字を使って考えることができます。
家計の数字は、自分を評価する成績表ではなく、次の判断に使うための計器盤です。 数字を事実として扱うことは、家計確認を自己批判だけの時間にしないための助けになる可能性があります。
お金を見る日時と終わる時間を決める
毎日、「今日は家計を見るべきだろうか」と考えていると、そのたびに意思決定が必要になります。仕事で疲れて帰った夜であれば、「今日くらいはやめておこう」と感じることもあるでしょう。
そこで、家計を見るかどうかを当日の気分だけに任せず、あらかじめ確認する日時を決めておく方法があります。
たとえば給料日の翌日に5分だけ確認したり、日曜日の夕方に銀行口座とカード請求のどちらか一方を見る時間を確保したりします。始める時間だけではなく、「5分たったら途中でも終える」というように終わる時間まで決めておけば、家計を開いた途端に何時間も作業しなければならないような感覚を弱めやすくなるでしょう。
HowardとLukasがUVA Dardenで紹介している進行中の研究では、銀行口座を定期的に確認する人は、確認頻度が低い人と比べて、給料日前後の裁量的支出の変動が約60〜70%小さかったという予備的な結果が紹介されています。ただし、これは進行中研究として示されている結果であり、査読済み研究によって確立された一般法則として扱うことはできません。
それでも、日時を決める方法には別の実務的な意味があります。「今日見るか、明日にするか」と毎回判断する必要がなくなるため、家計を見る前の迷いを減らす方法として利用できるからです。
一度に一つだけ扱う
久しぶりに家計を見ると、保険料、通信費、定額サービス、住宅費、貯蓄など、直したいところが次々に見つかることがあります。
たとえば休日一日で家計を全面的に立て直そうとして、保険証券、カード明細、通信契約、住宅ローン、将来資金の資料をすべて同時に広げたとします。最初はやる気があっても、比較する数字と判断事項が増えるほど疲れ、「何から変えればいいのか分からない」という状態になる可能性があります。
そこで、扱う対象を一つに絞ります。
最初はカード請求を確認し、次には固定費から一件だけ取り上げ、その契約を変えるかどうかは別のタイミングで判断するという進め方でも構いません。一つの変更が生活に合っているかを確認してから次へ進めば、改善を急ぎすぎずに済みます。
家計改善は一日で人生を立て直す作業ではなく、生活の仕組みを一つずつ調整していく作業です。 家計を見ることへの抵抗が強い段階では、速さよりも、次回も続けられる大きさで一回の作業を終えることを優先してよいでしょう。
不安を具体的な数字へ変える
家計を確認できるようになってくると、次に「この不安に対して何を準備すればよいのか」を考えられる段階へ進みます。
お金の不安は、輪郭がないまま考え続けるほど大きく感じられることがあります。「仕事を失ったらどうしよう」と考え始めると、住宅費や教育費、老後資金へ心配が広がり、最後には生活全体が危ういように感じることもあるでしょう。
このとき、不安を無理に消すのではなく、一つずつ具体的な問いへ変えていきます。
失業が心配なのであれば、まず緊急時に最低限必要となる一か月の生活費を確認し、現在の預貯金で何か月暮らせるのかを見ます。そうすれば、「いつ仕事を失うか分からないから怖い」という状態から、「現在は何か月分を確保できていて、あとどの程度準備したいのか」という課題へ変えられます。
老後が不安であれば、インターネットで見かけた大きな必要額だけを自分へ当てはめるのではなく、年金の見込みや現在の資産、退職後に想定している生活費などを順番に確認します。病気への不安であれば、預貯金だけを見て判断するのではなく、公的制度や勤務先の保障、現在加入している保険なども含めて考える必要があります。
不安を数字へ変える目的は、怖さを証明することではなく、自分が準備できる部分と、今すぐ考えなくてもよい部分を分けることです。 この方法によって不安そのものが必ず軽くなるとは限りませんが、漠然とした心配を具体的な課題として整理する助けにはなります。
家計を確認できた後は仕組みや投資を急がない
家計を見ることへの抵抗が少し落ち着いてきた後には、毎月同じ判断を繰り返さなくて済むように、一部を仕組みに任せることも考えられます。
たとえば金融庁は、給料日に一定額を先に貯蓄へ回し、残った金額で生活する方法を紹介しています。ただし、先取りする金額は大きければよいわけではありません。毎月3万円を自動的に移しても、その結果として生活費が足りなくなり、月末になるたびに貯蓄口座からお金を戻しているのであれば、現在の収支に対して設定額が大きすぎる可能性があります。
先取り貯蓄には、「今月はいくら残せるだろう」と毎月ゼロから判断する回数を減らし、一部の意思決定を仕組みに任せられるという面があります。ただし、これは家計の確認を再開できた後に検討する方法であり、まだ残高を見ることそのものが苦しい人が最初から取り組まなければならない課題ではありません。
同じように、将来のお金が不安だからといって、急いで投資を始める必要もありません。
「今のままでは間に合わないから、早く増やさなければ」と焦ると、短期間で大きな利益が得られるように見える商品や、内容を十分に理解していない投資へ気持ちが向く場合があります。しかし、金融庁も株式や投資信託などには元本割れのおそれがあることを説明したうえで、長期、積立、分散という考え方を資産形成の基本として紹介しています。
近いうちに必要になる生活費や教育費まで値動きのある資産へ回せば、必要な時期に価格が下落している可能性があります。また、毎月の収支がすでに赤字で借入れが増えているのであれば、投資より先に現在の収支や債務を整理したほうがよい場合もあります。
お金の不安が強いときほど、「早く増やす方法」へ急ぐのではなく、現在の家計を確認し、生活を壊さず続けられる範囲を知ることが先になります。
精神論だけでは解決できない家計もある
お金の問題を、すべて本人の気持ちや努力へ帰すことはできません。
収入が最低限必要な生活費に届かない、病気や障害によって十分に働けない、家族の介護で労働時間を減らさざるを得ない、返済負担が大きくなっているといった状況では、「家計簿を頑張る」「もっと節約する」という方法だけでは解決できない場合があります。
不安そのものも、必ずしも悪い反応ではありません。
収入が減ったり、支払期限が迫ったりすれば心配になるのは自然であり、その不安が準備や相談へ向かうきっかけになることもあります。問題になるのは、不安が大きくなった結果として必要な情報まで見られなくなったり、何から手をつければよいのか分からなくなったりすることです。
そのうえで、自分の努力だけでは変えにくい家計状況があるなら、心理的な工夫だけに解決を求めないことが重要です。
自分で変えられる部分と、一人の努力だけでは変えにくい部分を分けることも、家計の状態を正確に見るということです。
自分だけでは家計を立て直せないとき
収入より最低限必要な生活費のほうが多い状態が続いている、家賃や公共料金を滞納している、借金を返すために別の借入れをしている、病気や介護のため十分に働けないといった状況では、家計簿や節約だけで解決しようとしないことも大切です。
厚生労働省の生活困窮者自立支援制度では、生活上の困りごとについて相談を受け、仕事、住まい、家計など、状況に応じた支援を行っています。家計改善支援事業では、家計状況を見えるようにして課題を整理し、支援計画の作成や相談支援、関係機関への接続、必要に応じた貸付けのあっせんなどを通じて、生活の立て直しを支援するとされています。
また、個別の金融商品・サービスの提案や推奨を受けることなく、家計管理や生活設計、資産形成、保険、住宅・不動産、年金などについて相談したい場合には、J-FLECの相談サービスも選択肢になります。J-FLECは、相談において個別の金融商品・サービスを提案・推奨することはできないと公式に案内しています。
借金の整理など法律的な対応が必要な場合には、法テラスもあります。一定の条件を満たす人を対象として無料法律相談を行い、弁護士や司法書士へ依頼する際の費用を立て替える制度も用意されています。
こうした支援を利用することは、「自分で家計を管理できなかった」と認めることではありません。自分だけでは整理できないほど問題が複雑になっていると理解し、制度や専門的な知識を利用しながら、再び自分で判断できる状態へ戻していくことも家計改善の一部です。
自力だけでは数字を動かしにくい状況で外部の支援につながることも、お金と向き合う具体的な行動です。
お金を見るのが怖いときによくある質問
- お金のことを考えると怖くなるのはなぜですか?
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原因は一つではありません。
現在の残高を知ることへの恐怖、過去の支出への罪悪感、将来への不確実性、金融用語の分かりにくさ、経済的な余裕が少ないことによる認知的な負担など、複数の要因が関係する可能性があります。
金融不安に関する研究でも、金融情報への回避的な反応との関連は示されていますが、その結果だけで一人ひとりの原因を決めることはできません。
そのため、「意志が弱いから怖い」と考えるより、銀行残高、カード請求、借入残高、将来資金などのうち、どの情報へ触れるときに特に負担を感じるのかを確認するほうが、具体的な対策を考えやすくなるでしょう。
- 銀行残高を見るのが怖いときはどうすればよいですか?
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最初から入出金履歴まで細かく確認する必要はありません。
まず残高だけを見て、「現在はこの金額がある」と事実を確認したところで、その日の作業を終える方法があります。その場で過去の支出を反省したり、節約方法を考えたりせず、確認への抵抗が小さくなってから、次の給料日までの支払いなどへ範囲を広げます。
この方法によって不安が必ず改善すると断定することはできませんが、一度に扱う情報量と判断の数を減らす実践方法として試すことはできます。
- 家計簿をつけられなくても家計管理できますか?
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細かな家計簿を毎日つけることだけが家計管理ではありません。
月の手取り収入や主な固定費、カード請求額、預金残高、貯蓄額など、自分が判断するために必要な数字を把握できていれば、すべての買い物を一円単位で記録しなくても家計管理の土台を作ることはできます。
一方、何に使っているのか分からないまま毎月赤字になっているのであれば、原因を確認するために一定期間だけ詳しく支出を見ることが必要になる場合もあります。
家計簿は、それ自体を続けることが目的ではなく、自分の家計を理解するために使う道具として考えるのがよいでしょう。
- お金が不安ならもっと節約するべきですか?
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必ずしも、節約する金額を増やせば解決するとは限りません。
すでに最低限の生活費に近いところまで支出を抑えているのであれば、食費や日用品をさらに削ることで生活そのものが苦しくなる場合があります。
まず収入と最低限必要な支出を確認し、家計が構造的な赤字になっているのかを見極めます。固定費に不要なものがあるなら、一回の手続きで支出が変わるものを検討できますが、それでも最低限の生活費を収入で賄えないのであれば、節約方法だけでなく、収入面や公的支援、債務相談まで含めて考える段階です。
- お金を考えすぎる場合と考えたくない場合は何が違いますか?
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どちらにも不安が関係する場合はありますが、同じ状態とは限りません。
不安を抑えるために一日に何度も残高を確認したり、金融情報を延々と調べたりする人がいる一方で、情報へ触れるとさらに不安になると感じ、銀行口座やカード明細から距離を取る人もいます。
前者では確認行動が増え、後者では確認行動が減りますが、大切なのは回数そのものだけではありません。
「この確認は具体的な判断に役立っているのか」「この回避によって問題そのものが改善しているのか」という視点から自分の行動を見ると、次に必要な対応を考えやすくなります。
何度残高を見ても判断が変わらないのであれば、確認する日時を決める方法があります。反対に、何か月も完全に避けているのであれば、一つの数字へ触れるところから再開する方法を考えられるでしょう。
まとめ
お金のことを考えたくない、銀行残高やカード明細を見るのが怖いという状態を、単純に「だらしない」「自制心が足りない」と説明することはできません。
そこには、好ましくない情報を知ることへの不安、過去の支出に対する自己批判、先延ばし、金融情報そのものへの心理的な抵抗、情報処理の負担、経済的な切迫など、複数の要因が関係する可能性があります。
研究では、金融不安と金融情報への回避的な反応の関連や、先延ばし、金融自己効力感、金融行動の関連などが報告されています。一方で、「残高だけを見る」「確認と改善を分ける」といった方法は、そうした知見を参考にしながら日常での負担を小さくするために考えられる実践方法であり、特定の介入研究によって効果が確立している方法と同じものではありません。
だからこそ、自分に合うかを確かめながら、小さく試すことが大切です。
長く残高を見られなかったのであれば、今日は一つの数字だけを確認し、その数字を使って自分自身を評価しないところまでで終えても構いません。別の日にカードの請求総額を確認し、必要になった段階で固定費や将来資金へ進めば、一度に背負う負担を減らせます。
そして、家計を確認した結果、自分の工夫だけでは解決しにくい収入不足や滞納、多重債務、病気、介護などが見えてきた場合には、公的制度や専門的な相談先へつながることも選択肢になります。
昨日まで数字を見ることができなかったとしても、今日一つの現在地を確認できれば、次に何を考える必要があるのかを選べるようになります。一度にすべてを直そうとせず、自分が扱える大きさまで問題を分けながら、確認と判断を少しずつ取り戻していくことが、お金を避け続ける状態から離れる入口になるのではないでしょうか。
参考資料
Measuring Financial Anxiety ケンブリッジ大学リポジトリ
Poverty impedes cognitive function プリンストン大学
Procrastination and Personal Finances Frontiers in Psychology
The ostrich effect Selective attention to information IDEAS RePEc